第15話中編 予想外のものが釣れまして



「うわあ~……」



 多分、俺だけじゃなくて背中に隠れてるンジもほぼ同タイミングで同じ事言ってたぞ。



 だってさあ~…未だ微妙な顔付きの半濡れダンディーがズルズルとった網を引き摺る先。


 あのヒル魚とやらがびっしりと引っ付いた人間大の塊・・・・・が壕の水底から水揚げされたんだもん。



「うっ…ううっ…」


「ご!? ゴ主人しゃまあああ!!(ギュウウウウ~ッ)」


「痛タタタタタタ!? 分かったから落ち着けって! …ゴクリ。…本当にまだ生きてるみたいだぞ? どうなってんだ…」



 俺達は恐る恐るビチビチとのたうつ何か・・を再度観察する。



【マダラオオヒルウオ】

 ◆ウーグイース大陸中央と西部の広域に棲息する吸血魚の一種。

 ◆比較的汚れた水質を好むが、淡泊で臭みがなく食用に適している。



 へえ~。マダラオオヒルウオっていうんだ。

 あ。でもどの辺がマダラなん…――だじゃねえっ!?


 集ってるこの雑魚共が邪魔で俺の『鑑定』スキルが本体まで届かねえぞ。


 後、ちゃんと食えるのが判ったことは良しとしよう。



「とりま。このヒル野郎を取り除くぞ」


「承知した…」


「ヒィ…ヒィ…(※余りの恐怖でひとりだけ画風が変わるンジ)」



 ダンディーは平気だろうが、俺とンジの分の厚手の革手袋を持参していてたのが幸いしたな。

 何でもムールの親父さんが言うには稀にオニカサゴみたいな毒の棘を持つ魚も釣れることがあるそうだ。


 いや、そもそもこのウジャウジャ気持ち悪い奴について話しといて欲しかった。


 プチッブチッと雑魚共を取り除いて木桶に回収していくと、やがて塊の内部から俄かにが漏れ出した…!


 そして、粗方雑魚を引き剥がすとあの面白い髪型の若い男の姿が現れたのだ。

 しかも、何か光ってる…いや、光の膜に覆われている。

 何か知らんが俺の『鑑定』スキルでも表示がガビガビ(エラーによる文字化けみたいな)になっていて良く解らない。


「…まさかとは思ったが! 我が主人よ、この者は聖人・・やもしれん」


「聖人だあ?」


「しょ、書物で読んだことあるデス! 女神の寵愛を受けた、ま、稀人様が魔力とも違う聖なるを纏っていたとか…」


「うむ。自分も戦時中に一度だけ見た……まだ齢若いサピエンスの僧侶であった。彼の者は戦火の中、単身で和平の使者として極寒の北皇国アルス。そして、我が故郷のある亜人国ズーランを巡り歩き、その纏う女神の光はあらゆる剣も矢玉も魔法も弾き返したのだ…!」


「凄い奴が居たんだな?」


「ああ…」



 ダンディーが何処か遠くを眺めて目を細めていたよ。

 まあ、こんな年齢不明な見た目でも実際百歳近いから感傷に浸り易いのやも。



「…ふぐぅ…わ、私は…聖人などでは決してありません…ぐすっ…」


「わ! しゃ、喋ったんデス?」


「…泣いてるみたいだな。……んん?」



 水中に長時間いたであろうのに殆ど濡れていない身体に、あの無数のヒル魚に吸い付かれてたのに痕の一つも残らなかった原因であろう光の膜のようなものが徐々に霧散して消えていくと、やがてその男の前に浮かぶ俺しか認識できないであろう表記の乱れがなくなっていた。



◉サピエンス/男(25)

