第6話 ミボランテ事件、観光パス
ミボランテは、日本最大規模を誇るのギルド、だった。
そう、それはもう過去の話だ。
一年前、ミボランテは壊滅させられた。
たった一人の手によって。
元々ミボランテは、評判がすこぶる悪いギルドだった。
狩場の独占、横取り、他ギルドへの妨害活動や嫌がらせ、強引な引き抜き。
ダンジョンヤクザなんて呼ばれるほど、彼らの行為は目に余るものだった。
当然苦情が
一部の官僚や政治家が、ミボランテから多額の金を受け取っていたことがのちに明るみになるが、当時は完全にミボランテの天下だった。
日本のダンジョンビジネスを実質的に
そのミボランテが、ジローに目をつけた。
ギルドの総力を上げて、ネガティブキャンペーンを行なったのだ。
なぜジローがターゲットにされたのか。
政治的な理由だとか、利権が関わっているだとか、
本当の理由がなんだったのかは、ミボランテが滅んだ今となってはわからない。
でも一番の理由は多分、単純にプライドが傷つけられたからだと私は思う。
冒険者たちの間で、よく言われていたのだ。
「調子に乗ってるけど、あいつらが束になっても、ジロー一人に勝てない」
他人の名前を使うなんて、卑怯で情けない話だ。
でもそれは紛れもない事実だった。
だからこそミボランテも、無視することができなかったのだろう。
(お兄さんも、いい迷惑だよね)
最初は軽い挑発から始まった。
「
「フェイクも多く混じってる」
「演出が上手いだけの詐欺師」
「ワームを食べるのはさすがにキモい」
それに対して、ジローはなんの反応もしなかった。
完全な無視だ。
それが余計にプライドを刺激したようで、嫌がらせは過激になっていく。
ジローの顔がプリントされた紙を燃やしたり、等身大のジロー人形を作ってズタズタに引き裂いたり。
最終的にはジローに
この行き過ぎた行為には、さすがのダンジョン省も黙っているわけにはいかず、警告を出した。
「懸賞金はジローの情報にかけていただけで、危害を加える意図はなかった」
ミボランテは、そんな愚にもつかない言い訳をした。
それどころか炎上したことを逆手にとって、ヘイトスピーチを行う始末。
「なぜそこまで正体を隠すのか」
「なにかやましいことがあるんじゃないのか」
「犯罪者」
「世間の人々のためにも、徹底的に身元調査をするべき」
「ダンジョンから出てきて弁明しろ」
自分たちのことを棚に上げて、まるでジローを社会悪のように扱った。
そして信じられないことに、ダンジョン省はミボランテの言い分を認めたのだ。
あれだけのことをしておきながら、お
それどころか、ジローに出頭するように声明を出しすらした。
それがどんな事態を招いたのか……。
誰しもが知るところだ。
ミボランテは、徹底的に潰された。
日本各地にある支部が次々に襲撃され、最後は本部が跡形もなく……。
不正の数々も明るみになり、官僚や政治家を含む大勢の逮捕者が出た。
おかげで現在のダンジョン省は膿が出て、かなりまともになったという話だ。
ミボランテを襲撃した犯人は、今もなおわかってはいない。
これだけの事件でありながら、証拠がなに一つ残されていなかったからだ。
でもこんなことできるのは……。
(考えてみたら私、世界有数のギルドを単独で潰せるような人と、仲がいいんだよな……)
でも本人の人となりをよく知る身としては、怖いという感情は湧いてこない。
そもそも、ちょっかいを出したのはミボランテなのだ。
(完全に過剰防衛だけど……いや、そもそも防衛ですらないのかな?)
