【奈落の底で… 3/4】
****
その集会も無事に終わり、ある日のこと、栗原、丸島、上柳、柳、久しぶりに四人全員が揃うことになった。
四人が集まった場所は、藍の絵が飾ってある、栗原の造った美術館。その美術館の、別室だった。
この日は栗原へと、“上柳と柳も協力してくれる”、ということが伝えられた。
そして四人は、ブラック オーシャンを再集結へと誘導される為の話し合いをしていた。
上「オーシャンの四人を、攻撃すればいいのか? ……」
丸「あぁ。そうすればアイツらはまた、ブラック オーシャンを再来させる筈だ」
上「攻撃か……相手はたったの四人、加減が、難しい」
上柳は、どうすれば攻撃しすぎずに、尚且つ、四人に再来を決意させられるか……そのことを考えている。
丸「けど、加減のしすぎもよくない。“本気の危機感”が必要だ」
上「難しいこと言うな……」
丸島はパーティーでの件を受けて、そう話すのだ。 そして“危機感を抱かせる必要がある”と、仮説を話す。 同じ暴走族の身だ。思考回路はだいたい分かる。“仲間が傷つけられたのなら、黙ってはいられねぇ”と、彼らは奮い立つだろう。
上柳と丸島は、そのことをじっと考え出した。“危機感は必要だが、加減が難しい”と……
そして栗原は、そんな会話を静かに聞いていた。栗原自身も、どうすれば良いのか、それを分からなくなりながら。
──聖たちに本当の目的など、言える筈もなかったのだから。そう、“裏組織、レッド エンジェルの組織の一角、FOXと張り合う為にブラック オーシャンを再来させたい。組織に背き、内部抗争を勃発させ、レッド エンジェルを再建不能にしたいから”──裏の揉め事の話だ。そんな事を、面と向かって頼める筈がない。
そして更に言うのならば、もしも面と向かってそれを頼んだのなら、彼らは裏社会の揉め事に意識的に関与したことになってしまう。 そうだからあくまでも、彼らが彼らの意志でブラック オーシャンを再来させた後に、FOXと上手くぶつかり合わせた方が良いだろう。 そうすれば、暴力団同士の喧嘩というだけでおさまる。
──そうだから、危機感が必要なのだ。彼らが彼ら自身で、“ブラック オーシャンの再来を決意する”ように。
丸島、上柳、栗原、三人には重苦しい沈黙が広がっている。 するとその時、柳が言った。
「なに悩んでるんだ? やると決めたら、“やる”。 どうせ陥れるつもりなんだ。なら、中途半端なことはするな」
上柳と丸島、二人の視線が、柳へと向く。 すると柳は、言ったのだ。
「意地もプライドも……──地位さえも捨てる覚悟で、俺が手本、見せてやろうか? ──」
柳はフッと笑った。柳のその目は、本気だろう。
上柳と丸島は、思わずその目をじっと見る。 生唾をのみ込んだ──
──そして、その日の話しは取り敢えずまとまり、上柳、柳、丸島は帰ることに。
栗原と別れてから、三人は少しの間だけ、美術館の中をブラブラと歩いていた。 そして、ある絵の前で、足を止める。 大きな、白い天使の絵の前で……
「…………」
三人には、芸術の良さはよく分からない。
だが、何か惹かれるように、その絵の前で足を止めたのだった。
そして三人は、その絵がよく見える位置にある椅子へと座った。
「「「…………」」」
すると、ぼんやりとその絵を眺めながら、丸島が呟く。
「あの女、もういないんだよな」
『あの女』というのは、藍のことだった。
もうずっと前に知っていた事実なのに、こうしていると、今になって、現実味が増してくるのだ。
上柳が瞳を細めながら、白の天使を眺める──
そのまま、上柳も口を開く。
「この絵を見たら、あの女を思い出した。 それほど、親しい訳ではなかった。 だが、知っていた奴が“もういない”と思うと、切ないものだ」
