第14話 罠、豆腐建築、満漢全席

 もしかして、最初から罠だったのだろうか。

 私たちとお兄さんの関係なんて、とっくに知られていて……。


(罠にしては、出会い方が雑だったけれど……)


 いきなり腕を掴まれて匂いを嗅がれたのだ。

 とても計画されたものだとは思えない。


 でもだからこそ、ここまで着いてきたとも言える。

 もしもっと自然な、作られたような出会い方だったら、私たちはもっと警戒していたはずだから。


(ギンのあの裏のなさそうな感じも、全部演技だったのかな……)


 ショックを受けている自分に気付き、ギンに好感を持っていたんだと自覚する。


 考えてみれば、おかしな話だ。

 初対面なのに誕生日を一緒に祝おうだなんて。

 裏があるに決まっていた。

 

(でもここまできて、今更帰るなんて……ああ、ノーと言えない日本人の血が騒ぐ……)


 そんなふうに私がテンパっているのに、アンリは躊躇ちゅうちょなく足を踏み出した。


「ちょっと、アンリ。ここは……」

「わかってるよ。ちょうどいいじゃん。虎穴こけつにわざわざ招いてくれるなんて」


 アンリはお邪魔しまーすとのんきに言って、ギンに続いて敷地に入って行った。


(……カッケー)


 なら私も、友達を信じて着いて行くだけだ。


 UDの拠点は、コンクリート造の建物だった。

 外観は非常に無骨。

 マイクラ初心者が作った豆腐建築みたいだ。


 でもそれはきっと、内部構造を悟らせないための、非常に合理的な理由からなのだろう。

 実際、何階建てかもよくわからない。


 友達を信じると決めたばかりだけど、やっぱり不安になってきた。

 私はアンリにそっと耳打ちする。


「アンリ、本当に大丈夫なんだよね?」

「うん。もしもの時はお兄ちゃんが助けてくれるでしょ」

「……え?」

「捕まっちゃった私を助けるために、お兄ちゃんが必死になってそこら中を駆け回って……うふふ」

「……」


 ああ、これはあれだ。

 いつものやつだ。

 まさかこのタイミングで、ポンコツスイッチが入るとは……。


(私だけでも帰ってればよかった……)


 だが今更もう遅い。

 すでに建物の中にまで足を踏み入れてしまった。


 中は外観から想像できないほど、瀟洒しょうしゃな造りになっていた。

 やはりあの無骨な佇まいは、あえてなのだ。

 虎穴どころか虎口ここうに自ら飛び込んでいる気持ちになってくる。


 私たちはリビングに通された。

 この規模の建物で、しかもギルドの拠点なのだから、応接間もきっとあるはずなのに……。

 こんなプライベートな空間に通されたことを、どういうふうに受け止めればいいのか判断に困った。


(なんか、全部に裏があるように思えてくる……)


 私とアンリは、二人掛けのソファに並んで座る。

 ローテーブルを挟んで向かいにも、同じ革張りのソファが置かれている。


「二人は昼飯は?」


 ギンが尋ねてきた。


「まだだけど」

「じゃあ出前でも頼もう。食べられないものはあるか?」

「いや、特にないよ」

「そうか。じゃあ適当に注文するぞ」

「うん、ありがとー。ちょうどお腹が空いてきたところだから」


 アンリが普通に受け答えするれけど、私はそれどころじゃなかった。

 お腹なんて、緊張のせいで全く空いていない。


 注文をするために、ギンが一旦退席する。

 その隙にアンリと相談したかったんだけど、ギンはすぐに戻ってきた。

 きっと駐在のスタッフに注文を任せてきたのだろう。


 ギンはそのまま近づいてきてーー。

 向かいのソファではなく、私の隣に腰を下ろした。


「……え?」

「ん? なんだ?」

「いや、向かいのソファに……」

「まあ、いいじゃんか」


 いいじゃんかって……。

 二人掛けのソファなのだ。

 三人で座るにはキツすぎる。


「あ、じゃあ私が向こうに……」


 押し出されるように、アンリが向かいのソファに移動した。


「んふふ」


 ギンはなぜか上機嫌だ。


(本当に、なにを考えてるのかわからない……)


 それから二十分ほどして出前が届いたんだけど……。


「なに、この量……」


 ローテーブルを埋め尽くすほどの料理が届いた。

 満漢全席まんかんぜんせきみたいになっている。


「今日はアンリの誕生日なんだろ? 祝い祝い」

「そうだけど……」

「さ、食べようぜー」


 ギンは料理に手を伸ばしかけ、ハッと思い出したように手を合わせた。


「いただきます」


 私とアンリもそれに習う。


 私もアンリも、普通の人より食べるほうだ。

 ギンに至っては信じられないレベルの健啖家けんたんかで、次々とその細い体に料理を詰め込んでいく。

 でも食べたそばから時間差で新しい料理が届き、肉体的にも精神的にもかなりキツかった。


 七割くらい食べたところで、私もアンリも限界を迎える。

 ギンにはまだ余裕がありそうだけれど、ちょうど腹八分目のいい頃合いなのか、食べる手は止まっていた。


「もう無理……これ以上は吐く……」

「私も……」

「そんな無理して食べることないだろ」

「そうだけど……でも日本ではね、食べ物を残すのは、よくないことってされてるの」

「おー、そうなのか?」

「うん」

「じゃあ残すわけにはいかないな」


 ギンが腕まくりをする。


「こういうの、なんて言うんだっけ? ゴーゴーゴーみたいな」

「郷に入っては郷に従え?」

「それだ」


 ギンが日本の文化を尊重してくれようとしているのだ。

 だったら私たちも応えないわけにはいかない。

 もうパンパンの腹に、さらに料理を詰め込んでいく。

 カンストした血糖値がバグり始める。


「……なんか眠くなってきた」

「ダメよ、春奈! 寝たら死んじゃう!」

「あぁ、ゆすらないで……それ雪山ぁ……雪山だからぁ……」


 それから一時間かけて、なんとか全てを食べ切った。


「……アンリ、生きてる?」

「死んだ」

「私も」


 さすがのギンも限界のようで、私の上に倒れ込んでくる。


「ちょっとギン! 本当に吐いちゃうからっ」

「あ、ケーキ忘れてた。今から頼む?」

「無理無理無理」

「ケーキはもう予約してるから。帰りに受け取る予定だから」


 全力で遠慮する。


 アンリが立ち上がった。


「座ってると胃が圧迫されちゃう……」

「私も……ちょっと歩きたい」

「お、じゃあせっかくだし、家ん中探検するか?」


 ギンの言葉に、ここがUDの拠点であることを思い出す。


「いいの?」

「ダメだけど特別にな。アンリの誕生日だし」

「誕生日関係ない……」


 食べることに必死で忘れていたけれど、UDの目的を探るために着いてきたのだ。

 ギンの提案は、願ってもないものだった。

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