第13話中編 謹んでお断りします(笑)



「あの偏屈なドワーフと気分屋のノームをどうやってそそのかしたんだね?」


「唆す? 御冗談を。彼らはあくまでも自主的な善意・・・・・・で私の想像を遥かに超えて立派なものを建ててくれたまで、ですが」


「……ふむ。どうやらやはり、あの商人ギルドきっての難物・・から推される男だけあるようだ。…だが、今や商人達の間ではこの物件の話題で持ち切りだぞ?」


「…まあ、目立ちますからね?」



 アーバルスでも有数の大商会の御曹司らしいこの黄金ロン毛は俺の言葉をちゃんと聞いてくれてるものか既に怪しいが、しげしげと俺の店を眺めて小さく感嘆の息を吐いてやがったよ。


 確かに誰の想像も超えた物件には違いあるまい。

 そもそも高さ・・だけとっても当初の予定の四倍・・あるもんで。

 オマケに何だかヤバそうな付加価値があるらしい“青い石泥”製の建築物かつ、一階の店舗となる側面にはこれまたこの異世界では大変高価な代物らしい硝子どころか、もっと度肝を抜く“クリスタル板”とやらが使われてしまった・・・・のだから。


 この件に関しては本当に俺はほぼノータッチですよ?(責任転嫁)


 そりゃちょっとやる気にさせ過ぎちまったかもだけど。



「流石に商人ギルドも噛んでいるんだろうが…(チラリ)」



 黄金ロン毛が意味ありげな視線をンジとダンディーと同じく俺の横に並んでいたテュー嬢に送るが……まあ、テューは当然のように今日も実にお美しい塩顔でいらっしゃったよ。


 多分、グリルの時と同じでコイツの事も嫌いなんだろうなぁ~。



「3億」


「はい?」


「少なくとも建設費用は3億リングは掛かったはずだ。そうだろう」


「…………」



 いいえ?

 土地代やらその他特典も込々でその十分の一の三千万リングでしたけど何か?



「フフフ…安心してくれ。解っているさ?」


「はあ(何が?)」


「5億だ。即金で5億出そう。希少なドワーフ達の資材と技術を惜しげもなく使った物件なのだからそれだけの価値はある。それに、買うとは言ったがね。何も君を追い出そうとは考えていないんだ。我がパイエルン商会の傘下となれば、このまま君の店としてくれて構わない。……そして、私が父上に代わり商会を継いだ暁には更にもう5億出そう。それに、君には個人的な興味もある。商会内でそれなりの立場・・も約束しよう。どうだね? 良い話とは思わないか」



 …………十億、か。

 

 ちょっと流石にときめく額ですよこれは?

 ぶっちゃけ金貨百五十枚が、ニコニコ現金払いで金貨二千五百枚。

 将来的にはその倍の金貨五千枚に変わるってことだもんね?


 だが…どう考えてもこの黄金ロン毛の部下になるのはちょっとなあ~。


 うっうぅ~ん(金欲に抗う男)……うん?


 はたと視線を落とせば、隣のンジが俺の袖を小刻みに引っ張り、プルプルと眉を八の字にして顔を横にやっていた(可愛い)


 ――そっか! なるほど。


 ……、なんだな?



「謹んでお断りします(笑)」



 俺は元気いっぱいそう言ってやった。

 わざとらしく頭を下げた後には忘れずに長年の時代錯誤営業指針コンビニバイトで培った、自慢の会心のスマイルを決めてやったぜ!


 さしもの自信満々で提案した買収話がいとも容易く俺に蹴られてか、黄金ロン毛も憮然とした表情になったが、またも出来が良さげな弟に小突かれて佇まいを直して余裕のある笑みを浮かべやがった。



「…そうか。残念だ。……しかし、貴殿の隣に居るのが、あの愚か者が家を追い出されてまで執着していた奴隷か。…なるほど、なるほど。確かに似ている・・・・かもしれんな」


 

 黄金ロン毛が趣旨返しとばかりに俺にしがみ付いて怯えるンジをジロジロと見てきやがった。


 …それにしても、家を追い出された?


 もしかして、あのグリルが自棄になって事件を起こしちまったのは、実はこの連中が発端なんじゃないだろうな?



「……失礼。私の奴隷が何か?」


「いや。今となっては大した意味もないことさ。気にしないでくれ。…話を戻すが、私の提案を断ったのは賢い選択かもしれないな? この区画は少なくともこれから値上がりするのは間違いない。…が、愚かな選択でもあると言っておこう」


「どういう意味でしょうか?」


「私はあの家に泣きつくしか能がなかった不出来者と違ってね。父上に頼らずともそれなりにこのアーバルスの中小商会にコネ・・もあるんだ。勿論、の連中とも、な」


「…………」



 それは暗に、“俺様からの勧誘を蹴ったお前にこれから色々と手回しして嫌がらせしま~す”宣言と受け取って良いのかな?