◉タレント:薬師

◉スキル:神聖魔術、水中呼吸

⦿衰弱



 ……何故、俺の『鑑定』に不具合が出たのかは判らないが。


 『薬師』に『神聖魔術』。


 間違いない。

 この青年坊主? …いや、青年神官が南門の連中が探していた人物だろう。


 だがまさか、その連中だって彼が無事生存している・・・・・・・・・・とは思うまいて。



「流石に半日以上水の中に居たのは堪えたか? 衰弱しているようだ。急いであのキアラルン派とやらの所まで運ぼう!」


「承知した」


「ま…待ってくれ! 後生だ…! 見過ごして欲しい……どうか、私を水の中へ戻して下さい……いずれ、ヘカトンの谷へと至れるでしょう…」



 涙を零しながらそう訴え、震える手で俺の腕を掴む。

 …まあ身投げするくらいだから、よっぽど辛いことがあったんだろうけどさあ。



「残念ながらそれは無理だよ? アンタは『水中呼吸』とやらのスキル…あ~加護があるようだ。今こうして無事なのがいい証拠さ」



 俺の言葉に青年神官が目を見開いたかと思うとまた号泣し出した。



「やはりそうだった…!」


「何が?」


「私の持っていた加護は『神聖魔術』のみ…! ですが、私は水の中に沈み行く中で確かに聴いたのです……女神メッサイアの声を!! 私に……死ぬな・・・、と」


「お~何と言うか…ラッキー・・・・な話じゃ――

「幸運だとお!? 女神はっ!! 私に…ヘカトンの谷へ逝くことすら、赦されなかったのだあ!! 最早、私は同じ女神に縋る仲間達にすら合わせる顔などないっ!! それを…それをどうして…幸運などと言うのかああああああ~~!!?!」



 いきなり新鮮な水死体(みたいなもん)が怒り露わに俺に掴み掛かってきたもんだから堪らない。


 流石にダンディーも俺からゾンビ神官を引き剥がそうとしたが…そんなことをせずとも残った余力を使い果たしたのか勝手に仰向けに倒れて気絶しやがった。



「ああ! 今度こそしっ、死んだデス!?」


「いやいや。気絶しただけだから」



 だが、どうしようコイツ。


 いっそのこと本人の要望通り水の中に戻すか?



 いや、流石に気の毒か……俺だって、一応は赤い血が流れてるんですよ?


 かと言ってあの坊主仲間に引き渡す?


 今度こそ入水自殺以外の方法でヘカトンの谷とやらに逝っちゃうんじゃないの?

 それに今は単に精神的にまいってるだけかもしれんしなあ。


 ここから東門まで遠回り…は、避けたいな。

 俺達の真上にある監視塔の連中に気付かれるし、俺の店のあるⒸの5地区まで遠い。


 だが、南門には連中キアラルンが居座ってるだろう。

 そいつらの目をどう誤魔化す?


 うう~ん…!



「あ」



 俺はその時、俺達が釣りしていた側溝の隅に置いてあった古いを発見したのさ…。




  $$$$$$$




「旦那達、本当にこんな日に釣りしてたのかい。呆れるねえ…」


「いやはや、ちょっと興が乗って・・・・・しまって――…あっ」



 俺が南門の門衛にそうヘラヘラと言うと、即座に刺さるような視線に襲われる。

 まあ、言わずとも同門の青年神官を悼む聖職関係者達からだけども。



「なんと浅ましい奴らだ…今に女神メッサイアからの裁きが下るであろうぞ」


「構うな。それよりも……」


「うおおおお~~!! モードマリオよ!? 何と早まった真似をしおったんじゃあ~…っうう~…うぐぐくぅ」



 だいぶ石橋に居座る連中が入れ替わってるな?

 何だあのボロの修道士服みたいなのを着た奴らは。

 同じ髪型だからあのメッサイア? とか言う同じ女神を信奉してるのか。

 だが、その中心で泣き崩れる老人がかなり目立つなあ。


 壕に浮かぶ花弁…弔いの手向けか儀式か?



