Episode19【奈落の底で…】
【奈落の底で… 1/4】
━━━━【〝
終わらぬ春の、夢を見よう――……
君と出逢った春は、永遠になる。
青空に桜吹雪が舞う……
暖かい、春の
そこにいるのは、君で……君が、振り向いて笑う……――
いつしかと同じ春を、繰り返す。
君に触れたくて、僕は手を伸ばす……
いつしかと同じ筈なのに、君に触れることだけは、許されない。
君は僕の手を、握ってはくれないのだから……
君に触れて、君を抱き寄せて、君の熱を、感じたい……
けれどもう、届かなくて……――
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いつも通りの夢に、目が覚める。
この手に、君の温もりはなくて……夢の中でも、現実の中でも、君を探し続ける……
身体が震える……
震える身体の意味を、教えてくれ……
何が恐ろしい? ──
何が足りない? ──
震える必要なんて、ない――……
そう、あの春は、永遠なのだから……
そう思うのに、気が付いてしまう。
─―〝藍、どこにいるんだよ〟―─
君は、もう……―――
──その瞬間、何かが込み上げてきて、咄嗟に口を押さえた。
君のいない現実に気づくたび、吐き気がする。 けれど出るものなんて、もうなくて、胃液だけを吐く……
口の中に広がる、胃液の味。
胃液を吐きすぎて、口の中があれている。
動悸がする――……
君を染めた赤。
腕の中で、君が冷たくなっていった感覚……
脳裏にこびり付いて、消えてくれない……
──再びベッドに倒れ込む。
瞳をとじる。
そうすればまた、君に会える―─……
終わらないあの日を、永遠に、繰り返し続ける――……
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──────
そうして栗原は、ブラック オーシャンの溜まり場にも、顔を出さなくなる。
そう、ブラック オーシャン四代目総長は、何も告げずに、いなくなったのだ。
部下たちは、途方にくれることになる。当然、連絡もつかない。
「なぁ、栗原総長……何処に、行っちまったんだよ……」
うわ言のように、聖が呟いた。
聖、陽介、雪哉、純、高野、月、師走、狩内、全員が、悲しそうに俯いている。
そうして彼らは思い知った。〝自分たちは総長のことを、何も知らなかった〟のだということを。そう、その事にされも、今まで気が付かなかった。今まで当たり前のように、連絡が取れて、当たり前のように顔を会わせていたからだ。
生まれた家が特殊であった栗原は、自分の身元を周囲の人間に話していなかった。栗原自身が意識して、その話を避けてきたからだ。
──そうしてブラック オーシャンは、徐々に変わっていく。
栗原が行方を眩ましてから、1ヶ月ほどが経った頃、総長がいなくなったことで、ブラック オーシャンは不安定になっていった。
そして栗原がいなくなってから、更に2ヶ月ほどが経った、ある日のこと……──
4人のリーダーたちとその右腕たちは、招集を掛け合い、中央管轄の拠点として構えていた溜まり場へと集まることとなる。
北側の拠点からは、純と狩内。南側の拠点からは、陽介と月。東側の拠点からは、聖と高野。西側の拠点からは、雪哉と師走。──それぞれの拠点から、中央拠点へと集まった。
四方から来た八人が、中央管轄拠点の庭で、足を止める。
ひし形に向かい合う、四チーム。
「もう、収拾がつかねぇ……――」
雪哉は辛そうにそう呟くように言って、目をとじた──
総長を失ったブラック オーシャンのメンバーたちは、“誰が、五代目の座に相応しいか”・それが原因で、毎日争うようになっていた。
北のチームは純、南のチームは陽介、東のチームは聖、西のチームは雪哉に、当然、“五代目の座”についてほしかった。
