第13話後編 商品開発・サンドイッチ編



「……結局、あの時・・・の約束は果たせませんでしたね?」


「…………」



 アーバルス商人ギルドの金融部門ギルドマスターであるリングストームが物悲しそうな顔でそう独り言ちた。


 その隣には沈黙する巨体のリザードマンの姿があり、二人同じく足元のを見つめていた。

 それは生涯奴隷として人権も名すら奪われた者達を弔う細やかすぎる墓標であった。

 


 ――かつて、戦乱の時代を辛うじて生き延びた三人の男が交わした口約束。

 


『また生きて会えたら、俺が良い酒を奢ってやる。その時は一緒に飲もう』


『ははは! 酒ですか? 奴隷になった身でそんな贅沢ができたら驚きだな』


『……酒はあまり好きではない』



 …無名の傭兵から現在の地位へと成り上がった金髪碧眼の男は、四十年以上も前に二人の名も無き英雄達にそう言って別れた。


 既に過去の英雄然とした若かりし頃の面影を失いつつあるつるりと禿げ上がった頭になってしまったリングストームは唯々、身を屈めて寂しそうに岩へと触れた。



「いつまでその気色悪い喋り方を続ける気だ?」


「はあ~……――あのなあ・・・・? 人間種サピエンスの社会はお前さん達と違って色々気を遣ったりしなきゃならんし。昔の自由気ままに傭兵してた頃と違って俺も立場がある。良い暮らしの為とはいえ、大嫌いな貴族も相手せにゃならんしよお。仕事は金勘定だけじゃないし。これでも結構頑張ってんだぞ?」



 エドガーの奴隷であるダンディーの言葉に、やっと取り繕った様相を崩したリングストームが自身の頭をボリボリと掻きながら昔の口調でそうぼやく。



「……確かに。その変わり様・・・・からして、サピエンスも大変のようだ」


「そうそ……お前。いま俺の頭見て笑ったろ? おう?」



 ダンディーは無言で視線を彼の頭部から逸らした。



「ところで、新しい主人はどうだ? なかなか面白い男だろう」


「…………。正直、自分も良く解らん」


「実は俺らも今後の扱いに少し困っててな……おっと? 早とちりすんなよ。別に即排除とは考えてはねえんだから……少なくとも、現段階じゃ」



 過去の戦時でその見た目にそぐわぬ超人的な戦闘能力を持つことを知るダンディーは目の前のギルドマスターの皮を被る凶人を睨み付ける。



「どうやら警戒を一段階下げても良いかもなあ。そこまで・・・・お前さんに気に入られてるんじゃな。……テューにも頼んでいるが、アイツには今後邪魔してくる輩が確実に増えてくるぞ? そこんとこちゃんと解ってるか?」


「フン。言われるまでもない。今の自分はエドガー・マサールの奴隷だ。敵は容赦なく粉砕してくれる」


「は! 頼もしい限りで羨ましいくらいだな。…さて、俺もいつまでもここで油を売ってると部下からの小言が増えちまう」



 苦笑を浮かべたリングストームは手にしていた酒瓶の栓を抜くと、それを岩の上にゆっくりと注ぎ始めた。



「まあ、飲んでくれや。……ファレル。出来る事ならアンタの亡骸くらいは家族の居る故郷のソリスに還してやりたかった」


「…………」



 酒瓶の中身を三分の二ほどを空けると、立ち上がったリングストームがおもむろに酒瓶に口をつけてグビリとやった。



「ぷはあっ~…やっぱり昼間から飲む酒は格別だな! …戦場に出突っ張りだった頃の方が気楽だったとは皮肉なもんだ。おい。お前さんも吞んでくれよ」


「酒をか? 自分は奴隷だぞ」


「今日くらい俺の我が儘に付き合ってくれたってバチは当たらんよ。それに、獣人種よりも毒に強いんだろ? 平気さ。……マライン・ファレルの魂の為に」


「……マライン・ファレルの魂に」



 仕方なく酒瓶を受け取ったダンディーがその残りを一気に飲み干し、酒精を帯びた息を吐いた。

 それを見たリングストームは実年齢と似つかぬ無邪気さで破顔する。



「どうだ? 良い酒だろぉ? それ一本で百万リング近くするんだぜ!」



 意見を求められたリザードマンであったが。

 虚無顔で口をモゴモゴやってから、ただ一言だけこう言い放った。



「不味い」




  $$$$$$$



「は~い。お待たせ、お待たせ!」


「うわあ~! 本当に私達まで頂いてしまって良いんですか?」


「勿論だとも。今日は試食会みたいなもんだからさ」



 あの黄金ロン毛共が帰った後、俺達は通夜振る舞いってわけじゃないが店と菜園の間にあるスペースにテーブルと椅子を並べてちょっとした食事会を催していた。


 だが、単純な食事会じゃないんだなあ~コレが。

 そうさ、俺は単に店が完成してから毎日のように自家菜園で土いじりして良い汗掻いてただけじゃないんですよ!


