第23話

夕方と比べて朝の外来は見違えるほど混雑していた。人の波をかき分けてエレベーターの前に立った。中には人がいっぱいで乗り込めなくて、階段を駆け上り四階病棟を目指した。


急いで自転車を漕いで、今度は階段を駆けて、運動不足が災いし息切れと疲労がひどかった。


こんなに人のために一生懸命なのは初めてじゃないか。


先生が僕にしてくれたように、僕も先生に向き合いたい。恩返しをきっちりしてからじゃないと母さんに合わせる顔がない。


問題は、最期を独りで過ごしたいから『祈』を不要にしてすでに消滅させてしまった場合、もうどうやっても先生の契約を取り消しにはできない。


今日、僕が用があるのは先生よりも、先生の傍にいるであろう『祈』の方。でも、祈さんが言った契約取り消しの方法を実行する自身は、正直ない。


ふぅと息を吐いて、再び歩き出す。病棟には昨日会った看護師さんがいて、また朝に見舞いへ来た僕を見て怪訝な顔をした。


学校は言っていないのかしら。

学校を休むほど先生が好きなのね。


明らかに声には出していないけど、雰囲気から相手が考えているのがわかる。祈さんの洞察力が僕にも移ったのか。


何を思われても構わない、他の人達は、僕らが有り得ない出来事の最中にいることを知らないんだから。


やっとの思いで着いた病室に先生の姿がなかった。


「あれ、昨日も来ていた子だね」


先生の向かいの患者であるおじいさんが僕のことを覚えていてくれた。


「あの、ここの患者さんがどこに行ったのかわかりますか?」


「ああ、つい今さっきお子さんと出て行ったばかりだよ。廊下にいるか、面談室か談話コーナー辺りにいるんじゃないかな」


お子さん? 先生は結婚していなければもちろん子どももいない。独り身だと聞いていた。


「その子は一人で来たんですか?」


「そうだなぁ、小学生くらいの男の子だったね。朝早くに、それも一人で見舞いに来てた。賢いんだなぁ」


僕はおじいさんに礼を言ってから病棟内を探し回った。病棟の一角に談話コーナーという椅子とテーブルとテレビのある広い空間を探すと、巨大なガラス窓越しに街の風景を眺める先生の後ろ姿を見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る