第6話前編 ムール奴隷商
「こちらですね。商人ギルドからそれなりの評価のある最寄りの奴隷商では一番大きなものとなります」
「はぇ~」
俺が某メガネ少年の“●野! 野球しようぜ!”みたいなノリで奴隷を購入したいとテューにリクエストしたら早速移動開始。
そして、小一時間ほど歩いたところにある石造りの建物の前に連れてこられた。
「なんかデカイ野郎が入口の前に立ってるし。窓も一切無いとか…ちょっと物々しいってか…(小声で)何か陰気なとこなんだな?」
「クスッ…まあそこは各自の店構えでそれぞれでしょうね。あの者はここの門番をしている奴隷です。窓が無いのは過去に奴隷を狙って襲撃を受けた事があるんでしょうね。…奴隷は決して安くない高価な
奴隷を商品とズッパリ言い切るテュー様容赦ねぇ~。
まあ、俺だってその奴隷をこれから買おうって腹積もりなんですけどね。
つーかその門番してんの昨日、門前の石橋で見掛けたマッチョじゃん!
はあ~アイツ奴隷だったのかあ。
「取り会えずこの奴隷商から奴隷を見てみることにしましょうか。少々お待ち下さい」
「お願いしまッス」
男前な受付嬢(流石に今日はその制服姿じゃないけどな)は物怖じすることなく褌半裸マッチョに近づくと何やら話をすると数度深く頷いたマッチョが建物の中に入って行く。
だが、直ぐにマッチョが背後に同行者達を連れて出て来た。
「ん? これはこれはアーバルス商人ギルド…いやぁ~中王国一の美人受付嬢さんじゃないか!」
「どうも」
…なんかその中でやたら尊大でいけ好かないロン毛がいやがった。
ロン毛に手を取られているテューもニコニコしているが、その背後から湧く負のオーラめいたものが『鑑定』せずとも見えちゃってますよぉー?
「おや? なんだ余計な連れがいたのか。見ない顔だな? はっ。それにしても全く以て来てる服に見合わない貧乏臭いツラした奴だな」
え? 誰コイツ? 俺達、お互い初見でしょ?
初対面相手に良くそんなこと言えんな…感心するレベルだぜ。
こんなヤツ秒で嫌いになれるわ。
「エドガー様」
「え? おっそうだった」
俺は首から下げていたものをシャツの内側から手繰り寄せて取り出すとロン毛とその他に見せてやる。
「三等級商会員のエドガー・マサールです。見ない顔も当然、新参者でね。今後は宜しくお願いしますよ(長いコンビニバイトで培った心を完全に殺した営業スマイルで)」
俺が見せたのは商人ギルドの商会員であることを証明する商会員証のペンダント。
今朝テューから貰ったもんだ。
基本は魔法金属の輪っかの内側に何やらびっしりと個人情報らしき文字が刻まれていて、各等級によって形が違うらしい。
俺のは輪っかにプラスしてVの字みたいのがあるヤツ。
それを見せた途端、連中が騒がしくなったり静かになったりした後、急にまごまごとした様子で姿勢を正して目を伏せ出した。
ほほう? コレが三等級商会員の力か?
ちょっと気分が良い――
「…は? お前みたいなのが三等級だって! 冗談だろ、この詐欺師野郎め」
――…ぃくないわあ~(震)
なんなんコイツ腹立つ!? ってあ゛あ!?
テューが! テューが美人受付嬢がしちゃいけないような顔してるよ!?
美人の怒った顔って怖いよね~(見てるコッチも胃が痛くなってくるわあ)
で。そんな状況でまだテューの手ぇ握ってるし…ロン毛の奴、死ぬ気か?
それとも単なる勇者か?
「こン馬鹿野郎っ! グリルぅ! 店先でなに問題起こしてるっ」
ちょっと皆(ロン毛を除く)の体感温度が下がったタイミングで更に建物から誰か出て来やがった。
カボチャみたいなズボンと面白い帽子を被ったザ・商人みたいな全体的に丸い親父がオコで前に出てくると俺に向って頭を何度も下げ始めた。
「申し訳ない! 儂はこの奴隷商の店主で五等級商会員のムールだ。 っ!? こらっ! さっさとテュテュヴィンタ嬢から手を離さねえか」
ロン毛はまたまたオコな店長のムールとやらから肩をしばかれ、軽く吹っ飛ばされたことでやっと引っ込みやがった。
「お前は店の中で準備でもしてろ」
「…チッ」
ロン毛は再度肩パンされてたじろぐと、ブツブツと文句を垂れ流しながら店内へと戻っていった。
てか、終始態度悪かったなあ~アイツ。
ムールは梅干しみたいなちょっと面白い顔をしながら胸元から俺と同じく商会員証を取り出したので互いに見せ合う。
コレが初対面の商会員同士の挨拶なんだってさ。
その後、俺もムールも少し困った顔で苦笑いしながら握手を交わす。
「すまねえなあ。うちの者が失礼しちまって」
「こんな事言うのもアレだが、何であんな奴を?」
「いやぁ~それがなあ…」
「エドガー様。色々と商人には商人の事情があるものです。確かにあの者には問題があるでしょうが、それ以上は無用の詮索というものでしょう」
「申し訳ない。感謝する、テュテュヴィンタ嬢」
あ。この親父さんも彼女が俺の上だと理解してらっしゃるみたいね。
ホントマジ単なる受付嬢相手の態度じゃないもんなあ。
全然構わないけど。
むしろ心強過ぎて今からドラゴン討伐にだって行かされそうな気がしてオラ、何か変な動悸がすっぞ。
兎も角、俺達は奴隷商入店がやっと叶うことになった。
「お前は引き続き外を頼むぞ」
「……(コクリ)」
俺はムール達に続いて店内へ入る際、すれ違いざまにあのマッチョに声を掛けた。
「よっ!」
「…………」
無口なヤツだなあ。
$$$$$$$
何か勝手なイメージで奴隷商なんざアングラな場所を想像してたんだが……。
中は滅茶苦茶明るくて白を基調とした綺麗空間だった。
え? 幻覚? トリックアートかってくらいだぞ?
