Episode15【離れる心】

【離れる心】

 栗原と藍、二人には、お互いに言えない秘密が出来た。けれどその件に触れたくないから、お互い何も言わない。ただ、言わないだけで、“その秘密がなんなのか”を理解していた。


 あの日から、何かが離れてしまった気がする。

 会う回数も減ったし、会ったとしても、どこか、気まずい空気が漂う。それでも、会うことを完全には止められなかった。


 ──そんなある日の、いつもの、大学の裏庭でのこと。


「どうして聡は、会いに来てくれるの?」


「は? ……――藍は友達だし……せっかく仲良くなったし、会いに来てもいいだろう」


 栗原はそう言っているけれど、藍は不安げに俯いたままだ。


「私のこと、嫌じゃないの?」


「何でそうなるんだよ? 友達のこと、嫌なわけないだろう」


「だって私は……――」


 藍は、“秘密”のことを気にして、不安げに栗原に聞いてくる。


「お前、そんなこと気にしてたのか? 藍は気にする必要ないだろう……」


「…………」


「『嫌じゃないか』とか……俺のセリフだろう。 ……俺は勝手に会いに来るけど、嫌か?」


 栗原も不安げに聞いた。

 藍の返事を待つ時間が、とても長く感じた。


「……嫌じゃないよ」


 藍は小さく、モゴモゴと呟くように言った。


「何て言ったんだよ? 」


 上手く聞き取れずに、栗原は聞き返す。


「嫌じゃないよ」


「…………」


「聡は、本当に私のこと、嫌じゃない?」


「だから、嫌じゃねぇーよ」


「「……――」」


 二人の間に、気恥ずかしい沈黙が流れる。 けれど少しすると、安心したように、藍が笑った。


 この日、二人は久しぶりに、何の気まずさも感じずに、楽しい時間を過ごす。 蟠りが、一気に解けた気がした。



 だが、そんな帰り道のこと……


 だんだんと辺りは暗くなり、栗原はいつものように、藍を家の近くまで送った。


「じゃあ、またな」


「うん。聡、またね?」


 こうして二人は、笑顔で別れた。


 家までは、ほんの数メートル。 だが、栗原と別れてすぐに、藍は見知らぬ人たちに、声をかけられる。 その人たちはまるで、藍が帰ってくるのを、待っていたかのようにも思える。


