第40話 親友との出会い その5

 街の外れに、主に廃車を扱うスクラップ工場がある。

 狂蛇一門のメンバーの親戚が経営しているらしく、そこの第三倉庫が溜まり場になっているというのだ。

 水野千冬から聞き出した話によると、先輩が連れて行かれたのはその溜まり場らしい。


 私は衝動的に駆け出していた。


(先輩、無事でいて……)


 走りながら警察に通報する。

 それでも足は止まらず、ただただ先輩の元にへと。


 でもどれだけ急いだところで、足が速くなるわけでもない。

 気持ちだけが先行して、もどかしくて仕方がなかった。

 全力で走る私を、原付バイクが悠々と追い越していく。


(ああ、私もバイクが欲しい……)


 大切な人のところに、いつでも駆けつけられるように。

 十六になったら、すぐに免許を取ろうと心に決める。


 第三倉庫は、スクラップ工場とは独立して存在していた。

 正確には、倉庫の周囲を石塀いしべいで囲って、工場から無理やり切り離していた。

 石塀には有刺鉄線まで張り巡らされている。

 出入り口も別にあった。


 どういう経緯でそうなったのかはわからないけれど、とにかく異様なたたずまいだ。

 異国のスラム街から切り取ってきたような、人を寄せ付けない雰囲気がある。


 私は大きな門扉の前で立ち止まった。

 衝動に任せてここまで来たけれど、この後のプランがなに一つ決まっていなかった。

 通報した時間から考えて、あと五分もすれば警察が到着するはずだ。

 なら私の役目は、とっくに終わっているのかもしれない。


(私にできることは、もう……)


 ふと、先輩の笑顔が蘇る。


 ——東雲さんならできると思うけどなー。


 警察が到着するまで、まだ五分あるのだ。

 私が乱入することで、その五分を稼げるかもしれない。


(先輩……)


 私は覚悟を決め、門扉をくぐり敷地に足を踏み入れた。


 倉庫の扉の取っ手を掴む。

 錆びついているのか、古い金属製の扉はなかなか開かなかった。

 綱引きのように全体重をかけて、ようやく人ひとりが通れる隙間を作る。

 そこに体を捩じ込み、倉庫の中に飛び込んだ。


「先輩っ!」

「あれ? 東雲さん?」


 先輩が、死体の山の上に立っていた。


「えぇ……」


 さすがにドン引きだ。


(いや、まあ……薄々そんな気はしてたけど……)


 もちろん死体の山といっても、本当に死んでいるわけではない。

 気絶した数人の男性が、折り重なっているだけだ。

 その周囲にも、さらに十人近い男性が転がっている。


(……死んでないよね? 大丈夫だよね?)


 先輩が死体の山から飛び降りて、こちらに近づいてきた。


「先輩……大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと急所は外してるから」


 パッと見た感じ、先輩は怪我どころか、返り血一つ浴びていない。

 いや、それどころか息すら乱していなかった。


(この辺のやばい人たちが集まったグループって聞いてたのに……)


 どうやら先輩一人のやばさに敵わなかったみたいだ。


 私は女子トイレの惨状を思い出す。


「テンドンやんけ……」

「天丼? 東雲さん、お腹空いてるの?」

「そうじゃなくて……」

「それにしても、どうして東雲さんがここにいるの?」

「それは、先輩が連れて行かれたって聞いたから……」

「……まさか、私を助けにきたの?」

「まあ、そうですね」


 先輩は眉を釣り上げる。


「なに考えてるの! 危ないじゃない!」


 私はびくりとする。


「でも先輩だって、私の名前を出されたから着いて行ったって……」

「私と東雲さんは違うでしょ!」


 先輩の言う通りだ。

 私が駆けつけたところで、大して力になれるわけじゃない。

 むしろ状況を悪化させる可能性の方が大きかった。


 でもまさか先輩が、ここまで規格外に強いとは思っていなかったのだ。

 それになにより……。


「友達、だから……」


 私の言葉に、先輩が言葉を詰まらせる。

 それから恥ずかしそうに視線を逸らした。

 頬が少しだけ赤らんでいた。

 勢いで言ってしまった私も、遅れて顔が熱くなる。


「ごめん……怒るのは違うよね。私を想って駆けつけてくれたんだし……ありがとう、東雲さん」

「いえ……」


 青春漫画の一ページのような、青臭あおくさい空気が流れる。

 近くに死体の山がなければの話だけど。

 実際に流れている空気は、青臭いんじゃなくて血生臭ちなまぐさかった。


「……っ」


 先輩がぴくりと反応する。

 警戒するような硬い表情。

 どうしたんだろうと思っていると、遠くからパトカーのサイレンが響いてきた。


「……警察?」


 反応が犯罪者のそれだ。


「ああ、私が通報しておいたんです」

「えぇっ!? やばいじゃん! 逃げないと!」

「逃げる? どうしてですか?」

「どうしてって……」

「先輩は被害者なんだから、逃げる必要なんてないじゃないですか」

「……被害者」


 先輩は倉庫の中を見まわした。


 死屍累々ししるいるい


 年下の女の子相手だと、あまり乱暴なことはできないから、なんて言っていたけれど、本当に手加減していたんだと知る。

 鼻や口から血を流し、手足が変な方向に曲がっている人もいた。

 打ちっぱなしのコンクリートに転々と散らばる白いものは、きっと歯だろう。


 死屍の中に一人だけ、少女が混じっていることに気づく。

 きっと毒島姫路だ。

 彼女も周りと同様、血を流してひっくり返っていた。


「……本当にそう思う?」

「逃げましょう」


 私たちは倉庫を飛び出した。

 でもその時には、サイレンの音はすぐそこにまで迫ってきている。

 今敷地の外に飛び出しても、間違いなく見咎みとがめられてしまうだろう。

 私も先輩も、普通に制服姿だ。


「東雲さん! こっちこっち!」


 先輩が出入り口とは逆方向を指差している。

 裏口があるのかと思って、私は素直に着いていった。


 でもやっぱり行き止まりだ。

 倉庫の裏は、石塀に挟まれた隘路あいろだった。

 雑草が生い茂っている。


(ここに身を潜めて、やり過ごすつもりなのかな?)


 私はそんなふうに考えたんだけど……。


「ちょっとごめんね」


 言うが早いが、先輩は私を抱き上げた。

 そしてマリオみたいに石塀と倉庫の壁を交互にキックして、高い石塀とその上の有志鉄線まで軽々と飛び越えてしまった。


「ひぐぃっ」


 喉の奥から、自分の声とは思えない野太い声が出てくる。


 先輩は階段を五段飛ばした、くらいの気軽さで着地する。

 私は痩せているけど、身長が高いから同世代の中では体重がある方だ。

 少なくとも小柄な先輩よりは、十キロは重いと思う。

 そんな私を抱えていたというのに……。


「大丈夫?」

「す、すみません……腰が抜けてしまって……」

「じゃあ乗って」


 お姫様抱っこの次は、おんぶだった。

 先輩は私を背負いながら、私の全力疾走の倍くらいの速度で疾駆しっくする。


(なんなん、この人……)


 しかもべらんぼうに速いのに、全く揺れないから乗り心地がよかった。

 バイクはもういらないかもしれない。

 ブンブン。

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