次に上柳の言葉に頷きながら、柳が言う。
「ホントな。……不思議なもんだ。 あの女が誘拐された時、四人で助ける為に、乗り込んだこともあったな」
“あの頃”を思い返しながら、丸島は哀しそうに俯き加減になる。
「俺らが助けてやったのに、アイツ、いなくなっちまった。 俺らが助けるほど、身近だった奴が……」
上手く言えない。 ただ、ほんのりと哀しかった。
上「あぁ。あの女は、何故いなくなった。 どうして、こうならなければ、いけなかった? 不思議だ……」
柳「俺らだって、それなりにショックだったのに……栗原は、どんな悲しみを味わった」
想像するだけで、息が詰まる――……
上手くは、想像出来ない。想像したくない。
この手に触れて、温かさを感じて……──綺麗に笑っていた人が、嬉しそうに笑った人が、明日、いなくなるなど、誰が想像したものか? ─―……
丸「アイツはまだ、悲しみのど真ん中だ。 何一つ、癒えてない。 だからこうして、俺らはオーシャンを追い詰めることになった」
上「それで栗原が楽になれるなら、俺らは手伝う」
柳「あぁ。それで、これで最後だ。 栗原の帰りを待って、たどり着いた結果がこれ。 栗原の願いを叶えたら、俺らもいよいよ、この世界卒業だ」
三人は顔を見合わせて、頷き合った。
彼らにとって、これは最後の試練だ。
四人、競い合った日々を思い出す。
互いを高め合ったライバルでありながら、仲間だ。
その仲間の為に、彼らは、誓うのだった──
****
──そしてそれから、少し経った、ある夜。
『こんな偶然があるか? 今宵は運がいいみてぇだ。
こんなことろで、ブラック オーシャン、北のトップに会えるとはな』
『紫王か……――その道を退け。邪魔だ──』
──そう、ある夜、紫王と純が偶然、鉢合わせた。
━━━━【〝
目の前にいるのは、ブラック オーシャン北のトップ。俺らの、標的……
逃がすわけには、いかない。
『テメーは今日此処で、“終わりだ”』
──中指立てて、挑発。
そう、お前は終わりだ。
俺らには、成し遂げなきゃならねぇ、ことがある――……
『テメーらをどうにかしねぇと、この先には進めねぇか……―――』
高橋に、中指を立て返された。
生意気な奴……一瞬イラッときたが、また、冷静に戻る。
──〝始まりだ〟──
上柳あたりに当たっていれば、そこまで、残酷な事にはならないだろうな。 だが、俺と会っちまったお前は、本当、運が悪い。
俺は上柳みたいに、ぬるくも優しくもねぇ。
やるならやる。偽善者なんて、元からお断り。 やるならとことん、悪い奴に染まってやる。
──悪りぃな。自分の運の無さを呪え。
……とは言ったものの、コイツの強さ、滅茶苦茶だ。
簡単には、いかねぇ。 だからこそ、余計に危うい。 お前が強いから、こっちも本気になるんだ。
──理性がブッ飛ぶ……──
俺はどこで、止めればいい? ……
手の抜き過ぎじゃ、意味がねぇ……
取り返しのつかない事態には、しちゃいけねぇ……
どこで止めればいい? ──
強いお前を前には、その判断が、やたらと難しいんだ。
コイツの強さ、どこからきてるんだ? ……
本当、滅茶苦茶だ。
コイツの争いに狂う目に、何か影が、見え隠れする……──その影の正体は、悲しみか怒りか、身を滅ぼす程に強い意志か――……
『テメーらごときが、俺を潰せると思うんじゃねぇーぞ?!』
──荒れ狂い、嘆き散らす。
その目に映っているのは、何だ? そう、コイツの目は、今この瞬間、この争いを、見ているものじゃない。
〝嘆き狂え〟――吠えたきゃ吠えろ。
そうすれば、お前の苦の叫びは、確かに俺に届く。
悲痛の叫びが、聞こえる。
そんなんじゃ、理解してくれる奴捜すの、大変だろう?