「ふふん! 驚いただろう? 店は商人の鏡だからな」
「外装こそ厚い防護壁ですが、中は各種魔具によって灯りや空調は完璧ですね」
「なんか地下ホテルみたいだな…!」
俺がキョロキョロとしてる最中ずっとムールの親父とその連れ達は自慢気な表情だったよ。
「ムール様…あ! いらっしゃいませ!」
「「いらっしゃいませ!」」
「おわっ! びくったあ~」
最初の通路を抜けて、商談スペースらしきラウンジ。
そこをまた抜けて通路を歩いていると突然の少女の声を皮切りに周囲から大勢の声がしたので驚いた。
見れば広い作業場や炊事場のようなところに清潔な白い服を着た老若男女が俺達の左右に整列していた。
「…従業員?」
「いえ。彼らが奴隷ですね」
「え!? 奴隷? ……てっきり外の奴みたいな恰好かと」
「おいおい勘弁してくれ。アイツはちょっと…特殊なだけなんだ」
おい、親父さん? 何で俺から目を逸らすんです?
「それは兎も角、どうだい儂の自慢の奴隷達は! 皆素直で良く働くぞ。余程幼い者以外は最低限の読み書きは勿論、炊事洗濯もできる。若い男なら力仕事。年嵩の奴もいるがその分知識もあって接客に向いている」
「相変わらずムール様の奴隷は良い表情をしていらっしゃいますね。他の奴隷商もこうあって下されば良いのですが…」
「よしてくれやい。自分の店の商品を大事に扱うなんざ商人の基本だろ。それが出来ない阿呆が多すぎるってだけの話だよ」
まるで俺のイメージと違い、恐らく奴隷であろう少女の頭を孫娘のように撫でる奴隷商人とその側にその様子をどこか誇らしげに見るその部下と奴隷達が俺の目の前に居た。
どうやら、テューは俺に気遣って
「で、どうすんだい。生憎、護衛ができる奴は出払ってるが店番くらいならできる奴には困らんよ」
「出払ってる?」
「エドガー様。彼らは“救済奴隷”です」
救済奴隷? ああそういや昨日部屋でテューに奴隷について訊いたっけか。
奴隷には大きく分けて“救済奴隷”と“生涯奴隷”の二つがある。
救済奴隷ってのは借金とかの経済的な理由で奴隷堕ちした者達を主に指す。
仕事内容で異なるが彼らには奴隷としての刑期みたいなものがあって、奴隷商との契約を交わして半ば派遣のような形で奴隷として従事することになるという。
そして、生涯奴隷とはその通り一生涯奴隷身分のままでその人権すら法で取り上げられた余りに救いがない者達を指す。
何故そんな身の上になったかは色々らしいが、殆どは重犯罪者か戦争捕虜…そして奴隷として何処からか売られて流れてきた、故郷無き者達などがそうらしい。
明確な違いはその扱いと商品としての値段だろうか。
例えば、救済奴隷に怪我などさせたり無理を強要すると派遣元の奴隷商が激オコの上に罰則金を請求されるし、もっと酷い場合は商人ギルド経由で制裁を受けたり、最悪国法で裁かれて自分が刑罰囚人(海と山どっちがいい?)になることになる。
逆に生涯奴隷は原則として“何をしても構わない”とされている。
何故なら彼らには人権はないし、幾ら重労働に耐えようとも奴隷身分から解放される機会は確率的にほぼないという。
それと“人”ではなく、彼らは言わば家畜などと同じ“財産”として扱われる。
その所有者が売るか死ぬまで持ち主も変わらないのだ。
値段も前者は年単位で数百万リング(最低でも百万リングらしい)の契約金。
後者はピンキリだが数十万~数千万リングとかなり幅がある。
だが、後者で値が低いのはほんの赤子同然の子供か死に掛けの病床かと言った理由なんだろう。
で、以上を踏まえて俺が欲しいのは……後者だ。
「みんな健康で利発そうだ。良い人材になるかもしれない」
「そうだろう! そうだろう!」
「悪いんだが、俺が欲しいのは生涯奴隷なんだが」
そう言った途端、上機嫌だったムールは笑みを消して俺の顔を伺う。
「一応聞いておくが、どういった用途でだ?」
「取り敢えず護衛が一人と俺がこれからやる店の従業員に一人は欲しい」
ムールはチラリと俺ではなくテューの方を見やり、彼女が微かに笑みを浮かべて頷くと盛大な溜め息を吐いて「コッチだ…」と奥へと背を向けて歩いて行く。
「行きましょうか。ですが、恐らく
「地上? 良く解らないが後を追いかけようぜ」
ムールが奴隷達を解散させ、俺達もその背中を追って先を行こうとした時だった。
「あっ、あの!」
その声に振り向くと先程までムールに懐いていた奴隷の少女だった。
まだ十歳くらいか?
その齢で奴隷とはなあ…そう俺をやるせない気持ちにさせないでくれ。
「ん? どうした? 悪いが、君は買ってやれんのだけど…」
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