第8話前編 済めば都



 ――諸君。諸君らは“住めば都”という言葉を御存知だろうか?


 アレっていわゆる「こんなところ人間が生きていける場所じゃねえ! こんな場所にこれ以上いられるか!? 帰る!(激オコ)」みたいな事言っちゃう奴がいたとする。

 ソイツがどうやっても逃げられない理由で、その文句ぶー垂れ環境で生活を強制されて早数年が過ぎた辺りにもう一度問うてみるとだ。

 「いやあ~最初はアレほど嫌だったったんスけどね? まあなんていうか慣れちゃいましたよ!(テヘペロ)」みたいな心境に至るプロセス論のことだ(白眼)


 苦行を経て解脱を果たした僧侶の如く、人間の適応能力という神秘を強~く指し示している大変有難い格言だということだ。


 だが、違う。

 俺はそれは慣れ・・ではなく、諦め・・だと今ここに強く断言する!

 それは二進にっち三進さっちもいかなくなった人間が苦悩の果てに覚悟完了!(のススメではない)を済ませた者の心境のことだと俺は思うのです。


 ――即ち! “めば都”…コレこそ正しいのではないだろうか。

 後、決してコレは単なる誤変換とかじゃないからな!

 


 で、話を戻そう。

 何故に俺が目の前の状況から意識を遠ざけこのような不毛な事を塾考しているのかと言うとだね……。



「エドガー様? 御気分でも優れないのでしょうか……大丈夫なようですね。では、改めてコチラ・・・が当ギルドが推す好物件・・・となります!」


「……物件? …………。悪いが、テューさんや。俺の眼が正常なら、何故か市内の中にあった見渡す限り何もない荒れ地にしか見えんのだけど?」



 ビュウウウ~という音を立てて、本来・・であれば建物などで遮られるはずの寒々しい風が俺達の周囲の地面の土埃を舞い上げる。



「御冗談を(笑) ちゃんとエドガー様の目の前・・・にありますよ」


「御冗談(笑)じゃないよぉ~? 物件のブの字も何もないじゃ……ん?」



 瓦礫に紛れたその下に石の床…いや石の段々のようなものが見えた。

 いやコレって部屋の間取りっつーか、家が建つ前とかに見掛ける“基礎”じゃないのか?

 それに散らかってる瓦礫はあからさまに焦げ跡が目立つものが多いな。


 ……もしかして、火事か?



「実は二年ほど前になりますが、この区画一帯が火災に見舞われてしまったんです。木造建築の平屋や木賃宿が集中していたのも火災拡大の大きな要因で、燃え残ったのはここの区長の在所だった屋敷跡くらいでして」


「え。なら、まだその区長とやらのなんじゃ」


「燃えました。その一族郎党とこの区画居住者の過半数と共に」


「あ…はい」



 どうやらその区長とやらが相当問題のある輩だったらしかったのか、テューの表情はあのロン毛の時と同等に冷たいものだったよ。

 何でも区長ってのは言わばの区画の長って…そのまんまか(笑)

 単なる代表って訳じゃなく、国やギルドに代わって細々した税を居住者から徴収する徴税請負人みたいな役目もあるんだそうだ。

 で、その燃えろ区長!さんとその一族共は小狡くその徴税した額をちょろまかすということで大変ギルド側からの評判が悪かったそうな。

 挙句の果てに火災対策をまるで怠っていた為、その大火災を許してしまったわけだ。

 恐らく今頃はこの異世界で地獄相当となるヘカトンの谷で懲らしめられている真っ最中だろう。

 勿論、死者にも容赦なく商人ギルドが法の下に残った土地とその他の財産を押収。

 この区画自体が商人ギルドの所有物となり、生き残った被災者には僅かばかりの見舞金と新居先が斡旋されたという。

 火災に巻き込まれてしまった住民は気の毒でしかないな。



「しかし、幸いなことにその屋敷の基礎は問題なく残っています」


「でも壁はないよ?」


「壁ですか? 御安心下さい。明日からでも当ギルドが選りすぐった技師達による作業が始められますし、壁など一日で建つでしょう」


「でも屋根がないよ?」


 

 いやそうじゃない。壁だけあれば良いってもんじゃないだろう。

 まさかDQみたいに壁とドアだけの家に住めと言うんじゃなかろーな。

 雨の日とかどうすんのよ?



