狩に染まれば生機械海

独り湯

序章:同族

 暗い森の中を、男は走っていた。

 辺りの木々は静寂を保っており、吹く風は木の葉を揺らし音を立てる。

 荒い息遣いだけが、大きく響く。


「畜生、何も見えねぇ…!」


 道とは言えない道を走りながら、男は呟いた。

 夜は既に更けている。ただ三日月が雲の間より、微かな光芒を放つのみであった。

 その一部、淡く輝く光が木の間より差し込み、男を追うモノを露わにする。赤く、爛々と光る「獣」の目が暗闇の中、浮かんだ。


 四足で駆けている。一見すると狼のようであるが、奇妙なことにその生物の口は三叉のように分かたれていた。


 否、それは


 その身体では歯車が噛み合っており、動力源エンジンが剥き出しになっている。さながら、絡繰仕掛けのように。


「――――ッ!?」


 表現しがたい悪寒が背中に走った。

 男は咄嗟に傍の木に隠れる。一拍置いて、無数の針が森の中を駆け抜けた。

 月光に煌めき、皮肉にも優雅に見えたそれは、触れた樹皮を跡形もなく溶かす。気付かなければ今頃、風穴が空いていたのは男の腹か。


「はぁ…! はぁ…! 埒が明かねぇ!」


 腰帯より男がナイフを引き抜く。そして勢いのまま、軽く自分の手のひらを

 血の付いた切っ先を翻す。応ずるように、先の見えない暗闇が蠢く。


「⦅弾火、盛れ、流蝋の如くB u r ; n m _ k n f " c d o u e l⦆!」


 ナイフの切っ先から炎が溢れ、揺らめく灯の波が闇を呑み込んでゆく。鋭利な三叉の先を熱され、苦しそうに蠢く獣共。

 しかし男はすぐさま灯を消し、一息つく間も無く、走り出した。

 理由は明白であった。あらゆる木々の隙間から覗くのは、


「ゲッ、行き止まりかよ……!」


 不幸にも男の行く末を大樹が阻む。気づけばぞろぞろと三叉の獣が男を囲み、音もなく彼にその穂先を向けた。

 その数、およそ三十。底冷えした鉄が至る所で食欲を覗かせている。


「はぁ…クソ…ココに誘い込まれたって訳か……!」


 息を切らした男。膝をつき肩で息をしてしまう。口の中では血が混じり、既に脚は棒のように動かない。

 ジリジリと詰め寄る獣。もはや、男には逃れるすべはないように思われた。

 やがて獣共は欲望に従って男の喉笛に三叉を突き刺し……


「はぁ……

 ―――で、。嬢ちゃんよ」


 瞬間、男の頭上より影が落ちた。


「そうだね。大正解」


 影は腰より何かを引き抜くと同時に獣の前に立つ。瞬時に標的を変えた獣共は駆動音を上げ、高速で迫るが、


「いただきます」


 影がそれよりも速く、得物を振り下ろす。獣の身体がひしゃげると同時に、地面が陥没。身体もろとも粉砕されてしまった。

 影が状態を確かめるように得物を持ち上げる。月光を眩く映すソレはと呼ばれるものだ。


 怯んだ獣達が後ずさる。しかし突如、暗闇の中より縄が飛び、動きを封じた。もがけども、微弱な電流が彼らを乱す。


「……鉄条紐ワイヤーなんて、いつ仕掛けたの?」

「さあ? いつからだろうな?」


 影が無言で、獣達の方へと歩む。

 突風が吹き、木々が騒めく。暗雲が晴れる。フードがはだける。

 果たしてその下にあったのは、


 彫刻のような美しい白髪と、


 ――――彼らと全く同じ色をした、であった。


「今日は豊作。賦律神ロアディエスに感謝、だね」


 三日月の下、少女は静かに呟いた。

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