第15話 プール、スタイル、狼

 ギンが拠点を案内してくれる。


「ここがキッチン。ここが食堂。ここがゲストルーム。ここがトレーニングルーム。ここが便所。ここが浴室。ここが拷問部屋。ここが物置。ここがスタジオ。ここが資料室。ここがセーフルーム。ここが仮眠室。ここが実験部屋。ここがスタッフルーム。ここが会議室。ここが……」


(……なんか今一瞬、見ちゃいけないものを見た気が……)


 案内してくれている間、ギンは私にベッタリだった。

 パーソナルスペースが近いのかと思ったけれど、アンリに対してはベタベタしない。

 むしろ距離を置いているような気さえする。


「なんか春奈、ギンにめちゃくちゃ気に入られてない?」

「やっぱりそう思う? なんでだろう」

「逆に私は、ちょっと嫌われているような……」

「嫌われてるわけではないと思うけど……」


 不器用なりにアンリの誕生日を祝う気持ちがあるみたいだし。

 それに会話も普通にする。

 それなのに物理的に距離があるのだ。


(いや逆かな? 私との距離感がおかしいだけかも)


 数時間前に出会ったばかりなのに、ベタベタ感が付き合いたてのカップルのそれだ。


(……不思議と嫌じゃないから困る)


 渡り廊下を進んだ先には、屋外プールまであった。


「うわ、すっご」

「せっかくだし泳ぐか? 食後の運動がてら」

「いやでも、水着とか持ってきてないし」

「女しかいないんだし、気を遣うことないだろ」


 言うが早いか、ギンはスッポンポンになってプールに飛び込んだ。


「なにしてんだ、二人も来いよ。気持ちいいぞ」


 ギンの言う通り、ここにいるのは女だけど。

 それにちゃんとへいもあって、周りからは見えないような設計になっている。

 でも……。

 別の意味で脱げない理由ができてしまった。


「……アンリ、すごいね。外国の人って、みんなああなの?」


 スタイルが別格だ。

 もう骨格からして違う。

 あれだけ食べたというのに、お腹は全く膨らんでいない。

 あのバッキバキの腹筋が押さえ込んでいるのだ。


 アンリがゴクリと唾を飲んだ。


「あれがSランクの冒険者……」

「ランク関係ないって」


 今度は私が突っ込む番だった。

 アンリがキッと睨んでくる。


「春奈はスタイルいいからって、余裕ぶっちゃって」

「そういうわけじゃ」

「ふん。私だって大人になれば、きっとあれくらいには成長してるはず!」

「え? いやいや……」

「なによ。わかんないでしょ」

「そうじゃなくて……ギンは歳下だからね?」

「……え?」

「確かまだ十四歳とかだった気がする」


 だからこそ、彼女は最年少のSランク冒険者なのだ。


 アンリがポカンとした顔で、気持ちよさそうに背泳ぎするギンを見る。

 二つの大きな浮島うきしま


「あの……ギンさん?」

「ん? なんだ?」

「ギンさんって、十四歳なんですか?」

「おお、らしいな」

「らしいってなんですか」

「子供の頃、狼に育てられてたから、よくわかんねえんだ。大体それくらいらしいけど」


 狼に育てられた?

 なんだそれ、と思ったけれど、ギンにふざけた様子はない。

 

「でも誕生日は一月二十二日。これは絶対!」

「どうして?」

「俺がジローと出会った日だから」


 ギンはにっと歯を見せて笑う。


「あ……」

「どうしたの、アンリ?」

「そういえば、お兄ちゃんが昔、そんな話をしていたような……」


 アンリが小声で話す。


「狼に育てられた少女を保護したとかなんとか。また変なキノコでも食べて幻覚を見てるんだと思って、スルーしてたけど……」


 じゃあギンの言うことは本当なのだろうか?


「俺の名前も、ジローが付けてくれたんだぜー」


 ギンはどこか誇らしげだ。


「……もしかして、銀髪だからギン?」

「……かもね」

「お兄さん、自分のジローラモって名前、嫌ってたよね?」

「うん」

「なのに外国人に思いっきり日本語の名前つけてるじゃん」

「……ごめんなさい」

「なんでアンリが謝るのよ」

「本当、お兄ちゃんったら……」


 やっぱりネーミングセンスは遺伝するのだろうか。

 まだ二人の両親と顔を合わせたことはない。

 世界中を旅していて、アンリもお兄さんもたまにしか会わないらしい。

 どんな人たちなのか、余計に興味が湧いてきた。


(ということは、ギンの話は本当なんだ……)


「おーい、なにしてんだよ。二人も泳げって」


 無茶を言うな。

 自分のプロポーションに殺傷能力(女の自尊心への)があることを、もっと自覚するべきだ。


 とはいえギンは本当に気持ちよさそうに泳ぐ。

 スカートだったらよかったんだけど、私もアンリもズボンだった。


 全裸のギンが恥ずかしげもなくしていることで、私たちの中でも羞恥心のハードルが下がる。

 ズボンを脱いで、プールサイドに腰掛けた。

 プールは温水で、足をつけると気持ちがよかった。


 しばらくプールで戯れたあと、建物の中に戻ることになったんだけど……。


「ちょっと待って、ギン! そんなびしょ濡れのまま建物に入っちゃダメだって!」

「おー、でもタオル持ってきてないし」

「私がとってくるから」


 私も足が濡れているけれど、髪までずぶ濡れのギンに比べればマシだ。

 出来るだけ足の水気を切ってから、タオルを取りに洗面所に向かう。


(ここ、UDの拠点なんだよね……なのに私は単独で……)


 しかも今はズボンを履いていない。

 オーバーサイズのシャツのおかげでパンツは隠れているけれど、彼シャツを着たあざとい女みたいになってしまっている。


(こんな姿でUDの拠点内を……考えないことにしよう……)


 渡り廊下で全裸待機していたギンにバスタオルを被せ、わしわしと拭いてやる。

 ギンはされるがままだ。


(なんか大型犬みたい……生い立ちを聞いたせいかもしれないけれど……)


 ギンが唐突に抱きついてくる。


「えぇ!? ちょ、ギン……」


 ずっと距離感が近かったけれど、さすがに全裸で抱きつかれるのはドギマギする。


「ちょっと、なにやって……」

「んふふ」


 ギンは大きく息を吸い、幸せそうに笑った。

 その時になって、私は理解する。


 ギンに他意はないのだ。

 私たちをめようとか、騙してやろうとか、微塵みじんも考えていない。

 私たちが勝手に勘繰かんぐっていただけだ。


(この子はただ、お兄さんの匂いが懐かしいだけなんだ……)


 胸がきゅっとなる。

 急に愛しさが込み上げてくる。


「……ねえ、ギン」

「ん? なんだ?」

「お兄……ジローに会いたい?」

「もちろん! 会いたいに決まって……」


 そこまで言いかけて、ギンは急にフリーズする。


「え? どうしたの、ギン」

「……やっぱり会いたくない」

「えぇ!? なんで!?」

「……わからん。なんでだろう?」

「私に聞かれても……」


 困った。

 ギンがお兄さんに会いたいと言えば、本当のことを打ち明けて、家まで連れ帰るつもりだったのに。

 アンリも、ギンの生い立ちを知ったからには反対しないだろう。


 兄狂あにぐるいのアンリとはいえ、その程度の良識は持ち合わせている……はずだ。

 ……たぶん。

 私は友達を信じたい。


 でも本人に「会いたくない」と言われてしまうと、どうしようもなかった。

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