まるで猛獣だぞ。
お前の心、知ろうとしてやっても構わねぇ。
動物を扱うのは、馴れている。
なんせウチには、狂暴な珍獣みたいな女もいる。
──そう、こんな運命じゃなかったなら、お前とは、仲良く出来たかもしれないのにな。残念だ。
『オーシャンは消えても、北の座は潰させねぇー!!』
──一度目をとじて、自分の中の、理性を消し去る――……
もう決めたんだ。
アイツの望みを叶える為なら、手段は選ばない。
……──その時、荒れ狂う高橋の目に、一瞬だけ、理性が戻った―─……何故だかは、分からない。
思わず何故か、高橋の名を、叫びそうになった。
この状況で瞳に理性を戻したら、命取りだからだ。
馬鹿野郎―─……テメー本当に、何なんだよ?
終わったな。全て――……
『テメーの北の座は、これで終わりなんだよ!!』
本当に、終わりだ。 お前も、そして俺も……
意地もプライドも捨てて、たった一人のお前を、攻撃した。 部下からの信用を、失う。俺の地位も危うい。 今まで、本気でぶつかって築き上げたモノを、一瞬で失う──
頭、意味分からなくなる。何だかもう、馬鹿馬鹿しい……
馬鹿馬鹿しすぎて、自分が笑える――……頭、壊れたかもしれねぇ。
──なぁ、高橋、理解出来るか……?
本当は、俺らはただ、お前の総長にもう一度……心から、笑ってもらいたい、だけなんだ……――
────────────────
──────────
─────
そして、秋の夜に起こったその事件の話しは、瞬く間に知れ渡った。
誰もが衝撃を受けた。そんな中、自分を責め、絶望したのは、國丘 百合乃だ。
焦りと絶望。当てもなく、フラフラと街を歩く百合乃……
そんな時、百合乃が出会ったのが……──
『なぁ國丘、お前どうして、そんな悲しそうな顔してるんだ? ……──』
“黄凰の総長、丸島 英二”。
これをきっかけに、百合乃の運命は、また変わることになった。
──その後百合乃は、黄凰のメンバーたちと過ごし、そして、百合乃の運命を変える言葉が吐かれる。
『國丘、俺の女になれ』
孤独な黒人魚は、黄の鳳凰の腕の中へ落ちる。
海と空が溶け合わないのと同じて、本来なら決して、交わることのない二人だった。
****
そして二人が付き合い出してすぐの、ある夜、二人は意気投合することとなる。
そのきっかけはやはり、“ブラック オーシャンとレッド エンジェルの対立の話について”だ。
「私が、エンジェルと手を組んだ。 そのせいで、結果、あの四人は危険にさらされて、純に、酷い怪我をさせることになった」
百合乃は自分の行動を悔やみ、悲しげに俯く。
それを後ろから抱き締めて、丸島は百合乃の髪に、キスをする。
「栗原の正体が、エンジェルの“ウルフ”とは、知っていたのか?」
「……知ってた。知っていたのに、私は手を組んだ」
この二人はどちらも、栗原の正体を知っていた。
知っていながら手を組んだことを、後悔した百合乃。 そして丸島は、“百合乃が悪い訳ではない”という事実を、知っている人物だった。
「気にするなよ? 俺ら、共犯だから……」
丸島は百合乃を抱き締めたまま、優しく笑った。
その言葉に、百合乃が振り返る。 そしてその胸に、顔をうずめた。
「……あの四人と一緒にいて、あの四人が傷付けられて……なのに私だけが、本当は、真実を知っていた。 一人だけで、苦しかった」
