第13話 United Dungeon、一人称、治外法権

「なんでそんな人がお兄ちゃんのことを?」

「わからないから焦ってるんじゃない」

「でも、そこまで過剰に反応すること? いくらSランクだからって、いきなり襲ってくるわけじゃないんだから」

「それはそうだけど……」


 アンリの言う通りだ。

 相手の目的もわからないうちから、ここまでテンパっていては世話がない。


「……でも彼女は、最近UDに引き抜かれてるから……」

「UDって、あの?」


 私は頷く。


 ユナイテッドUダンジョンD


 世界で唯一の


 本来、そんなものが存在するわけがないのだ。

 ダンジョンは資源の宝庫だ。

 余所者よそものに荒らされることをよしとするわけがない。


 でもその障壁を、UDは力で捩じ伏せてしまった。

 資金力も軍事力も、小国に匹敵するとまで言われていて、今もなお勢力を拡大している。


 国際ギルドと言っても、実情は無国籍ギルドと呼んだ方が正しい。

 世界中に拠点を持つものの、どこの国にも所属していない、国家から完全に独立した組織なのだ。

 だからこそ、今の立場にいられるのだろう。


 どこかの国にくみしていれば、戦争の火種になっていたはずだ。

 UDを潰す口実なんて、いくらでもあるのだから。

 でもそうはなっていない。

 その絶妙なバランス感覚と政治力も、UDの強みだった。


(まあでも、戦争になったからといって、UDが潰されるかはわからないけど)


 勝つのはUDかもしれない。

 滅ぶのは相手の方かもしれない。

 それがたとえ、大国であったとしても。


 そう思わせるだけのものが、UDにはある。

 だからどの国も、おいそれと手出しができないのだ。


(UDがとうとう、お兄さんに目をつけた?)


 わざわざSランクの冒険者を送り込んできたのだとしたら、間違いなく本気だ。

 ただの勧誘なら問題はない。

 でも、もし万が一、相手が敵対的だったとしたら?


「……いくらお兄さんでも、UDを敵に回しちゃいけない」

「そうだね」


 アンリも神妙な顔で頷く。

 ミボランテなんかとは格が違うのだ。


 いや、敵に回しちゃいけないのは、UDというよりも……。


「……それはそうと、アンリ。私の勘違いならいいんだけど……なんか着いてきてない?」

「しっ! 気づかないふりしてやり過ごすのよ」

「なあ、あなたら」


 ダメだ、話しかけてきやがった。


「本当にジローを知らないのか?」

「いや、だから知ってはいますよ。でもなんで私たちにそんなこと聞くんですか?」

「だってジローの匂いが……」

「それは……」


 アンリはしばらく考えてから、


「あれですよ、あれ。日本じゃジローの人気は凄まじいですから。ジロー臭の香水が発売されてるんですよ」


(あ、こいつ……面倒臭くなりやがった)


 アンリにはこういうところがある。

 基本的にお兄さんにしか興味がないから。


(さすがにこんな嘘では……)


 と思ったのに、彼女は目をキラキラさせて、


「俺も欲しい!」

「非売品なんですよ」

「さっき発売されてるって言ってただろ」

「言葉の綾です」

「じゃあ売ってくれ! 五億円! 五億で買う!」

「使い切っちゃったんですよ〜」


 適当すぎる。


「そういうことなので。失礼します」

「待てって。なんでそんなに急いでるんだよ」

「今日はこの子の誕生日なんですよ」

「予定は決まってるのか?」

「それはまだですけど……」

「じゃあうちに来い! 一緒に祝おう!」

「いや、私たち初対面じゃないですか……」


 私はアンリの袖を引っ張る。


「なに?」

「ちょっと……あの、ギンさん」

「ギンでいい」

「じゃあ、ギン」


 普段の私なら遠慮するところだけど、今回は素直に従う。

 某万事屋ぼうよろずやの顔がチラついて仕方なかったから。


「ちょっと二人で相談してもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 私はギンに話を聞かれない位置までアンリを引っ張っていった。


