第13話前編 怒れるムールと黄金ロン毛



「……感謝する。エドガー殿」


「構わんよ。あくまでも俺が好きで勝手にやったことだから」



 あのロン毛野郎…いや、俺の隣に居るムールの親父さんの従業員であったグリル・パイエルン達の襲撃事件から早くも五日が経っていた。


 哀しいほど澄み切った青空の下。

 丁度、新しく建った俺の店の裏にひっそりと一抱えほどの大きさの岩が、ノーム達が気を効かせて敷いてくれた青い芝生の上に横たわっている。

 

 俺が無理言ってダンダダに頼んで持って来て貰った墓用のだ。


 そう。実はこれは墓なんだ。

 あの日、犠牲になってしまったムール奴隷商の生涯奴隷七人のな。

 本当は俺の言葉通りのポケットマネーからちゃんと墓のひとつも建てて供養してやりたかった。

 少なくとも、ンジやダンディーにとっては大切な仲間達だったみたいだし。


 …だが、訳有ってそうはできないのでこのように簡素以前の佇まいとなっている。


 そこに未だ泣きぐずるンジとムール奴隷商の奴隷である少女ニウが共にやってきた。

 その手には俺の前の世界のコスモスにも似た儚い外見の花で作られた冠があり、二人は涙を零しながらその岩へと手向けた。

 どうやら、この無人の荒野の如き区画でも細やかに花は芽吹くらしいな。


 俺とンジとダンディー、それに冒険者のイノ=ウーとヴリトー。

 そして、ムールの親父さんと共に訪れたニウと他の奴隷達と共に暫しの間、黙祷を捧げる。



「有難い事だぜ。生涯奴隷は国法で埋葬自体が禁じられているからな。人じゃない・・・・・ってな理由でよ……死んだら、生ゴミと同じようにスライムに喰わせるくらいしか公には許されてない。だが、良かったのか? その内、良からぬ連中の恰好の攻撃材料にされやしないだろうか?」


「そん時は、ペット・・・の墓だって言い張るよ。ムールの親父さん達も忙しいだろうが、いつでも顔を見せてやってくれ」


「……ああ」



 片手で顔を覆ったムールはそう頷いた。

 横に並ぶ奴隷達も頻りに俺に向って頭を下げる。


 …そんな理由から、この岩に彼らの名前すら彫ってやることもできないらしい。

 けど、俺は特例である程度この所有地で好き勝手やれる・・・・・・・権利を持ってるわけだからして。

 もしかしたら、本当はムールの親父さんのもとに帰りたいかもしれないが、こうして荼毘に付した彼らはここで安らかに眠ってくれればなと、そう思うよ。



「エドガー様。ムール様。失礼致します」



 姿を現したのは俺の相談役を担う商人ギルドの美人受付嬢のテューだ。



「――パイエルン家の方がお見えになられました」


「フン! やっとお出ましか…まさかとは思うが、流石に商会長自らというわけではないでしょうな? テュテュヴィンタ嬢」


「はい。長子であるロースター様とその御兄弟のようです」


「ロースターの若僧が? …代理でなく直接来たとなると、どうやらここへ来た目的はエドガー殿。アンタだろうな」


「俺?」



 また、厄介事かよ?

 はあ~やだなぁ~…こちとら菜園の収穫ばっかで、全く開店準備に手を付けられてないってのに。




 だが、来てしまったものは仕方ない。

 俺達は出迎えに店の表へとぞろぞろと移動し出した。


 それに、建前上・・・の訪問目的は件の襲撃事件への謝罪の件らしいし。


 さっさと謝罪と謝礼を受け取ってお引き取り願おう。




 俺の店先には既に大変ご立派な馬車三台とズラリと部下と護衛達を並べ、その中央に偉そうにしてやがる奴に嫌でも視線が移る。


 ――…な!? ロン毛っ!?


 なんとそこには俺達を襲撃した張本人のあのロン毛野郎の姿があった。



「ん? 何をそんなに驚いている。…ああ、成程。あの愚弟・・の面影を私に見出されたかな? ふぅ…私は甚だ業腹なのだがな。どうにも同じ父親の血を濃く引いているせいなのか、方々で似ていると揶揄われることが多いんだ」



 ん? ロン毛じゃない?

