オチなら知ってる。

海避 単

ショートコント 喫茶店

 俺の名前はテル。若手芸人『シャイニングボーイズ』のボケ担当で、今年二年目の勢いのある芸人さ! ……え?あんまり自分で言う人に面白い人はいない? そんなひどいこと言うなよ! あんたらの言葉、デスサイズじゃねーか!


「そのたとえは、あまり出来が良くないな」

「あっ、アキラ! 遅かったじゃねーか!」


 待ち合わせに遅れてやってきたのは、俺の相方、アキラ。同じく二年目の芸人だが、年は一つ下。キャラなのか本性なのかはわからないが、普段はクールぶっているところが、なんとなく鼻につく、そんな奴だ。


「俺が遅いんじゃない、お前が早すぎるんだ。待ち合わせの時間まであと五分あるぞ。あとデスサイズと言われてもあんまりピンと来ないだろう」

「ん? そうか、まぁ細かいことはいいじゃねーか! 早速ネタ作り、しようぜ!」


 あまり金もない俺たちは、普段から暑い中でも公園でネタ作りをしている。お互いに設定やボケ、ツッコミを提案していくというスタイルだ。


「最近やったネタは、ファミレス、コンビニ、デート、か。身近で考えやすいネタではあるが、やりつくされてる感も否めないな」

「そうなんだよなー。でもまだ若手の俺たちがひねったことやるのも難しいし……とりあえず、喫茶店でいいんじゃないか?」

「そうだな、一旦場所は喫茶店で始めよう。で、設定だが……友人同士で旅行の計画を立てる、というのでどうだ?」

「いいじゃねーか! じゃあまず店に入って、席に座る。そして……まずはなんだ?」

「相場は店員が水を出してくれるんじゃないか?」

「いいじゃねーか!」

「お前さっきからそれしか言わないな」

「じゃあここまでの流れ、一旦やってみようぜ」


 俺とアキラはベンチから立ち上がり、下手から店に入るそぶりをする。


「カランコロンカラーン。あ、二人で」

「この席ですか、ありがとうございます。とりあえず水ください」


 そう言いながら俺たちはベンチに座った。


「ありがとうございます。ってこれ、み、みず!」

「何がだよ」

「いや、水の中に、みみずー!」

「ちょっと待て」


 アキラは急に手で俺を制する。


「それが最初のボケか? 弱すぎないか?」

「いいんだよ、これぐらいで! ジャブだジャブ」


 不満そうなアキラを横目に俺はコントに戻る。


「店員さん、取り換えてー! ……ふぅ、焦った焦った。じゃあ改めて、ってこれ、水じゃなくて鳩じゃねーか! 取り換えるってそういうことじゃないんだよ!」

「どういうことなんだよ」


 アキラはまた俺を制する。今度はさっきよりあきれている様子だ。


「なんで水を頼んで鳩が出てくるんだ」

「ボケだよボケ! 『取り換えて!』って言ったら『鳥に変える』っていう」

「なんか、ダジャレみたいなボケばっかりじゃないか?」

「これぐらいわかりやすいのでいいんだって! シンプルイズザベスト! ハングルイズザコリア!」

「それは本当にどういうことなんだ?」


 またしても不満そうな、というか不思議そうなアキラを無視するように、俺はコントに戻った。


「で、今度の旅行、どこに行くよ?」

「……そうだな、京都とかどうだ」


 アキラも渋々といった様子でコントに戻る。


「京都かー、いいじゃねーか!」

「ちょっと久々に言ったな、待ってたところあるぞ」

「でもさぁ、京都の人ってちょっと怖いイメージない?」

