第15話前編 溺れられない土座衛門




「ご苦労様! 初給料だな。これからもよろしくな」



 特にヴリトー君はねぇ。

 ここ最近は一番働いてくれてるからなあ~頼むよぉ~?



 本日は我が従業員の初の給料日。

 一般的なこの世界の仕様に合わせて月明けに支払うことにした。



「えーと、今日から何の月だっけ?」


「き、キングコングの月が終わって、きょ、今日からフェニックスの月になったんデス」



 …だ、そうです。

 俺は現在就寝前にこのハーフゴブリンの少女である俺の奴隷ンジに座学させて貰い、色々とこの異世界の知識を学んでる真っ最中なんだよ。

 『翻訳』スキルで言葉は互いに自動変換されて通じるし、文字も一瞬で自動的に日本語に変換されるんだが…俺が自主的にこの異世界の文字を書けないという問題は非常に大きい。

 なんで、ンジから主に字を習っている。

 ここ一週間くらいでやっとこの世界の数字とアイウエオが書ける程度になったよ。


 因みに、キングコングの月が元の世界の九月で、フェニックスの月が十月となる。

 七日で一週間、呼び方は多少異なるが暦は元の世界とほぼ同じなのは助かった。


 俺達は最早慣れつつある朝のピタサンド即売ラッシュを終えて皆揃って朝食を取った後、仰々しくイノ=ウーとヴリトーの二人を呼びつけてその手に基本給である金貨一枚(20万リング)を渡す。

 

 イノ=ウーは余程嬉しいのかはしゃいで飛び跳ね、対照的にその隣のヴリトーはやや疲れた笑みを浮かべていたよ。


 それにしても何で銀行で両替・・した金貨じゃなきゃダメなんだろう?


 まあ、テューからの指示だ。

 彼女の言うことに今迄間違ったことはないし、逆らっても俺がキルされるだけだからね。


 弱きを同情し、強きにはとりま従う! これが俺のモットーね?



「すまんなあ? ヴリトー。なるべく早く人手を確保するからさ」


「いやいやぁ~。岩運びとか城壁昇り(※城壁の補修)に比べれば全然楽ですよぉ。それに皆がぁ…喜んで食べてくれるのを見るのがぁオイラは好きなんだぁ」


「ヴリトー…」



 俺は朴訥に笑う彼に涙腺が一瞬緩んじちまったぜ…!


 そうか! 今日から出禁が解除されたダンダダ達の分もあるから大変だろうけど君ならきっと大丈夫だな!

 グッド・ラック!(鬼畜)



「大旦那っ!大丈夫だよっ! アタイも今日から手伝いに入るからさっ!」


「え゛。い、いやぁ~イノは店の掃除をやっててくれた方がぁ~…?」


「何でだいっ!」



 おやおや? 朝からお熱いことだこと。


 だが、コイツらの痴話喧嘩に付き合ってる場合ではない。

 今日もこれからやることは盛沢山なのだから!



「じゃあ行ってくるぞ! 昼までには戻ってくるから」


「大旦那っ! 良い釣果・・があることを祈ってるよっ」



 そうだ。 颯爽と今日も笑顔で店から飛び出した俺の手には釣り竿・・・と木桶のバケツが握られていたのさ!

 

 


