第36話
学校の自転車置き場には彼の乗っていた自転車はなかった。それでも一応は美術室を確認する。まずは職員室に行って山野先生に会う。
「穂苅君、今日は学校に来てないの。どうかした? そちらの子は見慣れないけどうちの生徒?」
土日に鍵を開けてくれる山野先生は珍しく私服を着ていた。やっぱり穂苅君は来ていないらしい。
先生は僕の後ろに引っ付いている祈さんが気になっている。部外者だとわかったら叱られるだろうか。
「私は颯介君のいとこです。色々あって、山野先生に今後お世話になるのでご挨拶に来ました」
「そうなのね、ご丁寧にありがとう。次からは事前に言わないと駄目よ、叶崎君」
「はぁ、すいません」
精神安定剤の祈さんはまた機転を利かせて嘘をついた。おかげで難しい説明をしなくて済んだし、叱られなかった。
この様子だと、先生は彼が一晩帰っていないことと連絡がつかないことを知らない。親は、息子が帰らないのに心配していないんだろうか。
もやもやとした苛立ちが募る。山野先生に穂苅君がいなくなったことを話そうとしたが、先に先生の方から深刻な話をされる。
「これ、さっき美術を掃除した時にゴミ箱から拾ったんだけど……」
机に広げられたのは、くしゃくしゃに丸められた後、シワ伸ばしをされたたくさんの原稿用紙。先生が1枚1枚伸ばして、数えた枚数は四百枚。
「小説ね。誰が書いたのかはわかるけど、一応テストの筆跡と見比べてみたの。穂苅君のもので間違いない。昨日の夕方に見つけたから、穂苅君は帰る前に捨てていったのね。これ全部直すの大変だったんだから」
彼は大切に書き留めた小説の束を、自分の手でゴミ箱に捨てたのだ。
海原先生が僕の描いた絵をゴミ袋で見つけたショックの大きさがよくわかる。自分のものを自分で処分して何が悪いって言われればそれまでだけど、小説を書く彼を僕は褒めた。自分が褒めたものが捨てられるのは、自分の価値観をも否定された気分になる。
一晩行方がわからなくなったのは小説が絡んでいる可能が高い。あの陽気な彼にどんな辛い出来事があったんだろう。
携帯の着信音が鳴る。さっき登録したばかりの花房さんからだ。
電話に出るとすぐ騒がしい音が聞こえた。
「あっ、叶崎君? ノリいたよありがとう! ゲームセンターにいる! 捕まえておくから、来れる? 迷惑かけたんだから一言怒ってやって」
どうやら穂苅君を見つけたらしい。もっと時間がかかって警察に通報しなきゃと思ったけど、無事で良かった。
ゲームセンターに行ったことがない僕は場所を聞いてもピンと来なくて、仕方がないから地図を送ってもらった。そこで花房さんと合流する。
「先生すいません、穂苅君どこいるかわかりました」
山野先生はきょとんとした。人一倍真面目な先生だから、穂苅君が行方不明だと言っていたら発狂して警察や消防に電話をかけまくって、それから心配していない無責任な親に怒鳴り散らしていたことだろう。恐ろしいけど僕にとってはその方が助かる。
「それなら良かった。事情はよくわからないけど。じゃあ、これ渡してくれないかな?」
先生はしわくちゃな原稿用紙を全部渡してきた。パラパラとページを捲ってみると、プロローグからエピローグまで題名があった。ここには1つの物語が書かれているのだ。
「小説も芸術の1つって言った海原先生に失礼だって言葉を添えてね」
「先生は、これを読んだんですか?」
「捨てられていたから遠慮なく読んだわ。おかげで寝不足」
特別感想は言わなかった。先生は大きな欠伸をして涙目になった目を擦る。寝不足ということは、面白くて最後まで読んだってことか。
「誤字脱字あったから赤ペンで直してあげた。国語の授業で文章の書き方やってあげるって伝えておいて」
「さすがです、先生」
山野先生は得意げににやりと笑って肩をすくめた。
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