おまけ お風呂場のジロー

 妹の誕生日を祝うために、ジローはキャンプを一週間で切り上げてきた。

 それは異例のことだった。

 いつもは一度ダンジョンに潜れば、最低でも三週間は戻ってこないのに。


 でもそれはジローにとって異例だったのではない。

 周囲の人間にとって異例だったのだ。


 ジローのダンジョン周期に合わせて、周りは覚悟を決める。

 そろそろジローが戻ってくるころだと。

 そうやって心構えを作ることで、ジローと鉢合はちあわせても、取り乱さずに済むのだ。


 でもいつもよりずっと早く帰還したことで、周りが騒然としてしまう。

 その反応のせいで、ジローは自分が臭いのだと勘違いしてしまったのだ。

 まさかもう加齢臭が……とまで考えたジローだったけれど、その思い込みは春奈のおかげで取り除かれた。


 春奈に促されるままお風呂に入るジロー。

 ジローが定期的に地上に戻る理由の一つが、お風呂の存在だ。

 ジローは大の風呂好きなのだ。


 でも当然だけれど、ダンジョン内に風呂はない。

 どこかに温泉でも湧いていないかと常に探しているけれど、今のところ見つけ出せないでいる。

 回復の泉はたまに見かけるけれど、水はぬるく、とてもお風呂とは言えなかった。


 春奈が昨日の残り湯だと言っていたから、この次に誰かが入ることはないだろう。

 なら体を洗う前に湯船に飛び込んでも、誰にも迷惑はかからない。


(それはきっと、気持ちがいいだろうな……)


 そう考えながらも、先に頭を三回、体を二回、丁寧に洗うジローだった。

 彼はそういう性格なのだ。


 そうやって一週間分の汚れを落としてから、満を持して湯船に浸かったわけだけれど……。

 ジローの顔は、酷く険しいものだった。


 一週間ぶりの、大好きなお風呂なのだ。

 そのままふやけて溶けてしまってもおかしくないはずなのに。


 そもそもジローがこんな硬い表情をするのは稀だ。

 どこかふわふわとした人となりで、常に気の抜けた雰囲気をまとっている。

 ダンジョンに潜っている時も、強力なモンスターと対峙たいじしている時も、緊迫感が一切感じられない。

 そんなジローが、どうして……。


「……ふむ」


 眉間にしわを寄せて、真剣に考え込んでいる。

 そのジローの視線の先には、ぷかぷかと漂う一本の縮毛ちぢれげが。


(……あれはどっちのだろう?)


 加齢臭はしなくとも、犯罪臭がものすごいジローだった。

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