 ああ、いや…同じロン毛なのは同じで顔も相当似てるがどうやら違う人間のようだぞ。

 目の前の奴はあのくすんだ赤っ髪だったアイツと違って完全なブロンド髪な上に、身に着ける恰好が如何にも“そうです!私は金持ちです!”といった感じの全身ピカピカだった。

 齢も三十代半ばってとこだな。

 金糸が織り込んである貴族顔負けの服とその他装飾品で俺のこの一張羅スーツが何着買えるんだかな。

 

 そうだな、コイツは“黄金ロン毛”と脳内登録することにしよう。



「改めて。私はパイエルン商会の長たるグリル・パイエルンが長子。ロースター・パイエルンだ。この度は我が一族の者が大変迷惑掛けてしまったことを先ずお詫びする」



 黄金ロン毛は一応形式的ではあるが俺に向って頭を下げてくる。

 いやそこは、ムールの親父さんが先じゃないのかよ?

 実質、被害被ってのはムールの親父さんだろーに。


 だが、有無を言わさず商会員同士の挨拶だとばかりに首から下げていた商会員証を取り出すもんだから、俺も会わせて取り出して見せる。


 ――…俺と同じ形だな?


 つまり、コイツも三等級商会員ってことか。



「初めてお目にかかる、大商パイエルンの次期後継者・・・・・殿。私は三等級商会員。エドガー・マサールです」


「……意外と面白い男だな? ふむ。噂通り、本当に私と同じ三等級なのか…。フフッ。一体どんな手を使ったものか是非とも教えて欲しいものだな?」


「――…兄上」



 どうにも端から謝罪の気持ちなんぞ皆無な様子の黄金ロン毛だが、その側に控えていたまだ背丈の低い美少年からの声に咳払いをして、佇まいを直す。


 …兄上ってことはこの坊主もパイエルンなのか。



「コホン。失礼した。……謝礼金の前にあの我が家の恥晒しについて処遇がやっと決まってな。故にこの場に来るまで日が空いてしまった」



 黄金ロン毛が言うには、件の襲撃事件を起こした者達の内の生き残った闇冒険者ゴロツキの三人は既に事件当日の翌朝には首を刎ねられ死刑にされていた。

 そして、首謀者のグリル・パイエルンもまた審議会からは死罪もしくは奴隷堕ちを求刑され、パイエルン家は庇うどころか総意・・で彼の死罪を望んだと言う。


 …身内から奴隷堕ちを出したくないからって、ちょっと…なあ?



『あの人は悪いことをして、許されないことをしたと思うけど。どうか叶うならば、殺さないで欲しい』



 何と、同じく襲撃を受けたはずの奴隷のニウや他多数の奴隷、そしてムール達のこのような発言と訴えによってグリルは死罪は避けられ、論議の末に強制労働刑で東王国アーネストへと追放されることになったらしい。


 だが、意外だな?

 恐らく人情からのムールの親父さんは兎も角、少なからず暴行を受けたニウ達にまで庇われるとは…。


 後から聞いた話だが、どうやら勝手して奴隷を傷付け、殺したのは雇った悪漢共だったらしい。

 寧ろ、グリルの野郎はニウ達に手を出された際には激怒して止めに入ったそうだ。


 ……今となっては、奴が何を考えていたのかは結局解らず仕舞いだが。



「我が家としてはこれ以上世間に恥を晒す前に始末・・したかったんだが。アレは次子(次男)と言っても妾腹でね? 母親からして出来も悪かったからな。父上もそう思って、早々に東の海に捨てに出されたのだろう」


「「…………」」



 いかんな。何だかコイツの話を聞いてるとあのロン毛に同情しそうになるぜ…。



「おっと愚痴を言ってしまったな。さて、貴殿との会話は一時中断させて貰おう。――…おい」


「はっ」



 初めて黄金ロン毛がムール達の方へ視線をやり、部下の一人を伴って歩き出す。

 ムール達の前まで来ると、その部下が何やら袋を取り出し、それをぞんざいに掴んだ黄金ロン毛がそのままそれをムールへと差し出した。



「普段からアイツの世話を押し付けてしまっているにも関わらず、この度はすまなかったな」


「……コレは。なんでしょうか?」


「あの出来損ないの面倒を今迄見てくれた礼、と思ってくれても構わんがね。…まあ、君の店の商品・・を損失させてしまったその補填金だ」


「…………」


「生涯奴隷1体・・につき、金貨十枚で、金貨七十枚だ。……死ぬまで世話が必要なだけの不要在庫・・・・が片付いただけでなく、金貨に化けたのだから、思わぬ臨時報酬とでも思って受け取ってくれ」