 するとその中の一人が、藍に話し掛ける。


「君に、大切な話しがあるんだけど、時間、もらえないかな?」


 首を傾げる藍。


「誰?」


 藍はそう問う。けれど元から、そんな問いに答えるつもりもないらしく、一人が藍の手を掴んで、その手を引いた……──


「あれ?? どこに行くんですか??」


 返答はない。ただ、手を引かれる……


 藍は初め、ポカンとしていただけであったが、だんだんと、困った表情へと変わっていく。


「『知らない人には、ついて行っちゃいけない』って、友達に言われたので……─―」


 すると、手を引いている男が、吹き出した。


「面白いね? ……けど、少しだけ、話す時間がほしいだけなんだ。場所を移したい」


「でも……」


 すると、その男が振り向いて、足を止めた。


「その話、“栗原 聡”のことなんだけど……」


「え? 聡? ……聡がなに? ……」


「ほら、この話に、興味が出てきただろう? 場所を移すって言っても、怪しい場所に連れ込むわけでもない。“ココ”で、話そう」


 “ココ”と言って、男は目の前にあるファミリーレストランを指差した。

 “聡”の話と言われて、確かに興味を持った。そして話す場所は、人気ひとけの多いレストラン。そして、自宅の近所だ。


「……――」


 “少し話しを聞くだけなら、いいかもしれない”──そう思った。


 そうして、ファミリーレストランの中へ……


「それで、聡の話しってなんですか?」


「君は、栗原のなんなの?」


 アイスカフェオレをストローで飲みながら、藍は首を傾げた。


「君は、栗原の女って考えていいのか?」


 藍は飲むのをやめて、答える。


「え? まさかぁ。“栗原の女”なんかじゃないですよぉ?」


「……――――いや、惚けるつもりかい??」


 深読みしたのか、男が鋭い視線を向けてくる。だが……


「へ?? 惚けてないですよぉ? 聡は友達ですもん」


 裏表がないような、天然な表情をされる。


「分かった。別になんでもいい。 ……──ただ、君たちは最近仲良くなった……そういうことでいいかな? 」


 藍がコクンと頷く。

 すると男は、何か言いずらそうに口ごもった後に、話し出す……


「最近なら、まだ良かった」


「……??」


「栗原はブラック オーシャン、そして君の父親は、オーシャンを追い続ける警察官……間違ってないよね?」


 男が笑みを作りながら言った。

 藍は一度、動きを止める。 分かっていても、決して言葉にはしなかった“秘密”を、この男が言葉にしたから。


「…………」


「なぁ、栗原が本気で君と、仲良くすると思うか?」


「……――え? ……」


「君には、そんな顔は見せないだろうけど、栗原は、君の思っているような奴じゃない」


「……――」


「君たちがただ純粋に仲良くなるなんて、有り得ないよ」


「……どう言うこと?」


 男が、怪しげな笑みを作る……


「栗原が君と仲良くするのは、君を利用する為だ。 栗原にとって、警察は邪魔。特に、君の父親はね? ……――」


「……――」


「だから栗原は、君に近付いた。 栗原は君のことを、好きなんかじゃない。 好きなフリを、しているだけだ――。 君は傷付くことになる。栗原と関わるのは、早めにやめた方がいい」


「……――」


 言葉を失って、動けなくなる。

 さっきは『嫌じゃない』と、そう言ってくれたから、安心しきっていたのに……──また、怖くなった。


****


 そして翌日。

 いつもの裏庭へ、栗原は来ていた。


「……――」


 ──だがそこに、藍の姿はなかった。


「アイツ、どこ行ったんだ……」


 栗原はそう呟くと、桜の木の下に座った。 藍が来るのを、待とうと思ったから。


「……――」


 ──それから30分が経った頃、栗原は再び立ち上がる。

 『明日も会おう』そう、約束していた。

 その後、藍を探して大学の敷地の中を、テキトーに歩き回った。


 そして暫く歩き回った頃……──藍を見つけた。

 藍は、一階の開いた窓から、外を眺めていた。

 その表情は、どこか、哀しそうだった。


「藍、そんなところにいたのか……」


 栗原が、外から話しかける。

 すると藍は一瞬、驚いたような顔をする。


「『また裏庭で会おう』って、きのう話してただろう? 何かあったのか?」


 そう問いかけるが、藍は視線を反らした。


「「…………――」」


 栗原は不思議そうに、藍を見ている。

 そして藍は、何も言わずに、栗原に背を向けた。


「……え? ……――」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 藍はそのまま窓際から離れて、立ち去る……──


