第14話前編 ピタサンド、売り切れました



「すいませ~ん。ピタサンド、売り切れました。午前の営業は終了でーす(ニコニコ)」


「「ええ~」」


「今日も買えなかったぜ…」


「じゃあせめて、あの冷えた美味い飲み物だけでも…」


「すいませ~ん。そっちも在庫がなくなったんで、再販は明日からでーす(ニコニコ)」


「仕方ない、また昼に顔を出すか」


「またのお越しをお待ちしておりま~す(ニコニコ)」



 朝も早くに、亡者の群れの如く押し寄せた客達がすごすごと俺の店から帰っていく。


 だが、これも束の間のこと。

 また、昼には大挙して押し寄せてくることだろう…。



 一応、俺の記念すべき異世界KOMBINI、城塞都市アーバルス1号店のプレオープンを迎えて早一週間が経過していた。

 もともと店の外見が悪目立ちしているのと、未だほぼ無人の区画であるが故の懸念もあったが、掴みは上々……いや、むしろちょっと大変なことになっていた。



 先ず、現在俺の店で出す商品はぶっちゃけ何と二つだけ。

 正確には軽食と飲み物だ。

 

 軽食は前回の試食会で好評を得られた自家製サンドイッチだな。

 商品名は“あなたの好みにピッタリ★サンド”を略してピタサンド。

 まあ、サンドイッチと違って実際は無発酵パンであるピタパンに具を挟んでいるという事と、テューから「本来高級料理であるサンドイッチを低価格で出すと他の商会と貴族から間違いなく反感を買ってしまうでしょう」というアドバイスを頂いたからだ。

 ボリュームは文句なしの外人規格のサイズ感だろう。

 具の組み合わせは五種類。

 個人的には薄切りにした肉を挟んだビーフストロガノフサンド風も捨てがたいが、素揚げした小海老を入れた海鮮風サンドも結構イケると思ってるんだ。

 それを袋状の油紙で包んで商品棚に陳列して提供している。

 どれも単価黄金銅貨一枚500リングだ。

 

 そして、飲み物は酒……も、考えたが最初は様子見でソフトドリンクを売ることにしたよ。

 大半の野郎共(ほぼドワーフ)は文句ブー垂れてたけどな。

 色々と試してみたよ。

 手っ取り早く、菜園から穫れるもので野菜ジュースモドキ(おぞましい色の青汁)を試作してみたが、悲しい事に誰からも理解を得られなかった。

 うーん…非常に健康に良いかと思ったんだが…。

 結局、紆余曲折の末、このアーバルス市内で偶然見掛けた屋台で出すサトウキビジュースからヒントを得て改良したミックスジュースだ。

 勿論、俺の菜園からの自家製。

 …正直、試飲したサトウキビジュースは…うん、微妙だったわけだ。

 そもそも俺はサトウキビ自体を口にしたことないから、元の世界と同じ味なのかどうかも判別できなかったんだけどな?

 だが、我が菜園はノーム達が勝手にサービスだと定期で世話をしてくれているおかげか、元から尋常ではない成長速度を誇る魔法植物性サトウキビがたった二週間足らずで収穫可能だったのだ!

 …意外と知られてないけどさ? サトウキビって多年草で、下手したら収穫に二年前後掛かることもあるんじゃなかったっけ?

 その辺疎覚えで申し訳ないんだが、兎に角魔法の力ってスゲーってことが言いたかった。

 そんで、それだけじゃちょっとなあ~って思ってたら……ま~季節感も風土も全無視で色々と勝手に菜園内に生い茂っててねえ。

 犯人はノームとンジヤス

 けど、それは良いとして、トロピカルなのからチョイスしてパッションフルーツやら青パパイヤやらペピーノ?(俺は初めて見たフルーツだが、ノーム達が『うめーノ!』って推して来たからさ?)なんかをチョイスしてブレンドした一品だ。

 そもそもこの辺じゃ混ぜ物(悪い意味ではない。いいね?)の概念があんまり浸透してないのか素直に感動されてウケも良かった。

 それを保冷性のある魔法金属製のケグ(サーバー)から竹を加工したカップに注いで提供している。

 紙コップなんて便利なモンないからなあ~。

 それと、意外なんだが脳筋にしか見えんイノ=ウーは少しだけ“氷系統”の魔法が使えることが判明した!

 何で金貨十枚払ってサーバーも買っちゃったんだ。

 まあ、ペットボトルもない世界には必要な設備だしね。

 一杯の単価大銅貨三枚300リング

 しかも、ピタサンドと一緒に買ってくれたら大銅貨一枚100リングに値引きだ!

 これはまあ、今後増やす飲料商品への布石だな。



 …さて、問題はいざ売り出した後だった。

 当初は取り敢えず「ピタサンド百個売れたらいいね!」くらい気楽に始めたわけだが。

 先ず、俺の店の向かいで始まったらしい建設で来ていたダンダダが冷やかしにやってきてくれた。

 どうやら、商人ギルドが資本で大型倉庫を建てるらしい。

 これから本格化する区画開発の資材でも運び込むんだろうか?