「土地代と建設費で金貨百五十枚三千万リング…大変お買い得かと思いますが」


「えー? 本当ぉ」



 俺が判り易く渋い顔をするとテューは急にその辺の地面から木切れを拾って手に取ったので、俺はキレたテューにしばかれる!?と身を竦ませる。

 だって俺万年アパート暮らしで家とか買ったことないんだもんっ!(逆ギレ)


 だが…テューは俺に構うことなく土が剥き出した地面にガリガリと図のようなものを描き出したのだった。

 その図は同型のものが二つある。



  塔+++++++++塔    ×+++++++++×  

  +CCC+城+CCC+    +123+×+123+  

  +CDC+++CDC+    +4Ⓐ5+++4Ⓑ5+

  +CCCBABCCC+    +678①❶②678+    

  +BBBBABBBB+    +③④⑤⑥❷⑦⑧⑨⑩+

西門=AAAA★AAAA=東門  =❸❹❺❻⓪❼❽➒➓= 

  +BBBBABBBB+    +⑪⑫⑬⑭⓫⑮⑯⑰⑱+

  +CCCBABCCC+    +123⑲⓬⑳123+

  +CDCBABCDC+    +4Ⓒ5㉑⓭㉒4Ⓓ5+

  +CCCBABCCC+    +678㉓⓮㉔678+

  塔+城壁+=++++塔    ×++++=++++×

       南門        



「テュー? コレは…」


「余りにも簡易ではありますが、城塞都市アーバルスの区画図です」



 ふむ。このアーバルスは四方を城壁に囲まれたほぼ正方形の形をしているということだな。

 “+”が城壁で、“=”が城門。

 因みに俺が異世界初日に通ったあの冒険者コンビがバイトしてたのは南門だ。

 一応、裏門(北)もあるが平時は利用されることなく封鎖されているらしい。

 城壁の四隅にある高い監視塔は兵士の分隊駐屯場も兼ねる。

 このアーバルス領主の城が最北部に城壁(高台)に囲まれてそびえ立つ。

 “★”は市内中枢。商人ギルドの在所で、東門・西門・南門から真っ直ぐ伸びる大通りが交差する交通と流通の要でもある。


 そして、その城壁内を埋めるA~Dのアルファベット(だって、そう変換されて俺には見えるからさ?)はどういう意味なのか?


 因みに、左の図は●、○、単数字で表した区画番号らしい。

 例えるなら一番左上の区画であれば、“Ⓐの1”という感じで。

 


「あくまでも区画のランクでしかありませんが、“A”は大通りに面する一等地とされる区画です。貴族や上級市民の方の住居と一等級商会員並びに二等級商会員とその大手商会によって既に占有されています」


 

 ふうむ。銀座とかビル街みたいなもんか?(偏見しかねえ)



「“B”は大通りからは少し離れた言わば二等地で、一般市民の方の多くがここに居を構えています」


「ふんふん」


「そしてC…がその、余り、差別的な発言は好みませんが…下級市民貧困層の居住区とされる三等地という扱い受けています」


(まあ街外れないし、人はいるのに人気ひとけが無い。治安は決して良くないって感じなわけか。…アレ?)

「テュー。この“D”ってのは?」


「……エドガー様が関わらぬことなどない場所。もしくはそのような輩が集中している区画、とだけ言わせて頂きます」



 あっ、それだけヤバイ場所なんですね? わかります。

 絶対に近付かない。コレ大事。

 逆に端々の区画は定期的に兵が巡回してるので治安的にはCだそうだ。


 ……でもさあ、ちょっと待てよ?



「なあ、ここって…コレの何処・・?」


「Ⓒの5です」


「(えーとⒸの5…Ⓒの…5…)――…ダメじゃない?」



 だってその激ヤバ区画のDは各ⒶⒷⒸⒹなわけでしょ?

