第2話 ようこそ!城塞都市アーバルスへ!



 人間、パンツ1枚あれば良い。


 まあ、そんな格言なんて多分ないだろうが。



「止まりなっ」


「何だあその恰好はぁ? 街道で追い剥ぎにでもあったのかぁ?」


「まあ、そんなところかな」



 良し。普通に異世界人とも会話できているな。

 って吹き替えの洋画かよ。

 俺的には普通に日本語で喋ってて相手の言葉が日本語で聞こえるという事象に多少の違和感を感じざるを得ないが…その内、嫌でも慣れるだろう。


 異世界初日からのパンイチという衝撃的なスタートを切った俺ではあるが、人々が行き交う場でいつまでも棒立ちしてるとそりゃあ単なる交通の障害にしかならんので、さる国民アニメのトンチ坊主のように城塞周辺に巡らせられているであろう奥行き数十メートルはある深々と水の張った堀に架かったあの石橋の上のド真ん中を堂々と渡ることにしたってわけさ。

 この際、他者からの視線を全く無視する。

 いや、むしろ見せつけてやるくらい強気でいこう。


 警察的なものに通報されて連行される可能性もあるが、道中で上半身裸の男(もの凄いマッチョ)も普通に歩いてたからきっと大丈夫だと思いたい。


 石橋を渡り切ると正面に大きく重厚そうな門が開放されていて、そこに数人の入場者らしき者達が列をなしている。

 どうやら検問があるらしい。

 槍と胸当てに角兜という非常に判り易い兵士の恰好をした連中も居る。

 

 兵士が二人一組で検問を行っているようだ。

 検問待ちの列は二列で俺はその左に並ぶ。

 列で待ってる奴らの最後尾が俺をチラチラ見てきたが直ぐに興味を無くしていた。


 どうやら、俺はそこまで目を引くおかしな見てくれではないのかもしれない。

 さっきのマッチョも腰布一枚みたいな恰好だったような…。

 いや。流石にパンイチは色々とダメなのでは?

 この異世界がわいせつ物陳列罪なぞの条例に厳しくないことを祈ろう。



「その様子だとこれ以上調べようもないなぁ」


「ふん。この辺じゃあ見掛けない顔だが、アンタは実に運が良い。ここは中王国アヴェリアで最も自由と謳われる城塞都市さ! …ちゃんと入市税・・・さえ払えればねっ」



 で。大して待たされることもなく俺の番が来たってわけだ。

 俺を担当してくれてるのは、ロープ1本で仕切られた右隣に居た優しそうな顔のベテランっぽい安心感がパないオジサンズではなく、目の前に立ちはだかる男女に全長2メートル近い鷲鼻ノッポマンのおもしろコンビ。

 どっちも歳は若そうだな…少なくとも俺よりは。

 外人さんの面構え故にピンとこないが恐らく二十歳前後くらいだろうか?

 その一方の男女さんがタンクトップのような革鎧から飛び出した逞しい褐色肌の腕の指先で輪っかを作って俺に見せつけ悪い笑みを浮かべていらっしゃる。


 異世界でもこの辺のジャスチャーは共通なのかよ。

 何と言うか安堵の気持ちとも違うだろうが、そう思うと俺も堪らず笑みが込み上げてしまった。



「むっ…あんだよ?」


「悪い、悪い。他意は無いんだ。で、入市税は幾らなんだ」



 しまった。どうやらちょいと機嫌を損なわせてしまったか?

 というか隣のと違って本当にこの二人は兵士って感じじゃない。

 イメージ的には村の自警団とか?

 もっと酷く言えばチンピラっぽいぞ。

 新人って割には妙な貫禄もあるし。



「身分を証明できるものを持たない奴からは銀貨三枚って決まってんだぁ」


「まさか『払えない』なんてふざけたこと言うなよっ」



 俺を取っ捕まえようとする勢いの相方の肩を引いて止めたノッポマンがそう答えてくれる。

 見た目と違って彼のようにのんびり口調だと、“ちょっと良い人そうだな”と思ってしまう俺がいる。


 だが、しかし…銀貨・・とは。



 残念だが生憎、銀貨は持ってない。


 ……金貨なら持ってるんだがなあ?