「おい! ……待てよ、藍……」


 栗原の呼び掛けに、藍が反応することはない。


 とっさに、その窓から中へと入った。


「藍! ……どこ行くんだよ……」


 すぐに後を追って、藍の腕を掴んだ。

 藍が振り返る。


「……――」


 振り返った藍の表情は、今にも、泣き崩れてしまいそうだった。


「藍……どうしたんだよ……」


 栗原は困惑しながら、問いかけた。

 藍は、泣き崩れそうな表情のまま、言う……


「聡のせいだよ……」


「……――何がだ? ……」


「『どうした』って聞いたじゃん。……私が泣いてるの……聡のせいだよ……!」


「藍、待てよ! ……俺が、何かしたかよ……? ─―」


 栗原は、藍と目線を合わせながら、問いかける。

 藍は顔を下に向ける……


 何がどうなってしまったのか、何も、分からなかった。


 そして、藍は再び顔を上げた。


「聡なんて……――嫌い……」


 時が止まってしまったかのように、立ち尽くした。


 ──そして、掴んでいた手が、スッとほどける……


 藍が走り去る足音だけが、聞こえてきた……――


 なぜ、こんなことになってしまったのか、栗原は知る筈もなかった。


****


 それから、藍と連絡が取れない日が、何日か続いた。


「だぁッ! ちくしょう! 何なんだよ?!」


 繋がらないスマートフォンを、思わず投げた。

 驚いた部下たちが、一斉に栗原の方を見る。

 そのまま、栗原はソファーに寝転がった。


―「おい、また総長が苛立ってるぞ……」


―「最近の総長はどうしたんだ?」


―「いつも電話をかけて、その後には、毎回苛立ってる……」


―「は? 確か、電話はかけているけど……電話で通話してるのは、見たことないぞ?」


 そして部下たちは、ピンとくる……


―「つまり、総長は無視されてるんだ!」


―「なるほど! そりゃ苛立つ!」


―「な~んだ、総長の失恋かよぉ~」


 すると……


「おいテメーら、聞こえてるぞ?」


「「「「?!」」」」


 一同はビクッとして、振り返る。 すごい剣幕で、栗原がこちらを見ている。 ──思わず、苦笑いだ。


「総長! そんなに気にしなくても……くらい、誰もが経験するものです! くらい! なんて…………」


 その“失恋”の連呼が、余計に栗原の機嫌を悪くする……


「誰が失恋だ? 何が失恋だ? ……――何度もッ言うんじゃねぇーよッ!!」


「「「「?!」」」」


 そうして部下たちは、栗原に追いかけ回される羽目に。

 逃げながら、部下が叫ぶ……──


「つーか、やっぱり……“失恋”だったのか~!?」


「だっ黙れ!! 大声で言うなッ!!」


 栗原は恥じらいに、顔を赤くした。

 するとその時、爆笑する男の声が聞こえてくる……


「堂々と笑いやがッた奴は誰だ?! ちくしょう!!」


 その声の方を、バッと振り返る栗原。 溜まり場の入り口付近の方だ。


「……?!」


 するとそこにはなぜか、丸島と柳と、上柳がいた。


丸「聞いたか柳!? 失恋だとよ!」


柳「おいおい、栗原が失恋したらしいぞ」


 栗原を指差しながら、爆笑している丸島と柳。 その隣で、呆れた様子の上柳。

 最悪なタイミングで、面倒な奴等が現れた。


栗「うるせ~よ! てか、お前らいつの間に来たんだよ?! 何の用だ!!」


上「栗原、実は……――」


 『何の用だ』その問いに、上柳が答えようとする。 だが、相変わらず爆笑している丸島と柳。


栗「お前らうるさいぞ! そろそろ黙れよ!?」


丸「なぁ栗原、失恋ってホントかよ? 面白ぇー、その話、聞かせろよ?」


栗「うっうるせー! 誰が話すか!!」


 すると丸島はニヤニヤと笑いながら、わざとらしく肩を組んでくる。


丸「まぁまぁ、栗原君、落ち着けよ? 聞かせろ。俺とお前の仲だろう?」


 丸島は面白がりながら、からかうように言ってくる。 だがすると……


栗「なぁなぁ、英二君。 英二君の女が、東藤君のことを好きになっちまったって噂、本当か??」


丸「きっ貴様?! ……どこでその話をッ!!……」


 凍りつく丸島。 そして柳が、今度は丸島を指差しながら爆笑する。 栗原が勝ち誇ったように、ニヤリと笑う。 そして上柳が、大きなため息……


上「おい、そろそろ黙れ。本題だ……――」


丸「……はい。黙ります。上柳、さっさと本題に入れ!」


栗「コイツ丸島、いきなり大人しくなったな?」


柳「お前がトドメを刺したんだろう?」


栗「まぁな」


 ──一体、三人がここへと来た理由とは? 本題へと移る。

 四人、ソファーへと座った。

 上柳が話しを切り出す。


上「実はな、白麟、黄凰、紫王……──俺らは、襲われた。 頂点争いから、程なくした頃の話しだ。 頂点争いを繰り広げ、俺らのチームの戦力は、回復しきっていない。…そこを狙って襲ってきたんだ」


