【奈落の底で… 4/4】

 ──そうしてある夜、栗原と上柳の二人でバーにいる時、上柳の決断が明かされることになる。


『それに、だいたいのことは、“読めているつもり”だ……――この争いには、“裏がある”。だからこそ、自分がどう動くべきなのかを、検討していた。 だが、決めた――……俺はとしよう。 ──お前は相変わらず、愛想が悪い。もう少し、嬉しそうにしたらどうだ? それとも、俺が信用出来ないか? 正直に言え。――……』


 そう、あの日上柳は栗原にこう話していた。

 栗原は問う。


「“俺につく”って、どう言う意味だ?」


 上柳はフッと笑った。


「分かりずらかったか? 俺は、“ブラック オーシャンの四代目、栗原 聡につく”、と言ったんだ。 総長としてのお前に、味方する」


栗原は驚いたように一瞬目を見張る。


「ブラック オーシャンはまだ、まったくと言っていい程の、未完成。脆く、攻撃を受けやすい。 ……――オーシャンが不安定な今は、俺がお前の代わりに、お前の部下たちを守ってやる。 白麟が味方につけば、一先ず白谷たちも安心出来るだろうしな。 それに、俺らの目的は、ブラック オーシャンの完全再来。 脆い今の時期に、どこかの奴らに攻撃され潰れてしまったなら、俺らの計画が水の泡だ」


 そして言うならばこれは、栗原の為であった。

 この計画の主犯は栗原だ。 だが同時に、栗原が一番、ブラック オーシャンを大切に想っている。 だが主犯の栗原がオーシャンを庇うことなど、許されない。

 上柳は、栗原の代わりだ。 再来するのを決断させ、次は完全に再来するまで、オーシャンを守ってあげる必要があった。 上柳が栗原の代わりに、まだ脆いオーシャンを守るのだ。


「やっぱり上柳は、俺の気持ち、しっかりと拾ってくれるんだな……」


「…………」


「……ありがとな」


「まじまじと、言うなよ……」


 上柳は少し照れたように、視線を反らす。


 そんな上柳を見て、栗原は微かに笑った。


 そして栗原には、もう1つ、上柳に聞きたいことがあった。


「そう言えば、『この争いには、裏がある』って言ってたよな? それ、何なんだ?」


 すると上柳は視線を戻すと、いくらか声を潜めながら、栗原に話す。


「あぁ。実は、見慣れない奴らが、動き始めている」


「それ、誰なんだ? ──」


「奴らは警察だ。だが、いつもの面子とは違う」


「……ソイツらの狙いは?」


 上柳は空気を睨むように、宙を見てから、グッと酒を飲んだ―─……


「「……――」」


 緊迫した空気の中、上柳は見当のついている範囲で話し始める。


「奴らは何も言わずに、俺らの動きを、見ている。 オーシャンの再来で、かつてのメンバーが集まる。 さらに、黄凰と紫王が他のチームを味方につけ、戦力を増やしている。 奴らにとって邪魔な面子、つまり俺らみたいな族や暴力団が、どんどんと、ひとまとめに近い状態になってきている……」


「…………」


「奴らは、俺らが潰し合いになるのを、じっと待っている。 止めるどころか、その反対だ。 権力をぶつけ合わせて、俺らの共倒れを狙っているのだろう。 そして、ある程度調べはついている。 奴らは警察の中の、“レッド エンジェルを守ることを命令付けられた極秘部隊”──……」


「なんだと?! ……――どういうことだ……」


 思わず栗原は、カウンターに手を突き立ち上がった。 上柳は“静かに”と1本指を立てて、栗原を宥める。


「レッド エンジェルは、経済に大きな影響を与えている。 だからだ。 一部の警察の企みだ。 奴らは、エンジェルを滅ぼすわけには、いかないんだ。 俺らの計画に、どこかで気が付いたんだろう。 だから奴らは、俺らの権力が潰し合いになることを、待ち望んでいる」


