人の心

第18話

6月8日火曜日。


翌日、学校を終えてから穂苅君に先生の見舞いに付き添いたい子がいると事情を説明して、一旦家に帰り祈さんを迎えに行った。祈さんを見て、彼はにやりと笑いながら鞄を僕の背中にぶつけてきた。


「おい、意外にも彼女がいるのかよ。やるな」


「違うよ、彼女じゃなくて……」


かぁっと顔が熱くなるのを感じる。なんてひどい勘違いだろう。


祈さんはといえば顔色1つ変えずに、僕との曖昧な関係を暴露することはしないで律儀な挨拶をする。


「祈と言います。今日はよろしく」


「海原先生とはどういう繋がり?」


「以前私の学校の先生をしていて、その時お世話になったんです。今度は叶崎君の学校で先生をしてるって聞いて、ぜひ会いたくて」


「なるほど、すごい縁だな。わかった、連れて行ってやるよ」


母さんが使用していた自転車を祈りさんに貸す。乗りこなせるか心配だったけど、問題なくペダルをこいだ。こうして三人で海原先生が入院する病院に向かう。移動途中に穂苅君から「いつから付き合ってるとか、どこで出会ったとか、どこまでいった」とか色んな質問攻めをされて僕はどう答えて良いものか口を噤んでいると、祈さんは「付き合ってはいないけど中学からの友達で、草津温泉まで修学旅行に行った」などと冷たい口調で適当にでまかせを言ったため、彼は唖然として静かになった。


少々祈さんは不機嫌に見える。あんまりぐいぐいくるタイプの人間は好ましくないようだ。


また新たな発見。祈さんはとてつもなく嫌なことは顔に出やすい。


先頭を走る穂苅君の様子を見るために少し道の真ん中に出た。彼の横顔は口を尖らせて面白くなさそうだ。祈さんに興味があるようで、僕と単なる友達だとはっきりして尚且つ愛想が良かったらアプローチしようとしたに違いない。綺麗系で大人びた子なんてそんじょそこらにはいないだろうし。


河川敷道路を通る。夕焼けに照らされて三人分の影が地面を長く伸びている。どこかで見たことのあるようなノスタルジックな風景。こういうのを青春と呼ぶのか。


生命終了支援センターと関わってから死後の世界があることは明確化されたけど、その世界にもこの橙色の綺麗な光があるのか疑問だ。真っ暗な世界でないことを願う。せっかく母さんに会えたのに顔が見えなきゃ意味が無い。死後の世界については死んでみなければわからない。


街の中心部にある立派な病院の、呼吸器内科病棟という所に海原先生は入院している。診察が終わった外来に人はいなくて、待合室はすかすかだった。地下の売店で見舞い品の饅頭を買ってからエレベーターに乗って病室を目指す。


ナースステーションで病室を聞くと看護師さんが案内してくれた。先生は四床部屋の窓際のベッドに座っていた。


「おっ! 来てくれたのかぁ!」


左腕に点滴が刺されていて鼻には酸素チューブが付けられている。まさに病人らしかった。元気はつらつな人には似合わない姿。昨日よりも唇の色が良くなっているようでひとまず安心した。


「調子どう? 先生」


穂苅君は友達と接するように気さくな調子で隣に座る。


「いやぁ、君達が来てくれたら一気に治ったよ! 叶崎君、ごめんな。余計な心配かけて」


「そんな、余計だなんて」


「おや? そちらさんは……」

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