共犯でありながら百合乃だけが離れた場所にいて、一人で苦しんでいたのだ。
全てを打ち明けたら、敵だと思っていた相手が、本当は共犯だったことを知った。
百合乃の気持ちは、確かに、楽になったのだ。
──そして二人は、甘い夜を過ごす。
素肌と素肌で、抱き締め合う。
「なぁ今日は、どうやりたいんだ?」
すると百合乃は、腕の中で少し考えてから答える。
「……じゃあ、バック」
百合乃の意見通り、体位はバックにすることになる。
──そして二人は絶頂を迎えることになる……
「……――百合乃……」
絶頂に達しながら、百合乃の名を呟く。
百合乃も絶頂であり、頭が真っ白になったようだ。 そのまま気分に浸りながら、百合乃も名を呟くのだが……
「……聖……――」
「え?! ……」
浸りすぎて口を滑らせた百合乃も、はっとする。
「「……――」」
「あっ……いや、何でもない……何にも、言ってない……」
「「……――」」
苦しまぎれに、百合乃が言い訳をする。
百合乃は思わず体勢を戻して、丸島と向き合う。
丸島は怒るというよりも、呆れたように、視線を反らした。
「だから、バックが良かったのか? 俺のこと見ねぇで、ソイツのこと、考えてただろ?」
「……ごめん……」
丸島はため息をついてから、百合乃の頭を撫でた。
恐る恐る、顔を上げる百合乃。 すると、強く抱き寄せられた。
抱き寄せたまま、丸島は呆れた表情で、呟くのだった。
「対処法……バックはもう、しねぇ。……」
「……は~い……」
だがこんなことでは、二人の仲は壊れたりしないのだった。
丸島から言わせれば、百合乃の気持ちが自分にないことなど、承知の上だった。 『俺の女になれ』と抱き寄せて、捕まえて、抱いて──その心までものに出きるかどうかは、今後に懸かっているのだろう。
〝そう、構わない。承知の上であったから……〟──……それでもやはり、複雑な気分には陥りながら──
****
そして次の日、丸島、上柳、柳の三人で集まることになった。
柳は意地もプライドも捨てた後だ。やはりどこな、元気がなかった。
「「「…………」」」
いつもの柳らしくない様子を前に、丸島と上柳は困惑している。
「今に俺ら二人も、お前と同じになる……少し待ってろ」
柳へと丸島がそう話すが、柳はスッと立ち上がって、一人外へと、タバコを吸いに行ってしまう。
「「……――」」
残された二人。
丸島は気がかりそうに、柳が出て行った方を見ていた。
上柳は、至って冷静に見える。
上柳は丸島の様子を冷静に眺めている。 そして、釘を刺すのだ──
「お前は案外、仲間とみなした相手に対しては、世話焼きだ。 柳が元気ないからって、柳と同じくらい“やる”……とか、考えてねぇーだろうな?」
「へ?! 別に……」
「お前な? 俺は誤魔化されないぞ。図星だろう」
上柳の鋭い指摘に、丸島の表情がひきつる。
すると、諦めたように、丸島が話し始める。
「オーシャンを追い詰めるって、俺らは決めた。 プライド捨てて、柳があんだけやったんだ。 俺らだって、同じくらい……――」
「だからと言って、お前まで柳と同じ度合いにする必要はない。 もう少し、加減をするべきだ」
すると丸島が、不機嫌な表情になる。
「俺らも柳みたいに、意地もプライドも捨てるべきだ。 そうじゃないと、柳に合わせる顔、ねぇーよ」