「これも儂らが不甲斐ないばかりに起きたことよ…許せ…。ああ! 女神メッサイアよ! どうかこの愚かな儂の命と引き換えに、罪なき女神の徒であるモードマリオを救い給え! どうか…どうか…っ!」


「司教様…それ以上は御身体に障ります故」



 おん? あの爺様も司教・・なのか?

 俺も詳しくないけど司教ってそれなりに偉い立場だからそんな数いないんじゃないのかね?



「ボン司教。こちらにおいででしたか」


「おお…聖女殿! この度は何とお詫び申し上げればよいのか…っ」


「貴方達は何も悪くはない。彼は敬虔な信徒であり、女神メッサイアのしもべ。彼の青年神官は犠牲者の一人に過ぎない。全てはあの男の…金に物を言わせて聖職者の皮を被っている、ブ=スカの所業です…!」



 イケメン女優のように整った美貌を怒りに歪める聖女様とやら(怖ぇ~)

 


「む。あの者達は確か…」


(げ!? 気付かれた…!)


「貴殿らとは先程御会いしましたね。……はて? そのは…」



 目敏い聖女が俺のダンディーが背負っていたを見やる。

 いや、既に彼女の部下の騎士っぽい人達が俺達の退路を断つかのように陣取っていた。


 …うん。ダンディーの眼も普通に据わってる・・・・・ね?

 下手なことしたら…即、抜剣って雰囲気で何とも険呑なことだ。



「すまないが、これも確認だ。その樽の中身を検めさせて貰えないだろうか? …仮に。仮にだが、その中に我が同胞の亡骸あったとしよう」



 聖女様が部下の前に出て来て手に持った錫杖をシャン…!と鳴らした。



「どんな理由があろうとも。我ら女神の徒は貴殿らに容赦はない・・・・・であろう。無論、逃げ出そうとしても同じこと」



 やだ…! この聖女様、とんでもねえ武闘派(商人ギルドの一部と同類)だ!



「……仕方ありませんね。ダンディー? 樽の中身を見せて差し上げなさい」


「…………」



 無言でダンディーが肩から樽を地面に降ろし、俺達以外の周囲が固唾を呑んで見やる中…そっと樽のフタを取り去った。



「……んん? うへぇあ!?」



 静寂の中で素っ頓狂な声を上げたのは門衛の一人の男だったよ。

 良かったあ~仲間がいて。

 やっぱグロいよなあ?


 しかもそれが樽一杯・・・に入ってたら…俺でもちょっと未だに悪寒がするぜ。



「いやあ~少しばかり捕れ過ぎてしまいましてね?」


「こりゃあ何だあ? …ああ。壕の中で見掛ける気色悪い魚かあ。コレ…喰えるのかい?」


「ありゃ? 知らないのか? 俺の地元じゃコイツらの産卵期になると川にウジャウジャ現れるんだ。そん時は村の皆で腹がはち切らんばかりに飽きるまで食ったよ」



 その相棒らしき獣人の男が舌なめずりしながら樽の中身を見る。

 ふむ。やはり味は悪くないようだな…。



「それに旦那。あの焼け野原になっちまった区画に新しい店出した御人だろ? このヒル魚が新しいタネ・・なのかい」


「それはまだ検討中で――

「待たれよっ!」



 だが和やかな雰囲気でスルーできそうなとこだったのを…怒りの表情(ホント美人って怒ると怖いなあ)の聖女が割って入ってきやがった。



「貴殿はコレを食すだけでなく、売るだと? この壕で尊き者の命が失われたばかりであるということを知っての所業か!?」


「はあ…失礼ですが――」



 随分と立派で綺麗な・・・考えだとは思うが。



「命とは失われ、そして新たに生まれいずるもの。人も獣も同じく、死ねばその屍は土へ還り、やがて草木となり、その草木を獣が食み、別の獣か、もしくは我らへと繋がるかと…」