そしてその部下たち同士の争いは、もう、収拾がつかなくなっていた。
「これ以上、トップの俺らが争いに参戦しない訳にも、いかねぇ―─……」
本意ではない。陽介は視線を反らしながら言った。
「そうじゃねぇと、メンバーからの不審感を得て、部下の信用を失い、オーシャンの治安は、更に地に落ちる」
純は決心したかのように、真っ直ぐ前を見て、そう言った。
聖が寂しげな顔をしたまま、無理に笑う──
「オーシャンは四つに裂けて、争う。 四チームのリーダーは、俺ら。 お前らとは今日で、さよならだ……──」
収拾がつかなくなった四人は、対立へと踏み出す。
雪「全ての決着がつけば、またオーシャンは、元通りになれる……─―」
陽「それまで全力で、俺らは争う」
純「やるからには、本気でぶつかり合う」
聖「オーシャンが一つに戻る、その時までだ……─―」
微かに笑みを作ると、再びお互いに背を向けて、それぞれが真逆の方向へと、進み出す……──
そして、彼らは心を殺し、鬼になり、本気でぶつかり合い“ブラック オーシャン五代目総長の座”を懸けて、争うことになる。
──オーシャンが、四つに裂けた日の事だった……――
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そして、栗原がいなくなったことを悲しんだのは、ブラック オーシャンのメンバーだけではない。
「なぁ、アイツ、何処に行ったんだ?」
そう問いかけたのは、黄凰の総長丸島だ。
「松村 藍を失ってからだ。栗原がいなくなったの……」
答えたのは、白麟の総長、上柳。
「まさか栗原、後追いなんて……してねぇだろうな……――」
表情を濁しながら重い口を開き、そう言ったのは紫王の総長、柳。
──そう、切磋琢磨しながら、共に頂点争いで競い合った、3チームの総長たちだ。
「「「…………」」」
『後追いなんて、してねぇだろうな?』──少しの間、部屋は重い沈黙に包まれる。
丸「……そんなわけ、ねぇーだろう……!!」
そうは言ったが、丸島も不安な表情をしている。
オーシャンのメンバーは、藍との面識がなかった。 栗原の交際相手がどんな人であったのかさえも、知らなかった。 当然、栗原と藍に何が起こったのかなど、知る由もなかった。
だがこの三人は藍と面識があったので、自然と、全てを悟っていたのだ。 そして言うのならこの三人は、栗原がレッド エンジェルの一員ということも、知ってしまっている。
上「……ここで、族を続けながら待っていれば、また、会えるかもしれない」
「「…………」」
丸「なら、待つ。出来る限り黄凰を続けて、栗原を待つ」
上柳と柳も、納得し、決意したように頷いた。
柳「まったく、栗原の奴……さっさと戻って来いよ。 これじゃいつまで経っても、この世界、卒業出来やしねぇ……!」
上「その通りだ……いつまでも若くないぞ……ヤンキー中年には、なりたくない……」
丸「確かに……何歳までなら、許されるんだ?! ……」
上「……多少、個人差も……」
柳「お前ら、真面目に悩みすぎだろ。栗原がさっさと帰ってくれば、問題ねぇ!」
「「…………」」
上「……まぁな」
そうして彼らは誓いを立て、出来る限り、栗原を待つことにした──
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その頃
藍を失ってから、ウルフは組織に戻らずに、この別荘で過ごしていた。
その日別荘には、たくさんの作業員が訪れていた。 その作業員たちは、別荘へと慎重に絵を運び込んでいる。
ウルフは脱け殻のようにその作業をただ、ぼんやりと眺めていた。
「ウルフ様、何をお考えですか? ……―─」