「お前は馬鹿だ。そんなのは屁理屈。 取り返しのつかないことになったら、どうするつもりだ?」
「うるせーな! お前だって、俺らの仲間だろ!」
「“屁理屈”。 馬鹿な突っ走り、不器用、単純、意外にお節介。意外にお人好し野郎。……お前に、たった四人の無力な連中を、本気で傷付けられるのか? 自分に合う度合いでいい筈だ。柳に合わせるな」
「なんだとテメー?! お人好しはお前だろ! コノックソいい奴め!!」
「……? 褒めてるのか??」
「「…………」」
少し沈黙してから、丸島は視線を反らし、不機嫌そうに呟く。
「……いいんだよ。どうせ、気に入らねぇー奴がいる……」
そして、上柳は言う。
「もし、お前がやりすぎるようなら、その時は……──俺はお前を邪魔する」
二人の間に、ピリピリとした空気が漂う。
丸島は上柳を、キッと睨み付けていた。
****
そして……──
『喜べ。さっきの言葉で、テメーの怪我、少しは軽くなるぜ?』
『分かってるじゃねぇーか? “用”ッつーのが、何なのか――……』
聖と丸島も、対峙を果たした。
──舞台は黄凰の倉庫へと移り、聖と高野は奮闘することになる。
だがその時、聖にとって予想外だったのが、丸島たちの横に並んで脚を止めた、百合乃の姿だ……─―
━━━━【〝
『 よぉ、百合乃――……お前も、しっかりと見ておけ』
そう言うと言われた通り、百合乃は目の前の光景を、ただ静かに眺めていた。 稲葉 聖が、やられる姿を……
しっかりと見ろ。目を反らすな。 ──これが、現実だ。
『……どういうことだ? ――……』
稲葉が、困惑した瞳を向けてくる。
『“この光景”、そんなに理解の難しいことか?』
『――……百合乃……』
『見た通りだろうが?』
『……百合乃ッ――……なぁ! ……百合乃……聞こえてるだろう? ……百合乃――……』
稲葉が何度も百合乃の名を呼んで、悲しい表情をしていた。
黙れよ。テメーが百合乃を、傷付けたんだろうが?
『テメー、うるせーよ。 俺の女、気安く呼び捨てにしてんじゃねーよ』
稲葉が言葉を失う。
『さっさと、失せろ──』
まるでその言葉が合図だったかのように、稲葉が殴られ始める。
馬鹿が―─……悔しかったら、取り返してみろよ……
百合乃に頭下げて、“戻って来てくれ”って、言えよ……
『國丘 百合乃ッ!! ……――テメー、裏切ったのかよ!!』
高野がそう叫んで、百合乃が固く、瞳をとじる。
『答えねーのか……? テメーのことなんて、元から信用出来なかったんだよッ!!』
高野の怒りの声。耳障りだ─―……
『黒人魚のテメーなんてッ信用出来なかったんだよ!!』
まだ言うのか―─……?
俺はゆっくりと、高野の方へと歩を進める。
『 ……――――』
冷たい表情で、高野を見下ろした。
『テメー、黙れよ?……――』
そう、黙ってろ。二度とそんな口、きかせねぇ。
顔面蹴って、頭、踏みつけてやった。
暫くそうしてから、また百合乃の隣に戻って、その肩を抱いた。
百合乃は、何も悪くねぇ……
どうして百合乃だけが、責められるんだよ……
──アイツら頭、馬鹿なんじゃねぇのか? ……
『百合乃、見ておけよ。
言われた通り、百合乃が瞳を開く。
光のない、虚ろな瞳。
百合乃、しっかりと、見ろ。
稲葉がやられるのを見るのは、辛いだろう?
