真夜中のこと
第32話
悪い夢を見るくらいならいっそ眠らなきゃ良かった。
もし、永い眠りについたらこの悪夢を何度も見るようになるだろうか。それが恐ろしくてたまらない。輪廻転生があるなら、また母さんの子に生まれたい。
今度こそ、二人で幸せに暮らすんだ。
「××さん、もうやめて!」
「うるせえ! 俺ばっかりに働かせやがって!」
忘れてしまった父の名を、声を張り上げて呼ぶ母さんの声。野太くて掠れた父の怒号。悪夢はそこから始まる。
四畳半の小さな畳部屋に最低限の家具が詰め込まれていて、父は暴れながらそれらを僕の野球バットで壊していく。何歳かの誕生日に、母さんに買ってもらった野球バットは宝物だったのに、物を殴る度形が歪になっていく。その様を、部屋の角で縮こまりながら横目で見た。
「わかったから! もっと仕事を増やすから! 颯介の宝物返してやって!」
母さんにとっての優先順位は、僕の命、次に僕の宝物、次に父の命、次にお金、次に家具、最後に自分の命だった。
あちこちに何件もパートの仕事を持って、早朝に出て帰るのは翌日の朝方。2時間ほど家にいて、またすぐ出て行く。自分の食事量や回数を減らして小学校に通わせてくれた。勉強のためよりも父といる時間を減らすための逃げ場所を作ってくれていたのだ。
父は表向きは真面目でしっかりした人を演じていて、賃金は安くとも車の部品を作る工場で働いていた。裏では家族に猛威をふるう人。仕事で上司に媚びを売る分、家ではストレスを吐き出すため暴君になる。
そんなろくでもない父など放って出て行けばいいのに、母さんはひどい仕打ちにあっても傍にい続けた。父を愛しているからだ。
本気で人を愛したことがない僕にとって、心から馬鹿馬鹿しいと思う茶番に過ぎない。結局他の女の人に盗られて、ボロボロにされた。
ようやく幸せになったのに、車に轢かれて死んでしまった。本当の意味でボロボロになった母さんの身体。
悪夢は時に過去の映像を甦らせるだけじゃなく、生々しい想像も映像化させる。
車に轢かれた母さんが、血だらけで苦しんでいる姿。うつ伏せでこちらに手を伸ばす。
颯介、助けて。
夢の中の僕は部屋の角で縮こまっていたのと同じような格好で、死にかけている母さんを横目に見ていた。
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