第54話

過去に2回くらいしか来たことのない夜景スポット。街明かりの美しさはこれっぽっちも変わりない。


「綺麗な眺め」


安全のために丘の上には木の柵が備え付けられていて、祈さんは身を乗り出して落ちてしまわないよう柵に両手で掴まる。路肩には3台ほど車が停まっていて車内に人影があった。中から夜景を眺めているのだろう。


「ここら辺、パトカーが見回りするスポットでもあるんだ。前に独りで来て注意されたことがある」


「住宅街から離れているし人気もない場所だしね。見回りしてるなら安心だね」


夜風がそよそよと吹いて植物を揺らす。目を閉じれば空の上にいるような気持ちになる。


これからもっと高い場所へ旅立つとしたら、この夜景も米粒くらい小さな光になるだろう。


「短い間だったけど、傍にいてくれてありがとう」


「こちらこそ。楽しかったよ」


「あー、今日で何もかも終わりか」


ぐぐっと両腕を上に限界まで伸ばして背伸びする。人間、高校生男子、15歳、叶崎颯介。もうすぐ自分は何者でもなくなる。悩むことも嘆くこともしなくて済む。


笑うことも楽しむことも、できなくなる。やっと、前向きになれた頃ではあったんだけどな。友達と将来作品を作る約束もしたし、夏休みに遠出する予定も立てちゃったし、なんだかんだ上手くいってたんだ。絶望の縁から這い上がったきっかけは、祈さんだった。みんな彼女がいてくれたおかげ。


突然、僕の右腕に重みを感じた。びっくりして見ると、祈さんがしがみついていた。


「い、祈さん?」


「私はどこに行くんだろう」


消え入りそうな声。ぶるぶると震える彼女を落ち着かせるために、あの夜と同じく抱き締めた。こんなに弱々しい祈さんは見たことがない。あの気丈に振舞っていたのは、僕を不安な気持ちにさせないため。本当は僕の何倍も消えることが怖かったはずなのに。


「きっと僕達は同じ場所に行けるよ、大丈夫」


「無の世界に行くのだけは嫌だな。でも、叶崎君と一緒なら、大丈夫だと思うの。もしまた命が与えられたら、会おうね」


「僕も、今度は君と普通に出逢いたい」


偽物の存在とはいえ、どうしてこんな出逢い方をしてしまったんだろう。もっと別な出逢い方をしていたら、どれだけ良かっただろう。そしたら僕のせいで彼女はこんなに苦しまずに済んだのに。


「私が先に消えた後、悲しんでくれる?」


「当たり前だよ。死んでも、忘れない」


「ありがとう。それだけで生まれてきた意味になるよ」


次に巡り逢えた時、僕達の関係にちゃんとした名前が付けられていますように。

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