1:「械生を」
「――――が……!!
あァ…!! 全身が痛ッてえ…………!!」
混濁したような意識の中――――リオノア・ガルテは目を醒ました。
裂けるような筋肉の痛みに悶絶する中、徐々に目を開いていく。あちらこちらで瓦礫が積み上がり、未だ少し粉塵が舞い立っている。痛みも相まって、何も言えない程に殺風景。
その内、というより視界の中央。
大半を占めるようにゼロ距離で見つめている少女を認識する。
「テタン…………?」
「リオ、ノア…………!! 良かった――――!!!!」
懐に飛び込んでくるテタン。
「うぉぉぉぉぉ!!?」
強く抱きしめられ、暖かい気持ちが彼の中で湧き上がる。抑える理由も無く手が伸びかけて、また気付くリオノア。
本当に今すぐ、頭でも撫でてやりたいのだが、同じくらいに身体が痛い。
手を伸ばそうとすれば、何故か殴られたようにズキズキと全身が痛む。特に
しかし彼女の前で「重い」だなど言えるわけもなく。結局リオノアが浮かべたのは、何とも言えない笑みであった。
「ハハハ…………テメエが無事でよかった」
「どうした『非道』? ぎこちない笑みだな?」
テタンの背後より聞こえる声。如何なる時であってもその青はくすまない。揶揄うように大の字に寝転がっているリオノアを覗き込む偉丈夫。大きな耳。
「『粛星』…………今感動の
「聞こえなかったか? どうやら『非道』は全身が痛んで仕方が無いらしい」
「え!? リオノアごめん!!」
咄嗟に身を引くテタン。リオノアががくりと肩を落とした。もう少し格好つけたかったものだ。『粛星』め…………
リーギュが呆れたように息を吐く。恥ずかしがるように目を泳がせるテタン。赤光は既に収まっており、彼女もまた、生きている。
「はぁ……実際、危なかったのだぞ?
国が落ちてなお貴様が無事であったのは、そこの撃盾と――〈
「…………〈無限鉱〉?」
リーギュが指を指す先――傍らに。手の平ほどの鉄塊を見つけた。濃緑色を映すそれはリオノアの体温に応じて淡く、輝いている。
全てが壊れていくあの中、オレが撃盾を展開したのは間違いない。だが同時に〈無限鉱〉まで手にしていたとは。悪運だけは良いらしい。
リーギュが咳払いをした。
「そこから私が、貴様とテタンを囲う鉄ごと破壊――救出し。今に至るという訳だ。存分に感謝するがいい」
「テメエ今破壊っつッたな!? ていうことはあれか!? この痛みもテメエのせいか!!」
リーギュの目が追及を逃れるように泳ぐ。よく見ればテタンも本当に少しだけ凹んでいる。
リオノアから注がれる視線を受け、獣は腕組みをした。
目をカッと見開く。
「……結局! 私が国の崩落から助けたのだ! 感謝されすれど恨まれる覚えは無いぞ!!」
「その国を崩壊させたのは誰だよ」
「…………『
「テメエもだよォォォォ!!」
リオノアがガバッと起き上がり『粛星』と真正面から睨み合う。両者の間で見えない火花がちり、と弾けかけた。
おろおろと惑うテタンを見て矛を収めるリーギュ。国とリオノアを粉々に壊した張本人はフン、と鼻を鳴らす。
「貴様、責任の押し付け合いをするか? この私と? 十中八九私が勝つに決まっておろう」
「どっから出てくるかなァその自信!!?」
次いでリーギュは
リオノアが憮然とした態度で腕を差し出す。彼女の視線に気付いたようだった。
「言っとくがこれは『凶存』のモンじゃねえ。感覚もあるし、何ならオレの血も通ってる。
事実オレはまだ人間で、生きてンだよ。――――気に入らねえッてンなら。そうだな…………」
「いや、いい」
思考を巡らせていたリオノアを置き去るように、リーギュは笑った。彼は隠しているが、それ故に想いが滲んでいるというものだろう。
第一邪気を感じないのに疑うものか。この男は機に聡い癖に、つくづく、感情の機微には疎いらしい。
「隠さなくともよい。テタンのものだろう。どういう原理かは知らないが、貴様は本当に私の知る『非道』のようだ。
安心しろ、危害を加えるつもりはない――――何もかも破壊するわけでは無いのだよ。私は」
「?????」
「テタン、落ち着け」
