【奈落の底で… 2/4】

 ──こうして秋は過ぎ、季節は冬へと変わった。


 この頃ブラック オーシャンの争いは、激しさを増すばかりであった。

 そんな頂点争いの最中、事件は、起ころうとしていた。


 日は沈み、冬の夜を闇が包む。


「純、俺、出掛けて来る」


「皐月、お前また、一人で風感じてくるつもりか?」


 彼らは皆、バイクで風を切り、その風をその身に感じ、爽快感や自由を感じることが出来る瞬間が、大好きだ。 その中でも皐月は、風を感じることを、他の誰よりも大切にしていた。 集団で走るのも好きであったが、何より皐月は、一人で風を感じに行くのが大好きだった。


 こうして毎日のように、皐月は夜、風を感じに出掛けていく。


 この日も、いつも通りだった。


「この間の雪、まだ溶けたばっかしだぞ? まだ、凍結してる場所があるかもしれない」


「大丈夫だよ。俺、行ってくる」


 皐月はいつも通り、嬉しそうに笑いながら、純にそう言っている。

 嬉しそうに笑った皐月を見て、純は諦めたように、笑みを作ったのだった。


 そうしてそのまま皐月は、外へと出ていった。


 彼らには、運命の別れ道がどこにあったのかさえ、分からなかった。


 この時、無理にでも皐月を止めなかったことを、純は後悔することになる。


──────────

──────


━━━━━【〝Jyunジュン〟Point of vi視点ew 】━━━━


 闇夜の風を、愛してやまない。


 風に“生”を感じることを快感とした、夜に生きる俺ら。


 風を愛しすぎたことは、俺らの不覚だっただろうか?


 だが俺は、誰よりも風を愛した親友のことが、大好きだ。


 風を切って走るお前の姿は、いつでも凛としていて、吹き抜ける風の様に、颯爽と輝く……──


 そんなお前が、大好きだ。


 ただ、もしも、お前を失うことを、分かっていたのなら、“風を愛しすぎた”お前を、俺は叱っていただろう。 そしてあの時、何が何でも、お前を止めていただろう。


 俺と出逢ったせいで、お前の人生は此処で途切れたと、言うのなら、お前なんかと、出逢わなければ良かった。


 俺なんかと出逢わずに、何処か違う場所で、もっともっと、歳をとって、幸せに、暮らしていてほしかった。


 出逢ってしまった、親友よ……──


 輝く日々を、ありがとう。


 お前を失うことになるなんて、思っても、なかったよ……――


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────────


━━━━【〝Satsukiサツキ〟Point of vi視点ew 】━━━━


 冬の夜。今宵の夜も、俺のもの――……


 風になり、夜を駆け抜けよう―─……


 風を切り、風を感じ、風を愛する……


 夜の風、窮屈な俺の心を、どうか射抜いてくれ。


 窮屈なこの世界で、上手に呼吸をする方法を、教えてくれ……


 風を受け、風になる──


 窮屈な気持ちが、風ように、身体から吹き抜ける。


 上手な呼吸の仕方を、教えてくれる。


 風に生かされる……──


 もしもこの命が散るならば、その時は、止まることのない、風の中で──


 風を愛し、風に散る……――


 この世界に導いてくれた、親友よ──


 お前との出逢いが、俺を此処まで、生かしたのだろう。


 風を教えてくれた親友よ……──ありがとう。


 頂点への夢を、一緒に見よう――



──────────────

────────


 そして純は皐月と求めた頂点を、一人で追い続けることとなる。


 皐月と夢見た頂点を追い求めることだけが、残された純に出来ることだった。


 頂点を求め続ければ、心が、救われる気がした。


 その時から純は、争いを求める衝動を、制御できなくなっていった。


 そして周りからは、こう、噂されるようになる……──『北はのトップは、狂っている』、と……


****

 ──そうしてこの件は、ある女性の運命さえも、変えることとなる。


 それは、狩内総合病院でのこと……


 狩内総合病院の院長は、皐月の父親だ。


 よく晴れた、病院での昼下がり。 院長の狩内と、女性医師が、休憩を取っていた。


 外のベンチに座りながら、狩内は俯く。

 女性医師は、ベンチに座る狩内の前に立っていた。


 狩内は俯いたまま、拳を強く握る。

 外科医にとって、何よりも大切な手である筈なのに、その利き手には傷があるのか、ガーゼが巻かれていた。

 その手の傷は、皐月を暴走族の世界へと誘った、皐月の親友を殴った際に、出来た傷だった。


「何が名声だ、何が誇りだ……――今まで幾度、この手で人の命を救ってきた……何故この手は、皐月のことは、救えなかった? 我が子の命を救えずして、他人の命は救ってきた私は、一体何者だ……医者としては、名声を持つ……だが私は、親としては、失格だ。 皐月を失った私に、これ以上、医師を続けることが、出来るだろうか……――」