そこにレッド エンジェルの部下が一名来て、ウルフへと問いかけた。
ウルフはただ作業を眺めていて、部下の言葉に答えない……──
「ウルフ様……私は、貴方を連れ戻しに参ったのです。 戻りましょう……」
そう言って、部下がウルフの腕を掴んだ。
「…………――」
ウルフの腕を掴んで、部下は悲しげな顔をした。 掴んだその腕が、力なく、細くなっていたから。
腕を掴まれても、やはりウルフは何も言わず、作業だけを眺めていた。
「さぁ、戻りましょう……」
部下は問いかけ続ける。
するとようやく、その言葉にウルフが反応する。
相変わらず作業をぼんやりと眺めながら、ウルフは言った。
「…………――美術館、作ってるんだ……」
部下は一瞬、呆気に取られたようだった。部下は聞き返す。
「美術館、ですか……?」
「藍の絵を……たくさん飾る」
ただ静かに、ウルフはそう、虚ろな表情のまま呟いた。
部下は辛くなって、思わず目をとじる。
──その時、絵を運ぶ作業員が脚をぶつけて、転びそうになった。 だが幸い、作業員は転ぶことなく体勢を整え直した。絵も無事だ。
だがそれを見ていたウルフが、その作業員の方へと向かって行った……──
虚ろに作業を眺めていたウルフが、いきなり足を進めたので、部下は驚いて、一瞬目を丸くする。──部下は、ウルフの行動を見守る。
そしてウルフは作業員の前で脚を止めると、その作業員の事を、思い切り睨み付けた……──
「自分が何をしたのか、分かっているのか……?! この絵に何かあったらッ! ……どうしてくれる!! ……」
そう作業員を怒鳴り付けたウルフの表情は、怒っているようにも見えて、泣いているようにも見えた。
更にウルフはその作業員から、絵を奪い取る。
その光景に作業員たちは皆、不思議な物を見るかのように、ウルフを眺める。 作業員たちは不満げな顔をしながら、首を傾げるのだった。
その絵とは、藍が描いた“桜吹雪”の絵だった。
ウルフはその絵を大切そうに抱き抱えながら、崩れるように、床へとしゃがみ込む。
「ウルフ様……!」
駆け寄った部下が、手を差し伸べた。
部下の手を借りて、ウルフは立ち上がる。 そしてウルフは絵を抱えながら、元いた位置へと戻っていく。
──ウルフはこの日、この場所へと画家のことも呼び寄せていた。 ある絵を、描かせるために。 その絵とは、美術館へと飾る、一番大きなメインの絵にする予定のものだ。──それは、美しい天使の絵。 藍への忠誠を誓い、画家に手掛けさせる、美しい絵だ。
そして、この絵と同じ大きさの絵を、あと一枚、画家に手掛けさせる。 その絵は、背筋も凍るような、赤い天使の絵。 “その絵の表すもの”こそ、全ては崩壊する意識の中に宿った、意志の現れだ。
瞳は光を無くし、視界を曇らせる。ドロドロとした、得体のしれない感情に、自分が乗っ取られそうになる……。日に日に濃く、深く、自分を見失う。
──そう、赤い天使の絵は、“復讐”を誓い、手掛けさせた絵……──
この身に刻まれた赤い天使の紋章に、血が出る程強く、爪を立てた。自分の身の上を、呪ったから。
自らが生まれた世界。昔から大嫌いだった世界。──それがもう、“大嫌い”なんて言葉では、収まりがつかない程に、酷く恐ろしい感情へと変わった。
自らの組織への、復讐を誓った。 そしてそれは、兄、リュウへの復讐でもある……――
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そしてそのまま日は経ち、ある秋の、雨の日のこと……――
「雨かよ……――せっかくのイチョウが台無しだ」
季節は秋。窓の外には、黄色く染まったイチョウの木がある。
雨に打たれるイチョウを眺めながら、憂鬱そうにしているのは、黄凰の丸島だ。 傍らには、いつものメンバー、花巻、吉河瀬、東藤もいる。
