ー4:「狂信、自縄」
流砂に呑まれ、地下に吸い込まれていくテタン。しかし思いの外深くなく、空で体制を整えて両足で着地。ざっと低木一本分の高さ。
だが即座に戻るわけにはいかなかった。立ち上がり己の周囲を見渡せば姿形が一つ一つ違う『素核』を持った人間。全員変わりなく、全身から鉄を生やし始めている。
コイツらをリオノアに出会わせるわけにはいかない。わたしが必ず、ここで沈める。
そう決意した時であった。
「なんやなんや、ぎょうさん落ちてきたやないの。穴ぁ
特徴的な
ジジ、と上から音が聞こえた。
電球だ――――電気が、工場を流れる『
暗闇が開ける気配があった。暗く湿った床のタイルが、上方からの明りでてらてらと反射される。
「おぉこりゃまた。人間――――やないのう。
ナニモンや、あんサンら」
そっくりそのまま返したい――少なくともテタンが出会ったことはない。
特徴的な赤髪に切れ長な瞳。背丈はそこそこにあるが、目元の隈は酷く、身なりも襤褸切れのように散り散りだ。未だ少し暗い通路に浮かぶその有様は、死神を彷彿とさせる。
そして彼女のお
「うぅん、髪も
女が不満げに髪を梳かす。
赤髪の末端は揺らめく炎によって事実、燃えている。彼女の言動、また体に受けている灰の量を見るに好きでやっているわけではなさそうだ。
流れた静けさ、思案の刹那を隙と取ったのか――二人の『素核』を持った鉄人間が女に飛び掛かった。
唐突な出来事に女はその場を一歩も動かない。硬質化させられた腕が女の脇腹を薙いで――
「おぉい、
女が何時からか抜いていた
飛び掛かろうとしていた他の鉄人間が踏みとどまり、警戒するように唸る。しかしテタンは彼らが既に、ヒトの意思を宿らせていないことを知っている。
――彼らの体はとっくに死んでいるのだから、あるとすれば『躯械』としての獣的本能だろう。
「あなた、誰……?」
「おぉなんや、喋れるやんけ。というか、あんサン人間? 何てったってコなとこに」
「ええと。この研究所に――――」
「なんや関係者やないか」
え、とテタンが思考した時には既に、女は動いている。
距離を半歩縮められた。低い姿勢で
咄嗟にしゃがみ、ついで背から転がる様に後転。刃の間合いを出る。
「ちょっと待って!! わたしは敵じゃない!! あなたは――」
「せやね。マチリクっつっても誰も分からンやろ? なら意味ない意味ない」
女――マチリクが無駄のない動きでテタンとの距離を詰める。
伸びる通路に下がろうとしたところ、テタンとマチリクの間に『鉄人間』が割って入った。
「ったく鬱陶しい……!
「G,a@a@a? aaaaa」
マチリクが肩を入れて濃緑色の素核を突き刺す。動きを止める手足。しかし痙攣したようにビクビクと人間が震える。
生体部分の過度な運動がひきつけを起こした結果であった。しかしこれは異常だ。――――頭は死んでいるのに、体は生きている。
「違うね……融け合ってンし、共に生きてンのか。はぁ……」
「Ggggaa!! …… aaA@a?」
マチリクが反転するように振り向き、極限まで掲げられた踵を振り下ろす。背後から迫っていた鉄人間をいとも簡単に縦に割り、血が噴き出した。
「あなた、何が目的!?
「いやそれがな、ウチにも分からン……不思議なモンやろ?」
マチリクが飄々と笑いながら、テタンを
「急に呼び出されたっちゃ
剣戟を続けながらマチリクの顔を見れば、確かにあちこち焦げていた。それは巻き添えなどという程度ではなく、もはや直撃を喰らったという方が正しい。それでいて何故動ける。
マチリクが口に含んだ葉をペッと吐き出した。さらに至近距離でテタンの目を見て、口を歪ませる。
「それにあんサン――――『忌命』やな? 目的としちゃァ十分ってモンよ。――――⦅
マチリクが吐き出した葉を起点として、植物が急成長。生い茂る蔦がテタンを絡めようと、その脚、腕、首に巻き付く。マチリクが刀鉈を構える。
引き千切ろうとして――――割れた蔦の断面から、真っ赤な血が覗いたのが見えた。
「――ッ!?」
ビリ、と無惨に引き裂いた瞬間、小規模な炸裂がテタンの全身で起きる。律術――それもただの炸裂ではない。
「げほッ、げほ…………お、えぇぇぇ……」
「うぅん五感あり。珍しいねい。
――オモシろやろ?
