ー8:「大混戦」
「――――? 何だ、これは……」
店が、大地がガタガタと震えたその直後、洋服店に三人が吸い込まれるほど大きな穴が開いた。床の木片が奈落に落ちて行く。
その奈落から幾本もの白い触手が生えた。人の腕ほどの大きさ。しかし、意志を持ったように、一方向を目指す。
反応する間もなく、『鎚』に巻き付いた。
「何をする!?」
衝撃でふわりと浮き上がった各々であるが、リーギュはその際テタンにのみ意識を向けていた。したがって反応が遅れ、ぬめりを持った触腕に『鎚』を奪われてしまう。
伸縮するように速やかに縮まったその先、のっぺりとした頭のようなものが暗闇より顕れた。表面は滑らか。傷一つ無き純白の蕾に『鎚』はトプン、と吸い込まれていった。
その頭――頭頂部を中心として、花開く。
機械的でない、あたかも陽光を待っていた蕾が如く、その「顔」を見せた。目は無い。それどころか鼻すらも無い。元より暗闇だと思っていたそれは――――巨大なる口であった。
その歯牙の行く末は、体内の中心部から延びる、数多もの導線である。
未だその全貌すら見えない口が三人に迫る。
テタンが手を伸ばし、穴の縁を掴もうとするがもはや手遅れ。せめてパラディだけでも守ろうと目と鼻の先にいた彼女を引き寄せ、抱きしめた。
その身は落下を続け、深淵に呑まれていくはずだった。
――――黒い颶風が吹いた。
最早此れまで、と閉じていた目を開く。その視界に映ったのは目まぐるしく変わる景色と、意地の悪い笑み。
「主役は遅れてやってくるってなァ! テタン!」
「「「リ大オ道ノ『非』芸人ア『道』さん!!!!」」」
「何言ってるか全く分かんねえわ!! 一人ずつ喋りやがれ!!」
リオノアがテタンとパラディの両名を脇に翔ぶ。柱に引っ掛けた鉄条紐が軋みを上げ、彼らを地上へと戻した。
一方そのまま落ちると思われたリーギュ。抵抗もせずに落ちてゆく――はずもなく、拳を振りかぶり、唯一輪郭を伴った牙めがけて殴りつけた。
「はァァァァ!!!!」
火花飛び散り衝突する双方。しかし、リーギュは埒外の威力を持った拳に、さらに埒外の威力を重ねた蹴りを叩きつける。脛から迸る筋肉がリーギュより明らかに大きな牙をぐらつかせ、半ばからへし折った。
さらにその反動を利用して大跳躍。その目は既にリオノアを見据えている。
「『非道』!! 貴様ァァァ!!」
「やっべェェェェ!!!」
テタンとパラディを放り投げ、鉄条紐が高速でリオノアの身に戻る。そうして胸に引き付けた盾が、何のフェイントもなく迫った拳と衝突。一拍遅れて突風が吹き荒れる。
「⦅
「あ、ありがとう! 大道芸人の方!」
リオノアが盾を起点に賦律を唱える。鉄が赤く滲んだかと思うと、すぐに土壁が生成。店よりも高く聳え立ち、リーギュと己を分断する。
「Ooooouu@uuuu$uuhhh」
「今度は何だァ!?」
「この声…………穴から聞こえた音と同じ……!」
地鳴りと錯覚するような、低く響く唸り声。肌をビリビリと震わせ、鼓膜を破かんとするそれは数秒でピタリと止んだ。拍子抜け、弛緩する空気。
「……なァんだ、気のせい――――」
「Uuuuuuuugggggooooooo!!!!」
土壁を突き破って開く大きな穴。民家ほどの大きさの「口」が流れてきた。
――――実際、それは砂蚯蚓であった。
しかし、一般と異なる点が一つ。かの土龍は土を泳ぐのではなく、空を泳いでいる。
さらに言えば、その牙にはまたもや『粛星』、そして一本伸びた導線には『朽花』が張り付いていた。
「ご機嫌麗しゅう、リオノア様! 我が天使『クィホート』も喜んでおります!」
「あーー!! やっと見つけましたよ! リオノア・ガルテ! 今度こそ逮捕っす!」
「がァァァ!! もうめちゃくちゃじゃねえか!!」
遅れ参じたポワッソと『朽花』が大声でリオノアの名前を叫んだ。直後、上空――――ぐりん、と向けられる『野獣』の首。