 すると、心中を察しながら話を聞いていた女性医師は、狩内へと言った。


「貴方は幾度も、人の命を救ってきた。 私は、貴方が救った人や、その家族が、涙を流しながら、貴方に感謝する姿を、見てきました。 貴方の手は、人の命を救い、人に希望を与え、人に笑顔を取り戻させることが出来る……──どうか貴方は、この病院を、守って下さい。 この病院を守れるのは、貴方しかいない。 そしてまた、たくさんの人を、救って下さい……」


 そして彼女は、院長の手を握りながら、誓う──


「私はこの病院を辞め、独立した診療所を開く。 そこで、正義だろうが悪だろうが、心に傷を負った少年だろうが、重い過去を背負った少女だろうが……全ての人を、救ってみせます。 貴方が皐月くんを失った悲しみを、絶対に、絶対に……──無駄になんてしない……皐月くんのことを受け、私はこう、決心した。 そして私は、信頼する狩内院長のように、たくさんの人を、救ってみせます」


 ──そうして彼女は、誓い通りに、独立した診療所を開くことになる。

 そこでは、正義だろうが、悪だろうが、関係なく、平等な命の重さが、日々語られる。

 そして、彼女は後々に、こう呼ばれるようになる。 『宝石のように、輝く才能。闇の中でも、命を照らしてくれる。“まるで、闇の中の、宝石のよう”だ』と……──人は彼女をこう呼ぶ、通称“ダーク ルビー”と。


****


 更に月日は経ち……──

 偶然にも、ウルフは國丘 百合乃と出逢うこととなる。

 ウルフはとっさに、声をかけた。

 声をかけてきた男が、消えたブラック オーシャンの総長だと、百合乃はすぐに気が付いた。

 消えた総長の話しには、誰もが疑問を抱いていた。 その好奇心もあったのか、『話す時間を作ってくれ』と言うと、百合乃は承諾してくれた。

 ──こうして、ウルフと百合乃は知り合うことになった。


 ──ある喫茶店で、二人は話すことになる。


 そこでもウルフは多くは語らなかったが、『自分はオーシャンの総長でありながら、レッド エンジェルの幹部』なのだと、そのことだけは打ち明けた。 そして、交渉した、『ブラック オーシャンと同盟を交わしてくれ』と……──


 当時の百合乃は、聖と友人関係にあった。 そして既に、聖に心惹かれていた。

 そのこともあり、百合乃は快く同盟を承諾する。


「だが、条件がある……」


 ウルフは百合乃に、そう言ったのだ。


「その条件は……?」


「百合乃が総長になり、ブラック オーシャンの争いを、鎮めてくれ」


 百合乃は一度、言葉を失った。

 それはただの“同盟”ではない。 言うなら、オーシャンと黒人魚が、一つのチームになる、と言うことも表している。


「あの四人から、総長を選ぶのが妥当よ……」


「それでは駄目なんだ。百合乃を総長にすることが、目的だ」


「どうして? ……」


「何故なら、この現状を今すぐに、解決する必要があるからだ。 一刻も早く、オーシャンの戦力を、まとめる必要がある……あのままでは、四つの権力はお互いを潰し合い、消えるだけだ」