「……ッ」



 その言葉に帽子を外して低くしていたムールの頭部に青筋が浮き上がり、グシャリと音を立てて自慢の帽子が歪んだ。



「ムール」



 そう声を出したのは俺の隣に立つダンディーである。

 その表情は怒りとも哀しみとつかず、ただ静かにムールの親父さんを見ていた。



「……ファレル…」


「ん? 誰のことかね?」


「ザバーム……ディマ……ドアオリック……レグアード……イホマンク……カテッジナ……奴隷番号じゃねえ…死んだあの七人の名さ。…お前さんは知りもしねえだろうよ、若僧・・



 ブルブルと震えながら顔を上げて睨みつけるムールの顔には、激しい怒りがハッキリと浮かんでいた。



「そうだ! そりゃあ生涯奴隷なんぞに身を堕とすくらいだ。戦犯なり、貴族に立てついちまったりよお、色々あったんだろうさ! だがなあっ…死んじまった連中は、元は歴とした人間・・なんだよお!! 奴隷だからどうしたっ! 人の命を何だと思ってやがる!? 補填金だと? ――こんな汚ねぇ金なんざ要るかあ!!」


「なっ!」



 怒りに任せてムールの親父さんが黄金ロン毛の手から金貨袋を叩き落とし、地面に金貨が散らばってしまう。



「ムール様っ!?」


「どうか抑えて下さい!お願いですから!!」


「この…たかが、父上の情けで奴隷商を続けられている五等級の分際で! 無礼ではないか!!」



 今にも黄金ロン毛に飛び掛からん勢いのムールの親父さんを必死に涙目の奴隷達が羽交い絞めにして止めている。

 恥をかかされたのか、黄金ロン毛の顔は真っ赤っかになっている。


 ヤバイな…このままだとムールの親父さんの立場が悪くなっちまうぜ。

 俺は止めに入ろうとダンディーに目配せして互いに頷き合ったタイミングだった。



「――いけませんよ、兄上。非は明らかにこちら側にあります」


「…う。…コ、コンフィ」



 その混沌となりつつあった場で少年の凛とした声が響く。

 憤慨していた黄金ロン毛よりも淡く透き通った金糸の如き髪をした絵に描いたような美少年であった。


 颯爽と両者の間に割って入り、手ずから地面に散らばった金貨を集め出すと、それを見て慌てて駆け付けた他の面々もまた金貨を拾い出した。


 それらを丁寧に袋に納めると美少年は深々と呆けたムールの親父さんに頭を下げた。



「お初にお目に掛かります。私はグリル・パイエルンが四子。コンフィと申します。この度は傷心の限りであるというのに、その傷を抉るかのような物言い。大変失礼を致しました。どうか今回だけは我が家からの準然たる謝罪の証としてこれをお納め下さいませ。今回の件も含めた謝罪と今後の支援につきましては後日また伺いに参ります故」


「お…おう…」



 ムールの親父さんも未だ十歳くらいの子供からそこまで畏まられて困惑しつつも金貨袋を受け取った。



「兄上」


「…わかっている。コホン。…ムール殿、すまない。私も今回の騒動でかなり動転していたようだ。配慮を欠いた発言をしてしまったこと、どうか許して頂きたい」



 …随分と自分の弟には従順なんだな? あの黄金ロン毛。


 だが、どうにかあの美少年の機転によって騒動は収まってくれそうだ。


 が。ムールの親父さんとの件が終わってハイ終了と帰ってくれることもないわけで。

 何度か言葉を交わした後、黄金ロン毛と美少年は俺の方へとやって来る。



「恥ずかしいところをお見せしてしまったようだ」


「いえいえ…」



 俺が言葉を濁して返すと、黄金ロン毛が目を細めて何故か俺との距離をより詰めてきやがった。


 え。近い、近いんですけど…ちょっと?



「不躾だが、私は大きな話を先に済ませたい性質たちでね? 単刀直入に言おう」



 黄金ロン毛は不敵な笑みを浮かべて俺にこう言いやがった。



「――…この物件なんだが、私に売ってくれないか? もしくは、我がパイエルン家の傘下に…入る気はないかね?」



 おいおい。営業準備すら未だだってのに、まさかの買収かよ…。

 



 

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