第7話前編 隷属術と陰気な精霊女



「…それでは」


「はい。間違いなく」



 あのロン毛が小便漏らして(邪推)逃げていった後、俺達は奴隷番号二号巨漢リザードマン奴隷番号三十六号ハーフゴブリンの少女を率い、階上のラウンジへとゾロゾロと移動してきていた。


 どうにもあの皆から百パー嫌われてそうなロン毛はこの奴隷商のある一画ブロックで幅をきかせるやり手商会の息子だったらしい。

 だが、この奴隷商店主であるムールの親父さん曰く、「せいぜいあの自分よがりには八等級が限界だろう」とのこと。

 それに商会員にとっては等級というものはある意味絶対的なものであるらしく、独り立ちもできず、家の威を借るだけの矮小が上位の等級を持つ俺(昨日今日でなんか恥ずかしい限りだが…)にあんな態度を取ってるような時点で先はないだろうとも言ってたよ。

 そもそもそんなどう仕様もない奴だからこそムールの親父さんに半ば寄生するように押し付けられたんだろうぜ。


 俺の横で粛々と正面に座るムールやその部下の人と書類やら小切手やらの手続きをやり取りしていたテュー(てか俺マジで何もしてないね?)が御胸に下げた御立派なブツを見せつけるようにして顔を上げ、俺を見てからやや気だるげに口を開いた。



「確かに現パイエルン商会会頭であるボイル・パイエルン様は、二等級商会員の中でも有能な方ではあります。ですが、あのように度々問題行動を起こしていると思われる御子息に好き放題させているのは、問題ですね・・・・・。今回の件は商人ギルドの方からも注意・・することにしましょう」


「…儂の監督不行き届きでもある。今回は真に申し訳なかった」



 ちょっとテューのマジ顔が恐かった(いやギルドの上層部リングストームとかが恐いのか?)のか、ちょっと顔色が悪くなったムール達が頭を下げた。



「エドガー様。よろしいですか?」


「はい。何ですか?」



 ムールの達の後ろに立たされていた俺がお買い上げした奴隷二名に何やら色々と話し掛けていた女性が俺を手招きして立たせ、それとほぼ同時に「よっこらせ」とムールも椅子から立ち上がる。

 何やらその様子を側で伺っている他の奴隷達も心なしかソワソワしているようだった。


 一体これから何が始まるんです?



「エドガー殿。奴隷を持つのが初めてってことで簡単に説明する。奴隷には基本、契約術師によって『隷属術』…奴隷として従属する契約の魔術が掛けられている。と言っても儂の店では国法に最低限逆らわない程度の契約内容で、対象も生涯奴隷だけだがな」


「れーぞくじゅつ?」



 ニコリと微笑んで改めてペコリと頭を下げる女性。

 おう…なんだかテューに通じるものを感じるな。



「儂も隷属術関係については契約術師任せでサッパリだ。まあ、主人と奴隷間で交わす呪い・・みたいなもんだ。デメリットは奴隷側にしかない一方的なもんさ」


「こちらへどうぞ」



 俺はその女性契約術師に誘われるがままラウンジを離れ、とある床に魔法陣っぽいものが描かれた神秘的…悪く言えば不気味な一室へと通された。

 その魔法陣の中心には雰囲気タップリの丸テーブルとその上に毒々しい紫色の大きくて長い蝋燭が立てられている。


 と、呆けていたら後ろからムールと奴隷の二人も入ってきて「早く陣の中に入ってくれ」とせっつかれた。



「でだ。隷属術の続きだが、この二人の首に黒い輪っかみたいな刺青があるだろう? 通称、『奴隷の首輪』と呼ばれるもんだ。これから再契約する規約を破れば…最悪、首を刎ねられてヘカトンの谷に堕とされるってえげつねえ代物だ」


「えぇ~…」



 そこまでやんのかい。

 というか本当にこの親父さんは本当に好きで奴隷商なんてやってるんだろうか?

 そう思えるほどに言った本人の顔は実に苦々しいものだったよ。


 因みにに“ヘカトンの谷”ってこの異世界で言うとこの地獄みたいな場所のことらしい。


 「ムール様」と苦笑する女性契約術師に声を掛けられて鼻を鳴らすとこれまた真っ黒い鍵を懐から二本取り出してテーブルの片側に置き、もう片側にはそれを確認した女性契約術師がさっきラウンジでやり取りしてた俺の署名入り(テューが代筆してくれました)契約書っぽいのをテューから受け取り、それと一緒に小さな小皿みたいのも置かれた。



「エドガー様、こちらに…」


「はい?」


「これから再契約の魔術を行使するのにエドガー様の生き血を少し頂きますね」



 きゃあ!? この人、いつの間にか手に太い針持ってるぅ!?

