第3話 タウン、パーク、そしてエラー

「どんどん開発されていってる……人間ってすげえな……」


 素直な感想が口をついて出る。

 東池袋S級ダンジョン、一階層。

 ……なのだが。

 ここは本当にダンジョンの中なのかと、疑いたくなる。


「魔法体験していきませんかー。今なら新規様限定で、割引セールやってまーす」

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! わざわざ十階層にまで潜って生け捕りにしてきたオロチマルだよ!」

「ゲテモノ魔獣料理が食べられるのはここだけ! せっかくダンジョンまで来たのに、地上と大差ないもの食べてどうするの!?」

「刺激的なツアー体験をしたい方はいませんか! C級を含む五人の冒険者が、護衛兼ガイドとして、三階層まで安全にお連れします!」


 デパ地下と祭りの出店が混ざったような雰囲気だ。

 ダンジョンの岩壁は剥き出しで、深層階ほどではないけれど薄暗い。

 でもそういうコンセプトの商業施設だと言われれば、その通りに見える。


 

 今では珍しくもなんともない。

 規模の差こそあれ、どこのダンジョンでも見られる光景だ。


「ちょっと、そこのお兄さん!」


 四十前後のおじさんが声をかけてくる。


「うちじゃダンジョンで取れた素材を使った工芸品を扱っててよ。よかったら……」


 おじさんはハッと顔をこわばらせた。


「……あー。そうだ、いけねぇいけねぇ。仕入れ作業しなきゃいけないのを忘れてた」


 きびすを返して、店の中に戻ってしまう。


 さぁっと、潮が引くようだった。


(さっきまであんなに騒がしかったのに、なんか急に静かになったような……)


「あの人って……」

「馬鹿っ。指を差すなっ」

「なんでこんなに早く……」


 ヒソヒソとか交わされる声。


(うぅ、嫌だ……子供のころに、からかわれまくったトラウマのせいで、周りが俺の話をしているように感じる……)


 自意識過剰すぎるとわかっていても、心の傷に由来ゆらいするものだから、どうすることもできない。

 試しに周囲を見渡してみたけれど、誰とも目が合わなかった。


(ほら、やっぱり。考えすぎだよな)


 むしろ露骨に目を逸らされたような気さえする。

 それも被害妄想なのだろう。


 これだけ人がごった返しているのに、進行方向に道ができる。

 まるで避けられてるみたいだが、これも被害妄想なのだろうか?


(いや、さすがにこれは勘違いじゃないよな……やっぱ臭うのかな……できるだけ清潔にしてるつもりなんだけど……)


 服をくんくんと臭ってみたけど、自分の体臭はよくわからない。

 今回は一週間程度のキャンプで、普段に比べればかなり早く切り上げてきた。

 それなのに避けられ方は、いつもと変わらない。


(ここまでくると、一週間風呂に入ってないとか関係なく、シンプルに臭い可能性があるな……)


 さすがにちょっと傷つく。

 ほんの数年前までは、こんなふうに避けられることもなかったのに。


(まさか、加齢臭!? いやでも、俺はまだそんな歳じゃ……)


 ダンジョンパークを歩いていると、野営している人々がよく目につく。


(こんなところにテントを張っても、キャンプの楽しさの百分の一も味わえないだろうに)


