第16話 筋肉談義、ケーキ、友達

 大きなモニターいっぱいに、半裸のお兄さんが映し出されている。


「やっぱ背中だろ。見ろよ、この広背筋の厚み」

「わかるけど、私はベタに腹筋かな。ほら、ここ! この体を捻った時の腹斜筋!」

「おお、悪くないな」

「あと肩も捨てがたい」

「わかる」


(……ちょっとついていけない)


 リビングに戻った私たちは、お兄さんの切り抜き動画を観ながら、ジロー談義に花を咲かせていた。

 お兄さんとの関係を隠している私たちは、あくまでファンという立場で話す。


(正直、もう隠す必要もないんだけど……)


 ギンの生い立ちを知った今となっては、黙っているのが心苦しくすらあった。


(でも会いたくないって言われちゃったし……)


 結局、打ち明けるタイミングを見つけられないまま、今に至る。


「春奈はどう思う?」

「どう思うって聞かれても……」

「ほら、こことか!」


 アンリが動画を一時停止させる。

 シークバーと、


【ジロー切り抜き】配信切り忘れ。ジローは着痩せするタイプ【筋肉エ⚪︎過ぎ注意】


 というタイトルが浮かび上がってくる。


「やっぱ腹筋だと思うんだよなぁ」

「私は筋肉とか詳しくないから……」

「素人の意見が聞きたい」


 ギンまで乗り気だ。


(素人って……)


 二人はプロなのだろうか。


「う〜ん……私はお尻とかかなぁ」


 話を合わせるつもりでそう言ったのに、二人は赤面して、


「は、春奈ったら……」

「……エッチだ」


 基準がわからない。

 それにあのきゅっと引き締まったお尻は、結構可愛いと思う。


 それからも二人はお兄さんの話題で盛り上がり、私は置いてけぼりだった。

 私は相槌に終始する。


「あはは。確かにジローってそういうところあるよねー」


 お兄さんのことを名前で呼ぶのは、ちょっと新鮮だった。


「……なぁ、ハルナ」


 ギンが不思議そうに、私の顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?」

「ハルナもジローが好きなのか?」

「え?」


 盛り上がっていたのは二人で、私は最低限しか会話に参加していない。

 なのにどうしていきなり、そんなことを尋ねてくるのか。


「なによ、急に」

「ジローの名前を呼ぶ時、なんか甘い匂いがするから」


 アンリの視線が気になった。

 私は手を振る。


「ないない。そりゃファンだから、好きか嫌いかで言ったら好きだけど。でもそういうんじゃないよ」

「そうなのか?」

「うん」


 ギンは腑に落ちていないみたいだったけれど、一応納得はしたようだ。


 それからも会話は弾んで、気づいたら日が暮れていた。


「そういやさ」


 ギンが思い出したように言う。


「なんかケーキを注文してるとか言ってなかったか?」

「あ!」


 私とアンリが同時に声を上げる。


「やばい、お店閉まっちゃう!」


 まだ片付けもしていないのに……。

 散らかったリビングの惨状にめまいすら覚える。


「いい、いい。片付けとくから、チェルシーが」

「誰? チェルシーさんって」


 私たちはギンにはやし立てられるようにして、拠点から追い出された。


「でもやっぱり、片付けくらいは……」

「チェルシーにそんな気遣いは無用だ」

「だから誰なの……」


 そっちの方が気を遣う。


「せっかくの誕生日なのに、ケーキがないと寂しいだろ」

「それはそうだけどさ……」

「ねえ、ギン」


 アンリが会話に入ってくる。


「よかったら一緒にケーキ食べない? うちにおいでよ」

「おー、ありがたいけど、やめとく。やっぱそういうのは、友達だけの方がいいだろ。悪かったな、今日は。わがまま言って付き合わせて」

「なに言ってるのよ。私たち、もう友達でしょ」


 ギンが目を丸くした。

 それから嬉しそうに破顔する。


「ありがとう。でもこのあと人と会う約束してんだ」

「チェルシーさん?」と私。

「そうそう。だから俺のことは気にしないでくれ」


 ギンが車を手配しようとしてくれたけれど、私たちは遠慮してタクシーを拾った。


「ねぇ、よかったの?」


 タクシーに乗り込んだところで、私はアンリに尋ねる。


「なにが?」

「ギンを家に誘ったりして」

「そりゃさすがに、あの話を聞いたらね。お兄ちゃんに合わせてあげたい」

「……そうだね」

「まあでも連絡先も交換したし、いくらでも機会はあるでしょ」

「……ごめんね、アンリ」

「え? なんで謝るの?」


 友達のことを信用しきれていなかった自分が恥ずかしい。

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