 栗原が驚いたように、目を見開く。


栗「襲われたって、どこの奴らにだ?!」


 だが上柳は困ったように、首を傾げた。


柳「知らねぇ。そこらの馬の骨だ」


丸「無名の調子越えた連中の仕業だ。 戦力が弱まっている今なら、俺らをやれると思ったんだろう?」


柳「舐めやがって……」


 〝ガン!〞と、柳が不機嫌に、テーブルを蹴飛ばした。 ……〝スッッ!!〞と、床を滑るようにして、テーブルが彼らの視界からフレームアウトしていく。 〝うちの溜まり場のテーブルが?!〟と、栗原だけが、気掛かりそうに滑っていったテーブルを目で追っていた。 ──気掛かりそうに思いながらも、再び柳ら三人へと視線を戻す栗原。


上「襲ってきた奴らは、全て捕まえた。そして、白状させた」


丸「思った通り。奴らの狙いは、黄凰、紫王、白麟、オーシャン、俺らを潰すこと……」


柳「あと、警察にも何かを仕掛けるつもりだ」


栗「……警察?」


上「あぁ。やはりやっかいなのは、警察の“松村”だ。そして、奴等が目をつけたのが、……」


 そこまで聞くと、栗原は思わず、立ち上がる。 血の気が引くのを感じた……──

 栗原の様子を前に、丸島がフッと笑う……


丸「やっぱりな。お前、気が付いていたのか? 俺らも後から知ったんだが……お前と仲の良い、“あの天然女”……松村の娘だろう?」


柳「おい栗原、“失恋”って、その女にか? もしかして、拒絶でもされたか?」


栗「……──」


上「どうやら、そうらしいな……」


丸「俺がもしもソイツらなら、こう思う。 “その女を利用したいが、栗原 聡がいたら、女に手を出せねぇ。だから、女と栗原の仲が、壊れてしまえばいい”──ってな」


 藍がいきなり、自分を拒絶した理由が、分かってきた。 なぜであったのか、読めてきた……──


柳「その女、何かを吹き込まれたんじゃねぇのか? “栗原は、最悪とかアホとか間抜けとか、イ○ポとか”……」


上「柳、吹き込む例えのレベルが低すぎる。──例えば“栗原が君と仲良くするのは、君を利用する為だ”……とかが、妥当だろう?」


丸「ここまで聞けばお前も、コノ話しに乗ってくれると思うんだが……──つまり、今回は協力して、俺ら四人で、ソイツらブッ潰そうぜ? ……」


 栗原の返事を待つように、三人の視線が、栗原に向く。


栗「あぁ。その話、乗った」


 栗原の中で、もう答えは決まっていた。

 栗原の返事を聞いた三人は、柔く笑みを作った。


栗「……──だが、相手の規模はどのくらいだ? 3.5人だけで、大丈夫なのか?」


柳「は? お前……3.5人って……-0.5はなんだよ!」


栗「は? 柳の骨折分に決まってんだろう!」


柳「?! なんだとテメー! この俺が0.5人って言いてーのか?!」


栗「そうだ。その腕じゃ戦力半減だろう! 戦力に換算したら、3.5だ!」


柳「はぁ?! 俺の戦力は元々、1.5人分なんだよ!-0.5で、今がちょうど1だ!」


栗「何だとテメー?! 苦し紛れの言い訳しやがって!」


丸上「「……――」」


 バチバチする二人を、ただ眺めているしかない丸島と上柳。


丸「コラ! どうでもいい喧嘩するな!」


上「?! ……丸島が、まともなことを言った……」


丸「?!」


 そうしてドタバタはしたが、四人は今回は協力し合うこととなった。


 『今回は協力して、ソイツらブッ潰す』──その決行の日は、とりあえず、明日という事になる。 藍のこともあり、栗原は『今すぐ』と主張したのだが、その意見は通らなかった。