 キャンプ好きとしては、そんなふうに考えてしまう。

 でも彼らからしてみれば、大きなお世話に違いない。

 そもそも彼らは、好きで野営をしているわけではないからだ。

 ダンジョンパークには、宿泊施設が存在しないのだ。


 その理由は、これまたややこしい。

 ダンジョンパークの歴史が関わってくる。


 今から六年前、つまりダンジョン歴二年のこと。

 アメリカ、ペンシルベニア州のラストヘイブン錆の安息地に出現したダンジョンが、ダンジョンパーク発祥の地とされている。


 さすがはアメリカ。

 いち早くダンジョンを開発してしまうなんて先進的だと、そう思うかもしれない。

 でも実情は違う。

 ラストヘイブンは、アメリカでも屈指のスラム街なのだ。

 元々は製鉄業や炭鉱業で栄えていたけれど、時代の趨勢すうせいとともに寂れてしまった。


 その結果、日本でも外務省が直々に、立ち寄るなと御触おふれを出すほど荒廃してしまう。

 犯罪件数、ギャングの数、ホームレスの数、共に人口比で世界一。

 人の命が、一セント硬貨よりは重いけれど、一ドル紙幣よりは軽い。

 そんなふうに言われる土地だ。


 ラストヘイブンの住民たちは、地上に住むよりも、ダンジョンに住むことを選んだ。

 ダンジョンの中は雨が降らない。

 四季もないから、凍えることも暑さに苦しむこともない。


 もちろん魔物は存在した。

 でも、それがなんだというのか。

 ラストヘイブンでは、ひとかけらのパンを争って殺人が起きる。


 人を殺すよりも、魔物を殺す方がいい。

 人に殺されるよりも、魔物に殺される方がいい。


 なによりダンジョンでは一攫千金いっかくせんきんが狙えた。

 資源が豊富だから、奪い合いになることもない。


 いやそんな理屈よりもまず、本当は彼らだって人を傷つけたくはなかったのだろう。

 生きるため、家族を守るため、他人から奪う以外の選択肢がなかったのだ。

 彼らは、ダンジョンの中では助け合うことを選んだ。


 もちろん中には、うまい汁を吸おうとする連中もいた。

 ゲートの所有権を主張して、通行料を請求したり、上前を寄越すように脅したり。

 だけどそう言った連中は、自分で戦うこともできない弱虫とみなされた。


 ダンジョンでは銃が使えない。

 爆弾なんかも同様だ。

 物好きな人間が、火縄銃やダイナマイトを持ち込んで試してみても、やはり不発。

 刃物や鈍器のような原始的な武器しか用を成さない。

 ダンジョンは純粋な強さがものを言う場所なのだ。


 地上ではふんぞり返っていたギャングのボスが、ダンジョンの中では弱者になる。

 完全な下剋上だ。

 とはいえギャングたちも黙ってはおらず、ダンジョンから出てきたところを問答無用で銃撃して金目の物を奪う、なんて事件が多発した。

 ダンジョンの中より外の方が危険だなんて、皮肉な話だ。


 だけどそれも、次第に沈静化する。

 ギャングとして外で活動するより、ダンジョンに潜った方が有意義なのだ。

 構成員がどんどんダンジョンに流れていき、裸の王様になったギャングのボスは、行方をくらました。

 身の危険を感じて逃げたのか、それとも……。


 部外者の俺には詳細まではわからない。

 そもそもこの話自体、聞きかじったものだ。

 妹にダンジョンマニアの友達がいて、その子が色々と教えてくれるのだ。


 ギャングのボスに拳銃を突きつけられた十二、三歳くらいの少年が、


「で?」


 と一言だけ返したというエピソードが、個人的にはお気に入りだけど、それも本当にあった出来事なのかはわからない。


 とにかく、そのようにしてラストヘイブンダンジョンは栄えていった。

 ダンジョンの中に家を建て、大勢の人が暮らす。

 一階層がまるまる、一つの街として機能し、ダンジョンと呼ばれるまでになる。


 でもある日、悲劇が起こった。

 のちと呼ばれる大惨劇だ。

 初めてゲートが見つかってからの七年間で、数える程度しか観測されていない。

 だが一つ確実に言えるのは、ラストヘイブンで起こったものが、最初で最悪のダンジョンエラーだということだ。


 ラストヘイブンの人々は、ダンジョンタウンで平和に暮らしていた。

 魔物が湧くことがあっても、共助システムが出来上がっていて、問題なく対処することができた。

 そもそも一階層に湧く魔物なんて高が知れているし、数的有利も完全に逆転していた。


 それなのに……。

 ダンジョン歴三年、二月十六日。

 強力な魔物が群をなして押し寄せ、ダンジョンタウンを襲った。

 死者の数が、優に千を越す大災害。


 その事件は世界中を震撼しんかんさせ、ダンジョンの危険性を再認識させることになる。

 ダンジョンに潜る人の数が激減し、俺も妹から固く禁じられた。


「キャンプなら別に地上でもできるでしょ」


 妹はなにもわかっていない。

 一度ダンジョンキャンプの良さを知ってしまうと、もう普通のキャンプには戻れないのだ。

 でも妹に、


「もし勝手にダンジョンに潜ったら、兄妹の縁を切るから!」


 とまで言われてしまっては、俺も泣く泣く我慢するしかなかった。


 それから時間が経ち……。

 人間がたくましいのか、あるいは物忘れが激しいのか。

 それとも、人を惹き寄せるダンジョンの魔力のせいだろうか。

 今ではこの有様だ。


 もちろんラストヘイブンのような惨劇を二度と起こさないために、対策は立てられている。


 ダンジョンに潜るからには、日帰りは現実的ではない。

 俺も平気で何週間とキャンプするし、時には一ヶ月以上滞在することもある。

 ならラストヘイブンでダンジョンエラーが起きた原因はなにか。

 確証はどこにもないが、ダンジョンに住み着いたのがいけなかったのではないかと、仮説が立てられた。


 侵略は許しても、征服は許さない。

 それがダンジョンのおきてなのではないか。


 だからダンジョン内での、家屋および宿泊施設の建造が禁止されている。

 寝具の持ち込みも制限され、開発できるのもフロア面積の三割以下まで。

 そのように、国際ダンジョン法で定められたのだ。

 呼び名がダンジョンで統一されたのも同様の理由からだ。

 あくまでタウンではなくパーク公園なのだと。

 そうやって、住み着いているわけではないと言い張っているのだ。


(……誰相手に言い張ってるんだろう? ダンジョン相手に?)


 日本はその辺りの法律がガチガチで、規制もかなり厳しい。

 でも海外だと権力者やセレブなんかが、こっそりとダンジョン内に別荘を持っているという噂がある。

 それでも今のところ、ラストヘイブンのような惨劇は起きていない。


(でもだからって、これからも安全って保証はどこにもないけど)


 それこそ、今この瞬間にダンジョンエラーが起きたとしても、おかしくはーー


「キャアアアアア!」


 女性の甲高い悲鳴が。

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