優しさ
第12話
6月6日日曜日。
久しぶりに6時間は熟睡できた。頭も身体も嘘みたいにすっきりしている。枕元にあった小説はまだ4ページほどしか読んでなくて、内容はまったく頭に入っていない。起きてから改めて読んでみるが、はっきり言ってつまらない小説だった。ただの文字媒体がずらりと並んでいるだけの薄っぺらいストーリーに愕然とした。僕は彼に馬鹿にされたのではないだろうかと。
そのことを祈さんに話すと、彼女は納得したように笑った。
「穂苅って人、叶崎君が不眠にならないようにその小説を渡したんじゃない?」
「どういうこと?」
「精神的ストレスは不眠を招くでしょ? 身体にも不調が出る。つまらない授業で眠くなるのと同じで、彼はわざとそのつまらない小説を渡した」
弟を亡くしたという穂苅君は、自分と同じ境遇の僕がよく眠れるようにわざとつまらない小説を貸してくれたんじゃないかという祈さんの推測は恐らく当たっている。きっと彼もこれを読むことで不眠を解消したのだ。人の心理を理解しているところはさすが小説家希望だと感心する。
祈さんはさらに彼をこう分析した。
つまらない小説を学校にまで持ち歩く理由は、いつか学校に来た僕に渡すためだったのではないか。
小説を貸したのは、返すためにまた学校へ来させる口実も含まれているのではないか。
母さんを亡くした僕のために、わざわざそこまでしてくれたという仮説。
話などしたこともないただのクラスメイトなのに。
学校来れるようになった時は、俺と仲良くやろう。
社交辞令でも、彼の言葉は嬉しかった。大切な人の死を乗り越えた彼の姿は、別の選択肢を選んだ僕自身の姿なのかもしれない。
悲しみに負けることがなかったら、僕は彼のように人に優しくできる人になれていたのだろうか。
穂苅紀貴がどういう人物で、どう生きているのかを知りたい気持ちが強くなる。
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