「どうしたの?」

「彼女の提案に乗るのもいいかなって思って。ほら、このままだと家まで着いてきそうだし、UDの目的も知りたいし」

「でも……」

「それに彼女に敵意はなさそうでしょ」


 だからと言って油断はできないけれど。

 彼女の敵意とUDの目的は、全く別の話だ。

 だからこそ、今のうちにこちらから彼女に近づくのは、悪くない考えだと思う。


「う〜ん、でもなぁ……」

「どこに引っ掛かってるの?」

「だって彼女、一人称が俺だよ? なんか怖くない?」

「いや、それはそっとしといてあげようよ……」


 私にも一人称が「ぼく」だった時期がある。

 クラスの男子に全力でバカにされて速攻でやめたけど。

 思い出したくもない黒歴史だ。


「まあでも確かに、春奈の言う通りかもね」

「でしょ?」

「あんな美人、お兄ちゃんに近づけさせるわけにはいかないもん」

「あー、うん。なんかちょっと違うけど……まあそれでいいよ」


 ギンの元に戻り、提案を受けることを告げる。

 すると花が咲くようにギンは笑った。

 本当に嬉しそうだ。


(やっぱり敵意が感じられない……)


 ビビり散らかしていた自分はなんだったんだろうと思えるほど。


「じゃあちょっと待っててくれ。すぐに車を呼ぶから」


 ギンが電話をすると、ものの五分で黒塗りのゴツい車が駆けつけてきた。


「……ベンツだ」


 車には詳しくないけれど、こんな感じで駆けつけてくる黒塗りのゴツい車は、ベンツと相場が決まっている。


「春奈。これBMWだよ」

「……なんてこった」


 私の中で常識が引っくり返る。


 ギンが助手席に、私たちが後部座席に乗り込む。

 運転手にギンが英語で目的地を告げた。

 三十代半ばくらいの白人男性が、


「yes sir」


 と答える。


(本当にサーとか言うんだ……)


 それも車と同じくらいゴツい男性が。

 ちょっと心を許し始めていたけれど、やっぱりギンは私たちと住む世界が違うのだと、気持ちを引き締め直した。


「そういえば名前を聞いてなかったな」


 車が発進したところでギンが言った。

 なんて答えるべきか迷っていると、


「私はアンリです」


 とアンリが道を示してくれる。


「私は春奈です」


 偽名を使うのは気が引けるけれど、かといってフルネームを教えるのもまだ怖い。

 彼女もギンとしか名乗っていないから、礼儀知らずにはならないはずだ。


「そうか」

「あの、私もギンって呼んでいいですか?」

「ああ。敬語も必要ない」

「じゃあギン。どうして自分のこと俺って呼ぶの?」

「ちょっと、アンリ!?」

「いやだって、こういうのは言ってあげたほうがいいかなって。彼女の立場的に、周りに指摘できる人がいないのかもしれないし」

「だからって……」


 確かにそれは、私の価値観とも合致するけれど……。

 でもこれは本当にセンシティブな問題なのだ。

 場合によっては心に一生消えない傷を負ってしまう。


「変か?」

「変ってほどでもないけど、やっぱり違和感はあるかな」

「で、でもギンは格好いい系の美人だから似合ってるよっ」


 ついよくわからないフォローをしてしまう。

 半分は過去の自分に向けて。


「やっぱりそうか。よく言われるんだ。でも、いいんだ。俺は俺だから」


 振り返った彼女の顔は、どこか誇らしげだった。


「……すごい。これがSランクの冒険者……速攻で心が折れた私なんかとは、全然違う……」

「どこでSランクのすごさ実感してんのよ……絶対そこじゃないからね」


 そうこうしているうちに、車は目的地に着く。

「うちに来い」なんて言うから、てっきり家に招かれるのかと思っていたけれど……。

 考えてみれば彼女は異邦人だ。

 招く家なんて、最初からないのだろう。


(でもだからって、ここは……)


 要塞。

 そう思えるほどに、厳重な警備がなされた建物だ。

 UDの拠点の一つ。


「どうした? 入れ」


 ダンジョンのボス部屋の扉みたいな門扉の前で、ギンが手招きをする。

 ……いや、これは多分、わざとボス部屋の扉に寄せて作ってあるのだろう。

 趣味が悪いと言わざるを得なかった。

 でも部外者を威圧するには、これ以上にない。


「入れと言われましても……」


 拠点とは言っても、扱いは大使館とほぼ変わらない。

 つまり、この門を潜った先は、治外法権だ。

 日本の法律が適応されない場所。

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