 それと生き血って言い方わざとでしょ。



「い、痛くしないでね」


「フフフ…男の子でしょう?」



 ヤダ。この女性契約術師さんったらとんだS――


 ブスリッ



「あぁんッ!(嬌声)」


「エドガー様……」



 こうして俺が異世界初の容赦なき流血(パック納豆のタレくらいの量)を経て、その『隷属術』とやらの儀式が執り行われた。

 円陣の中に居るのは俺とムールの親父さんと奴隷二名の計四名。

 今回は契約内容を変えずに持ち主をムールから俺に名義変更するみたいな流れの儀式らしい。


 円陣前で構えるドS契約術師が何やら呪文のようなものを詠唱すると急にテーブルの蝋燭からピンクと青の怪しげな炎が吹き上がり、その中から灰色のローブで身を包んだどこか陰気な長髪女が姿を現したのだ。

 正直、腰抜けたかと思った。



「エドガー様。この方が実質隷属術を取り仕切る精霊であり、契約と制裁の女神の使いです」



 いやいや驚き過ぎて声が出な……ってかその精霊とやらが俺らのことガン無視して契約書と睨めっこしてるけどアレでいいの?


 いや、直ぐに確認し終わったようでどこか据わった眼でジロリと俺とムールの親父さんを交互に見てきた。



「契約する者よ、名乗れ」


「アッハイ……俺です。えと、エドガー・マサール…です」


「…ふむ。書面通り…ん? お前、本当に・・・エドガー・マサールで良いのか?」


「え゛」



 何故か陰気な精霊女が俺をジロリと見たかと思えば、その顔を近づけ鼻をクンクンさせてきやがった。

 そうです私が江戸川えどがわ正歩まさあるです!

 ってヤバイ! まさか俺が異世界産だってバレたのか…?

 

 俺は何とかなけなしの勇気を振り絞る。



「あの…なにか?」


「スンスン……フンッ。 ――臭い!」



 俺は絶句する他なかった。

 酷くない? その一言しか出てこないよ…(泣)


 俺が固まっていた傍らで、同室の他多数が身体を振るわせていたのを俺は決して生涯忘れることは無いとだけ言っておくぞ?(負のオーラ)



「まあ良い。特に契約書自体には不審な点は無い。そこな二人の奴隷に問う」



 今度はその精霊女は奴隷の二人の前に身を翻した。



「一つ、汝が主人から許可なく逃げた場合。罰として、その身の五体に灼けるような痛みを与える。一つ、汝が主人の命に背いた場合。罰として、その身の五体に百貫約375㎏を超える岩で潰されるが如き痛苦を与える。一つ、汝がその手で主人を傷付けた場合。罰として、その十倍の傷と十倍の痛苦を与える。…そして、汝が主人に逆らいその命を奪った場合。罰として、その首を刎ね、ヘカトンの谷底で永劫の苦しみが与えられる。……それで、良いのだな・・・・・?」



 はあ? なんじゃそりゃ…そんな内容だったのかあの契約書!?


 俺がその余りの内容に文句を言ってやろうかと思えば精霊女がギロリと俺を睨みやがったので俺も思わず身がすくみ上がっちまった。



「おい。精霊相手に口を挟むなんざ馬鹿なことは考えるんじゃないぞ? それに…この契約内容は軽い・・くらいだ」


「フン…これから奴隷を支配しようする者にしては随分と甘いようだな」



 精霊女がムールに止められた俺に嫌味を言うが、「誓うか?」と再度二人に問う。



「…誓おう」


「誓うデス!」



 だが、二人は二人で涼しい顔で即返答だよ。

 マジか…。



「宜しい。これにて契約は交わされた」



 そう精霊女が満足そうに契約書をクルクル丸めて懐に納める。

 すると小皿に入れられていた俺の血液が空中に踊り出し、怪しげな色の蝋燭の火に煽られて舞うように室内を駆け巡る。

 やがて、それが二股に分かれて奴隷二人の首の輪状の刺青に吸い込まれていき明滅してやがて消える。

 今度は精霊女がテーブルの上に置かれていた鍵二本をこれまた七色に変化する蝋燭の火で焙り、それぞれを奴隷二人の首に差し込んでカチャリと捻る。

 何度か具合を確かめるような素振りをしたかと思えば、まるで興味を失くしたかのようにその鍵をテーブルの上に放り投げやがる。

 …さっきとは先が別の形になってんのか?



「さらばだ。図らずとも幸運を掴んだ・・・・・・、かもしれぬ奴隷よ」



 そう勝手な事を言ってさっさとまた火の中を潜って何処かに消えていきやがった…。


 途端に場を覆っていた緊張が弛緩する。



「ふぅ。冷や冷やしましたね」


「全くだぜ」


「しかしあの内容はなくないか?」


「そんな事はありませんよ、エドガー様。本来、生涯奴隷以上の奴隷達は主人に絶対服従・・・・なのです。その五体にも心にも自由などありません。自死することすら許されていないのですから」


「…………」



 うう~ん…凄い世界だ。

 安易に奴隷買えば給料払わなくて良いんじゃね?

 とかさ、馬鹿みたいなこと考えなきゃよか…いや、今更か。




 

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