最期の日
第49話
6月27日 日曜日。
神様は生き物が世界にいっぱいいっぱいにならないように寿命、死をつくった。
でも、せっかくつくったものを無くさなくていいじゃないか。
いっぱいになったらもっと居場所を作ればいいだけの話。そうしたら皆悲しむこともないし、後を追うこともしない。
誰も死なずに済む世界をどうしてつくらなかったのかが不思議で仕方ない。
「おはよう。朝ごはんできてるよ」
いつもと変わらず祈さんが起こしに来た。窓の外は晴天。旅立ちに相応しい朝だ。時刻は8時。あと16時間で全てが終わる。
「どこかに出かける予定は?」
「うん、最期の日は住み慣れた家でね」
「気分は悪くない?」
キッチンカウンターに頬杖を立てて、祈さんは体調を気遣ってくれた。
「いや、妙にすっきりしてる。神様に会った時なんて言ってやろうか考えてた」
「神様ね、いるかどうかもわからないよ。てっきり死刑執行を待つ気分だって言われるのかと思った」
「祈さんこそ平気?」
「うん、ただ消えるだけだし」
僕はくすりと笑う。至って穏やかな心境。これから旅行に行くのと同じ感覚だ。
リクエストした通り、朝食はパンケーキだった。できたてで湯気の立った料理がテーブルに置かれる。
「最後の晩餐は何にしようかな」
「慎重に選んでね。私の手料理以外でももちろん構わない。出前や外食もいいよ。0時に間に合えば」
シンデレラみたいな条件。確かに0時に間に合わず店や外で息を引き取ったら大変なことになる。
「祈さんの手料理がいいな。今家にある材料で一緒に作ろうか」
「何が作れるか見ておく」
外はいつの間にか小雨が降っていた。晴れたり雨が降ったり天候は不安定だ。
窓から庭に咲いた草花が見える。雨に当たる度静かに揺れていた。祈さんが雨の日以外欠かさず水をあげていたおかげで枯れずに咲いている。
「私達がいなくなった後、あの花達が気がかりだよ」
家を買い取って家主が決まるまで、花は持つはずない。いずれ庭は雑草で生い茂り荒れていくだろう。
「寂しいけど仕方ない」
「私、花が好きなんだ」
「それくらいわかるよ」
「6月28日の誕生日花にはネリネもあるの。花言葉を知ってる?」
「……知らないな」
「また逢う日を楽しみに。なんだか運命的じゃない?」
偶然にも僕の誕生日花は、まるで僕と祈さんがお互いに贈りたい言葉を含んでいた。名残惜しいパンケーキの最後の一口を食べると、祈さんは満足気な表情を浮かべた。
「0時を迎えたら言えないから今のうち言っておく。誕生日おめでとう」
「ありがとう。祈さんの誕生日はいつ?」
「5月1日」
「先月だったのか。おめでとう」
「誕生日花は鈴蘭。花言葉は再び幸せが訪れる」
その他も彼女はスラスラと花の名前や花言葉を答えていった。よっぽど花が好きなんだ。
ここで良い提案を思いつく。
「今日、どこにも行かないつもりだったけど少し出てくる」
「私も行こうか?」
「ううん、ほんの30分くらいで戻るよ」
さっきより雨が強くなった。僕は傘をさして近所にある小ぢんまりとした花屋を目指した。花が好きな彼女に、世話になったお礼をするためブーケを買ってこようと思う。あげてもどうせこの家に残ってしまうけど、一瞬でも喜ばせてあげたかった。
店先に三人ほど客がいた。傘に隠されてどんな人物かわからなかったが、ふとこっちに身体の正面を向けたことで顔が見られた。
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