 新たに明かされた事実に、栗原は動揺した。 その仮説が正しかったのならば、“敵はレッド エンジェルだけではない”、という事なのだから。


「だが、そうはさせない。だからこそ俺は、オーシャンに味方する。 味方して、潰し合いになるのを出来る限り、避けさせる」


 こうして上柳の決断が、栗原に明かされた。

 そして上柳はこの決断を、丸島と柳にも、伝える必要があった。 ……──だがその頃、黄凰と紫王の中では、不穏な噂が囁かれるようになっていた……──


****

━━━━━【 〝黄凰コウオウSIDEサイド〟 】━━━━━


 秋の日、窓の外ではいつも通り、黄色いイチョウの葉が、風に揺れている。 けれど黄凰の内部には、“いつも通りではない空気”が広がっていた。


 倉庫の中、いつもの溜まり場でのこと……


―「なんだか、最近の総長、昔と違くないか?」


―「あぁ。皆、思ってる。昔の総長なら、少人数の相手を大勢で痛め付けるなんてこと……しなかった」


―「総長なのに天狗になることもないし……何だかんだで、優しい人だったのにな……どうしたんだよ……」


 最近では、溜まり場にこんな声ばかりが飛び交う始末だ。


 そして、窓の外のイチョウを眺めながら、聞きたくもないようなそんな会話を、花巻が聞いていた。 その傍らには、吉河瀬もいる。

 二人も、何とも言えないようで、暗い表情をしている。

 吉河瀬が少し大袈裟なくらいに、両手で両耳を塞いだ。


「イヤや! アイツら黙らんかい! ……総長の悪口、聞きたくないわ……」


 吉河瀬を真似るように、花巻もそっと、耳を塞いだ。


「最近、あんな話しばっかし、聞こえてくる……不愉快ッつ~か、何だよ、アイツら……俺らの、総長だろ……」


 両耳を塞いだまま、二人は顔を見合わせた。

 すると花巻はハッとしたように、自分の両耳を解放した。さらに、吉河瀬の手も、耳から外させる。


「?! いきなり何やッ! ……」


「東藤さんなら、何か知ってると、思わねぇか……?」


 すると吉河瀬も、パッと明るい表情をした。


「そやな!! 東藤さんなら、きっと知っとるわ!!」


 “何か分かる事があるかもしれない”と、二人は東藤の元へと向かうのであった。


「東藤さぁ~んッ」


 溜まり場の中の、東藤の部屋の扉を開く二人。すると……


「あ? 何だよ?」


「「……?!」」


 普通に、東藤から返答が返ってきたが、部屋の中の様子を見て、二人が言葉を失う。

 部屋には見知らぬ美女が二人いて、今まさに、三人が絡まり合いそうな、危険な空気が漂っている。


「「…………」」


「で? 何の用だ?」


 やはり、普通に返答は返ってくる。

 気を取り直して、二人は東藤に聞いた。


「東藤さん、総長のことで……」


 すると東藤の表情が、一気に真剣なものへと変わったようであった。

 実のところ、丸島は本当のことを、東藤にだけは話していたのだ。


 東藤は、美女二人に言う。


「ごめんな。また今度、遊ぼう」


 東藤は女二人を、部屋から退室させる。 そしてどうにか、女を帰らせた。


「で? 英二が、どうした?」


 すると花巻と吉河瀬は、感動したように、東藤に駆け寄る。


「東藤さぁ~ん、感動しましたぁ~。 やっぱり美女二人より、英二の方が大切なんスねぇ~?!」


「良かったわッさすが東藤さんや! 英二が大事や!」


「お前らな、いつから名前呼び捨てにしてんだ? 英二は総長だぞ。一応」


「「〝今から!!〞」」


「もういいから、質問に答えろ。英二が、なんだよ? ──」


「東藤さん! 最近の噂……いろいろ知ってますか?! いろんな奴、総長のこと、悪く言うんスよ……」


 すると東藤は落ち着いた様子で、頷いた。


「あぁ。知ってる」


「「…………」」


 冷静すぎる東藤を、花巻と吉河瀬は不思議そうに眺めている。


「いや、知っとるって……東藤さん、総長が信用失っとる、どうするんや……」


「東藤さんは総長から何か、聞いてるんじゃ……」


 すると東藤は終始穏やかなまま、二人に言う。


「お前ら、気にしすぎだ。誰の信用を失うって? そんな簡単に失うようなモノなら、元から、目障りなんだよ……──そんな奴らが離れて行ったとしても、別にいい。 俺は英二から、離れねぇから。 なくなるモノなら、無くなれよ。 俺一人いりゃ、英二のこと、分かってやれる。充分だ」