 ――…そう。商品開発さあ。


 諸君。君達は普段KOMBINIで何を買っていますか?


 …うんうん。

 …あー! それもあるか!

 …やっぱそれな!

 …まあ、間違いないよなあ~?


 

 ――そうだね! サンドイッチだね!(白眼)



 いやまあ、本当は色々だろうけど…基本は弁当や軽食やらの食べ物と飲み物が圧倒的に多いでしょ?

 他にもそりゃあ色々な商品も取り扱ってはいるけどさあ。

 この際、準備に手間そうなアイスとかスナック菓子とかは割愛させて貰おう。

 単純に菜園から収穫した魔法植物なぞというマジカル野菜&穀物を原材料に試作してみたってことだ。


 主に『料理人』のタレント持ちのヴリトー君がね!



「取り敢えず食べて感想を聞かせて欲しいんだ」


「おいしそー!」


「ふむ。エドガー殿、こりゃあパンに魔法植物の葉を挟んでんのかい」


「そうだよ。じゃあ、俺も頂こうかなっ!」


「「いただきますっ!」」



 俺達は一斉に試作したサンドイッチにかぶりつく。


 ――美味い!?


 想像以上だぞコレは!

 周囲から「お、美味しいデス!」やら「こりゃイケる!」だの「こんな美味いもの初めて食べました!」と絶賛の嵐だ。



「おい! この料理を作ったシェフを呼べ!」


「大旦那っ。ヴリトーならさっきから後ろで照れてますよっ(笑)」



 俺がふざけて手を叩いて我が現商品開発主任を呼び寄せたら、俺の後ろで恥ずかしそうに立っていた。

 その相棒であり若女房であるイノ=ウーに背中をバシバシ叩かれながら前に出て来たよ。

 心なしか、ヴリトーの事を褒められて嬉しそうにしてるし。



「いやぁ~オイラは大旦那のレシピ通り作っただけですからぁ」


「いやもう普通にプロだよプロ!プロフェッショナル! この出来なら十分商品として店に出せるなあ」


「本当にぃオイラの作ったもので良いんですかねぇ?」


「なに言ってんのっ! 大旦那が認めたんならそれで良いに決まってんだろっ!」



 またもやイノにバシバシ叩かれて恥ずかしがるヴリトー君。

 だが、本当に上手くいった。


 先ずこのサンドイッチの材料だが、我が菜園で穫れたレタスとタマネギとトマトとマヨネーズという至ってシンプルな具材だ。

 まあ、肉とかは仕入れないと(ウイングタイガー亭から貰った肉はとっくのとーに消費しちまった)手に入らないから今回使ってないだけなんだが。

 マヨはこの異世界産の俺の知らない鳥の卵に酢と塩とオリーブオイルで俺がヴリトーに作り方を教えてこさえました。

 何故か卵の黄身が赤いからピンク色だけど味はちゃんとマヨネーズしてるから問題はないだろう。


 思わぬ問題だったのはむしろ具を挟むパンの方だったなあ~。

 ぶっちゃけパンを作るのは結構手間だ。

 何せこの異世界には便利なドライイーストとかなかったり、その他必須であろう乳製品の価格も高い。

 バターなんてほぼ薬扱いさてれるもんね。

 市内を見て回ったんだが、パン自体は普通に一般的に焼かれてるんだけど出来の良さの差が激しい。

 美味い2割のゲロマズ8割って感じかな? うん、マジで。

 そもそもパンの発酵にはパン種や自家製酵母を使うから、本当に腕の良い工房じゃないと美味いパンはなかなかお目に掛かれない。

 尚且つ、出来の良いパンを常食する貴族や商人によって殆ど買い占められていて庶民が普段口にするのはボソボソした黒パンとかなんだよ。

 そりゃ値段は安いけど、見た目も味もちょっと別の世界を知る俺には無理なレベルだった。

 で、どうしたかと言えば…なら無発酵・・・パンにすれば良いと考えたわけだ。

 発酵させるパンと比べて早く作れて酵母のムラもない。

 小麦粉・水・オリーブオイルなどを練った生地を平たく円形にして焼く…いわゆるピタパンってヤツだな。

 俺の店の窯でもちゃんと作れて良かったよ。

 その内、ンジが密かに独り占めしようとしている玉蜀黍トウモロコシの粉を使ってトルティーヤ風にしてみるのも面白いかも。