 百合乃はじっと、不安げな表情のまま考え込んでしまっている。


「聖たちを助けると思え。 あの四人には、四つの力を平等に保たせる人物が、必要なんだ」


 そして百合乃は、決心して答えた。


「……分かった。私が、総長になる」


 ──そうして百合乃が総長になることで、四つの権力争いは、幕をとじる。


 オーシャンと黒人魚の同盟から、その名は、“ブラック マーメイド”へと変わったのだ。


 しばらくの間、孤独な黒人魚は、大好きな人の傍にいて、大好きな人に守られながら、安らぎの中で、生きることになる。


 ……だが、百合乃の幸せも、長くは続かない。 オーシャンの四人が、この世界暴走族の世界から、身を引いてしまうことになったからだ。


 再び百合乃は、悲しみにくれることになった。


 “國丘”の血を持つ彼女にとって、居場所は族の世界の中にしかない。

 百合乃の居場所はここにしかないのに、四人は身を引いてしまった。 さらには、元オーシャンのメンバーの多くも、聖たちと共に、辞めてしまった。


 百合乃は聖が戻って来てくれるのを、当てもなく待つこととなったのだった。


 四人に戻ってもらいたいのは、百合乃だけではない。 ウルフも、四人を連れ戻す必要があった。 そして、百合乃に持ち掛けた話しこそ、“マーメイドとエンジェルの同盟”だったのだ。


 もちろん本当は、“同盟”なんてものは、見せ掛けだった。 そうする事で、マーメイドのことを心配した聖たち四人が、再びこの世界に戻ってくることを、期待したのだ。

 そうしてその読みは当たり、ある年の初夏の日、四人は百合乃の元へと、戻ってきた。

 ──そして、“戻った”ことこそが、彼ら4人の、試練の始まりになるのだ……


****


 そんなある日、兄のリュウが仕事の関係で、しばらく帰ってこないこととなる。

 好きに動くなら、今がチャンスだった。


「最近、警察の動きも気になる。 それでだ、警察が目を付けそうな女を、見付けた。 どうにかして、その女に先に接触したい」


「國丘の次は、どこの女だ?」


 この日黄凰の溜まり場で、栗原と丸島、二人で打ち合わせをしていた。


「コイツだ」


 そう言って栗原が丸島に見せたのは、入手した“瑠璃の写真”だった。


「…………――」


「この女は、オーシャンの人魚姫、柴山 絵梨の姉。 そして、コイツの交際相手が警察の、稲葉 誓。 聖の兄だ。 都合のいい位置にいる女だろう? コイツに接触したい」


 スラスラと説明していた栗原だが、丸島の様子が、どこか可笑しいことに気が付く。 丸島はいくらか目を見張ったまま、その写真をじっと眺めている。 時おり、目を泳がせながら。


「丸島、どうかしたか?」


「……――なぁ、栗原……この女には、接触するな」


 丸島は瑠璃の写真を眺めながら、表情を濁していた。


「どういうことだ?」


 不思議に思い、栗原が聞き返す。


「別にいいから……──とにかく、コイツとの接触は、止せ」


 理由を言おうとはしないが、丸島は瑠璃との接触を、避けたがる。


「理由を言え」


「…………」


「なぁ、丸島……」


 すると諦めたように、丸島は理由を口にする。


「……――この女、なんとなく……“松村 藍”に、似てないか……?」


 栗原の心臓が、一度、大きく脈打った。


「……――」


「こんな女と接触して、顔合わせるようになったら、嫌でも、あの女のこと、思い出す……その度に吐き気に襲われてたら、お前、身体もたないぞ?」


「……――」


 栗原は無言のまま、震える指で瑠璃の写真を掴んだ。 そしてその写真を、じっと眺める……――


「「……――」」


 丸島が心配そうに、栗原の顔色を伺う。

 栗原はしばらく写真を眺めてから、その写真を裏向きにして、置いた。


「……栗原、大丈夫か? ……」


「――……問題ない。 ……似てなんて、いないさ……」


「…………」


「この女との接触は、俺がする」


 栗原は丸島を見ながら、そう言った。


「……何でだよ? また、俺に任せればいいだろう……」


 丸島はやはり、栗原と瑠璃を接触させたくなかった。 なぜ今回は栗原が、『自分が接触する』と言っているのかも、気掛かりだった。


 栗原からしたら、自分で瑠璃と会って、何かを、確認したくなったのだろう。 実際に会って、“似ていない”と認識して、安心したかった。 “似ていない”と思える自信があった。


*****


 ──そして、接触の夜が来る。


『こんばんは。君に用があるんだ。少し時間をもらえないかな?』


『……アナタは誰ですか?』


( 目の前にいる、茶髪の女。 こんな女は、知らない。 似てなんてない―─…… )