 すると再び、花巻と吉河瀬が、じ~んと、する……


「さッさすがっ東藤さ~んッ」


「東藤さんッ……」


 こうして懐っこい二人は、バッと東藤に抱き付く。


「……犬二匹に、飛び付かれた」


 美女二人と遊ぶ予定が、男二人に抱き付かれる羽目になった。


「東藤さんッなぁ! まぜてまぜて?! えぇやろ?! 『俺一人いりゃ』なんて、水臭いわ!」


「“、英二のこと、分かってやれる”……でいいじゃないスかぁ~! 水臭いこと、言わないで下さいよぉ~……!」


「分かったから。離れろ」


「え~! ……は~い」


 渋々と、二人は東藤から離れた。


「それで……結局総長は、どうしたんや? ……何か、あったんか?」


 東藤は二人に抱き付かれて乱れた服を、整えながら答える。


「その時が来れば、全て明かされる。 英二についていくなら、今はただ、英二を信じてろ。 アイツは、どんな奴だと思う?」


 二人は顔を見合わせてから、答える。


「……世話焼き」


「お人好し? ……」


 すると東藤は、穏やかに笑みを作った。


「その通りだ。 心配するな。 英二は何も、変わってねぇーよ」


 ──彼らは自分たちの総長を信じ、その時が来るのを、待つのだった。



****

━━━━━【 〝紫王シオウSIDEサイド〟 】━━━━━


 日は暮れ始め、空にだんだんと、濃紺の色が現れ始める。

 椿はそんな空を見ながら、開いた窓から、風を感じている。

 最近では、いろいろな噂が耳に入る。 そして今日もまた、そんな声が聞こえてきた。


―「……最近、柳さんは変わったよな」


―「あぁ。今までなら、何でも真っ正面からぶつかって……卑怯なことは絶対、しなかった」


―「怖い時もあるけど、本気で頑張ったことは、本気で評価してくれるし……─―曲がったことが嫌いな、真っ直ぐな人だったのにな。……柳さんは、変わった」


 聞きたくもない会話が耳に入る。 椿は悔しそうに、唇を噛んだ。 そしてスッと窓から離れて、その話しをしている男たちの方へと、向かって行った。


「……――」


 椿はその男たちの前で、脚を止める。


「あっ、椿さん。どうか、しましたか?」


 男が椿に問いかけた。 すると、椿はその男を睨み付ける。


「……?! 椿さん? ……」


 困ったように、椿を見る男。


「アンタらね、バカ? ……――」


「……え? バカですか? ……なんか、すみません。……」


 意味が分からなくて、キョトンとする男たち。


「そうだ、アンタらバカだ。 ……――柳が、理由なしにあんなこと、する訳ないだろうがッ!!」


 椿に怒鳴り付けられて、固まる男たち。


「でも椿さん! ……その“理由”って……―─例えば、何なんですか? ……」


「知るか!! 私が、知るわけないだろう!? けど、理由があるに決まってる!!」


 そんな椿に、困り果てる男たち。

 柳は椿にも、何も話していなかったのだ。


「……椿さん、落ち着いて下さいよ。……」


 宥めようとするが、椿に落ち着く様子もない。


「とにかく、アンタらバカなんだよ!! 今まで、柳に散々世話になってきたくせに! ……柳のこと、信じてあげないのかよ!! ……」


 そう言い放つと、椿は男たちの前から、走り去る……──


「……――」


 残された男たちは、椿の背中を、ただ眺めていた。


 ──そして、走り去った椿が向かった先は、柳の元だった。


「柳! ……」


 部屋を開けると、柳はソファーに寝転んでいた。


「あ? なんだよ? ……ここは人間以外、立ち入り禁止だぞ。サル」


 いつも通りの口調の柳。


「うるさい! アンタもサルだ。ここサル小屋だろうが! 私が入って何が悪い!」


「はいはい。 分かったから。 で? おサルさん、何か用か?」


 ソファーに寝転んだまま、柳が答える。

 椿はソファーの近くのテーブルへと座った。


「柳、何か、隠し事してるだろう? オーシャンの高橋をやったこと、何か理由があるんだろう?」


 一瞬、柳は椿を見るが、すぐに視線を戻して、また天井を見た。


「理由だと? 俺がそう決断したから、やっただけだ。それ以外に何かあるか?」


「惚けるな! 何故、そう決断する必要があった?!言え!」


「……──」


「なぁ、柳!!」


 すると柳はソファーから起き上がって、椿と向かい合った。


「どんな理由があろうと、その決断を下したのは、俺だ。 自分がしたこと、後悔なんてしてねぇんだよ。 たとえ、部下の信用を失い、地位を失なったとしても、後悔なんてしねぇ。 だから、別にいいんだよ。 お前が、ガタガタ言って気にする必要もない。

お前には、関係ねぇから」


 『関係ない』などと言われて、椿は胸が痛むのを感じた。


「関係なくないだろう!? 柳はいつも、私らに頼らない。 それじゃ、分かることも分からないだろうが!!」


「だから、別に分からなくていいって言ってんだ。 分からないなら、放っとけよ。 そうされても、俺は気にしない」


「コッチは、分からないから、分かろうとしてんだよ!! 分からないけど、分かりたいんだよ!! 言えよ!!」


 ──ベシッ!


「痛っ! お前、拷問かよ?!」


 椿が柳の頭を叩いた。


「黙れ!! ……いや、言え!! 本当のことを言え!」


 ──ベシッベシッベシッ!!!