 生地自体もモチモチして美味いし、具を変えるだけで多くのバリエーションを持たせることもできるだろう。

 現状は塩と卵とオリーブオイル以外ならたったの十日間で殆ど菜園から手に入れることができるってのも驚きだ。

 何だよ魔法植物、最高じゃないか!

 ノーム達から既に当分の間の種も買い込んであるし、暫く持つだろう。

 

 ――思わぬ臨時収入・・・・もあったことだし。



「…なるほど。青レタス草に赤トマト草と紫球根のスライス。それとレッドスネーク・・・・・・・の卵のソースですか。簡素ですが予想以上に美味ですね」



 ううん? 興味深そうにサンドイッチを試食されてるテュー嬢が何か気になることを言ってたような…?


 そういや、卵はテューに「いっちゃん安い卵でいいから!」と俺が頼んだんだっけ?


 とりま後でちゃんと問い質すことにして、話を続けよう。


 基本的にこの異世界の食材の大半は俺が知るものと大差ないものが多いんだよな。

 ただ、野菜類とかの一年草植物は“~草”とか“~の根”とか呼ばれることが多くて多年草なら“~の木の実”とかだ。



 だが、口元にピンクマヨを付けたニコニコ顔のニウが俺に無邪気に質問してきた。



「エドガー様! このおいしい料理は何て名前なんですか?」


「お。それはなあ~? サン――

「サンドイッチですね。確か、西帝国アルヴァートの高級料理だったはずですが、流石はエドガー様です。博識でいらっしゃいますね?」


「ほう? コレがそうなのか! 一度、西から来た貴族共が自慢してやがったから、儂も噂くらいなら聞いてたが」


「……ドイッチです。はい、そうですよ…(鼻声)」



 もうあったんだ? サンドイッチ? そうですか。

 俺SUGEEEEEEEEできませんか? そうですか、はいはい。



「ですが、本来は貴族が好む白パンと高級食材を使って供されるものを…安価なものだけでここまでの素晴らしい味になさったのには、私も驚きましたが…」


「あ…そう? まあ、俺の店で扱う品は基本単品で銀貨(二千リング)以下にしたいからな」


「因みにですが、単価は如何ほどをお考えでしょうか?」



 うーん…シンプルな具のサンドイッチだと大体税込みで三百円前後だったな。


 けど、そりゃあ俺の元の世界の飽食極まった時代価格での話だ。

 まあ、具の仕入れ値とかも考えなきゃだけど…ちょっと強気の値段でいってみるか?



「そうだな。まあ、最初は黄金銅貨一枚(五百リング)でやってみるか」


「「…………」」


「エドガー様。確認致しますが、それは本気なのでしょうか?」


「え」



 あ、アレぇ~?

 俺の値段設定ミスってる?

 




*リザルト*


@各話別諸経費

 商品開発、他諸用品購入代として:

  銀行から金貨1枚(20万リング)

 ノーム園芸店の定期購入代として:

  現金から金貨1枚(20万リング)

※パイエルン商会からの謝礼金:

  銀行に黄金のインゴット換金にとる預金追加(6000万リング)


★資金(※金貨と金貨以上のみ記載)

 現金:金貨971枚(1億9420万リング)

 銀行:金貨984枚(1億9680万リング)


★物資その他

 魔法収納の革袋(汚)

 飴色のスーツ(装備中※60万リング)


★雇用(扶養)

 ダンディー(護衛奴隷※2000万リング)

 ンジ(従業奴隷※1000万リング)

 イノ=ウー(冒険者※月給20万リング)

 ヴリトー(冒険者※月給20万リング)


★身分・資格及び許可証

 商人ギルド三等級商会員(全国共通)

 Ⓒの5増改築許可・物件関連の市諸税免除(三年間)


★店舗(不動産)

 Ⓒの5(開店準備完了?)


★流通・仕入れ

 ノーム園芸店より魔法植物の野菜種子各種(※月額20万リング、なお現金払いに限る)



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