  $$$$$$$




「にしても昨日は散々だったな」



 脳裏に浮かぶのはあの銀髪黒檀の片言大男との忘れ難い抱擁だが…。

 もっと酷かったのはその後の話なんだよ。


 俺は折角だから商人ギルドの精鋭であるテュー嬢と穀倉部門のジャン氏に助言を請うたわけでして。


 二人には俺がいずれ二十四時間営業にシフトしたい旨を伝え、飲食物に次にアーバルス市民が欲するものは何かと恥ずかし気も無く聞いたわけね。


 で。夜間帯となると、一般市民は家屋内に引っ込んで、代わり冒険者や市内を巡回する兵士や聖堂騎士?とやらの割合が増えるんだそうな。

 現在、俺の店の位置するⒸの5も今後滞りなく開発が進めばその限りではないということで、そんな彼らが求めるものとして二人が口を揃えて言ったものは――



 ポーション……だと言うのです。



 ポーション。それはいわゆるファンタジー界隈には欠かせないアイテムであろう。

 う~ん…まあきっと飲んだら摩訶不思議な効果で傷が治って、えいちぴい…とか、えむぴい…とかが回復しちゃったりすんだろう。

 いや、俄かの俺にはそもそもポーションの定義がどんなものか知り様もなく。


 だが、このポーションとやらは大きく分けて三種類のタイプに別れるそうだ。


 先ず、現代医学の有難味なぞ微塵も感じられない手法で調合されるとっても怪し~い調合されたポーション。

 個人の調合者は無資格で好き勝手に調合している者が多いので、余程の信頼を得ていない工房から購入することは最早蛮勇とまで揶揄される代物なんだと。

 つまり値段もかなりピンキリとなるようだ。

 だが、最も頻繁に取り引きされるのはこの種類のようではある。


 二つ目はいわゆるダンジョンから持ち帰った迷宮産のポーション。

 これに関してはギルドの鑑定次第なので価値は未知数だが…かの有名どころの“エリクサー”もやはり極稀に発見され大金を生むどころか、貴族間で戦争が勃発することすらあり得るらしい。

 冒険者は単にギルドに安くない鑑定代を出し渋って未鑑定状態で二束三文で引き渡すだけらしい。

 手に入れたいなら、迷宮へゴー!するしかないという。

 僕は絶対に嫌です(正直者)


 最後に“秘薬”と呼ばれる限られた神聖魔術師(聖職者ポジか?)によって女神の御力で生成されるという代物があるそうだ。

 手に入れるという一点においてはコレが最も確実性も高く、その効果も明確であるということだ。


 なので、俺は早速その秘薬を作って売り出しているという金の聖堂寺院とやらにアポを取ってくれるように頼んだ。


 だが、俺にそれを教えた張本人の二人が揃って微妙な顔をしていたんだが……行ってみたらその理由が解ったよ…。



 そのシャルナーク派?だとかいう連中が金儲けしか考えてない屑だってな。


 いや、訪れて速攻に俺の連れていたンジとダンディーに「汚らわしい」だの失礼なこと言ってきやがるし、「では我らが寺院に如何ほどの寄進を?」とか金をせびってくるわで…もう何か呆れちゃったわけだ。


 俺が幾らその秘薬の話を聞かせてくれとか、作っている薬師に会わせて欲しいとお願いしても偉そうに威張って拒んだり、逆に取り巻き共はオロオロしてたり…実に不愉快な連中だったなあ~。

 何か思い出しただけでも腹が立ってきやがった。


 

 だから、ジャン氏が持たしてくれた塩を三人してその生臭坊主共に向って撒き散らして帰ったよね。

 少しはこれで清まっただろうさ。


「二度と来るな!」とか言ってたけどさあ…その願い、叶えてしんぜよう(ドヤ顔)


 けど、結局は領主の城を軸に反対側に位置するキアラルン派とやらの銀の寺院にも行ってみたけど目立った治療行為とかは公にやってないそうで、しかも俺が商人ってバレたら途端に態度を急変して追い出されたんだよなあ~。


 何なの? ホント…このアーバルスの聖職者共の態度はよう。


 ま。ポーションに関しては当分見送りだな。



「それにしても…アイツら、変な髪型してたよなあ~」


「…そうなのか? 自分には判らん」



 あ。話振る相手間違ったなあ…。

 そもそもリザードマンのダンディーには毛の一本すら生えてなかったわ。



「あ、アタシも噂だけデス…が、あの金の聖堂寺院は、いっ、良いとは思わないデス…」


「だよなあ~。お! 見えて来たぞ!」



 俺達はそれぞれ手荷物を持ちながらのんびりと市内の大通りを南に下っていた。


 …ちょっと久し振りな気さえするなあ。

 コッチには暫く来てないし。


 あのロリ女神にこの異世界へ強制的に連れてこられて、あのイノ=ウーとヴリトーに遇って、テューと知り合ったあの日からもう半月経ったんだなあ。


 ちょっとセンチになったが、今日は気晴らしも兼ねているんだし。

 できるだけ楽しんでいこうじゃないか!