テタンの目が、舌が、堪らないほど痺れる。あの蔦から噴き出した粉のせいだ。全身に纏わりついてくる。痒い痒い痒い…………
マチリクが掌から血を滲ませ、再び幾枚かの葉が形作られた。口に咥え、刀鉈をテタンに向け高く掲げる。あまり感情の籠っていない瞼がぴくり、と動いた。
「ほな、お先に」
「――死んで、たまるかッ!!!」
全身に抑え難い痛痒を抱えながらも、テタンがスパナを振るう。
今度は抑え込まれず、渾身の力を以て弾き返した。マチリクの刀鉈を握る掌がビリビリと痺れる。
ようやく生まれた一呼吸分の刹那。
――鉄人間どもがその隙を狙って、テタンとマチリクの両方に腕を振るった。
先程よりも込められた力が強い。必死に棘の腕が伸ばされる。
弾き、逸らされ、鉄人間どもの目論見は
しかし次いで起こったことはテタンの予想を超えてくるものであった。
「あ、Aga、うあう……GAAAあAaaあaaaa」
「なに、これ…………」
鉄人間たちの目がカッと見開かれたと思うと、首を絞められたように真っ赤に充血。その場に蹲り、手足は格納されるが如く『素核』に伸びていく。
急に血が通ったように顔色は赤から青、紫へ移り――
「あ」
ぱん、と。
どす黒く濃縮された瞬間、頭が内側から弾けてしまった。飛び散る脳味噌。頭蓋骨は少し、鉄と融けていた。
「うぅん、アホ。
――そりゃあ元はただの人間。無理させちゃァ躯械の律術に耐えれないとか。分かっててやってンやろ――不愉快不愉快」
呆然としたテタンにマチリクが変わらない調子で言う。むしゃむしゃと食まれていた葉が、グシャ、と彼女の歯で摺り潰された。
素早く横に薙がれる
「なァ、あんサンに言ってン、『忌命』。こんなことして楽しいか?
――少なくとも、ウチは楽しゅうない」
マチリクがテタンを睨む。
勘違いされている――が、しかしテタンはこの眼差しを素直に受け止めた。
それはモンタニ湖街で見た――出会った時のリーギュと同じ目だ。
誰かに認められても尚。わたしは、やはり存在して良いものではない。
これが本来の『忌命』なのだろう。
そして、そんな彼らを、悪を狩ることは、まさしく民意――「大義」だ。
……生きていることが間違っているのは、わたしが一番分かっている。
しかし、今は、今だけは。――――どうか、許してはくれないか。
「あんサンこそさ、何が目的やねん」
「…………わたしは、あるヒトを――――リオノアを守りたい、だけなの」
テタンがスパナを正眼に構え、マチリクにはっきりと宣言する。思えば、口に出したのは初めてかもしれない。
マチリクがポカンと呆けるのが分かった。
わたしは、どうしようもない『躯械』だけど。――――それでも!!
「わたしは、リオノアを縛る呪いを断つ!
――わたしは、リオノアを救う!!」
テタンが己の
口を押えるマチリク。溢れる葉など気にせずに、目を見開いて考え込んでいるのが分かった。
そして、唸るが如く声をひねり出した。
「あんサン…………リオノアってあの『
「? わたしが知ってるリオノアは、悪いことするけど。だけど――――!」
「――ハ、ハハハハハ!!!」
急に笑い出すマチリク。
その口に
初めて彼女から、朗らかな感情が垣間見えた。
「ハハハ…………ハァハ。冗談キツイぜ『忌命』よぉ。
そもそもさ、『助けられる』ってことをひどく嫌ってンだよ、あの男は。
…………それをさ! あんサンが救うって!?