元々が
ミボランテの構成員も、甘い汁を吸っていたのは幹部連中だけで、下っ端は
そんなギルドを潰したとなっては、むしろヒーロー扱いされてもおかしくないはずだ。
でもそうならなかったのには、また別の原因があった。
それが、観光パスの存在だ。
一般人がダンジョンに入るには、ギルドに所属して冒険者になるか、観光パスを購入するしかない。
観光パスの購入者には、小さな巾着袋が渡される。
雑貨屋や工芸品店で購入したものは別として、ダンジョン内で得たアイテムは、その巾着に入り切るものしか持ち帰れない決まりだ(それも自分の手で入手したアイテムに限られる)。
ダンジョンの上層階で手に入るアイテムなんて、大したものではない。
観光客に記念品を持ち帰らせるための決まり、とされているが、実際は脱税対策の側面が強かったりする。
冒険者が得たアイテムは
冒険者はそこからさらにギルドにマージンを支払わなければならない。
ギルドとの契約内容は人それぞれだけれど、冒険者の手元に残るのは五割から多くて六割程度。
経費を引けばもっと少なくなる。
そのせいで観光客にアイテムを持ち帰らせる脱税法が、一時期流行ったのだ。
現状に不満を持つ冒険者は多い。
でも今のところ一番利が大きいのが、冒険者になることだ。
ギルドからのサポートが得られるし、意外と福利厚生がしっかりしている。
なにより命を預ける仲間を見つけやすい。
本格的にダンジョンに潜るなら、冒険者になる以外の選択肢はなかった。
それなのに……。
ジローは未だに、冒険者登録を行なっていないのだ。
どこのギルドにも所属せず、毎回観光パスを買っている。
なぜそんな利のないことをするのか。
冒険者になった方が
ジローのネームバリューがあれば、
一つだけ……。
たった一つだけ、観光パスに利点があるとすれば、それは身元を明かす必要がないことだ。
でも、だからといって……。
想像してみてほしい。
屈強な冒険者が装備を整え、パーティを組み、あらゆる対策を立て、万全の準備をした上で挑むのが、ダンジョンというものだ。
それでも命の保証はどこにもない。
なのにジローは、ふらりと軽装備で現れて、ソロで深層階まで潜っていくのだ。
そして希少なアイテムを大量に持ち帰ってきたかと思ったら、その全てを抵抗なく国に、ダンジョン省に納めてしまう。
ミボランテの件で、ダンジョン省とは因縁があるはずなのにだ。
どうしてそこまでして、素性を隠すのか。
そもそも、あの異常な強さは……。
ミボランテを潰したのも、喧嘩を売られたからではなく、身元を探られたからなんじゃないか。
そんなジローが、周りの目には、どのように映るのか。
ーーアイテムはくれてやる。だから、
震え上がるには十分すぎる。
冒険者たちだけではなく、国家機関までもが。
(まあ実際は、お兄さんに冒険者って自覚がないだけなんだけど。自分のこと、未だにただのキャンプ好きだと思ってるし)
アイテムを納めるのだって、本当にただ
なんなら素敵なキャンプ場を貸してくれているのだから、それくらいはして当然と思っている節さえある。
(だから自分のものになるわけでもないのに、律儀にアイテムを持ち帰ってくるんだろうなぁ。本当に人がいいんだから、お兄さんは)
それからまた別のニュースが目に止まる。
見世物として捕まっていたオロチマルが逃げ出し、間一髪のところで襲われていた女性を救ったとか。
そして礼も
ただジローは去り際に、その女性に指輪を贈った。
時価二千万を超える、高価な指輪を。
女性がインタビューを受けている映像も、ほんの数分前にアップされていた。
プロポーズを受けた直後のように、顔を上気させてはしゃいでいる。
その左手の薬指には、
「プロポーズしたみたいになってる……なにをやってるんだか、あの人は……本当に面白いなぁ」
でもこのニュースはアンリには見せられないな、と思った時。
インターホンが鳴る。
こんな朝っぱらから誰だろうと思ったけれど、考えてみれば一人しかいない。
まだカフェインが頭に回っていないようだ。
私は立ち上がり、玄関に向かった。
扉を開けると、案の定。
「やぁ、お帰りなさい、お兄さん」
ただのキャンプ好き(ただし世界最強)が、そこにいる。
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