「だから! 叩くな! 相変わらず狂暴なサル女だな?!」


 相変わらず、柳に振り下ろされる椿の手。 柳はその手を避け始める。


「避けるな!!」


「避けるに決まってんだろ!!」


 更にそれを繰り返し、柳が椿の手を掴む。


「どうだサル! これで終わりだ!」


「舐めるな!」


 終わりだと思ったら、椿が柳に蹴りを入れた。


「椿?! テメー! もう許さねぇーぞ!?」


 柳の不機嫌な表情に、一瞬“ヤバイ”と、思う椿。

 椿は咄嗟に、逃亡をはかる。


「待て! サル女~!!」


 柳は椿を追う。

 狭い部屋の中でグルグルと回りながら、追いかっこ状態だ。


「くるなッ! ……野生のサルめ! 野生のサルに、私が敵うわけないだろう!! ……」


「はぁ?! か弱いつもりか?! ジャングル育ちの野生ザルめ!!」


 追いかっこを続けて、ようやく柳が、椿の腕を掴んだ。

 腕を掴まれて、椿の体がグラつく。 そして何故か咄嗟に、柳が後ろから、椿を抱き締めるような形になった。


「「……?! ……」」


 お互いにはっとする。


「「……――」」


 お互いに黙り込んでしまったまま、その状態が続く。


「や、柳? ……――サルを、捕獲したつもりか? ……離せ。 ……」


 椿がようやく、言葉を発した。

 こんな状況を気にしても仕方がないので、いつも通りに返答した。

 だが柳は、なかなか椿を離さない。


「なぁ……柳……!」


「──なぁ、椿」


 するとようやく柳が、喋り出す。


「何?」


「お前、俺が最近違うから、わざわざ聞きに来たのか?」


「……そうだけど?」


「その時が来れば、きっと分かる。 だから、大人しく待ってろよ」


「…………」


 柳が椿の体を、解放する。

 自由になった椿が、柳の方へと振り返った。

 柳の眼差しは、しっかりと椿を見ている。


「そんなに気にかけてるなら、他の奴らが俺のことを信用しなくなっても、お前だけは、俺のことを信じてろ。 それだけでいい」


 真摯に話され、柳の意志を知った。 まだ本当の理由は分からないけれど、椿にとっては、今はそれでも良かった。 『信じてろ』と、そう言ってくれたから。

 少し間をあけてから、椿は静かに、頷いたのだった。


 ──紫王と黄凰、二つのグループが不安定に揺れ始めていた。 だが、それぞれの総長を信じる部下たちも、確かにいるのだった。



───────────────

──────────


 そしてそんな出来事から程なくして、白麟が紫王、黄凰と手を切ることになる。


『俺は、お前らと仲間をやるつもりはない。──俺はオーシャンにつく』


『思った通りの言葉だ』」


『気に入らねぇ……裏切り者が……』


『あぁ。悪いな。お前らとは、ココで終わりだ』


 重い空気が、部屋にたち込める……―─



━━━━【〝Kamiyanagiカミヤナギ〟point of vi視点ew】━━━━


 柳と丸島とは、ココで終わりだ。 俺はオーシャンの味方をする。


 仕方がないことだ。 完全再来を控えた脆いオーシャンを、どこかのグループが守るしかない。


 オーシャンを攻撃していないのは、俺ら白麟だけだ。 必然的に、俺がオーシャンの仲間になるしかない。



 ──それにしても、コイツらはたった五人で、何故ココに来たんだ? それが、謎だ。