あんサンみたいなちっぽけな『忌命』が、この世でイッッッッチばん嫌われてるどうしようもねえ男を救うってか!! あんまりウチを笑わせないでくれン!? ハァハ……」
本当にオカしいとばかりに、マチリクの笑いは止まらない。
――都合が良い。マチリクはテタンから目を離しているし、逃げようと思えば逃げられるかもしれない。討とうと思えば討つことも。
だがテタンの胸を支配していたのは、何故か「怒り」であった。鉄人間と会った時とは異なる、しかし確かな怒り。
…………あぁ、そうか。
信頼しているヒトを侮辱されるのは、こんなにも苦しいことなのか。
「バカに、するなぁぁぁぁぁ!!!!」
テタンがマチリクに向かって真っすぐスパナを振る。
この時の彼女には、相手がヒトだとか、リオノアとの約束を破ってしまうだとか、そんなことが眼中に無かった。
ただ、リオノアを馬鹿にされたことが悔しかった。感情のまま、スパナを振るう。
「おぉっとぉ。急にヤる気出すやン!
何? もしかして否定されたことがそんなに悔しいン!? いいねえいいねえ!!」
マチリクが猛る炎に油を注ぎ、己のボルテージも上げていく。先程とは比べ物にならないほど激しい攻防。
ここで、決めてやる。
一歩、横に薙がれた刀鉈を潜り込んで躱し、スパナを腰だめに構え何も考えず突撃。
二歩、マチリクの掌から広がった葉を真正面から殴り、断面から溢れる血。
三歩、麻痺を誘引する粉塵を顔面で全て受ける。もう、慣れた。
四歩、
五歩、全部壊してスパナをブッ刺して――――!!
――――ぽとり、と。
何かが落ちた。時が止まったように、固まる両者。
テタンはマチリクの首にスパナを突き付けていた。マチリクの額を流れる汗。
わたしは、何を――――
「らァ!!」
「くッ――」
間隙を見取ったマチリクが足を割り込ませ、テタンの脇をしたたかに打った。尻もちを着き、床を転がる。
「…………あんサン。――――それは、なんや?」
マチリクの指差す先をぼうっと見つめる。ゆっくりと、視線を移した先にあったのは。
くすんだ、青い、
「これは、リーギュの……」
「…………は」
マチリクが深く放心する。熱と怒りと決意で奮い立っていた思考が冷めていく。
そして、現状を把握した。
――――殺せなかった!!!!
リオノアのためなら、リオノアを守るためなら、ヒトを殺すことを辞さない覚悟でいた。例え己がしたくなくとも。
彼を揺らがしている邪悪を近づけないつもりでもいた。彼の
しかし、しかし! わたしは彼をさらに困らせ、足手まといになり、挙句の果てにはすんでのところでこの手を止まらせてしまうではないか!
わたしはリオノアを守ることなどできていない……!!
ヒトを殺したくないなんてエゴを優先してしまった、役立たずだ!
「アハッ、ハハハハハハハッハハッハ!! ハハハハハハハッハハハ…………」
狂ったような哄笑が響き渡る。一応、マチリクの声だ。
この時テタンは己の
「わたしは、何で、殺せなかったの……」
「アハハハハハ!! それ、ウチのコトやンね!? アーハッハッハハハ……!! まァジかよリーギュ、何でこんなコを選んじまったのさ!!」
マチリクが腹を抱えて笑う。今やテタンは手に持つスパナを動かす気力さえ失せていた。
テタンがへた、と座り込む中で少し、疑問符を浮かべる。今の言い草――マチリクはリーギュと面識があるのか?
「あなた、リーギュと知り合いなの……?」
「アーハッハ……!! それはもう旧くから!!