リオノアがテタンを宥める。目の前で生じた矛盾に困惑を隠しきれないようであった。
壮観とばかりに貧民窟を眺めるリーギュ。空を見上げれば、そこに鉄の天上は覗くことなく、ただ洋々とした青空が広がっていた。塔そのものが消し飛んでしまっている。
リオノアがハッと気づいたようにテタンをその身で覆った。彼もまた、空を見る。
「そうだ『凶存』だよ!! アイツはどうした!?」
今や濃緑色の金属は〈無限鉱〉を除きどこにも無く、庁国すらも飲み込まんとしていた鉄波も消え失せていた。〈
「ものの見事に消滅したわ。貴様らがあの『剣』を振るった後、
果てには爆散――この観点から見れば、国にとどめを刺したのは貴様とも言える」
「……もう止めようぜ罪の擦り付け合いなんて!! な!!?」
調子よく転換、和解しようとするリオノア。呆れ返るリーギュだが、それを背後からテタンがしばいてくれた。爽快、少し気が晴れる。
笑いながら頭を抑えるリオノアにテタンが詰め寄っていく。見れば彼女もわずかに笑っていた。
どちらも本気ではない。奇怪なものだ――――互いに互いを、信じている。
リーギュにはその景色があまりにも美しく見えた。確かに、これを壊すのは勿体ない。
心地よい風を全身で感じる。自然な仕草で伸びをして、さてどうしようか、と欠伸をした時、彼女は気づいた。
少し震える地表。
何か、騒々しい。数多の振動が反響して、地上が振動している。
「!? どこだ!?」
少し遅れてリオノアとテタンも気付く。
リーギュが居る瓦礫の下、大通りとも一応とれる幅の道の先。もはや残骸となった家々が立ち並ぶ先から、山ほどの人間が猛進してきている。
点として見えるが、その服装は様々。
舞い上がる砂煙。統一性すらなく皆が皆、必死に何かを求める表情。
先頭に居るのは――――
ふと、リーギュの顔に
『――即報!! マレフィーグ滅びる
昨晩、西大陸でも有数の超技術を誇る旧マレフィーグ庁国を史上最大の災厄が襲った! 住民の証言によれば、現クレイン・ディア・エイサシス首庁相の公開演説中に三人の媒介師が襲撃! 首庁相自ら応戦、抵抗するも虚しくも殺されてしまったということだ! 一連の事件に対し王衆聖帝連合は正式に以下の者たちを指名手配し、『大災厄』と指定! 報奨金を懸け、多方面から彼らを狩ろうとする勢いが速くも見られるが仮にも『大災厄』だ! 連合等諸国民は注意されたし!!
以下が今回の騒動、〈マレフィーグ再崩壊〉の首謀者である。
〈非道〉――――リオノア・ガルテ…………五千万ユニ
〈氷魁〉――――カイエンカ・ネラフル…………二千万ユニ
〈粛星〉――――リーギュ・ランドゼロ…………一億ユニ―――― 』
「……………………」
「どうした、『粛星』?」
何度も何度も読み返すリーギュ。おそらく読み間違いをしているのだろう。長らく左目のみ使ってきたのだ。不調をきたしても可笑しくない。
リオノアが不思議がるようにリーギュの手元を覗き込む。テタンも同様に覗き込み――――その顔を驚愕、困惑、次いで納得に色を変えた。
なるほど、指名手配とは。――――国を亡ぼした者共にはうってつけの代償というわけだ。当然の成り行きとも言えよう。
それにしても…………
「何故私まで指名手配されているのだァァァァァ!!!!??」
「アーハッハッハハッハ!!!! よかったじゃねえか『粛星』!! テメエがぶっちぎりで懸賞額トップだぜ!!」
「何も良くないしそもそも私は媒介師ではないのだが!!!?」
心底から混乱するリーギュ。そうこうしているうちにも怒り狂う住民、及び懸賞金狙いの輩が塊となって団結。煙を上げて突撃してきている。
開口一番。リオノアはとりあえずテタンを連れて、どこかに身を隠そうと――――――
道路脇から
真横から一切減速せずに突撃。勢いづいていた者たちの塊を、
そのまま大胆に転回。舵をこちらに向けながら車が爆走し、今度は三人の手前でしっかり止まった。
爆散したものとは別の車種だ。真新しく見えるが、しかし旧式である。埃を被った前席。その窓から覗く顔。
「あ! リオ起きたんだね!」