お前は、稲葉 聖のことが、好きだから。
だから、見ろよ。 百合乃、引き返すなら、今だ……
もし引き返したなら、もう二度と、稲葉の傍を、離れるな。
『百合乃が苦しいのは、罪悪感だけのせいじゃねぇ。
自分が何をしたくて、何を言いたいのか、よく分からねー……けど、百合乃が引き返す前に、コイツ、殴っときてぇ……
百合乃を傷付けた奴は、全員、俺がブッ壊してやるから……
俺の頭、可笑しいかもしれねぇ……
百合乃が離れることを、望んでいるのか? ──
いや、そんなわけねぇーだろう……
やっぱり俺の頭は、可笑しくなった。
『
……んなわけ、あるか……
──ただ、“そうであってほしい”と、思っていたから、気が付いたら、そう言っていた。 正当化した、戯言――……
百合乃……もう、自分を責めるな。 もう、苦しむな。 もう、泣くな。 もう稲葉から、離れるな。
けれどもしお前が、稲葉の元へ、引き返せなかったとしても、心配するな。 その時は俺が、傍にいてやるから。
傷を負った黒人魚……どうか、俺の腕の中で、その身を休めろ──
────────────────
───────────
──────
そしてその時、上柳は……──
「総長の言った通りでしたよ。黄凰の倉庫で、乱闘が起こっている。 標的にされているのは、稲葉 聖だ」
丸島と連絡が取れなかった。それを気掛かりに思った上柳は、部下を調査に向かわせていた。
その部下からの、報告が、これだ。
上柳は、大きなため息をつく。
「やはりそうか……――」
上柳は考え込む──
「はい。それで、俺ら白麟はどうするんです?」
すると上柳は、言った。
「全員来い。黄凰を、止めるぞ。 取り返しのつかないことには、したくない」
こうして、上柳率いる白麟は、黄凰を止める為に、動き出した。
そうして、黄凰の倉庫の近くまで来たところで、黄凰に追われるオーシャンたちを見つけたのだ。
『上柳――……どういうつもりだ? ――』
『――何がだ? ──……』
『惚けるな!! お前、どうしてブラック オーシャンを逃がした!!』
『ブラック オーシャンだと? ……――知らねーな。俺らは偶然、この場所にいただけだ。お前らの邪魔をした訳じゃない』
『惚けやがって――……』
この間も言い争いになった、丸島と上柳。 これでさらに、二人の間に亀裂が入ることになった。
──さておきこれで、もう、純に聖、二人が傷付けられた。 残されたのは、陽介と雪哉。
そして二人はついに、栗原、柳、丸島、上柳が望んでいた動きを見せる。 そう、陽介と雪哉は、ブラック オーシャンの再来を、決断したのだ。
計画が、上手く進み始めた。 だがそれと同時に、問題も発生しつつあった……
それは、ブラック オーシャンが再来することが決まり、また四人で、打ち合わせの為に集まった時のこと……──
「なぁ、丸島と柳はどうした?」
栗原が不思議そうに、上柳に問い掛ける。
四人で集まって、テキトーに食べて飲んで、ようやく打ち合わせを始めようとしたのだが、丸島と柳がどこかへ行ったきり、帰ってこない。
「さぁな。外で、煙草でも吸ってるんじゃないか?」
「そうかもな。……にしても、遅い。どれだけ吸ってんだよ……」
「俺が呼んで来る」
そう言って上柳は、丸島と柳を呼びに行く為に、外へと向かった。
外への扉を開けて、柔らかい風が吹く……
辺りを見渡す……その時不意に、話し声が聞こえた。
―「栗原と上柳には、言わない方がいい」
―「言わなくても、そのうちアイツらも、気が付くだろう?」
不意に聞こえた話し声。 丸島と柳の声だった。見ると、少し離れた場所に、二人はいる。
「……――」
不意に聞こえた、意味深な言葉。 上柳はつい、その話しに聞き耳を立てた……
──表情を気難しく濁しながら、柳が煙草の煙を吐き出す。
丸島の表情も、どこか、曇っているように見える。
柳が丸島に問い掛ける。
「お前んところの黄凰と、俺の紫王、合わせても、オーシャンは越えられねぇ」
「なら、どうするべきだ――……俺らは、オーシャンに怒りを買った」
「あぁ。その通りだ」
「オーシャンが再来する。 俺ら、ブラック オーシャンに、潰されるぞ」
黄色く輝く月を見ながら、丸島が哀しげに笑った。
柳は煙草を吸いながら、表情をしかめている。
──それを聞いていた上柳は、一瞬にして、血の気が引いた……