「んダ!? こりゃあイケるんダ! なあんで酒を置いてないんダ!!」



 嘆き叫び出したダンダダの大声に釣られた他のドワーフ達もワラワラやって来たのでものの数分で完売してしまった。


 慌てて俺達はもう百個作ったが、その昼に早くもリピってきやがったダンダダ達が酒樽片手に買い占めようとしたので、勝手に俺の店に酒を持ち込んで酒盛りをしようとしたという建前・・でダンダダ達を一週間の出禁に処した。


 俺の奮戦によって他の人間種や獣人種の作業員達に商品を提供する事が出来たし、ジュースも好評だった。

 だが、やはり酒が欲しいという声は一定数はあったけどな。


 明日はもう少し多めに用意しようか? ということで三百個分の用意をして次の日を迎えると――…早朝から店先に人だかりができていた。


 どうにも昨日のドワーフ以外の客達が他所で宣伝・・して回ってくれたらしい。


 無論、昼を待たずしてピタサンドとジュースは完売した。


 次の日は四百個準備したが――完売した。


 そして現在、五百個作っても昼に営業再開直後で売り切れるほどの人気振りになってしまっていた。

 ジュースの方も材料の問題で一日か隔日に百杯が限度。

 ピタサンドの方の原材料もカツカツだしなあ。


 それと……もっと深刻な問題も。



「ヴリトー。大丈夫か?」


「あ…えへへぇ…大丈夫ですよぉ…」


「……アンタちょっと痩せたんじゃないのっ?」



 その…ピタサンド現生産者のヴリトーの消耗が著しい。

 仕込みからほぼ一任しちゃってるし、俺達の飯だって作って貰ってるからなあ。

 幾ら強靭な肉体を持つ現冒険者でもある彼といえ、この一週間は殆ど奥の竈の前でほぼ軟禁状態にある。

 だが、このピタサンドの出来は少なからず彼のタレントである『料理人』の影響を受けている。

 一応、手伝いとしてンジを送り込んではいるが彼女もそれほど料理に明るくないから基本は菜園から収穫した野菜を運び入れたりその下処理を手伝ったりするくらいかな?

 そして、それ以外のメンバーである俺氏・ダンディー・イノ=ウーはそもそも厨房に入らない方が良い・・ことが判明し、非常に残念な結果となってしまった事をここに報告する!


 そして、労働基準法が存在しないブラック異世界ではこう働き詰めるのは珍しくないことだとは言われるが、流石に少し休ませてやりたい。

 が、かと言ってダンディーもイノ=ウーも遊んでいるわけじゃなく、ダンディーは外で、イノ=ウーは店内で俺の護衛と警備をしてくれている。

 既にこの一週間で数件の万引き未遂と野菜窃盗未遂事件が発生していた。

 そもそも俺のように好きに商品を手に取らせる経営スタイル自体が極少数派らしいね。

 因みにこの異世界で窃盗を働くと漏れなく科せられてしまう制裁としては、軽い方から罰金刑、プラス禁固刑、鞭打ち刑、強制労働刑、片手切断(!?)、縛り首(死刑!?)となっております。

 あ。罰金を払えないと奴隷堕ちだってよ。


 俺は初犯ってことで軽い説教(イノにボコられる程度)で赦してやったけどさ。


 また、パン屋のような設備もないので一日にkつくれる数にも限界があった。

 だが調べれば、市内のパン屋でも日に焼くパンは百前後程度な上に平気で数日、果ては数週間も同じパンを店先で売っているのには驚いたなあ。

 そもそもパンは保存食という概念もあるのか水分が抜かれてガッチガチなヤツばっかだったんだよね。

 俺の馴染みある柔らかい上質なパンを焼く工房は一握りで、それを貴族や大手の商会が独占しているという環境下では、美味いパン自体を口にできる機会がそもそも一般市民層には難しいんだろう。


 主に味も大事だが、その値段もだ。

 どんなに不味い冒険者御用達の飯屋でも平気で三日月銀貨1000リング以上はするらしい。

 高い高いと思っていたあの“ウイングタイガー亭”の値段設定は俺の予想に反してかなり良心的な値段だった。


 だからこそ俺の店で出すものが一部の庶民間で爆発的な人気が出ているんだとも俺は思う。

 それ自体は非常に嬉しいんだが、このままでは材料と人手も足りない。

 しかも、俺の店がKOMBINIではなく無駄に店構えが派手なピタサンド屋さんだと誤認される恐れすらあるよ。



 …ちょっと外の空気を吸ってくるかな。

 