「おやおや。早速圧力を掛けているのかね? 流石はあの・・パイエルン商会の跡継ぎだ。父親とやり方がそっくりですね」


「(…誰だ?) げっ!?」


「な、何故あなたがここに!?」



 何と新たにこの場に参戦してきやがった人物は――…テューを遥かに超える商人ギルドの危険人物。



 金融部門ギルドマスターのリングストームハゲ爺だった!?


 ……『大量虐殺者』のタレントを有し(怖過ぎる)、それ以外にも『鑑定』だの他多数のスキル保有者らしき推定マジモンの化け物だぞ。



「何をそんなに驚いているのですか? 私は単に私の部下が仲介した案件を確認しにきただけでしてね。……まあ、序に古い知人・・・・に挨拶、でもと」


「……ッ」


「ダンディー?」



 何故か知らんがダンディーが片手を広げて俺の前に立つ。

 え。むちゃくちゃ身体に血潮が漲ってる感があるんだけど…まさかの臨戦態勢?



「我が主人よ、気を付けろ。アイツは手で触れ掴んだものを何でも消し去る・・・・技を使う」


「えぇ!?」


「はっはっは! まさか! 必要・・でないのなら使いません。それと、正確には違いますよ? 消し去って見えるだけで、ちゃんと後で出せますから。…久し振りですね? ――影の英雄・・・・


「…フン。お前にそう言われると虫唾が走る。……ファレルと同じく、お前も老いたな」


「ええ、全くですよ。時の流れは残酷なものです…あの戦で生き延びた者も、もう僅かですからね」



 知り合いだったのか?


 ああ、まあ確かにダンディーはリザードマンの見た目じゃイマイチ判別し辛いが、御年九十八歳だからなあ。



「兄上」


「う、うむ。ところで貴殿への謝礼を失念していたな」



 ああ、んなこと言ってたかもね。


 今度は美少年君が小箱を持って俺の近くまでやってきた。

 箱を開くと…何と金の延べ棒めいたものが納まっているじゃあーりませんか!?



「インゴットで用意させて貰ったが、金貨で三百枚といったところか。受け取って欲しい」



 …ムールの親父さんとは随分と額に差があるな。

 対奴隷と対人の違いとか、商人社会の見栄ってのもあるのかね?


 金塊かあ~ちょっと前の俺なら思わず懐に入れて公僕の視線に怯える毎日を過ごすことになったんだろうけどねえ?


 全く以て、意図せぬ大金は人間の心を狂わせやがるんだね。


 ま。どっちにしろ俺が持ってても困る。

 換金も面倒だし、打撃武器として使うくらいしか用途が思い浮かばない。

 ここは商人ギルドテューに任せるに限る(無責任)



「有難く頂戴します。テュー、預かって貰っていいか?」


「かしこまりました。エドガー様」



 俺がアッサリと受け取ったことに何故か拍子抜けしたような様子の黄金ロン毛とその側近共。

 いや、どうリアクションして欲しかったんだよ?

 コレって袖の下的なものじゃないんでしょ?


 何か知らんがハゲ爺はちょっと笑ってるし…(怖い)



「コホン。…貴殿とはまだ話したいこともあったが、私もこれから所用でね。失礼ささせて頂くとする。……リングストーム様も、またいずれ」


「そうですか。君も忙しいようだね? 私も君の弟であるグリル・パイエルンの件でまだ聞きたいこともある。その内、商会の方にも顔を出させて貰うとしますよ」


「…………」



 黄金ロン毛達は無言でハゲ爺に向って頭を下げるといそいそと馬車の方へと逃げていった。


 が。黄金ロン毛は馬車のステップに足を掛けたタイミングで俺の方へ振り返った。



「勇気ある新参商人たるエドガー殿。我がパイエルン家はいつでも貴殿には門を開けていよう。…先の私が提案した条件も変えぬと約束もしよう。では、またの機会に」


「…………」



 やっと帰りやがった。

 ンジに後で店先に塩撒いて貰おうかな?

 だが、あの黄金ロン毛の弟君も何故か俺のこと最後までじぃーと見てやがったな。

 何でだろ?

 


「君も厄介な人物に目を付けられましたね」


「え。あ~…あの黄金ロン…いや、ローストでもなかった、ロースター・パイエルンですか?」


「ははっ。いいえ。あの男は父親と同じ小者ですよ。…彼はまだ幼い弟を連れていたでしょう? なかなかの曲者・・ですよ?」


「は、はあ…」



 あの礼儀正しい美少年君が?