 ブラック マーメイドが、コイツらに殺気を飛ばしてる。当たり前か……

 『距離がどうこう』言っていたからココへ招き入れたが、入れない方が、良かったかもしれない。


『柳、丸島、お前ら気を付けた方がいいぞ?』


『なんだよ?! テメーに心配される筋合いはねーよ!!』


『別にいいだろう? さっきまでは仲間だったんだしな』


 ……にしても、柳と丸島は、本気で怒っている気がする。

 丸島と柳は、稲葉と高橋を攻撃した。 そのせいで、丸島と柳の信用が不安定になっている。 そういう時期だ。 だから余計に、俺の裏切りを許せないのかもしれない。


『それで、何を気を付けろって?』


『気を付けろ。“高橋と稲葉がやられてから”、マーメイドのメンバーは相当、機嫌が悪いからな』


 挑発に聞こえるか? 馬鹿言うな。真面目に心配してるんだ。 “早く逃げろ”。……──そう思ったのだが、何故かコイツらは、言い争いを始めた……。


『 悪かったな!? テメーらはさっさと帰ればいいだろう!? こんな奴ら、俺一人で十分だ!!』


 終いには、柳がこんなことを言い出した。 無理だろうが。


『?! ……待てよ柳! ……――』


『うるせーよ!!』


『一人は無理だ……』


 丸島はそう言ったが、黄凰の部下たちは、帰るつもりらしい。


『おいコラ!! 誰が帰っていいって言った?!』


 それを丸島が止めて、五人は、真剣な表情に変わる。


 待て、乱闘する気、満々だな? ……勘弁してくれ。


 俺は、どうすればいいんだ? どうすればいいか分からず、俺は言葉に詰まる。


 不気味なくらいの、沈黙が続く。 この沈黙を、誰もが不思議に思っている。


『上柳!! テメー舐めてるのか?! さっさと“スタート”の合図でも出したらどうだ?!』


『そんなにやられてーのか??』


『はぁ?! 俺が言ってるのは、そういう意味じゃねー! 遅いか早いかの違いなら、さっさとしろッて言っているんだ!!』


 本気で言っているのか? 俺がお前らを、傷付ける訳がないだろう。


『何だと?! ……』


『あ? 裏切り者が偽善者気取りか?』


 裏切り者か、別にいいさ。 今回お前らと敵対することくらい、俺にとってはどうでもいい事だ。


 なんせ俺らは、腐れ縁だからな。 今回敵対することくらい、気にしないさ。


『そうと分かれば、さっさと逃げたらどうだ?』


『…………』


 そう言うのだが、コイツらはなかなか、逃げない。


 つまらない意地を張るな。 お願いだから、逃げてくれ。


『……──それともなんだ? 高橋や稲葉と、同じ目に遭わされたいって言うなら、話は別だけどな』


 するとようやく、コイツらは逃げる気になったらしい。


『後で後悔するなよな?』


 後悔なんて、するわけないだろう? 俺はお前らが、大切だ。


『期待するなよ? 借りなんて、返さねぇーからな!! 』


 そんなセリフ、初めて聞いたぞ……。

 まぁ、別に、返す必要なんてないさ。当然のことだからな。


 ──丸島と柳たちが逃げて、俺はようやく、安心する。


 俺はオーシャンにつく。 栗原の部下たちを守る。そうすれば、栗原も安心する。 そして、オーシャンが黄凰と紫王を攻撃しすぎないように、俺が上手く、調節してやる。 丸島、柳、お前らのことも、俺が守る。


