第22話
「祈さん、今日は学校を休んでまた先生の見舞いに行くことにしたよ。それから、昨日は酷いこと言ってごめん」
祈さんがいる部屋の前で今日の予定と謝罪を告げる。
ドアを半分だけ開けて、伏し目がちの祈さんが顔を出した。
「私こそ、わかりにくい伝え方してごめん。気づいたの?」
「うん、こんな身近に僕と同じ境遇の人かいるなんて、思ってなかったから」
先生はあまり生徒から好かれていなくても全然気にしていなくて、明るくて元気で悩みがない人なんだと僕は勝手に思い込んでいた。それは偏見で、先生だって気にするし暗くて落ち込んで悩みがあるに決まっている。
苦しみは本人にしかわからない。けど、僕と同じ境遇にあるなら、一部だけでもわかるはずだ。
「海原先生も、生命終了支援センターを利用しているんだね?」
彼女は口を結んだまま頷いた。
「利用者だってことはすぐわかったの?」
「……あの人を一目見てすぐ。別に特別な力じゃないよ。私は観察力がちょっと鋭いだけ。あの人、家に来た時からそうだった。叶崎君のお母さんの遺影を羨ましそうな顔をして見ていたんだよ。病院にいる時も、ふとした拍子に表情が消えていたし心の底から笑っていなかった」
祈さんの凄まじい洞察力に驚きを隠せない。そんなのちっとも気づかなかった。彼女は人の些細な素振りを見逃さず心理を読む才能がある。
「契約を解消する方法がもしかしたらあるのかもしれないの。支援センターに電話をした方がいい。もしわかったら早く病院に行って。先生が終わる日に決めたのは今日の可能性だってあるんだから」
死を羨ましがっている海原先生。一体、何が彼をそうさせてしまったんだろう。僕にできることはないだろうか。
僕は生命終了支援センターに電話をかけて、契約を取り消す方法について問い合せた。
「お電話ありがとうございます。生命終了支援センターです」
あの日、電話に出た綺麗な女性の声と同じ。しかしこの電話の相手も今思えば人間じゃないのかもしれない。
「こんにちは、叶崎颯介です」
「颯介さん、いつもお世話になっております。利用されてから数日経ちますが、『祈』はいかがでしょうか?」
「はい、とても良くしてもらってます」
「それは何よりです」
「あの、今日は、質問があって」
「はい、何なりとどうぞ」
「……契約を取り消しになる方法に契約違反と書いてあるんですけど、どんな例があるんですか?」
電話の相手は、なんの躊躇もなく淡々と答える。
「はい、重要説明事項には詳しく記載はありませんが、例と致しましては『祈』が利用者様に危害を加えた場合などがあげられますが、違反かどうかは最終的に本部側が判断致します」
「利用者側が、危害を加えた場合は?」
「ちょっとやそっとのことでは違反にはなりません。どうしても契約を解消したいというならば、裏技があります。でもそれなりに勇気が必要です。それでもお聞きになりますか?」
僕みたいな人間は、この世界にいなくても影響ないけど、先生はたくさんの子を救う。どうにかしてでも先生の気を変わらせる。
「教えてください」
方法を聞いた時、僕は耳を疑った。そんな方法、果たしてできるだろうか。でも、やらないと先生が死んでしまう。あまりの内容に手の指先が震える。
「……以上が契約違反の概要です」
「その場合、苦しいとか痛みとかは、あるんですか?」
「はい、生き物ですから当然です」
「そんな……こと……」
「恐怖心もあります。最期に消えるのは一瞬ですから苦痛はありませんが。颯介さんが違反行為をせず、『祈』と穏やかな日を過ごすことを切に祈っております」
ツーツーと電話の切れた音をいつまでも聞いていた。
僕に、そんなことができるだろうか。
意を決して病院に向かったのはそれから一時間後のことだった。
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