『誰だと思う? 君と会うのは初めてだね。でも、君は少なくとも僕と無関係ではない』


( 女はじっと黙り込む。さっさと、理解してくれ。

俺はどこか、機嫌が良くない。 こんな奴、似てなんてない。 まったく違う。 藍を想う故に、どうでもいい変な意地が、込み上げてくる…… )


『ごめんね。さっさのじゃ答えになってないって顔だね?』


 ( 警戒の眼差しを、俺に向ける女……その時、花びらが舞い降りる。 女は花びらを、じっと目で追う…… )



 ――〝脳裏に浮かぶ、桜の花弁〟――



『赤い、花びら……』


( 女がそう呟いて、花びらの色を知る。 花の色など、知ったことではない。 全ては、あの桜の花弁に、似て見えるのだから。 だが、赤は好きだ――…… )


『“赤”が表すものは情熱や愛情。そして多くの人が連想するものは、“身体の原動力となる血液”』


( 藍を愛した俺の心を、誰が知るものか……─―? どれだけ愛していたのか、そんなこと、誰が理解してくれる? それを失った悲しみが、どれ程のものだか、誰が理解してくれる? 誰にも、理解など出来ない――…… )


『……何の話しですか?』


『君は赤が好きかい?』


『嫌いでは、ないです』


『赤が嫌いな奴なんて、いると思う?』


( ──そう、僕を見た時に、恥ずかしそうに頬を染めた、君の頬を染めた赤。 熱を帯びて胸を焦がした、君を愛した心の色……君を生かした“赤”が好きだ――…… )


 気が付くと、目の前の女へ手を伸ばし、その頬を、撫でていた……――


( あの日、君から流れ出た、赤い血液……――君から赤の血液が、失われていった……――失われないで、ほしかった……“赤が欲しい”と、祈り続けてた…… )


『僕はいないと思っている。赤は動物からは決して、切り離せない色。 今君の身体に熱が通っているのも、その色のおかげだ』


( どうか、熱を失わないで……――君の身体が、冷たくなっていった感覚……――)


『僕らは全員、血の通う身体を愛しく思う』


( 君の体温が、忘れられない……熱を帯びた身体、熱く絡まった舌、抱き締め合って、汗ばんだ身体、君と繋がった幸せ。君の熱が、今でも恋しい……── )



 ──〝藍〟――



( 幻覚だろうか? 君が、此処にいる……―― 会いたかった……昔みたいに、僕は君に、キスをする―― )



 けれど突き放されて、我に返る……──


『……ちょっ……いきなり何?! ――』


( 目の前にいるのは、藍じゃなくて、柴山 瑠璃。 柴山 瑠璃は俺のタトゥーを見て、また、驚いたように固まった。 ………。 目の前にいるのが、藍じゃなくて、少しだけ不貞腐れる……── “仕方がない”……と思いながら、本来の目的を遂行する為、この女に交渉をするのだった。


 仕方ないから、褒めてやる。 お前少しだけ、藍に似てる…… )


 心の中で、そう呟いた。


 ──これが、瑠璃との出逢い。


****


 そして、瑠璃との接触も成功し……


「せっかく、リュウも不在な訳だし……──楽しむか」


 ある日のこと、一体何を考えているのか、いつも通りの丸島との打ち合わせの場で、栗原はそう呟いた。


「何を楽しむんだ?」


「オーシャンを誘き出す為に、何かが必要だ。……マーメイドとエンジェルの同盟パーティーでも、開くか……」


「パーティー? ……随分と優雅だな。さすが金持ち……」


「誘き出す為だ。アイツらには悪いがな……」


「けど、楽しそうだな! ちょうどいい息抜きだ!」


 〝パーティーか!〟と、浮かれ立ったように、丸島は口元に弧を描いている。

 だが、浮かれ立った様子である丸島を、栗原は不思議そうに眺めた。


「え? ……」


「……は?」


「「…………」」


「いや、マーメイドとエンジェルの同盟パーティーに、お前がいたら可笑しいだろう?」


「え?! 俺、パーティー出れないのか?!」


「……期待させて、悪かった」


「「…………」」


 丸島はガックシと肩を落とす。


「だが、他の仕事を頼むつもりだった」


「それってなんだ!?」


 丸島は期待して、栗原に視線を向ける。

 栗原は、言いにくそうに言うのであった。


「聖たちに、少しだけ……外からの刺激を与えたいんだ。 辞めていったメンバーに呼び掛けられるのは、あの四人しかいない。……危機感を持てば、アイツらが元メンバーに、呼び掛けるかもしれない」