 今日はズバリ! 釣り・・だ。

 もうピタサンドに入れる肉の在庫が心許ないからな。

 魚が手に入れば代用品になるかもしれない(美味いかどうかは知らんが)



「よーし! 釣るぞー!」


「お、おぉ~?」


「…………」




  $$$$$$$




「……随分と今日は騒がしいじゃないか」



 ムールの親父さんが穴場だって言ってたのに。

 久方振りに通った南門は人でごった返していやがった。



「見つかったか!」


「いえ…痕跡すら見つかりません」


「何してんの、あの人らは?」


「旦那、知らないのかい? 昨日の晩に若い坊さんが端から跳び降りたって話だぜ」


「ええ!? 自殺かよ」



 何だよコッチは今日は半分レジャーで来たってのにさあ~。


 だが、確かに石橋の上と下で棒を持って底を漁って必死に探してる者の多くはあの面白い髪型の連中のようだ。

 橋の上の連中は特徴的なヒラヒラした変な服を着ているから一目瞭然。

 加えて、どんな理由かは知らんが、この城塞都市の恐らく聖職に携わる男は頭頂部だけを剃ってセルフ落ち武者してるんだよね…(戦慄)


 しかも、無駄にモミアゲだけ細く伸ばしたり前髪だけあったり弁髪だったりしてるスタイリッシュハゲばかりなんだもん。

 だってのに、金髪碧眼だったり、無駄に顔が整っているとかだけに俺はその違和感にまた、耐えられそうにない。


 昨日は昨日で笑いを堪えるので必死だったんだぞ?



「む?」



 そんな感じでニマニマしてしまう口元を手で覆っていたらその推定僧侶達に指示を飛ばしていた絹のヴェールを被り、銀の錫杖を持った綺麗な女の人が俺に目を付けたのか、左右に騎士のような武装した連中を連れてコッチに来やがった。


 よく見るとタカラジェンヌみたいな顔立ちの長身美女だなあ…でも圧がヤヴァイ。

 明らかにテューやあのハゲ爺リングストームと同系統だ。


 うわわあ~…関わりたくないわあ~…。



「失礼。我らは銀の聖堂寺院キアラルンの者だ。貴殿は何用で…いや、釣りかな? だが、見ての通りここは現在取り込み中でな」


「あ、あの~…何があったんですかね?」


「はあ…シャルナーク派の薬師をしていた神官が昨夜、身投げをしたそうだ。恐らく、あの連中からの扱いとその腐敗振りに絶望し、自ら命を絶ったのであろう。…実に惜しい! 彼はその真なる善と才に溢れ、まさに我らが女神メッサイアに愛されていた者であったのに…!」


「……薬師!?」



 もしかして、昨日の寺院前に着いたタイミングで鬼の形相で飛び出してきたあの若い男のことだろうか?


 はは~ん?

 なるほど、なるほど……あのシャルナーク派の連中の様子がおかしかったのはそのせいか。



「…貴殿は何かご存知なのか――

聖女・・様! あちらで何やら手掛かりになりそうなものが発見されたと報告が!」


「それは真か? すまない、失礼する!」


「アッハイ」



 勝手にコッチに来て、勝手にどっか行ってしまった。


 …聖女・・様だってよ?

 また面倒そうな奴だったけど、もう俺なんか眼中になさそうだな。

 さっさとここから移動して釣りをせねば。




  $$$$$$$




「…思ったよりも臭い・・は少ないんだな?」


「この水壕に市内から流れる生活排水は、すっ、スライムが処理してるんデス」



 なるほど? 確かにほど良く濁ってる・・・・な。


 まあ、綺麗過ぎる水に魚は棲めないらしいし…下水みたいな酷い臭いじゃないだけマシだろう。


 俺達は騒がしい南門付近から右方向に迂回し、丁度ほぼ正方形の城壁の右下の角に位置する監視塔付近の階段から濠の側溝へと降りていた。

 

 この壕の水は緩やかに時計回りに流れがあるそうだからして。

 件の青年神官と運悪く俺達がエンカウントしてしまうことはないだろう(合掌)



「フンッ!」



 ダンディーが慣れた手付きで投網を水上へ放る。

 彼は魚取りの経験があるらしいので大量捕獲案件は一任している。


 俺はコレ・・だよ…男なら一本釣りだるぉ?



