第19話 露悪趣味、香水、友達

(まあこの場合、異常なのはジローの方だけどな。ただの配信者が、UDのトップと並び称されるなんて……)


 だからこそ、興味が尽きないのだ。


「それで? どうすんだよ、アマンダ」

「どうするって?」

「ジローのことに決まってんだろ。次の手は考えてんのかよ」

「いや、からっきし。すまないね、ギン」

「え?」

「ちょっと予定が狂っちゃって。会うのはまだ少し先になるかもしれない」

「そうですか。俺は、全然……」


 口ではそう言っても、落ち込んでいるのは明白だ。


「そうだ。ちょうど配信してたんだろ? もうアーカイブもアップされてんじゃねえの。それを観りゃ、打開策がなにか見えてくるかも知れねぇ」


 私はリモコンを手に取り、モニターの電源をつけた。

 どうやらスリープモードだったみたいで、半裸のジローが画面いっぱいに表示される。


「……」

「……」

「……」


 戻るボタンを連打したけれど、起動直後で反応が悪い。

 たっぷり三秒は、半裸のジローを拝む羽目になった。

 それからジローの配信アカウントを開いてみたんだけど……。


「……アーカイブはまだか」


 モニターを消し、リモコンをソファに投げた。


「……」

「なんかすまんな、ギン」

「謝るなっ。そういうのが一番辛いんだよ! てかそれをわかってて謝っただろ今!」

「もちろん」

「……」


 赤くなった顔で睨まれた。


「まあまあ。気にすることはないよ、ギン」

「でも、ボス……こいつが……」

「キャスの露悪ろあく趣味はギンも知っているだろ? それに、こういうのはスルーされる方が辛いものさ。キャスなりの優しさだよ」

「……なんかありがとうな、キャスパー」

「ふん」


 私は目を逸らす。

 アマンダのクスクス笑う声。


「今度はキャスが赤面する番だね」

「赤面なんてしてねぇだろ!」


 自分ではわからないけれど、そう信じたい。


(本当に、こいつらといると調子が狂う……)


 でも不思議と不快感はないから困るのだ。


「それに、強者ほどジローの肉体美を理解できるものだからね。ただ筋肉が好きってだけじゃない。あの機能美とも言えるフォルムは、芸術的ですらある」

「そうなんです! そうなんです!」

「ボディビルの作られた筋肉とも、アスリートの一分野いちぶんやに特化した筋肉とも違う。ただただ、人として完成されている。あれは美しいよ」

「そう! そう!」


 ギンが珍しく興奮している。

 同志を見つけて嬉しいのだろう。

 それが尊敬する相手ともなれば格別だ。


(よくわかんねえな……普通に筋肉はエロいと思うが……こいつらが言ってるのは、そういう次元の話じゃなさそうだし)


 きっと私が強者じゃないからだ。


「……ふん」


 ちょっとした疎外感そがいかんを覚える。


(まるで思春期のガキみたいだな……)


 そう内心で自嘲した。

 腹立たしい奴らだが、こうして腹を割って話せる相手は、これまでの人生で一人もいなかったのだ。

 それが余計に自己嫌悪を生む。


「どうしたんだい、キャス?」

「……なにが?」

「なんか落ち込んでるみたいだけど」

「気のせいだ」

「そう? ならいいんだけどね。悩みがあるなら、遠慮なく言うんだよ。私たちは仲間なんだから」

「気のせいだって言ってんだろ。てかテメェの方が年下だろ。お姉さんぶってんじゃねえよ」

「あはは。キャスは可愛いねぇ」

「うるせえ!」


 アマンダはギンに視線を戻した。


「もしかして、その新しくできた友達とも、筋肉談義で盛り上がったのかい?」

「……はい」


 ギンはちょっと照れくさそうだ。


「いい友達だね。私も紹介して欲しいよ」

「ぜひ」

「どんな子なんだい?」

「二人いて……」


 そこでギンはハッとなにかを思い出したようだ。


「そうだ、ボス。一つお願いがあって」

「珍しいね、ギンがお願いだなんて。言ってごらん」

「ありがとうございます。それが、ジローの香水があるらしくて」

「ジローの香水?」

「その二人から、ジローの匂いがしたんです。それで話を聞いたら、ジローの香水があるって言われて、でも非売品だからって」

「……」


 アマンダが私に視線を寄越す。


(ジローの香水なんて、聞いたことも……)


 私はこくりと頷きを返した。


(確か日本じゃ、こういうのを棚からぼたもちっつーんだっけな。……食ってみてーな、ぼたもち)


 口元がニィっと歪むのを自覚する。


「あ、もちろん自分でも調べたんですけど、ヒットしなくて……でもボスならって……」

「んな香水があるわけねぇだろ」

「……は? でもアンリが、そう言って……」

「その友達は、アンリって名前なんだな。もう一人は?」

「……ハルナ」

「アンリとハルナねぇ」

「そんなことより、香水があるわけないってどういうことだ」

「そのままの意味だっつーの。てか信じんなよ、そんな嘘」

「嘘って……」

「私も、キャスに賛成だね。さすがにそんな香水はないと思うよ」

「ボスまで……」

「アイドルとかならまだしもよぉ。いやそれだって、そいつをイメージしてブレンドしたってだけで、本人の匂いじゃねえだろ」


 ギンはショックを受けた様子だ。


「そう落ち込むな。これは大手柄おおてがらだぞ、ギン。先走って日本に飛んでったと思ったら、まさかジローの尻尾を掴んでるなんてな。本人にその自覚はなかったみてぇだけどよ。友達だっていうんなら、当然連絡先は交換してるんだよな?」

「……一応」

「どーするよ、アマンダ。さらって拷問でもしてみるか? ジローとの関係は知らねえけど、これはものすげえアドバンテージだろ」

「ふざけんな! 私の友達だぞ!」

「お前を騙した相手だろ」

「……それは」

「それに、決めるのは私じゃない。アマンダだ」


 私はニヤッと笑った。


「お前はアマンダの命令には逆らえねえだろ」


 アマンダは仲間想いである反面、敵対する相手にはどこまでも冷淡だ。

 だからこそ、今の地位がある。


 ギンがアマンダに不安そうな目を向けた。


「ボス……」

「ファーストコンタクトはなによりも大事だろ。舐められちゃ、今後の交渉に響く。一発目でガツンといくのも、一つの手だと私は思うぞ」


 果たして——

 アマンダの決断は。

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