「テメエは何でそう…………」
もはや当然の如くカイエンカが車に乗って現れる。何か言おうとするリオノアを堂々と
「そういえば聞いた? ボクたちまとめて指名手配されちゃったんだって!! リオノアは余罪がどんどん増えるねぇ~このこのぉ」
「カイエンカ貴様!!? 何故またもヒトを轢くのだ!! これでは罪が増える一方だろう!!」
「また?」
テタンが疑問に思い、問いかける。相変わらずにっこにこなカイエンカ。リーギュが己の失態に気付き、非常に言い難そうに口を開いた。
「その。私たちが
実はあの際、つまり湖街から庁国へ来る最中――――
殆ど軽傷で済んだと思うが、おそらく恨みは相当買ってしまって…………私は止めたんだぞ!!? だが、この男が自信満々に『これが正しい』などと言うから!!!」
必死に言い訳をするリーギュ。リオノアが天を見上げる。
テタンさえも感じた――もう、どうしようもない。
「さぁ乗った乗った!! もうエンジンはかかってるよ!!」
カイエンカがリーギュの手を掴み、助手席へ。もはや観念してリオノアとテタンも後部座席へ足を掛けた。唸り声のような音を上げるエンジン。鉄の座席は既に少しの振動を伝えていた。
リーギュがようやっと座って気付く。
「待て!! 何故私も同行することになっている!!?」
「いいじゃんいいじゃんもう仲間みたいなモンなんだし!!」
「いや私は……! しかし手配が……! あぁもう!! いったい私はどうすれば良い!!!?」
「諦めた方が良いと思う。カイは一度決めたことは絶対に曲げない」
テタンまで口を挟み、後方からリーギュの肩に手を置く。何というか、同情が込められている。
ペダルを踏み込み発進。緩やかに速度が上がる中、リオノアが懐より手の平大の鉄塊を取り出した。それは切り離された〈無限鉱〉。テタンに放る。
「食っていいぞ。オレにはもう要らねえモンだ」
「いいの……? というか、リオノアの『復讐』は――――」
「あァ、終わった」
リオノアがそこで言い切る。何やら神妙な顔をしているが、そこで彼はテタンの顔を見た。理由も分からないまま笑う。
「テタン。テメエは――――何がしたい?」
「え?」
「良いから言ってみろ」
少し戸惑い、悩み、己の内から答えを探す。リオノアとの旅、己が得た物――そして結局、わたしがしたいことは。
「わたしは…………やっぱり、躯械がいない世界を目指したい。でもそれは躯械全部ってわけじゃなくて――――ヒトと、心が通じ合える世界を目指したいってこと。
わたしは、リオノアと一緒に生きる世界が見てみたい」
テタンがきっぱりと言い切る。少し気恥しい思いがしたが、本心だ。
しかし同時に気付いてしまった。復讐が終わった今、彼を縛る物は何もないのだ…………
「良いじゃねえか、オレも手伝うぜ。その未来」
「――でもわたし、リオノアに何もしてあげられない。あなたに見合う報酬なんて、出せない…………」
「なァに言ってンだ。とっくにもらってる」
「ぇ」
リオノアが今度はしっかり手を伸ばして、テタンの頭を撫でる。残った生身の腕。あたかも彼の暖かさを伝えてくれているようで――――
「テメエといるだけで、『幸せ』ってモンをもらってる」
意地悪くリオノアが笑った。
感極まったようにテタンがリオノアに抱き着く。肩を震わせ続けるテタンをリオノアは撫で続けた。少し涙ぐんだリーギュに対して切られるハンドル。あらゆる
カイエンカが雑にアクセルを踏み込み、車内は荒れて喧々囂々。リーギュがハンドルを代わろうとし、一部が握られただけで砕け散る。その中でテタンは黙々と〈無限鉱〉の表面に歯を立て食し、リオノアが興が乗ったとばかりにテタンの頭に潤滑油を垂らしてふざける。
このどうしようもなく狩に染まった機械の海で、わたしは生きていく。
否、わたし一人ではない。
これは、どうしようもなく朱に染まった狩人たちと――――奇々怪々な生を紡ぐ物語。
銀の花飾りが垂れた油を受け、黄金に輝いた。
(了)
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