「そうか? 怖いってどういう風に……え? 店員さん? なんですかこれ? 『ぶぶ漬けどす』? ……なんか注文するか」

「ほらやっぱこえーよ京都人! ……いいな! そのぶぶ漬けのボケ! でもボケだから俺が言ったほうがいいかな?」

「いや、流れ的に俺が言ったほうが自然だから、俺が言うよ。それに、コントだからボケとツッコミが入れ替わるのも全然ありだと思う」

「よし、いい感じにできてきたな。ちょっと休憩挟もう」


 俺は立ち上がり、自動販売機でアイスコーヒーを二本買って、一本をアキラに渡した。


「お、ありがとう。で、このあとはどうする?」

「周りのお客さんの話に聞き耳立てる、ってのはどうだ? 旅行の参考にするために、って言ってよ」

「なるほどな。じゃあ、横の席のカップルからいこう」


 アイスコーヒーを飲みほした俺たちは、缶をベンチの横に置いて、コントに戻る。


「旅行先決まらないな……そうだ、周りのお客さんの話、盗み聞きして参考にするのはどうだ?」

「いいじゃねーか!」

「あんまりそのテンションで言う提案じゃないんだけどな。じゃあ横の席のカップルから」

「なになに? 『あなた、浮気してるでしょ!』やっべ!修羅場じゃねーか!いいじゃねーか!」

「全然よくない! あと声がでかいぞ!」

「なになに、『俺は浮気なんてしてない、勘違いだ!』か。まぁ、男ならそう言うよなぁ」

「お前も浮気とかしてそうだもんな」

「俺は浮気なんかしねーよ! お前一筋だ!」

「気持ち悪すぎるだろ。……よし、これぐらいでいいか。次、反対の夫婦にしよう」

「なになに?『あなた、よそに女作ってるでしょ!』やっべ! また修羅場じゃねーか! いいじゃねーか!」

「よくねぇし、なんだこの喫茶店! 修羅場だらけじゃねーか!」

「なになに? 『俺は浮気なんてしていない、勘違いだ!』か。男ってみんなそうよね!」

「なんで女代表みたいな顔してんだよお前が」

「あ、ちょっと待て、たぶんあの女の人、あれやるぞ!」

「あれ? うわ、本当だな、コップを手にもって……」

「ばしゃーん! み、みずー! あの男の人、ミミズびたしになっちまったよ!」

「……ちょっと待ってくれ」


 アキラが頭を抱えて一度コントを止める。


「ここでそのボケをまた持ってくるのか?」

「そうそう! 天丼だよ天丼!」

「いや、天丼はいいんだが……ミミズはどこから出てきたんだ? あとミミズびたしってなんなんだ?想像するだけでおぞましいんだが」

「その辺はコントだからいいのいいの! じゃあ最後、最初のカップルでラストパートにしようぜ」

「うーん……」


 あまり納得はいっていないようだが、俺は無理矢理にでも続ける。


「あんなシーン、ドラマでしか見たことねーよ。あれ? でもこっちのカップルももめてそうじゃないか?」

「やばいな、お互いに結構なボリュームで怒鳴りあってて、店内にも響き渡りはじめたぞ!」

「あ、京都人の店員さんがカップルのほうに向かった。なになに? 『元気よろしいことですなぁ』うわー、あれ京都弁で『うるせーよ』っていう意味だよな。『遠くからわざわざこの店まで来てくれはったんやねぇ』あ、これは『田舎もん風情が』みたいなことだよな。こえー。あと、『まるで発情期の犬ですわ。去勢して静かにさせたりましょか?』だって。アキラ、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ! 言いすぎだろ!」