花「イチョウ? ……総長、そんなん気にしてるんスか?」
吉「総長! そんなん気にして! 乙女やないんやから!」
東「まぁまぁ、アイツはアレでいいんだよ……」
窓の外のイチョウの木を眺めていた丸島が、三人へと向き直る。
「俺は秋が好きなんだよ。黄色イチョウが好きだ。 俺らの色だろう?」
『イチョウが、好きだ?』と、ポカンとしながら、その言葉について、じっくりと考え出す花巻と吉河瀬。 そして暫く考えた後に、花巻と吉河瀬は閃いた。
花「総長、腹減ったぁ~! 大好きなイチョウ並木を歩きながら、コンビニで飯買ってきて下さぁい!」
吉「俺に、焼きそば恵んでくれへんかなー!」
〝イチョウ並木の先にコンビニあるやん!!〟と、総長に飯を買いに行かせるつもりの、部下二人。
〝イチョウが好きだ = なぜそうなる?!〟と、ズッコケそうになる丸島だった。
丸「おい、可笑しいだろう?! 俺、総長だぞ!!」
同意を求めるように、丸島が東藤の方を向く。 だが……
東「まぁまぁ、お前はソレでいいんだよ」
丸「へ?! ……」
吉「決まりやな?!」
花「総長、行ってらっしゃ~い」
こうして、強烈な部下たちに負けて仕方なく、総長は雨の中、コンビニに行く羽目になった。
ビニール傘片手に、しぶしぶと、コンビニへと歩き始める。
──黄金の、イチョウ並木を歩く。
次第にイチョウ並木を抜け……──春には、桜並木になる道路へと出た。
紅葉した桜の木が、続く……──
そして、見覚えのある塀が続く。それは、美術大学の塀──
その塀を見ながら、4チームの争いの日々を、懐かしく思い出していた。
そしてそこで、歩く脚を止めた……――
「…………――」
雨の中、道路側から大学の塀を眺めるように、道路の端に座り込んだ、一人の男がいた。
その男は傘もささずに、ぼんやりと、塀を眺めている。
するとその男がこちらに気が付き、視線を向けた──
「「…………――」」
秋の日の雨の中、二人の視線が絡む。
お互いが、よく見知った相手だった。
丸島がその人物の名を、呟く……──
「栗原……」
「……――丸島? ……」
雨の音にかき消されてしまうような、小さくか細い声で、栗原も彼の名を呟いた。
丸島は歩み寄り、栗原の目の前で、脚を止める。
「お前、どこ行ってたんだよ……」
丸島は自分から傘を離すと、それを、栗原の頭上へと移動された。
雨の音だけが、響く……――
「オーシャンの奴ら、お前のこと、捜してるぞ……」
「…………」
「オーシャンだけじゃねぇ。 俺も柳も、上柳も、皆、お前を待ってた……」
栗原は静かに顔を上げて、丸島を見た。
栗原の表情は、不意に少しだけ崩れた……──
「丸島……藍が──……」
栗原の手は、痙攣するように、震えていた。
「分かってるから……――言うなよ……」
丸島は栗原の震える腕を掴んで、栗原を立たせると、その手に傘を持たせた。
「お前が生きてて、良かった」
そう言われると栗原は、その“生”という言葉の意味を、ぼんやりと、考えていた……──
****
そして丸島は、黄凰の倉庫へと帰ってきた。
笑顔で、花巻と吉河瀬が駆け寄って来る。
花「総長お帰り~! 俺の飯~♪」
吉「焼きそば~♪」
東「……お前らな? 餌を待ち望んでいた、犬のようだぞ」
だが、丸島は……
丸「あ、買ってくるの、忘れた」
花吉「「え゛ぇ~~ー?!」」
〝いや何の為に行ったんだーい?!〞と、一度叫んだ二人であったが、丸島と一緒にいる人物を見て、一気に大人しくなる。 東藤も目を丸くしていた。
東「オーシャンの……栗原か……?」
丸島と一緒に、ブラック オーシャンの栗原も帰ってきた。
東藤、花巻、吉河瀬、三人は目を丸くしながら、丸島の連れてきた栗原のことを眺めている。
