第45話

「病気で、亡くなったって聞きました」


「……軽い風邪をひいただけで死ぬなんて、想像できないでしょ?」


発熱と咳で病院を受診して、処方された解熱剤を飲んで食べられるものを食べて眠った。夜は普通に話せていたのに、翌朝になって呼吸が荒くなり意識を失って、救急搬送されたが間に合わなかった。ここに来る途中穂苅君から聞いていた。


「今でもあの子が死んだのが信じられない。また帰ってくるって期待してるの。狭い部屋に入れられて、体は焼かれてしまったのにね」


穂苅君の母親は、あの日母さんを亡くした時の僕そのものだった。だからこそわかる、この状態で誰かから何を言われても瀕死の心には響かないということ。


祈さんが頑張ってねと言った意味がわかった。ただ線香をあげに来ただけじゃなくて、穂苅君の両親と会って、何か力になりたかった。ここまで来て空振りに終わるわけにはいかない。


「ああ、ごめんなさいね、気持ちが沈む話をして」


「い、いえ。そんなことないです」


「それにしても、あの子があなたみたいな大人しい子と仲良くなるなんて、珍しい。……もしかして無理やり付き合わされてるんじゃ?」


この偏見にはさすがに僕もムッとしてしまった。


「それは違います。僕は心の底から穂苅君に感謝しているんです」


「感謝?」


「僕も母を亡くして、ずいぶん塞ぎ込んでいたけど学校に行けるのも、また好きなことやってみようと思えるのも、穂苅君に救われているからなんです」


「……そうなの、お母さん、亡くしたの」


沈黙の時間が流れた。言葉選びは難しい。間違えれば相手を傷つける。頑張ってくださいとか、立ち直ってくださいとか、僕自身が言われたくないことは絶対に言わない。


しばらく考えて、勇気を出して自分の思いをストレートに伝えることにした。


「最期に聞いたのは、行ってらっしゃいだったんです。僕は、眠いって理由だけでめんどくさがって返事をせず家を出ました。すごく、後悔してるんです。母がこれからも傍にいることを当たり前に考えていた。返事をしなかったことをこんなに悔やむなんて想像もしてなかった……」


「そうね、私が、最期に聞いた歩夢の言葉は、おやすみなさいだった」


歩夢君は写真の中で笑っていた。短い間だったけど、この家に生まれ育って愛されて幸せだったはずだ。残された家族の関係が悪くなっているのを、どこかで見ているのだろうか。彼のためにもなんとかしてあげたい。


「良かったのは喧嘩したっきり別れなかったことです。最期に言ったり言われたりした言葉が酷いものだったら、一生傷ついたままになりますから」


「紀貴から家の状況聞いたの?」


「……はい」


「……私だって、好きで夫と喧嘩してるんじゃない。あの人歩夢の話を出すと怒り出すんだもの。それで言い合いになる。思い出話をしたくないほど、息子を愛してなかったんだわ」


「それは違うと思います」


「だって、それしか考えられない」


「きっと、穂苅君とお父さんとお母さんの悲しみは同じ段階にないだけです。悲しみには否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容の5段階があるって穂苅君に教えられました。弟を亡くした自分は抑うつと受容の間いるんだって。3人ともまだ段階がバラバラだからすれ違ってしまう、ただそれだけだと思います」


「紀貴も、まだ歩夢の死を受け入れてないの? あんなに平気そうなのに」


「よく笑って明るくしているけど、時々寂しそうな顔をするんです。平気なふりをしているところもあるのかもしれません」


2階で穂苅君が待っている。そろそろ行かないと痺れを切らして迎えに来てしまう。


僕は部屋を出る前に母親に向かって頭を深く下げた。


「時間はかかるかもしれませんが、どうか同じ悲しみの段階になるのを待ってください。そしたら歩夢君の思い出話も笑ってできるようになります。せっかく、話ができる家族がいるんです。……これから穂苅君の部屋に行くので失礼します」


「待って」


母親は手で目と鼻を覆い隠し、肩で息をしていた。唇を噛み締め、指の隙間から涙と鼻水がこぼれ落ちてくる。しゃくりあげながら精一杯息を吸い込んで部屋を出ようとする僕に想いを伝えてきた。


「……私は、まだ進むことはできないけど、紀貴を、どうかよろしくね」

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