第39話 親友との出会い その4

 絵に描いたような凋落ちょうらくっぷりだった。

 取り巻きたちは水野千冬の元を離れて、彼女は完全に孤立する。

 これまでの反動で、彼女がイジメのターゲットになりそうな雰囲気があったんだけど……。


 それは私が、それとなく止めた。

 どんな理由があっても、イジメを容認する気にはなれない。


 逆に私の方はというと、クラスメイトからチヤホヤされるようになった。

 女王の圧政あっせいからクラスを解放したこと。

 そしてなにより、バックにあの鈴木先輩がついていること。


 複雑な気持ちだった。

 その立場を甘んじて受け入れてしまうと、私も虎の威を借る狐になってしまう。


(やだな、それは……)


 だから私は、クラスメイトたちから少し距離を置いた。

 必然的に、先輩との時間が増える。


 もうイジメはなくなったわけだから、ガラクタに囲まれた、あの校舎の果ての秘密基地に逃げ込む必要はなかった。

 埃っぽいし、シンプルに教室から遠い。

 でも先輩がいたく気に入って、昼休みや放課後に集まることが習慣になった。


「えっ? 東雲さんって大阪出身なの?」

「はい。生まれも育ちも大阪です」

「全然そんな感じしないね」

「関西弁が出ないように気をつけてますから」

「どうして?」

「それは……ほら、がらが悪いじゃないですか」


 それに、『周りと違う』というだけで、排斥はいせきの理由になり得るから。


「そうかな? 関西弁、可愛いと思うけど」

「本場のは怖いですよ〜」

「ちょっと話してみてよ」

「なんでやねん」

「あはは、可愛い!」


 先輩には歳の離れた兄がいて、その兄がダンジョンに潜っているのだと。


「すごい。冒険者ってことですよね?」

「いや、そういうわけじゃないの。なんかダンジョンでキャンプしてるみたいで」

「ダンジョンでキャンプ? ……トンチですか?」

「そうなるよね……」


 詳しく聞いてみると、元々ソロキャンプが好きで、世界中を転々としているような人だったみたいだ。

 でもそれだけじゃ飽き足らず、ダンジョンキャンプをするようになったとか。


 ……ちょっとなにを言っているのかわからなかった。

 正気の沙汰さたとは思えないけれど、鈴木先輩のお兄さんなのだ。

 むべなるかなって気もする。


 先輩とお兄さんは仲がいいみたいで、定期的にダンジョン内の映像や写真なんかを送ってもらっているようだ。

 私もその映像を見せてもらう。


「すご……」


 ダンジョンマニアの私は、そこそこ目が肥えている方だと思う。

 でもこれは……。


「先輩のお兄さん、とんでもないですね……」

「そうなの!」


 突然の大声に、耳がキンとする。


「お兄ちゃんは実はすごいの! さすが東雲さん、わかってる!」


 なんかよくわからないけれど、好感度が上がったみたいだ。


「この映像、ネットにアップしたりしたら、かなり話題になると思いますよ」

「ネットかぁ」

「いっそ配信してみるとか」

「配信?」

「ダンジョンってネットに繋がらないじゃないですか。でもなぜか、配信だけはできるってことが最近わかって」

「えぇ? なんで配信だけ?」

「それが謎なんですよ。でもこれからきっと、ダンジョンでの配信活動とかが盛んになると思うんですよね。それ専用のプラットフォームができたりして。ラストヘイブンで起きたダンジョンエラーのせいで、ダンジョン忌避きひの傾向が強くなりましたけど、やっぱりダンジョンの魅力には勝てませんから」


 先輩がきょとんとした顔で、首を傾げている。


(しまった……またやってしまった……)


 好きなものの話になると、つい夢中になって周りが見えなくなる。


「すみません、私だけベラベラと……」


 早口でまくし立てる自分を振り返り、羞恥心が込み上げてくる。


「いや、それは全然いいんだけど……そのダンジョンの配信をする専用のプラットフォームって、今はまだないんだよね?」

「そうですね。私の知る限り」

「だったら東雲さんが作っちゃえばいいじゃん」

「え?」

「ダンジョンの知識すごいし、パソコンも使えるんでしょ?」

「いやそんな……」


 私は苦笑する。


「私がそんなこと、できるわけ……」

「どうして?」


 純粋な目で尋ねられる。


「…………」


 どうしてだろう。

 わからない。


「私は、東雲さんならできると思うなー」

「……先輩こそ、どうしてそう思うんですか?」

「なんとなく!」


 先輩は、なんのてらいもなく言い切った。

 私は笑ってしまう。

 でも不思議と、先輩の言葉は私の胸に刺さった。


 それから二週間後のことだ。

 大事件が起きたのは。


 その日、放課後になって、私はいつものように校舎の果ての秘密基地に向かった。

 でも十分経っても、二十分経っても、先輩はやってこなかった。

 連絡もない。

 こちらからメッセージを送っても、既読にすらならなかった。


 言ってしまえば、それだけのことだ。

 なのに私は不安で仕方がなかった。


 嫌な予感は、最初からあったのだ。

 思い返してみると、原因は水野千冬の反応だ。


 彼女が女王の座を退しりぞいてから、私たちは気まずい関係になっていた。

 目も合わせないし、お互いがお互いのことを避けていた。

 でも、その日の朝……。


 廊下で水野千冬とすれ違った時、彼女がふっと笑ったような気がしたのだ。

 それからずっと、まとわりつくような不安にさいなまれていた。


(どうしたんだろう、先輩……)


 私は教室に戻った。

 放課後はさっさと帰る水野千冬が、まだ教室に残って本を読んでいる。

 その姿を認めて、不安は確信に変わる。


「水野さん……」


 他にも何人かクラスメイトが残っていて、私が水野千冬に話しかけたことで、教室に緊張が走った。


「なに?」


 とげのある声。

 でもその下に、甘い愉悦ゆえつの色が隠れている。


「鈴木先輩と連絡がつかないんだけど、なにか知らない?」

「はぁ? なんで私に聞くの?」

「なにか知ってるかなって思って……」

「知らない」

「本当に?」

「しつこい!」


 水野千冬はカッとなる。

 でもすぐに、その口元があざけりに歪む。


「ああ、でも姫ちゃんがなにか言ってた気がする」

「姫ちゃん?」


 遅れて、毒島姫路のことだと理解する。


狂蛇一門きょうだいちもんって知ってる? この辺のやばい連中が集まったグループでさ。姫ちゃんはその人たちと知り合いなの」

「……それが、どうしたの?」

「なんだったかなぁ? 忘れちゃったぁ」


 歌うような抑揚よくようが、感情を逆撫さかなでした。


「……詳しく教えて」

「知らなぁ〜い。あ、そういえば、あんたの名前を出したら、ホイホイ着いて来たとか言ってたかな。ウケる。全部あんたのせいじゃん」


 水野千冬が乾いた笑い声を上げた。


「……先輩は、どこに連れて行かれたの?」

「さぁ?」


 私は水野千冬に歩み寄った。


「なによ?」


 上目遣いに睨んでくる水野千冬の髪を掴んで、机に叩きつける。


「いっ。あんた——」


 机の上にあったペンを手に取って、彼女の眼前数センチのところに突き刺した。

 ペンが壊れ、赤いインクが飛び散る。


 下手をしたら、割れたプラスチック片で失明していたかもしれない。

 でも、そんなことはどうでもよかった。


「知ってること全部喋れや。殺すぞ」


 不思議だった。

 誰かのためなら、こんなに簡単に怒れるのに。

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