 そんな感じしなかったけどなあー。



「ところで。部下から小耳に挟んだんだがね? この立派な君の店の裏にペット・・・の墓があるそうだね…」



 ドキリと心臓が跳ねそうになった。


 いや、テューとダンディー以外は俺とどっこいの引き攣り顔になっちゃってますよお~?

 ホント嘘とか吐けないからね、皆して。



「いやいやちょっと祈りのひとつでも捧げてからギルドに帰ろうと思いましてね? あっと…悪いんですが、コチラの彼を接待役・・・として少しお借りできないかね?」


「…ダンディーを?」



 いつの間にか手にした酒瓶を俺に見せながらリングストームが俺の顔を覗き込んできやがったから堪らない。

 顔が近い!? あと、怖い!?


 こんな凶人と二人にして大丈夫か?

 だが、ダンディーとは旧知の仲っぽいしなあ~。



「我が主人よ。自分からも暫し時間を頂きたい」


「そう? 何かあったら直ぐ俺達を呼ぶんだぞ?」


「え、エドガー様? 私の上司をそのように扱うのは如何かと…(圧)」


「ははっ! 彼は過保護なのですよ。では、テュー。今後も彼の事は・・・・頼みますよ?」


「…は、はい」



 そう言い残して初老のギルドマスターと巨体リザードマンは店の裏へと歩いていってしまった。




  $$$$$$$




「まさか、あのリングストームが直に来るとは思わなかった。あのハゲジジイめ。さては暗部の連中に私を見張らせていたな」



 青空の下、今日も賑やかな城塞都市の大通りを貴族御用達の黒塗り馬車が通り過ぎる。

 その豪奢な馬車内にて赤味のやや濃い金の長髪をオールバックに流した男が延々ととある人物に愚痴を零していた。


 ロースター・パイエルン。

 この城塞都市アーバルス内外でそれなりに幅をきかせている大商会たるパイエルン家の長子(長男)であり、自身は次期後継者でもあることを何ら疑わない実に傲慢な男であった。

 そして、その内心では父親を含めた大概の者達を無能だと唾棄していた。

 三等級商会員であるが、父親に隠れて幾つかの闇ギルドにもコネを持ってもいる。


 だが、そんな彼が例外として盲目的に信頼する人物が同じ馬車に同乗していた。


 その人物の名は、コンフィ・パイエルン。

 パイエルン家の四子(三男)であるロースター家の末子であり、ロースターとは齢の離れている未だ十を超えたばかりの幼さが残る実の弟である。



「だが今後は他の上位商会の連中もあの怪しげな新参者を狙うだろう。あの物件が手に入れば、この市内だけでなく他国まで報じられる良い広告塔となり得るだけに惜しい…どうしてくれようか」


「兄上」



 延々と垂れ流される愚痴を静かに聞き流していた女児と見間違うほど整った顔立ちの美少年が手にする書物を閉じて対席に座るロースターを見やる。



「余り、迂闊な真似・・・・・をするのはよろしくないかと」


「まさか! コンフィ…私があの我が家の恥と同様に、あの男を力尽くでどうにかするとでも思うのか? 流石の私も傷付くぞ?」


「いえ。…ですが、あのリングストームが贔屓し、その部下であるテュテュヴィンタが常時近くにいるのですから。荒事・・を得意とする者を下手に使えば、我が家に飛び火しますよ」


「ううむ…」


「かと言って、単純に金銭だけで如何にかなる手合いでもない。どちらかと言えば純然たる商人足り得ない単なる善人…ムール殿のような方だと思います」


「善人…確かに? だが、コチラがインゴットまで奮発してやったというにあの無反応さだったからな。実は黄金の価値も良く解らん商人ギルドの傀儡なのではないのか?」



 その傲慢な兄からの言葉に眉を顰める聡明な弟であったが、暫し沈黙した後にやはり顔を横に振った。



「それは早計かと。ここは様子見に徹した方が得策でしょう」


「私に指を咥えていろというのか」


「いいえ? ここは兄上の御力を彼に見せつけ、尚且つ穏便・・に済ませるのが良いでしょう。商人は売るものが無ければ……」


「なるほど。まあ、お前がそこまで慎重さに拘るなら間違いないだろう」


「ええ。それに……僕としても、彼が結果的に思わぬ副産物・・・を生んでくれることを期待しているのですが。まあ、どのような結果になっても、彼には商売仇が単に増えるだけでしょう」



 傲慢な兄は愛らしくも頼もしい弟にニヤリと笑みを見せる。

 何故ならば、今迄にその弟に助言に従って彼は失敗したことなどなかったのだ。




  

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