 ――2時間経過。



 全然釣れやしねえ。


 南門の連中が騒いで魚が逃げちゃったんじゃないの?


 ダンディーはじっと水面を眺めてるだけだし、ンジは俺が壊れた木桶で作ってやった水メガネで水中観察に没頭している。



「我が主人よ。どうやら、魚共は深い層にいるようだ…自分が潜って捕ってこよう」


「おいおい、大丈夫かあ?」


「案ずるな。自分には、水の女神ルサールカの加護がある」



 そう言って迷いなくザボン!とダンディーが水中にダイブする。

 いや、だからルサールカって何者?


 不意を突かれたンジは思いっ切り水飛沫を浴びて驚いたのか、飛び上がった際に頭を打ち悶絶していたよ。


 ゴボゴボと水底から水泡が噴き上がる様を俺とンジはただ不安顔で覗き込んでいたが、数分後にバシャりと勢いよく鰐男が水上に頭を出したのだが――



「おお! 無事かダン――「「ぎゃあああああ!?」」



 ダンディーの上半身(見える限りでは)には無数の得体の知れないヒルのような生き物が喰らい付いてウネウネビチビチとのたうち回っていやがったのだ!

 

 俺とンジは堪らず互いに抱き合って絶叫を上げる。



「大丈夫だ。単なるヒル魚だろう」


「へはあ?」



 ダンディーはまるで何事かもなかったかのようにそれらをブチブチと鱗から引き剥がしては木桶の中に放り込んでいく。


 よく見ると吸盤状の口を持つ尾ひれがない魚のようだ。

 …ヤツメウナギみたいな?


 しかし、グロイな。



「ンジは水の中に入れない方が良いだろう。コイツらは血との匂いに敏感に反応する。…だが、意外と味は良いぞ?」


「ヒィー!」



 ンジは既に何かしらのトラウマを負った可能性があるな。

 後で俺がカウンセリング(をする振りを)してやるとしよう。



「大物はもっと深い場所だろう。また、潜る」


「無理するなよ?」



 再度、ダンディーが昼でも見通す事が叶わない水底に身を沈めた。


 が、1分も経たずに顔を出した。

 今度はあのヒル魚とやらが引っ付いてないので俺とンジは胸を撫で下ろした。


 何故かダンディーは俺の顔を何とも表せない感情を持って見つめている。



「…………」


「どったの?」


「……底に男が居た・・。恐らく、あの連中が探している男だろう。昨日、すれ違った時に見た顔だ」


「はあ!? うわっ…マジかよお~…」



 俺は思わず天を仰いだ。

 何でコッチに流れてくるかね…。


 だが、放置するわけにもいかんだろうしなあ。



「悪いがダンディー…引き揚げてやってくれないかな?」


「……やってみよう」



 何故か渋い顔のダンディーがそう言って顔を沈める。


 うん? 何だこの違和感は…ダンディーほどの男が土座衛門相手と言えど弱音を吐くだろうか?

 彼はブン回す鉄球でいとも容易く複数人の上半身をパァン!できるんだぞ?



 ……20分近くが経過したが、何故かダンディーは顔を出さない。



 流石に俺は不安になって、止めに入るンジを制して様子を見に行こうと服を脱ぎ始めたタイミングで勢いよくダンディーが水の中から姿を現した。


 てか、さっきからよく水中で息がそこまで持つなあ…それがルサールカの加護とやらなのか?



「……ダメだ。断られて振り払われてしまった」


「……? はい!?」



 えっ…断るって何をだい?


 ……ま、まさか。



 この濠の底に沈んでいる土座衛門、本人・・が!?




 

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