「『あんたらは騒ぎすぎた。雲の上で会いましょう』って……えー! 拳銃じゃねーか!」

「待て待て待て! 店員さん、やりすぎだ! 『バーン!』」 

「撃っちまった……え、なに? 『京都はもっと、ええとこですよ?』よし、アキラ、京都だけはやめておこう」

「大賛成だ」

「どうも、ありがとうございましたー」


 俺とアキラは汗だくになりながら頭を下げた。そして一呼吸おいて、顔を見合わせる。


「よし、これでどうだ!?」

「いや、どうなんだろう……最後人死んじゃってるし、もうちょっと詰めたほうがいいんじゃないか?」

「まぁたしかに……でもちょっとさすがに外は暑すぎるから、そこの喫茶店に行かないか? 飲み物一杯ずつぐらいの金はあるだろ」

「そうだな、さすがにこの暑さは耐えられなくなってきたな。よし、入るか」


 俺とアキラは近くにあったこじんまりとした喫茶店に入った。カランコロンカラーンという音が耳に心地いい。何より、エアコンが効いていて外と比べると天国と地獄のようだ。

 俺たちを見つけて、店員さんらしき人が近づいてくる。50代ぐらいの女性で、髪をお団子にして頭の上でくくっている。


「あ、お二人で」

「お二人どすか。あら、ええ格好しはって。こちらにどうぞ」

「え? ……あ、すみません、ありがとうございます」


 頭を下げて、店員さんは奥へと引っ込む。


「なぁ、テル、なんか……変じゃないか?」

「ん? 変って?」

「いや、あの店員さんの……」

「いらっしゃいませ。お冷になります」

「あ、ありがとうございます」


 なんだ? アキラのやつ、急に変なこと言い出して。それより水を――


「う、うわ!」

「どうした!? うわ! こ、これは……」

「み、みず……!?」


 そう、なんと水の中にミミズが一匹入っていたのだ。あわてて俺は店員さんを呼ぶ。


「す、すいません店員さん! この水、取り換えてもらえませんか!?」

「あらあら、元気よろしおすなぁ。ほな、こちらを」

「うわぁ! 鳩!? な、なんで急に……い、いやこの展開!?」

「やっと気づいたか、バカ!」


 状況は把握しているが理由がわからない俺とアキラは完全に困惑して、机上の鳩を眺めることしかできない。


「おほほ、冗談ですがな。鳩だけに、はっとさせられました?」

「あ、あはは、ははは……」

「あとこれ、ぶぶ漬けどす」


 一体どうなっているんだ? 理由は全くわからないが、。さっきのやり取りを聞いていたのだろうか。だとしてもミミズやら鳩やら、少しやりすぎな気もする。

 よく周りを見てみると、両隣ともに男女が座っている。状況までもが、コントの状態になっていた。


「おい、テル。もう気づいてると思うが、今この喫茶店は、なぜかさっきのコント通りに進んでいる。そして、このコントのラストでは……」

「人が、死ぬ!」

「そうだ。こうなったら、どうにかコントから世界観を遠ざけるしか」

「あなた、浮気してるでしょ!」


 テーブルを強く叩く音ともに、恐ろしい剣幕で隣のカップルらしき男女の女性が男性に詰め寄る。

 やばい、このままじゃコント通りに話が進んでしまう!

 俺がカップルの仲裁に入ろうと、立ち上がった瞬間、目の前に店員さんがあ現れた。


「ぶぶ漬け、もう一杯ですか?」

「あ、いや、えっと、アイスコーヒー、二つで」

「承知いたしました」

「あなた、よそに女作ってるでしょ!」


 俺がおばちゃんに呆気にとられている間に、反対側の夫婦らしき男女の女性が男性に怒り出した。

 まずいまずいまずいまずい、着実にコントがラストに向かっている!

 俺とアキラは目を合わせ、二人で立ち上がって、隣で言い合っている夫婦らしき男女に近寄った。


「ちょっとあなた、少し落ち着いて……」

「男ってみんなそうよね!」

「えぇ!? なんで俺のセリフをあなたが」

「うるさい! あんたたち男なんて、こうよ!」


 ここは、ネタ通りでは『ミミズびたし』になるところだけど、一体どうやって……


「くらいなさい! ミミズびたしよ!」

「なにこれ!? 手からめっちゃミミズ出るじゃんこの人!」

「こわ! どういう構造だ!?」

「すみません、彼女はミミズ星人なんです」

「待て待て待て待て」


 夫婦の男性が申し訳なさそうに言うが、全く理解できない。なんかおかしな話になってきてないか? そして向こうのカップルはこっちを無視してヒートアップしている。ということはそろそろ、店員のおばちゃんが……あれ!?


「%&#*@¥」


 どくろのお面、黒いマント、大きな鎌。完全に、死神の格好をしていた。


「@&#%=:$」

「な、なんて言ってるのかわからないけど、たぶん、『うるせーよ』『田舎もん風情が』って言ってそうだよな、アキラ」

「&@‘$#”:;^¥ー」

「『まるで発情期の犬ですわ。去勢して静かにさせたりましょか?』だろうな。だけど、あれ、俺たちに向かって言ってないか?」

「さっきもミミズ星人が俺たちをミミズまみれにしたり、詳細が決まっていないところが俺たちのイメージとぶれてる! ということは、殺されるのはあのカップルじゃなくて――」

「『地獄はもっと、ええとこですよ?」

「いや、それ拳銃やなくて、デスサイズやないかー!」




「というわけで、デスアースワームの五人のコントでした――」

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