そう、上柳も栗原も、気が付けていなかった。
望んでいた通り、ブラック オーシャンの再来まで誘導した。 だが、その誘導の為に悪役を買った二人は、危険にさらされることに、成りかねない。
──柳が、何かを吹っ切るかのように、吸っていた煙草を、地面へと投げ捨てる。 そしてそれを思いきり、靴で踏み消した。
柳は丸島の方を向いてから、言う。
「ブラック オーシャンは、冬までをめやすに、再来を目指してる。 俺らも冬までに、戦力をつけるぞ。 そして、防御に走るしかねぇ。 もし、それでも無理だったら……――」
そこで柳は、言葉につまる。 そして、理解したように、その言葉の続きを、丸島が口にする。
「それでも無理だったなら、きっと俺らも、稲葉たちと同じ手段を取る。 黄凰、紫王を解散させて、オーシャンの標的を、俺らに集中させる」
「あぁ。その時は責任とって、そうしよう――……」
──こっそりと話しを聞きながら、上柳は思い切り、拳を握りしめた―─……
「…………」
そして一呼吸おいてから、二人の方へ歩き始める。 “話しを聞いていた”、とは言わない。
動揺を隠して、自然に話しかける。
「お前ら、こんなところにいたのか? 早くしろ。打ち合わせ、始めるぞ」
すると丸島と柳も、何事もないかのように答える。
柳「あ? もうそんな時間かよ」
丸「誰かが、吸いすぎたんだな」
柳「うるせー!」
自然と振る舞う二人を見ながら、上柳の中で、モヤモヤとした気持ちが渦巻いたのだった。
──そしてその日も、何事もなく打ち合わせは終了した。 四人はここで、解散になる。
すると早々と、柳が立ち上がる。
「俺、用事ある。即刻帰る」
そう言うと柳は、サッと出ていく。
更には丸島も、早々と帰るつもりのようだ。
「俺も、さっさと帰る……」
丸島は、まるで柳を追うように、走って行った。
「アイツら、慌ただしいな」
栗原は、柳と丸島を見て不思議そうにしていた。
だが上柳からすれば、だいたいは分かっていた。柳と丸島は、“先程の件をどうするか”、それをまた、二人でこっそりと話すに決まっている。
栗原は静かに床へと、しゃがみ込む。
計画は上手く進んでいるのに、栗原の表情は、疲れきったように、元気がなかった。
「…………」
そんな栗原を、上柳は心配するように、何気なく眺めている。
すると栗原は息を吸って吐いてと、小刻みな呼吸を、必死に整えているように見えた。
「栗原、大丈夫か? ……」
そのまま栗原は、そっと心臓の位置に手を当てた。
上柳はしゃがんで、栗原の背中をさする。
「息切れか? 動悸か? ……――お前、薬飲んだのか?」
すると栗原は、ブン……と、首を横に振る。答えは“NO”だ。
「「…………」」
「まったくお前は……薬くらい、素直に飲め」
するとまた、栗原は首を横に振る……
「……飲め!」
上柳が薬を差し出すが、やはり栗原は、嫌がる。
「栗原! ……いい大人が薬を嫌がるな。俺はお前の父親かよ!」
まるで薬を嫌がる息子と、それを意地でも飲ませようとする父親状態だ。
そして上柳はこの日、なんとか無理矢理、栗原に薬を飲ませたのだった。
「く、薬嫌いだ……」
「だから、子どもかよ?」
呆れたように笑う上柳だったが、すぐに、心配そうに栗原を見た。
「どうしていきなり、息切れした? いきなり、思い出したのか?」
「……違う」
「なら、どうしたんだ?」
すると栗原は、辛そうに眉をひそめながら、心の内を上柳に話す。
「計画通りだ。ようやく、オーシャンは再来する。 組織に復讐し、藍の無念を、晴らす……その為なら、部下も犠牲にする。部下を、犠牲にした……――」
栗原は何かを恐れるように、固く目をとじた。
栗原の身体は、小さく震えている。
「後悔なんてしてない。……――だが、恐ろしい。 純……聖……──」
栗原は震えながら、傷付けた部下の名を呟いている。
上柳は表情を濁しながら、栗原の震える背中をさすり続けていた。
ブラック オーシャンが再来すれば、標的にされるであろう、丸島と柳。 そして、望んだこととは言え、傷ついた部下たちを想い、心を痛める栗原。
──上柳はこの二つの板挟み状態だ。さらに上柳には、もう一件、気掛かりなことがあったのだ。
──そして上柳にも、決断の時が近づく。
****
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