「そ、こ、かぁぁぁ!! 潰す!!」
「おいおい、今人生最高にモテてるぞオレ!!」
二本目の牙に罅を入れたリーギュが、リオノアの方に向けて足に力を籠める。
捻り、溜め込み、固まった脚が爆発。牙が木っ端微塵に吹き飛び、ミサイルが如き速度でリオノアに迫った。
「わたしを、忘れないで!!」
割り込んだテタンがスパナを以て、その拳を受け止める。踏み込んだ足がさらなる圧力を加えられるが、〈蒼天条〉と比べると幾分か軽い。
渾身の力で『粛星』を弾き飛ばした。
「あ、飛ばしちゃった」
「気にすンな! あれはもう人間じゃねえ!!」
リオノアがポワッソと殺り合いながら言葉を挟む。機械的な籠手が長方盾とぶつかり合い鳴らす金属音。
一呼吸の間に幾度もなく貫手が突かれるが、的確に据えられた盾が貫通を許さない。ポワッソは脂汗が滲んでいるにも関わらず、リオノアには笑う余裕さえある。
均衡は唐突に崩れた。
「⦅
「ウわ――――」
実体を伴わない、膨大な光量が砲口から拡散する。迷惑を超えて目を焼け爛れ落とす勢いの閃光は、ポワッソはおろか『朽花』、テタンさえも目を覆った。
「テタン聞け! あのクソ高くに浮いてるイモムシを殺せばオレらの勝ちだ!! ヒトを傷つける必要は無え!!」
「リオノアが、真っ白……?」
「テメエまで巻き込まれてンじゃねえよ!?」
「は、ァァァ!! 【
「何でテメエは見えてやがる!!」
突貫してくるリーギュ。思わずテタンを抱え込み、
『粛星』が上を向いた。その目は、見開かれていない。
「そこか!! 【――
リオノアが通過した瞬間、リーギュが素早く突き出した掌が大気を圧縮。死の暴風が吹き荒れる。
天井が崩落し、視界を塞がれたリーギュが埋没した。姿は見えない。
「リオノア、わたしの体、重くない?」
「はッ、誰に向かって言ってんだ! こちとら四六時中盾を持ち運べる有能媒介師だ!!」
「そして今度は『忌命』と手を組んだ大罪人ってわけかい? 忙しないねえアンタ」
着地した途端、背後から聞こえた刃物の音に反射的に盾を構えるリオノア。しかし時既に遅く、盾と己をつなぐ鉄条紐が一閃、断たれてしまっていた。
振り返ると何食わぬ顔で老婆が立っている。その手には片刃剣ほどの大きさをした
「おばあさん……」
「……お嬢ちゃんは殺すつもりは無かったんだけどねえ。そういう訳にもいかなそうだ」
「カルメ様!? 何で戦ってるんすか!?」
「アンタが不甲斐ないからだよ!!」
顔を顰めるリオノア。今いる公国軍の連中は『粛星』、ポワッソ、カルメの三名だが、これ以上援軍が来ないとも限らない。そこでリオノアは速攻で決断を下した。
即ち――――短期決戦。
「猪口才と、弄しおって!!」
予想通り瓦礫が爆発し、無傷の状態で姿を見せるリーギュ。目が回復するやいなや、リオノア達の方へと飛ぶ。握りこまれた拳。
「【
「⦅
空に舞うリーギュが
そんな中でリオノアは、ただ冷静に――――
――――テタンを己の正面に置いた。
「え?」
「⦅
二重の意味で有り得ない衝撃がテタンを襲う。
鉄で構成された重々しい体は軽々と吹き飛び、店の天井を突き抜け、あっという間に上空に。
「うわああああああ!!!?」
浮遊感漂う最中、未だ己の天使と遊覧飛行している『朽花』と目が合った。
「貴方は……躯械?」
「Guiooooooohhhhhhhh!!!」
天使――「クィホート」はテタンのことなど眼中に無いように、そのまま直進。しかし奇しくもその方向――
テタンがスパナを構えた。
「――なるほど、短期決戦」
数多もの導線の内一本を、器用にスパナに引っ掛ける。そのまま伝い伝いに「口」まで上り、ある一つの事実に気付く。
クィホートの躯体はまるで以前見た「無殻の使」のように白く、液体のように波打っているが、ある一か所――頭部に程近い部分のみ波打っていない。固体である。