 ──こうして俺は、黄凰、紫王と、手を切った。


 その後は、ブラック マーメイドの南と明美に、星 陽介と連絡を取ってもらった。


 警戒されないように、上手く接触を果たす。


『そう言やお前は、月夜の乱闘の時……言ってたな? 『お前らを敵には回したくはない』ってな……──そして今回は、味方になってくれる。──どうしてだ?』


『ブラック オーシャン、四代目総長の栗原には……がある』


 ──白麟、黄凰、紫王、ブラック オーシャン……


 ──4チームの、頂点争い。


 そう、あの夜オレは……──栗原、お前に、命を救われた。


 ──そう、命だ――……


 思えば、俺ら四人をここまで繋いだのは、全て、“”、この言葉かもしれない。


 栗原、お前は知らないかもしれないが、昔、誘拐された松村 藍を助ける為に、俺、柳、丸島、栗原、四人で敵地に乗り込んだことが、あっただろう? ──


 あの日栗原は、松村 藍を庇って、ナイフで刺された。


 あの瞬間、俺ら三人がどんな顔して、お前に駆け寄ったのか、知らないだろう?


 俺は、ナイフを“抜くな”と、必死に叫んだ。 だが、あの男はナイフを抜いた。 その時オレがどんな思いで、どんな形相して、その男を殴り飛ばしたか、知ってるか?


 止まらぬ血液を見て、咄嗟に、素手で傷口を押さえた丸島のこと、覚えてるか?


 『止血しろ』って言って、真っ先にシャツ脱いだ柳の行動、覚えてるか?


 松村も含め、俺らはすごく、怖かったんだ。 お前の命が薄れるのが、怖くて怖くて、仕方がなかった。


 ──頂点を目指して争った日々、その中で芽生えた、奇妙な絆に、気が付いた。 俺らはあの時、お互いの大切さを、実感した。


 ……そして、あの時一緒に、栗原の死を恐れていた松村 藍の命が、途絶えた。


 同じ時間を過ごした人が、いなくなった。


 恐ろしく思った。


 そしてお前は、行方を眩ました。


 俺らがどれだけ、お前を心配したことか……


 再び再会したお前は、松村 藍の死を受けて、心身を壊していた。


 そんなお前を見るのが辛かった……今でも、辛い。


 昔も今も、お前は俺らにとって、大切な存在だから。


 “命”、この言葉が、俺らを強く結びつけた。 強く結びついたそれは、決してほどけない程、頑丈になった。


 ……──だから、俺らはお前の為なら、お前の心、晴らす為なら、何でもするんだ。



───────────────

──────────


 ──全ては明かされ、複雑に絡み合った因縁は、綺麗な円になる。


 全ては、繋がった。


 ある春の日、一人の女性の、尊い命が失われた。


 彼女の死を受けて、心身を壊し、復讐を決意した、一人の男。


 そして、その男を支えた、三人の友人。


 全ては、深い絆で結ばれた、4チームの総長たちが、“こうなるように”と、運命付けた。


 ──真実は、輝いた友人たちとの思い出の中に、そして、本気で愛した愛しき人との思い出の中に、隠されていた。


 巻き戻された時間を、語り、再生し、語られる時は進み、そして今、現在にたどり着く。


 ──あの日々から、



───────────────

─────────


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