――――あんサン『忌命』よね。あの堅物も変わったなァ……
あんサン。リーギュのコトは、信頼してンの?」
マチリクが有無を言わせぬ勢いで迫る。あと一歩踏み出せば
テタンにはよく分からなかったが、
「それは……もちろん。リーギュも、リオノアと同じぐらい信頼してる。わたしなんかを、救ってくれた恩人だから」
「ほう、それで? 何でウチを殺す手を止めたン?」
「違うの……!! できることなら、嫌でも殺したかった!!
我儘だ…………わたしは信頼に応えることができなかった……!! 役立たずなんだ!!」
「うぅん。大分、狂ってンねえ……でも――――読めてきた」
マチリクがなるほどとばかりに手を打った。
立ち上がって舌なめずりをする。暗く、明り一つのみ灯る通路に、ぽつ、と唾液が落ちた。
「何でリーギュが噛んでンかは知らンけど……
あんサン。『非道』のためを想うってンなら、そりゃあ違うぜ」
マチリクがテタンの肩を掴む。おそらく先刻言った、テタンの決意を指しているのだろう。守りたい、だけなのに。
強く握りしめられ動けない。マチリクは訴えかけるように一言、一言、強く伝えた。
「いい? あんサンはヒトの心っつうのを理解してるようで、理解してないンよ。
何と言うンか……守ってばかりで、守られてる側の気持ちが分かると思う? あんサンのそれは、分かってるつもりか、分かろうとしてないだけ。
ヒトっつうンはな。守ってほしいンじゃなくて、分かってほしいンよ。それが独りなら尚更。
あんサンがするべきことは『厄介払い』じゃない。
――けどな」
マチリクがそこまで言って、息を区切る。次いで彼女の顔に現れたのは、泣き笑いのような、凄惨な事故を起こしたような顔。
感情が、複雑だ。そして、そう――――分からない。読み取れない。理解できない。
「それで正しい」
「……え?」
「はァ、何でウチがこんなコト…………そこも含めて、『信頼』なの」
テタンの思考が錯綜する。意味が分からない。
「ウチはね。『
「それの、何が」
「疑わないンよ。だから、リーギュが何をしようと、それが正しい」
「は」
テタンの口から息が漏れる。とんだ、暴論だ。
それは、一見純粋。それでいて無思考。
相手が裏切ろうと、傷つけようと――己を殺そうとしても。信じて心を預けることだと言っているようなもの。
どこか間違っているほど、盲目的だ――そう言いたかった。
なんと悪魔的で、常軌を逸していて、そしてどうしようもなく――――いかれていることであろうか。
だが、捉え方を変えれば――互いに繋がっているということになれば、或いは――――
「あんサンの信じる
茶化すように言うマチリク。しかし感じた衝撃が大きすぎて何も入ってこない。己が否定されたことより、目の前で、それも初対面の者に展開された独自の感性に、ついていけない。
「……まァつまり、リーギュが信じるあんサンは、違うけど、ウチにとって違わないってコト。
自信持ちなよ、あんサン!! あんサンが何か間違っていると思うなら、それは『心』の問題だぜ」
途端にマチリクが怖く見える。自分と対話してくれているはずなのに、心は別の方向に向いているように見える。
だが少しだけ、答えが見つかった気がした。
「わたしは、ヒトの心を、避けてたんだ…………」
「そうなン?
まァでもウチは、
マチリクが和むように笑った瞬間、上からビルでも倒れたのかと思わせる地響きが鳴り響いた。やがて開く穴。一人の男が乗り込んでくる。
「テタン!!! どこだァ!! 居たら返事しろ!!!」
「ンじゃ。ウチは行くから」
スッと立ち上がるマチリク。リオノアの声が聞こえた方向とは逆向きに、避けるようにして歩き始める。闇に紛れるように、襤褸切れの幽霊が薄くなっていく。
テタンが慌てて腰を上げる。
「マチリク! ――――ありがとう」
「……ハ、礼ならリーギュに言うンやね」
こちらも向かず歩いていくマチリク。その声色は少しだけ思い遣っているようで、とても先程まで殺し合っていた者だとは思えない。
リオノアの、テタンを探す声が鳴り響く。わたしも――――行かなければならない。
「――――居なかったらウチ、ここまで言ってへンよ」
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