第37話
送られた地図を元にゲームセンターを目指す。街中にあるので二人乗りは途中でやめて、残り数百メートルは自転車を押しながら歩いた。
あまり騒がしい街中は好きじゃない。穂苅君みたいな社交的な人は、こういった人が混雑していて店が立ち並ぶ場所を好むのか。まるっきり性格が反対だってことを改めて自覚する。
「祈さんはゲームセンターに行ったことはある?」
「まず行かないかな。お金の無駄だし」
「賢明な判断だね」
例のゲームセンターに着いて、嫌悪感を抱きながら自動ドアを通る。ガヤガヤと何種類もの音楽が重なって鼓膜が悲鳴をあげた。こんな所にいたら頭がおかしくなりそうだ。
お互いに慣れない場所であるせいで一言も交わす余裕がなく、あちこち見ながら歩いた。ヤンキーっぽい人とか派手な女子高生ばかりだ。突然異国に迷い込んだのと同じ感覚。ドライブゲームの所にいると言われたが、大規模で迷路みたいなゲームセンター内はどこに何があるのかなんて探すのも大変だ。
祈さんは表情を固くして耳を塞ぎながら歩く。途中僕と距離が離れてしまった時、見ず知らずの男の人に祈さんが声をかけられた。俗にいうナンパだ。僕は慌てて祈さんを男の人から引き離して、二人で颯爽と逃げた。
そうだ、祈さんは可愛い。一人でいたらまた声をかけられる。誘拐されてもおかしくない。外に出たのはいいけど気を張らないと危ない目にあわせてしまう。
中に入って15分くらい経過して、やっとドライブゲームエリアにたどり着いた。ゲーミングチェアに穂苅君の姿、すぐ傍に長い茶髪にパーマがかかった女の子の後ろ姿があった。きっと花房さんだ。
「花房さん?」
大きな声で名前を呼ぶと、花房さんは振り向いた。マスクをしていて顔はよく見えないが、眉毛が薄く、目元も涼しげで化粧っ気のない人だった。穂苅君を探すのに化粧をする余裕がなかったんだろう。だからマスクで素顔を隠している。
「叶崎君、ごめんねぇ。余計な心配かけて。彼女さんも探してくれたの?」
花房さんは合掌して謝罪する。穂苅君同様、祈さんを彼女と勘違いされてしまった。
「彼女じゃないよ」
「えっ、手を繋いでるのに?」
花房さんの指摘で初めて僕は祈さんの手をしっかりと握りしめていることに気づいた。逃げた時、無我夢中で手を掴んだままだったのだ。ぱっとすぐに離すと、手のひらは汗をかいていた。
「ごめん、つい慌てて」
「気にしないで。ただの手繋ぎだから」
少々気まずい空気が流れたけど、気にしている場合じゃない。本題に入らないと。
穂苅君は一度もこっちを見ようとはしなかった。彼の横顔は海原先生の葬式と同じで、虚空をただ見つめているだけだった。心配かけた後ろ冷たさはあるだろうけど、家に帰らなかった理由が聞きたい。
「穂苅君、一晩どこに行っていたの?」
「……ネカフェで寝泊まりして昼間はずっとここにいた」
ずっとこのガヤガヤと喧しい場所に滞在していたのか。僕にとっては拷問だ。花房さんははっきりしない態度に痺れを切らしていた。
「だから、何で家に帰らなかったの? 電話には出ないしお母さんだって心配してたんだよ。喧嘩でもした?」
「親が心配するわけねえだろ、でまかせ言ってんじゃねえよ」
カップル同士の睨み合いが始まる。これがきっかけで破局したらとんでもない。
僕は山野先生から預かった、クリップでとめられた原稿用紙を穂苅君に見せた。彼は捨てたものが目の前にあって驚いた顔をする。
「いつからゴミ箱を漁る趣味持ったんだよ」
「山野先生が拾ってくれたんだ。小説が嫌いになったの?」
穂苅君は口を閉ざして返す言葉を考え込んでいるようだった。あんなに輝かせていた目は光がなくなっている。よほどのことがなければこうはならない。
「何? 小説って。聞いてないんだけど」
花房さんは穂苅君が小説を書いていたことを知らなかったらしく、強めな口調で彼を問いただした。
「あーもうめんどくせぇな、やめたんだよ。家を出てくんだ、これから書く暇もなくなるしな」
突拍子な話で僕と花房さんは目を合わせた。
「何で急に家を出るの? あんたの家庭環境知らないわけじゃないけど、あまりにも突然過ぎる」
「わかってるなら早いだろ。あんな白けた家には1秒たりともいたくない。いつまでも死人に縋りやがって」
まるで僕に向けた言葉に聞こえてドキリとする。
「お前も俺じゃなくてもっと良い奴と付き合えよ」
「どうしてそんな酷いことが言えるの! 私は」
「もし俺が地元離れて生活するって言ったら付いてくんのか?」
「それは……まだ私達は高校一年生だよ。駆け落ちみたいな夢心地だけでは二人で生きていけないでしょ? 現実見なさいよ馬鹿!」
「……わり、八つ当たり」
思いっきり床を蹴って立ち上がった穂苅君は僕達を置いてどこかへ行こうとする。花房さんは必死に引き留めようとする。
「ま、待ちなさいよ! せっかく見つけたのにどこ行くの?」
「バイトだよ。学校に行くのもあんまなくなると思うけどよろしく」
海原先生もいなくなって、穂苅君までいなかったら何のために学校に行くのか意味がなくなる。このまま彼と会わずじまいで命が終わるのは嫌だ。
その時、祈さんは僕の手から原稿用紙を奪い取った。思い切り彼の腕を掴み、無理やり渡した。自分が捨てたものがまた手元に戻った彼は戸惑いを隠せないでいる。精神的に不安定な今、余計なことをと怒って投げつけてきてもおかしくはない状況なのに、彼は黙って受け取った。
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