 ロリ女神が慰謝料として俺に寄越したのは金貨・・で二千枚。

 それは既に確認済みだ。

 人目もあって中身をぶちまけるわけにはいかなかったが、例の小汚い革袋にズボっと手を突っ込むと、そりゃあジャラジャラとした大量の貨幣コインらしき手触りと重量感があったわけですよ。


 ただ、やっぱりこの小袋は普通じゃないのは確かで…いざ中を覗き込んでも何やら宇宙空間のような光景が無限に広がっているだけだった。

 ……普通に怖ぇよお~。

 正直、初めて手を突っ込むのにすら暫く躊躇してたくらいだもん。


 ふと、こんなトンデモ便利道具なら金貨を銀貨に両替とかしてくれるんじゃね?


 なーんて期待してそう念じながら小袋から1枚摘まんで取り出したが――…やっぱり金貨らしきブツであった。


 だが、それを取り出すと目の前の二人が波が引くように大人しくなっていった。


 え。そんなに?

 その様子が引っ掛かったが、流石に金貨が銀貨よりも価値が低いってこたぁあるまいて。

 まあ、そうは言っても俺は本職の質屋じゃないからコレが本物の金かどうか判別できないんだけどなぁ~。

 しっかし、女神が贋金を慰謝料で寄越すかあ?


 …むぅ。今更だがあのサブカルチャーに染まったちょっと俗っぽいロリ女神ならば、その可能性が微レ存なんじゃ――…って、うん?



【ウーグイース金貨】

 ◆ウーグイース広域で流通する通貨で最大の価値がある純金貨。

 ◆ウーグイース銀貨の百倍の価値。



 おおっと!

 なんか知らんが手にした金貨を注視してたら勝手に横の空中に文字が出てくるもんだからビビったわ!?

 成程。ロリ女神がくれた鑑定能力とやらの恩恵がこれか…。

 良く声出さずに済んだな俺ぇ…偉いじゃん!


 コレが本物の金貨だってんなら、確かに昔祖父が自慢気に俺に見せてくれた1オンス金貨に似た大きさと重さのようにも思えてくる。

 なら、少なくとも元の世界じゃあ二十万円くらいの価値はあったろう。

 じゃあ、銀貨がその百分の一の価値ってことで二千円と仮定してみる。

 この城塞都市の入市税とやらは約六千円つーこった。

 しがない小市民の俺には高ぇなあ…。


 出来れば今後の為に無駄な出費は避けたいが…これも仕方、なしか。


 ええいっ! 持ってけドロボーぉ!

 俺はノッポマンの手に取り出した金貨を握らせる。



「悪いが手持ちに銀貨がなくってな? コレでいいかね?」


「え? あ…あっ。おぉーう!?」



 ノッポマンは俺から渡された金貨を顔の前に持ち上げて驚愕と同様で顔色を赤くしたり青くしたりしていた。

 意外と面白い男のようだな?



「おっ! おまっ…おまァ!?」



 しまった。男女がノッポマンの持つ金貨を指差して軽いパニックを起こし掛けてやがる。

 今はまだ「おまおま」しか言葉が出ない様だが、これ以上騒がれるのも面倒だな。


 俺はサッと追加で取り出した金貨を男女にも握らせてコッチを向かせた。



「ちょいと訪ねたいんだが…ギルド・・・の場所を教えて貰っても? それとも道案内してくれるヤツを紹k

「――ようこそっ! 城塞都市アーバルスへ!!」



 異世界なら先ずハズレ無しと“ギルド”なるパワーワードを出すか出さないかのタイミングで男女が俺の手を掴んで宙に放り上げやがった。


 

 一瞬、不意に内臓が持ち上がった感覚で気を失い掛けたぜ…。



「おいっ!? お前ら持ち場放って何処へ行く気だ!」


「悪ぃな! こんなオイシイ仕事放っておけねーからよっ!!」



 隣で検問を行っていた兵士達の叫びも虚しく俺は迂闊にも金貨を渡してしまった二人組によって城塞都市アーバルスの壁内へと連れ去られてしまった。



  $$$$$$$



「いやあ~スイマセンしたねっ。旦那」



 マジで腕がもげるかと思ったぞ…。

 あれから数十秒間空中を狂った風船のように俺は飛び回るハメになったんだからな!