 俺は昼からの準備があるヴリトーの肩を叩いた後に店の開き戸から外へ出た。

 小気味良い槌と鋸の音が聞こえてくる。

 …流石に俺の店のようなハイペース作業ではないようだな。


 その建設現場と俺の店の間で屋台を曳く者達の姿を見掛けた。

 俺が手を振ると、頻りに恐縮して俺に向って頭を下げてきたよ。


 彼らはあの冒険者コンビのホームだった“オーク通り”辺りで流していたらしい。

 労働者相手に商売させてくれと二人を仲介して俺に会いにきたんだっけか。

 別に俺の許可なんざ要らんだろ? と思ったが俺の三等級商会員という立場的にそうおざなりにできることでもないらしいんだな。

 だが、商売敵ってよりも、彼らの屋台の供給なくして俺の店でピタサンドを買えなかったと怒れる客達の空腹と悲しみを満たすことはできないので正直助かっているけどな。



「おう。エドガー殿。繁盛してるみたいだな?」



 そこへやって来たのは奴隷商のムールの親父さんだ。

 その隣にはムールの店の奴隷である少女のニウの姿もある。

 何だかんだ言って数日に一度は俺の店のに花を手向けにやってくる。

 


「いや、嬉しいことだけど。色々と足りなくってなあ~…また、ニウちゃんに手伝って貰いたいくらいだ。というか、普通に他の奴隷の人も雇いたいんだけどさ」


「……んー。それはちょっと難しいかもしれんなあ」



 だが、ムールの親父さんは冷やかしめいた笑顔から一転して表情を曇らせる。

 どうかしたのか…?



「……わあ! コレ大好き!!」



 だが、そこへ賄いである余りの材料で作ったピタサンドを持ったヴリトー達がやって来た。

 何と気の利く奴らなんだ。



「俺達は朝飯もまだなんだ。どうだい?」


「お、おう。すまないな。頂くよ……ほう! 海老か…懐かしいな。ガキの頃は川でよく捕って腹の足しにしたもんだ…」



 聞けば、ムールの親父さんは終戦間近にアーバルスに上城?してきたそうだ。

 この城塞都市を中央に置く中王国アヴェリアとその北に位置する北皇国アルスの国境に近い山岳地帯の寒村の出身らしい。



「へえ~。やっぱシーフードは失敗しなそうだなあ。その内、魚のフライとかも入れてみたいんだけど」


「おいおい! 魚なんて塩辛い干物くらいしか市場に出ないぞ? それこそ新鮮な生の魚介類なんて東王国アーネストから大型魔具を使って輸入する高級食材だしな。…あ。待てよ? 淡水の雑魚ならこのアーバルス周囲の水濠でも捕れないことはないな」



 ほお~…それは気になる情報だな。


 そろそろ菜園以外からの食材なりが欲しいところだが……現状、ちょっとした問題・・が起こっていてそう簡単にはいかないんだ。

 だから、このままだとピタサンドすら作って売ることが難しくなるやもしれん。



「――おお~い!!」



 俺が思案してると誰かが走ってやってきた。

 ああ、彼女か…熱狂的なピタサンド・リピーターの冒険者だ。

 常にフードを深く被っていてどんな顔かは判らんけども。



「コレでピタサンドを売ってくれ!」



 息を切らせながら彼女はグローブに握りしめていた小銭をジャラリと取り出す。

 いや、小遣い貰って駄菓子屋に奔る健康的なチルドレンかよとツッコミたい。



「…残念だが(チラリ)」

「え…」



 俺の視線の先には店の開き戸に掛けられた“売り切れソールド・アウト”の立て札(ンジが書いてくれた)が。



「――は!?」



 そして俺達の口の周りに残る食べカス&マヨ。


 それらを見た彼女は絶望し、崩れ落ちた。

 …そ、そこまで?(罪悪感)


 嗚咽を漏らす、彼女の腹部から深淵の怪物の断末魔の如き轟音が…。



「…大旦那ぁ。コッチ・・・ならどうですかねぇ?」


「ヴリトー。それか…まあ、腹空いてんなら何でも良いかも」



 俺は手を拭いた後にそれを載せていた大皿から一個掴んで彼女に差し出す。



「お客さん。これは試作品…みたいなもんなんだけど、良かったら」


「……え? こっコレは!?」



 何故か驚愕と共にそれを受け取った彼女は一心不乱に貪り喰らい、一瞬で平らげてしまったんだな。

 …あの、ちゃんと噛んで食べないと喉詰まるよ?


 しかも、物足りなそうに大皿を見てたから追加でもう三個あげたら涙をボロボロ零しながら「かたじけない……かたじけない……!」と泣きながら頬張っていたよ。


 う~ん…この辺の人は主食にパンか穀物粥ポリッジってのが根付いててそこまでウケるかわかんないんだよなあ~。

 もないし、コレも塩だけだし。



「いやあ~…遠い昔はラノベとかアニメの影響でちょっと憧れてたこともあったけども。冒険者って大変なんだな?」



 俺が同じく彼女を見ていたイノ=ウーとヴリトーの二人にそう言うと、揃って困った顔で笑ってたよ。




 

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