丸島は口をつぐんだままだ。 そうして部下たちには何も話さないまま、丸島は栗原だけを連れて、倉庫の奥へと進んで行く……──
丸島と栗原は他の三人を残して、二人で誰もいない部屋へと向かった。
そうして招かれた部屋の中で、栗原は丸島に全てを打ち明けた。 藍を失った悲しみも苦しみも、絶望も、そして……──『レッド エンジェルという組織を、再建不能にし、この世界から、無くしたい』のだとも……──
そして、丸島は答えた。
「その為の手伝い、何でもしてやる。この俺に、任せておけ」
「…………」
栗原は何も言わずに、丸島を見る。
「助けが必要だろう? 今のお前には無理なことでも、俺がお前の代わりに、動いてやるよ。 ──言っておくけどな、お前の代わりが務まる奴なんて、俺と柳と、上柳くらいだぞ? ──」
丸島は快く笑って、そう言っていた。
──そうしてここから、二人の計画が始まることになる……
ではレッド エンジェルという組織を再建不能とする為には、どうしたら良いのだろうか? ……──当然、その話になる。 するとその話をしている時に、栗原は丸島に、こんなことを言った。
「知ってたか? ブラック オーシャンは元々、対レッド エンジェル用に作られた、警察の極秘部隊だったんだ」
当然、知っていた訳もなく、丸島は呆然とした。
「あ?! なんだと?!」
「…………今が、ブラック オーシャンの生まれた、本来の目的に戻る時だって……そう思えて、ならねぇんだよ……けど今のオーシャンは、4つに割れて、団結も何もない。 ……そんなんじゃ駄目なんだ。そんなんじゃ、エンジェルを消し去ることなんて、出来ない……」
エンジェルを消し去る為には、巨大な戦力が必要だった。
組織を消し去る為には、まず、エンジェルの警備戦力、組織内の暴力団グループ、“FOX”をどうにかする必要があったからだ。
「暴力団としての戦力が必要なら、俺らが……」
「黄凰だけじゃ足りない。もっともっと、大きな戦力が、必要だ……その為には、どうにかして、割れたブラック オーシャンを、一つに戻す必要性がある。 けど、俺はもう……――」
今の栗原には、もう無理だった。そんな精神状態でもない。 その身もその心も脱け殻のようで、大勢の部下を従わせて指揮を執ることなど、もう、出来はしなかった。 さらに、耐え難い絶望の苦痛と共に、吐き気や動悸、めまいに襲われるような日々を送っていたのだ。──そう今の栗原には、無理であった。
「オーシャンには、頂点に立ったプライドもある。……
オーシャンの巨大な戦力を前には、黄凰も簡単には手を出せない。 そして尚且つ、頂点へと立ったブラック オーシャンが、オーシャンに破れた黄凰の総長に従う事など、ある筈がない。
「俺でも、丸島でもなく……――当たり障りがなく、尚且つ、オーシャンを従わせる格を持った、そんな奴が必要だ」
「そんな奴、いるのかよ? ……柳も上柳も、俺同様、無理だろう……」
だがすると、栗原は言った。
「……――黒人魚、総長、國丘 百合乃……」
「國丘 百合乃? ……女だぞ……?」
「だが、國丘家の娘だ。……“國丘”の血は、
そう、全ての族にとって、國丘の血は絶対的だ。 尚且つ、暴走族が國丘の血に逆らわない理由が、もう一つある。 それは國丘家が、裏社会に通じている家計でもあるからだ──
〝確かに、國丘家の権力は絶対的だ〟──丸島は少し考えていたが、それに承諾する。
「分かった。ならその、國丘家の娘、黒人魚の総長を……──無理矢理にでも、お前の前に連れてきてやる」
「……無理矢理って、大丈夫なのか?」
「交渉しようとしても、警戒されるだけだ。 言って素直に、その女が後をついて来るとも思えねぇ。交渉より、捕まえる方が簡単だ」