 そして、それをやりやがった金貨を懐に納めて俺への態度を百八十度ひっくり返しやがったこの男女めら。

 ホクホク顔の彼女の名前はイノ=ウー。

 別にウーが家名とかじゃくてそういう名前らしい。

 筋肉モリモリマッチョガール。

 してそんな彼女に苦笑いの鷲鼻ノッポマンこと彼の名がヴリトー。

 

 聞けば、彼らは正規の職員…否、この城塞都市アーバルスの兵士ではなく単なる臨時のアルバイトであるという。

 なんだよ! 俺達仲間じゃないかっ!


 …急に親近感が湧く自分がちょっと情けない気もする。

 が、彼らは一般市民ではなく元来市民権を有さずに滞在を許される異世界特権的な職種…――そう。即ち、“冒険者”であった。


 まあ、冒険者ってのは一見平和な世界を享受しまくってる俺らにはロマン有りドリーム有りな職業に思えるが。

 平たく言うと何でも屋のフリーターみたいなモンらしいよ?

 なんせどんな外部からの身元不明者でもなれちゃうんだってさ。


 で。彼らも例外なくそれらしい。

 御国こそこの中王国アヴェリアのギリ範疇らしいんだが、生まれも育ちもこのアーバルスから遥かに遠い辺境の村なんだそうな。

 

 そして重要なのは冒険者はその日暮らしも厳しい連中が大半らしい。

 そもそも安定した稼ぎじゃないのは目に見えている。

 故に彼女らのように運が良ければ・・・・・・、糊口を凌ぐ足しになる仕事が見つかり日銭を稼げるといった感じか。



「…ってそんな貴重な仕事アルバイトを半ば放棄した君らは、その…平気なのか?」

 

「へーきへーきっ。もう今日の交代時間だったからさ!」


「そりゃあ金貨なんて貰っちゃあなぁ。コレ1枚で二ヶ月…いや、三ヶ月は持ちますよぉ」


 ふーん。異世界も世知辛い世の中なんだなあ。

 門衛のバイトは、半日交代制(出入りが多い日中。しかも、休憩時間とか平気で無いっぽい。マジか?)で上手いこと問題なく一月満期で終えられてやっと金貨1枚に僅かな銀貨が数枚(手取りで二十万円ちょいかあ…)といった程度の稼ぎなんだとか。

 無論、別の正規兵が随時チェックしてるから入市税なんかをちょろまかすとクビだし、もれなく牢屋直行ツアーwith強制労働刑となる。


 あ。御心配なく。

 俺の入市税の銀貨3枚は彼らが立て替えてくれてらしい。

 

 というか正規の兵士相手だからじゃないにしても、心付けチップどころか袖の下とかもバリバリ有効っぽいねえ…。

 今後はやはり、この金貨の使い道を慎重に考える必要があるな。


 だが、そんな考えをよそに俺は二人に挟み込まれて半ば強制連行されるかのようにズンズンとこのアーバルスの中央部を目指して市内をズンズン進んでしまっている。

 いや、特に先も考えず案内を頼んだのは俺だが…もうちょっと観光とかしたい気分だ。



「そう言えば旦那っ。ギルドをお探しって言ってましたが何用で?」


「あー…身分証明…? かな? ……ほら、失くしちゃったから」



 と、いうことにしておこう。



「成程ぉ。確かにギルド発行の身分証が無いと入市税とか馬鹿になりませんからねぇ。じゃあ、冒険者ギルドアドベンチャーズ・ギルドまでお連れすれば良いんですかぁ」


「馬っ鹿だなあヴリトー! アタイらと違って金持ってる旦那がンなとこに行く理由なんてあるかい? 同じ身分証を手に入れるんでも、商人ギルドマーチャント・ギルドに決まってんだろっ」



 ほお? 商人ギルド?


 そんなのもあるのか…!




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