 丸島は納得したように頷く。


「つまり、俺はアイツらを攻撃すればいいんだな? 任せろよ。なんだか、悪役っぽいが……我慢してやる」


 こうして、二人の計画はまとまった。

 〝同盟パーティーの機を使い、その際に聖たちと黄凰を対峙される〟。


 ──そしてこのパーティーの時、栗原は初めて、アクアやキャットに本当の目的を話した。

 アクアは前から、栗原の行動に不信感を抱いていた。

 初めはテキトーな理由をつけていたが、そろそろ黙っているのも、限界であったのだ。 そしてキャットやドール、アクアは、何となくだが、その計画をサポートしてくれるようになる。


****


 こうして始まったパーティーだったが、その結果は……


「うまくいかねぇ……今度はアイツら、マーメイドを解散させたぞ? 裏目に出てる」


 そう、パーティーで黄凰の襲撃を受けた四人は、他のメンバーを巻き込む事を避ける為に、マーメイドを解散させた。


「…………」


 栗原もじっと考え込む。

 すると……──


 ──ゴン!!


 丸島が思い切り、テーブルに額を打ち付けた。


「っ?!」


 その行動に驚き、唖然とする栗原。


「お前、どうした……?」


 すると丸島は、顔を上げて言う。 丸島は何かを決心したような、そんな目をしていた。


「やり方が、甘いんだ。──そりゃそうだ。部下を傷付けることは、お前の本望じゃねぇ。 俺だって、不平等な喧嘩を仕掛けることなんて、本望じゃなかった。 俺ら、甘いんだよ。 本気でぶつからねぇと、アイツらに、本当の危機感を抱かせることは出来ねぇ」


 そう、本望ではない。

 その甘さが、失敗を招く……──

 本望でない喧嘩。 そこにはリアルがない。ただの手合わせの、お遊びのようになって終わる。

 本気で追い込むつもりなら、本気で追い詰めるしかない──


「生ぬるい気持ちを、入れ替える。 綺麗事だけじゃ、人は動かせねぇ──」


 何かを考えるように、丸島はそう呟いた。


「…………」


 栗原はじっと、丸島の言葉を待つ。

 そして丸島は、栗原の方を向いて言った。


「集会を開く。白麟と紫王の主力メンバーも呼ぶ。 そこで、それぞれの部下たちは、上手く言いくるめる。 そしてその集会の後、上柳と柳にだけは、本当のことを言う。 そしてその二人にも、協力してもらう」


 そう言うと丸島は栗原に背を向けて、ドアノブへと手をかけた。


「どこに行くんだ?」


 栗原が呼び止めると、丸島が振り向く。丸島がニッと笑う。


「出来るだけ早く、招集をかけたい。 だから今すぐに上柳と柳に会いに行って、日時を決める」


「……あぁ。頼んだぞ」


 そして丸島は何かを思い出したように、言葉を付け足す……


「あと、パーティーで行方不明になったお嬢様……その件も上手く理由つけて、部下たちに捜させるようにする」


 そう言って、丸島は部屋から出ていった。


 お嬢様と言うのは、ドールのことだ。

 パーティーの最後の日、純とドールは一緒に逃げた。 この時期はちょうど、ドールが行方不明になっていた時期だったからだ。


 丸島が出ていった後、栗原はそのドアの方を、ぼんやりと眺めてた……──


「アイツ、どうしてこんなに、協力してくれるんだろうな……」


 栗原は一人、そう呟いていた。

 かつてのライバルが快く協力してくれるその現実に、何か、熱いものが込み上げた。 だが同時に、標的になるかつての部下たちには、罪悪感が渦巻いた。


 丸島がここまで協力してくれるとは、思っていなかった。 昔を思い返せば思い返すほど、追いかけ回されていたイメージしかない。 そして何を隠そう、丸島が頂点を取り損ねたのは、栗原に敗北したからだ。


 ──“なぜ、協力してくれるんだ?”──


 丸島にとって、“そんな日々”が特別だったのだろう。 対立チームとして、競いあった日々が──


****

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