「…………」


「貴様…! アーバルスの聖女にそのような――

「…止せ」



 咄嗟に言い放ってしまった俺の言葉アドリブに業を煮やしたのか、彼女の部下が俺に近付こうとしたが、その目の前に出された錫杖で止められる。


 ふぅ~焦ったわあ~…。



「他の女神…恐らくは、大地の教会の教え、だろうか? ……確かにそれも道理である。司教である身で礼を失したな。…欠け外の無い同胞を失い、私も些か頭に血が昇ってしまったのだろう」


「いいえ。身共らも軽率でありました」


「良い。非は此方にあろう。…先程、貴殿はこのアーバルス市内に店を構えておられるとお聞きしたが? 名は何と――

「聞こえるっ!? 確かに聞こえるぞ!」



 突如としてあの泣き崩れていた御老体が気でも違わんばかりに叫び出した。



「ボン司教。如何されたのだ」


「儂には聞こえたのだ! 亡きモードマリオの声が!?」


「「…………」」



 声を掛けた聖女とその周囲が老僧に向って憐憫の眼差しを向ける。



(ううっ…申し訳ありません…司教様……私は…何という罪を…犯してしまったのか…どうか…許して…くだ…さ……)



「モードマリオ!?」


「確かに亡きモードマリオの声に違いない!」


「「!?」」



 しまった!

 うわ言・・・が樽の中から漏れてしまったようだ。


 ちゃんと気絶しとけよなあ!?



「ダンディー…フタを…」


「…承知した」



 俺はダンディーに樽のフタを塞がせたが、時すでに遅し…。


 

「無念の声が! 壕の水の底からモードマリオの無念の声が聞こえるぞ!?」


「皆祈れ!! 女神メッサイアにモードマリオの魂をヘカトンの谷から救済して頂けるように懇願するのだ!!」


「「女神メッサイアよ! どうか御慈悲を!! 哀れな信徒、モードマリオに救済を!!」」


「「…………」」



 南門の前で凄い騒ぎになっちゃったぞ?


 …………。


 ……いや、これチャンスじゃね?



 俺達は呆然とキアラルン派(+モードマリオの関係者?)が一斉に石橋の上で土下座からの五体投地を行う緊急セレモニーを見ていた門衛達の横をこっそりと抜けてその場を後にすることにした。




  $$$$$$$




「お~い! イノ=ウー! ヴリトー!」


「あっ。大旦那っ! やっと帰ってきたのかいっ」


「もう店の前でぇ昼の客が騒ぎ出しちゃってますよぉ」


「悪い、悪い。いやあ~…予想外のもの・・・・・・が釣れまして」


「えっ…もしかしてその樽の中にイッパイなのかいっ? こりゃあ大漁じゃあないかっ!」


「「…………」」



 裏手から店に入った俺達を留守番組の二人が出迎える。

 ダンディーが浮かない顔で厨房に降ろした樽に喜色を浮かべるイノ。

 

 …きっと、中身・・が何か知ったらもっと驚くぞお?



「大旦那ぁ~何が釣れたんですぅ?」


「え…ええっとねえ~? (ガンッ)…あっ」



 俺が純朴なヴリトー君からの質問に動揺しちまってる内に、脚が引っ掛かって樽を倒してしまった。


 …で。この放置されてた樽だけど。

 結構、脆そうだったんだよねぇ~…?


 ――バゴッ


 言わずもがな、横転した衝撃で樽がバラバラになり、厨房の裏口付近に盛大に中身がぶちまかれてしまった。


 そして、それを見て反射的に身体を固まらせるイノ=ウーの足元へと青年神官に身体がいい感じにズルゥ~っと滑っていってしまったという訳だ。



「ぎゃああああああっ!?」



 いやあ~やっぱグロいよねえ?

 

 ――このは。



「……大旦那ぁ。流石にオイラも坊さんは捌いたこたぁないですよぉ?」




 

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