「……なら、頼んだ」
「部下には、テキトーな理由をつけておく。そして、國丘を捜させる」
──『この俺に任しておけ』と、いつも通り、丸島はそう言ったのだった。
「丸島、気を付けろよな。お前けっこう、ドジだから……」
「?! ……」
こうして黄凰は、黒人魚の総長、國丘 百合乃を捕らえる為に、動き出したのだ──
****
──そして秋もより一層深まる頃、栗原は丸島から國丘 百合乃の件で、報告を受けることとなる。
その日の夜、二人は居酒屋で会った。
「……丸島、その額……」
待ち合わせた丸島の額の真ん中には、でっかい絆創膏が貼ってあった。
「…………」
「ド、ドジしたのか……?」
すると丸島は視線を反らして、言いづらそうに小さく答える。
「馬鹿長い坂を……こっ転げ落ちて、真正面から、ドッカーンと――……」
「……――なんか悪ぃな。ごめん」
「いや、別にいいんだ……ただ、報告」
「…………」
すると丸島は、深刻そうに俯きながら話し始める。
「なぁ、俺ははっきり言って、オーシャンの四頂点を舐めていた。 だが今回、東のトップ、稲葉 聖に邪魔をされて、國丘を捕らえ損ねた」
“聖”の名を聞き、栗原は目を見張る。
「聖か……聖と國丘、面識なかったと思うんだが……聖に邪魔されたって、どう言う意味だ?」
「え? 國丘って、稲葉 聖の女だろう?」
「は? 違うだろ……」
「「…………」」
「違うのかよ?! ……なら、偶然かもな……偶然居合わせた稲葉に、邪魔をされた」
栗原は少し考えてから、不思議そうに首を傾げた。
「聖は確かに強い。だが、聖の強さはまだ成長段階だ。 これから抜かれる可能性はあっても、今は、お前の方が上だ。何かあったのか……?」
すると丸島は、惨敗に至った経緯を語り始める……
「そっそれが、跳んだんだ! 稲葉が跳んだ。 あの跳び蹴り、おれのオリジナルとまったく同じだ……どうなっているんだ?! ……驚きすぎて、動けなく……」
「……あ、それは……」
いつしか『芸は盗みました!』と、胸を張っていた聖を栗原は思い出したのだった。 〝まさかこんな形で、聖が丸島本人へと披露するとは……〟と、栗原も呆気に取られている。
栗原は丸島の話を聞いている。〝なるほど……惨敗した理由の一つは、驚いて呆気に取られたからか……〟と。
すると更に、丸島は語る……
「いや、それに、暴れたら、國丘に怖がられると思って……」
「……え??」
〝へ??〞──意表を突いたその発言に、栗原は思わず丸島を見る。 すると丸島は手で扇ぎながら、何やら視線を泳がしていた。 顔が、赤い。 〝へ??〞と、パチパチと瞬きをする栗原。
「もしかして、國丘に……惚れたのか? ……」
「……そんなわけ、ないだろう?」
本人は否定しているが、明らかに、もっと顔が赤くなった。 言わずとも、本音が丸わかりだ。
丸島はカウンター席のテーブルに手を突きながら、項垂れる。
「國丘に手荒な真似、しなきゃ良かった。 絶対に嫌われた。 ……國丘と稲葉 聖、これから、どうなるんだろうな……」
〝コイツ確実に、惚れてやがる……〟と、栗原は何とも申し訳ない気分になった。
丸島が國丘 百合乃を取り逃がした理由は、一つは“聖の跳び蹴りに驚いたから”と、二つ目は、“國丘 百合乃に嫌われることを恐れたから”だ。そう、まるで國丘 百合乃を救うヒーローのようなタイミングで現れた稲葉 聖と喧嘩で張り合えば、ますます
「……。國丘の件は、諦める。お前、もう國丘に、手荒な真似出来ないだろう? 」
丸島は栗原を見ないまま頷いた。
このような経緯を得て、一時、百合乃を捕らえる計画はなくなったのだった──
****
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