――即ち、打撃が通る。
「あの噺を聞いて、わたしもやりたくなっちゃったんだ。ちょっと付き合ってね」
「貴方、何をしているのですか!? そこから離れなさい!!」
『朽花』の制止も聞かず、テタンが目的地に舞い立つ。そして高々とスパナを掲げた。
「ふぅぅ――――そりゃあ!!」
『粛星』と負けず劣らずの威力を以て、叩きつけられるスパナ。
激甚なる、一家丸々吹き飛びそうな衝撃波が生じ、全長が大通りほどありそうなクィホートの体が曲がる。
巨体に反して軽いのか、物凄い勢いで頭から墜落。『中央庭園』に突っ込んだ。
「私の、天使……」
テタンが落下する中、ぽつりと悲しげな『朽花』の声が響いた。
◆
「賭けはうまくいったみてえだなァ! まァだ『ツキ』は残ってるってこった!!」
リオノアが公国軍を前にして大立ち回りを演じる。
差し出された籠手に対して、逆に前に出て低い姿勢で躱す。鉄脚で弾き、間髪入れずに
「がッ――『壊毒』が通らない……!!」
「ふぅん? 意外だね。いつの間に躯械を信じるようになったんだい? 『非道』の名も廃れたもんさね」
「はッ、戯言を抜かすなババア。信じたわけじゃねえ――『食欲』に賭けただけさァ」
カルメが滑るように鋏を振るう。死角からの一撃。
しかしそれを未だ繋がっている鎖で感知した上で、猛進する方向を変える。――盾を真下に叩きつけた。
腰を下げたものの、鋏の切っ先が肌に届く。外套を切り裂き、背中を浅く血が流れる。
「ハハハハハ!! どこを狙ってンだい! 気でも触れたか!!」
「……⦅
リオノアが苦し紛れに店中に転がった洋服を一纏めにまき散らす。
遮られる視線。ポワッソが体勢を立て直し、落ちた頃には全てが決していた。
リオノアが高速で放った鎖が二人を絡め取っていた。
「何ぃ!?」
「これ……服の繊維……?」
ポワッソが不思議がるように声を漏らす。
リオノアが放った鎖。カルメに断ち切られたと思われたそれは、今や切断された箇所を、洋服で縫合することによって復元されていた。
信じられないとばかりに目を見開くカルメ。
「服もなかなか悪くねえな。いい伸縮性だァ」
「だが、こんなもの、すぐにでも」
「おッと、暴れるのは勧めないぜ? まさか見えないわけでも無えだろ?」
リオノアが嘲笑うように空を指差す。よく見ると雲以外にも点在する白いシミ――『無殻の使』だ。
そしてそのまま下に指を向ける。
気付けば、足首まで浸かるほどの水が辺りを浸していた。初めはこんなもの、存在していなかった。一体どこから……
「『液状化』だァ。――聞けば、
リオノアが手の内でナイフを転がしながら、廃材の上に腰かける。ポワッソとカルメは未だ膝をつき動けない。
カルメが次に彼が起こす行動を想像してしまい、思わず口を開いた。
「なぁ『非道』。今からでも遅くないとは思わないかい? 罪の余地はあたしが取り合ってあげよう」
「『牛串』の恨みは重いぜ」
リオノアがナイフを投擲。正確に宙を漂う『無殻の使』の素核を穿ち、空に浮かぶシミが落下する。パチパチと電流を放つそれがリオノアの目の前に墜ちた。
ポチャ、と水面が揺れた。
直後、音を立てポワッソとカルメが倒れる。抗うこともできない彼らの肌を伝う青白い電流。
即ち感電を引き起こし、彼らは昏倒してしまった。
「……それに、とっくに肚は決まってンだよ」
誰に言うでもなくリオノアの口から漏れた言葉。腰を上げ、空を見上げる。
相変わらず『無殻の使』の数は多い。雲だと思ったものさえ、絡まった裸貝たちであるのはもはや一種の地獄絵図であろう。
テタンと合流しなければ――――そう考えた時、ふと気づいた。
「『野獣』はどこに行ったんだ……?」
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