Emperor:Again (エンペラー・アゲイン)

@yuka_tomato

第一話

白を基調とした部屋。規模を鑑みれば広間とも言えるその部屋の最奥に鎮座するはきめ細かな装飾が施された玉座。部屋の入り口から玉座までは赤いカーペットが一直線に敷かれ、内壁は様々な彫刻、絵画で装飾されている。この広い部屋を照らすは壁に一定間隔でかけられたランタンと、天井の中心部から下がる豪華なシャンデリア。その部屋の玉座に一人座る黒髪金眼の青年が口を開いて言った。


  「…………解せぬ」


    と。






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  何故こうなったのか。俺は愛してやまない国家運営シュミレーションゲーム「ミリオンネーションズ」の最終追加コンテンツである「龍王国決戦編」が配信されたと同時に攻略に乗り出し、二徹の末クリアしてそのまま机に突っ伏して寝たはずだ。そして目が覚めたら部屋に座っていた。自分の部屋以上に一日に何回も見た場所だ、間違えるはずがない……が、そんなことが起こり得るはずがない。ここは「ミリオンネーションズ」内での俺の本拠地である「バルトムント帝国」の帝城内部にある「玉座の間」だ。小さな村から始まり、様々なコンテンツをこなして国へと育成し、人材も集め、国内を繁栄させ、ようやく建設してからも改良に改良を重ねて造り上げた帝城は全構造を把握している。内装にいくらこだわっても特にメリットはないのだが、折角の自分の城に高いクオリティを求めるのは仕方のないことだろう。


    


  兎も角、現在自分が置かれている状況が理解できない。なぜ俺はその玉座の間にいるのか。……いや、夢か。会社の後輩と明晰夢を見たことがあるかどうかという話を先日したばかりだし、その影響かもしれない。であるならば折角の機会を楽しもうではないか。そう思って立ち上がろうとした瞬間に強烈な違和感を覚えた。




  「体が、軽い…?」




 普段であれば突き出した腹があるために立ち上がるにも苦労するのだが、いざ立ち上がって下を向くと自分のつま先まで見えるではないか。普段鎮座する腹は忽然と姿を消しており、服の上から見る限りだが適度に引き締まった身体をしているような気がする。そして何より、自分の身にまとう衣装を見て理解してしまった。




  「ルーカス=バルトムント………」




  部屋の雰囲気とは対照的に、所々に金色の刺繍が施された黒い衣装。今の俺は「ミリオンネーションズ」でプレイヤーとしてクリエイトしたキャラクターである、ルーカス=バルトムントに憑依しているようだ。衣装は今まで触れてきたどの服よりも手触りが良く、肌はすべすべ、髪はサラサラだ。現実の自分とは正反対だな。しかし明晰夢とはこうも現実的リアルなものなのか…。




  ひとしきり自分の体を観察した後、今度は部屋の中を見て回ることにした。彫刻や絵画、シャンデリアなど嘆息するものばかりであったが、全体を通して、これほど立派な部屋はテレビでも本でも見たことがない。もともと美術館巡りが一つの趣味であった俺は玉座の間だけで随分と長い時間を過ごした。ゲームではこのような細かい部分は見ることができなかったので、今俺が視ているすべては俺の想像によって造り上げられたものだ。自分の想像力の豊かさに驚き、今度の休みに絵でも描いてみようかと考えていたが、俺はふと一つあることに気付いてしまった。




  龍王国決戦編は有休を取得して金、土、日の三連休でプレイした。つまり、二徹して寝ている今は日曜日の深夜。明日は仕事があるため最終局面に入る前に朝6時に目覚ましをかけた。もともと寝起きの悪い俺はスマホと時計の二つを目覚ましとして使用しているため、目覚ましをかけ忘れることはあり得ない。クリアしたのが25時だから、5時間経ったら目覚ましが鳴るはずだ。しかし俺が夢を見始めてから、既に5時間程度は経過している。そのくらい絵画や彫刻に没入していたからな。明晰夢であるが故に、現実で経過している時間と夢を見ている時間は変わらない。にも拘らず目覚ましが鳴らず、夢を見続けているということは…。最初に明晰夢だと思い至ったとき、もう一つ脳裏をよぎった「可能性」。まさか、いやあり得ない。あり得ないことだがまさかこれは、




  「転移、或いは転生…」




  いやいや、そんな馬鹿な。転移や転生なんて言うものは漫画や小説の中での話だ。現実で起こり得るはずがない。……だがしかし、もしかしたら。万が一に起こってしまったのだとしたら?




  深い思考の海に沈もうとする俺を現実へと引っ張りあげたのは、目覚まし時計の鳴る音ではなかった。玉座の向かい、レッドカーペットの果てにある扉が叩かれ、顔を上げた俺の耳に飛び込んできたのは聴き馴染みのない女性の声だった。






  「陛下、緊急事態でございます。入室の御許可をいただけないでしょうか?」


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