第58話

「来たのか」


昼休みになった頃、もう来るはずのなかった学校に来た。まさに今仲間と昼ごはんを食べようとしていた穂苅君は、わざわざ僕の席まで足を運んでくれた。


「うん、休むつもりだったけど」


「そっか。来なかったら殴り込み行こうとしたのにな。昼飯は?」


「食べてきた」


本当は食欲がなくて朝から何も食べていない。彼女だけが消えて僕は生きていることに罪悪感があったせいだ。あのパンケーキが食べたくて仕方がない。


「じゃあ菓子でも食えよ。こっちで菓子パーティやってんだ」


ちょうど仲間とロシアンルーレットをやるところだったみたいで、数あるクッキーの内1個だけに辛が入っているそうだ。


「ちょっとした誕プレだと思って遠慮せず食えよ」


「僕の誕生日、知ってたの?」


「祈さんが教えてくれたんだよ。お前だけじゃない、あいつらのは全部覚えてる。誰かの誕生日には毎回菓子を皆で買って祝うんだ。来いよ」


僕も輪の中に混ぜてもらう。皆快く受け入れてくれて誰一人嫌な顔をしなかった。


「叶崎君、おは」


近くの女子グループに花房さんがいて、にこりと手を振った。僕も控えめに振り返す。


クッキーを最初に選ばせてもらえて、残りは次々と他の人達が選んで取っていく。


「よーし、食うぞ」


穂苅君の合図で皆一斉にクッキーを口の中に入れた。咀嚼した後に舌に激痛が走る。辛味が広がって口の中が熱くなり咳き込んだ。


「わははははは! 叶崎が当たってやんの!」


辛さに苦しむ様を見て皆が腹を抱えて笑っている。普通の高校生生活の日常がそこにあった。


「おいおい、泣くほど辛かったのかよ? 水飲め水!」


用意された水の入ったペットボトルを親切に渡されて、僕は口の中を冷やすためにたくさん飲んだ。


僕が当たって良かった。ちょうど泣き出したいのを我慢していたところだから。これで堂々とクッキーのせいにして泣ける。


この世界から一人のアンドロイドが消えたことは誰も知らない。それが僕にとってとても大切な存在であることも。


母さん。


海原先生。


祈さん。


僕はこの先大切なものを失って、また大切なものを手に入れるを、繰り返し生きていくんだろう。どん底に落ちる時が何回もくるかもしれない。でももう自分の命を蔑ろにはしない。約束する。


それが、僕を愛してくれた人達への報恩になるから。



それから12年の時が流れて僕は27歳になった。


まだ本物の奏雨さんには巡り逢えていない。

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