 

 Ⓒの5ここ、そのDの真横じゃん…。



「ギルドがここをエドガー様に良しと奨める理由は三つほどありまして。一つ、この地区の一つ上のランクであるB区画には確かに若干の空きもあります。ですが、中小商会の潰し合いが頻繁に起こり、接するA区画の大手からも常に圧が掛けられる言わば我ら商人にとって激戦区・・・となります。未だ商売の土台を固める前の段階であろうエドガー様をそこに参入させるのは酷ではないかと私達は愚考したのです」


「…そう言われると、うん」


「二つ、ならばD地区からやや離れて中央にも近い…例えばこの区画の上のⒸの3でも良いと思われるかもしれませんが、今度はB区画の中小商会から挟まれることで客足を奪われるでしょう。同等の理由で他のⒶの8、Ⓑの6、Ⓓの1といった角の区画は個人店舗の数が極端に少ないのです。主に倉庫や職人街といった趣ですね」


「客の取り合い競争かあ…確かに無視できないなあ」


「三つ。コレが最大の目玉です! 先程も言いましたが、このⒸの5区画は現在ギルドの預りとなっているという点です。平たく言えばギルド側である程度自由にエドガー様に提供・・が可能ということでして。先の費用である金貨百五十枚三千万リングには土地建設費だけでなく法に反しない範囲での追加または改築工事の許可。それと土地税・住居税などの商業外の市諸税を三年間免除という破格の条件も御付けするとギルドマスターからの確約があります」



 は、破格なんだ?

 でもさあ…そのギルドマスターってあのモンスター爺リングストームだろ?


 うう~ん。素直に従っていいものなのか…。



「あっあの! ゴ主人様…よっ…よろしいデスカ? 生意気に横から口を出してしまっても…デス」


「おお? どうした」



 俺の横でテューの話を黙って聞いていたはずのンジがモジモジして挙手してきた。



「あくまでアタシの書物での知識だけの話デス。デス…けど、その提案は確かに破格に値すると思うんデス!」


「…ほう。続けて(え? 何で?)」


「ハイ! えとっ…この城塞都市における近年の物価では建材や人件費が上がってきていマス。それに、ここまで広い土地面積だと…うー、やっぱり平均的な家屋が八戸は建てられる広さデス! それを踏まえての安過ぎる建築費とその他の許可・免税を含めて…その枚数の金貨で済むのは…ちょっと、考えられないデスね。他にも……」


「え。まだあんの!」


「うぇ? あ…はいデス。その、失礼ですが…?」


「私は単なるしがない商人ギルド務めでしかありませんから、あなたもテューと呼んで下さって良いですよ?」



 そう言ってテューはンジに微笑む。

 いや、嘘吐くなっての。



「では…テュー様。この区画にはこれからゴ主人様の店以外にも建物が建つ。――…近い内に再開発の目途が立っているのでは? …デス」



 どういうこと?(自分でも自分が馬鹿だと思います!キリッ)



「実はその通りです。…ですが、驚きました。もしも奴隷などという枷さえ無ければ、商人ギルドはあなたを喜んで仲間に迎えたことでしょう。残念です」



 テューは本当に感心したような顔をした後、自分よりも背の低いンジの顔を覗き込むようにしてニッコリと微笑んだ(怖いよ…)



「ンヒ!? …ありがと…デス」



 ンジは咄嗟に俺の後ろに隠れてしまった。

 怖かったんですね。わかります。



「クスッ…流石に周囲に人気が無い場所に店を出すほどエドガー様は風変りな方ではないでしょう? この度、滞っていた普請がようやく通りまして、この区画の再開発を予定しているのです。予定では五割ほどは既に住居として決定しています。前日のお話でエドガー様はあくまでも庶民的・・・な高価な品を余り扱わない営業方針とのことでしたし。店舗経営によって人気が出れば入居希望者やこの区画自体の価値が上がる可能性も十分にあります」


「そういうことか」



 確かに、瓦礫の他にも布やロープが掛けられて放置されている資材の小山が各所に伺える。

 ちょっと気の長い話かもだが、勝手に俺の店の近くに人が来てくれることより嬉しいことなどないだろう。


 これ以上ごねるのもアレだし、決めちゃうか。

 おうおう。解っちゃいたが金がどんどん無くなっていくぜ…(畏)



「わかった! それで任せるよ」


「ありがとうございます。早速、明日から職人を招集し工事に当たらせます」



 一段落したことで誰かの腹が鳴った。


 ……どうやら、顔を真っ赤にしてるンジがその腹の虫の飼い主らしい。



「さて! それじゃあちょっと早いがディナータイムといこうか? テュー。奢らせてくれ。今日は助かったし、今後も世話になるだろうし」


「そのようなお気遣いは……(チラリ)……ではお言葉に甘えて。それなら、私が近くの良い店を御紹介しますので参りましょうか」


「よっしゃ! そうと決まれば善は急げだ。早く行こうぜ!」




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