 明日までの僅かな時間だけなのだが、藍のことを考えると、その時間が果てしなく、長いものに思えた。


 そして日も暮れ……──


上「また明日会おう」


 一先ずこの日はこれで解散だ。

 栗原も見送りに、外まで来ている。


栗「どうして明日なんだよぉ~……今すぐブッ潰しに行こうぜぇ……」


 実はまだ、栗原は納得していないようだ。


柳「うるせー奴だな。ワガママ言うな! ガキかよ!」


上「栗原、大人しく待て」


栗「え~……明日にして、藍に何かあったらどうするんだよ……」


柳「知らねーよ。お前の恋愛に付き合ってやる時間はない!」


栗「柳ぃ~! 見捨てるなよ~! ……」


 だがすると、名乗りを上げる男が一人……──


丸「フン! 見てられねーな! この俺が、話しを聞いてやってもかまわねぇ!」


 またニヤニヤとしながら、丸島が食い付いてきた。

 柳と上柳は、引きぎみである。


柳「アイツ丸島、こういう話し好きだな……乙女かよ……」


 柳の言葉に、上柳も頷いている。

 そして、栗原と丸島は……


栗「英二君! 信じていたぜ!」


丸「栗原君! この俺に任せとけ!」


 なんと意気投合し始めている。


柳「……なぁ上柳、アイツの恋愛相談は、丸島なんかに務まってしまうのか?」


上「猫の手も借りたいらしいな……」


柳上「「…………」」


 柳と上柳は、恋愛脳な野郎二人、栗原と丸島を観察している。


丸「栗原! お前ホント仕方ねぇーな? 無視されたら、直接家に行きゃいいだろうが! ホンット仕方ねぇ奴! オラ、乗れよ?」


栗「そっそうか! ……よし! 丸島! ×××団地へ行け!」


 『乗れよ』と親指で差された丸島のバイク。その後ろへと跨がる栗原。


柳上「「…………」」


 唖然とする、柳と上柳。


柳「アイツ丸島、何気に世話やきだな……」


上「そのようだな……」


 ──そして栗原と丸島は、柳と上柳を残して、颯爽と去ったのだった。


柳上「「………」」


 こうして珍しく、いつもとは違う組み合わせとなった。 いつもなら、反りが合うのは“栗原と上柳”、“丸島と柳”の方であるから。


柳「メシでも食いに行くか?」


上「あぁ。そうだな」


 そしてこちらは、柳は右腕を骨折しているので、上柳のバイクで移動することに。 上柳のバイクの後ろに、柳が乗る。


****


 そして栗原と丸島は……──


「おい栗原! ×××団地のどこだ?」


「三本目を右!」


「了解」


 言われた通り、三本目の道路を曲がる。曲がればもう、藍の家が見えてくる。

 そして道路を曲がった先で、丸島はその目にある光景をとらえた。


「あ? ……」


「どうかしたか?」


 不思議に思い、栗原は先を覗き見る。

 すると家の前に藍が立っていて、誰かと、話していた……


「「……――」」


 〝知り合いだろうか?〟と、何気なく考えながら、じっと藍を眺める二人。

 そう広くない団地の道路だ。スピードを落としながら、そのままゆっくりと、バイクで走っていく。

 家の前に立っている藍は、もう目と鼻の先だ。だがその時……──


「?! ……──」


 藍が、その話していた何者かによって、車の中へと押し込まれた……――


「藍ッ?! ……――」


 栗原が思い切り叫ぶ……――

 そしてその車は、急発進する──


 ─―ブォン……! ……


 一旦バイクを停め、ポカンとしながら、丸島が振り返る。


「は? どんな展開だよ?」


「英二ッ!! 止まるなよ?! 〝追えッ!!〞」


「お、おう……」


 〝やれやれ〟と思いながら、丸島はハンドルを握り直す……──


「おい、ヨソ者栗原。 黄凰のスピードに、綺麗に乗れるか? ……――」


 栗原は、強い目をして答える──


「あぁ。上等だ!!」


 栗原の返事を聞くと、丸島は愉しそうに、口角をつり上げた……─―


「死にたくなきゃ、思い切り踏ん張れや! コノ風、ブッ裂くぞ!! 」


 そしてバイクは、一気に加速――


 夜の闇を、夜の風を裂く……──


 猛スピードで、闇夜を駆け抜けていくのは、黄の鳳凰――


****


 その頃、柳と上柳は……──


「よし、食い行くか」


 反対側の通りのある、一軒のラーメン屋へと向かおうとしていた。 信号が、青になるのを待つ。

 と、その時……――


「!? ……―─」


「?! ──」


「「……――??」」


 目の前を物凄いスピードで、バイクが駆け抜けていった──

 二人は目を見張り、あんぐりと口を開けた。


「丸島?!」


「と、栗原」


「「……――」」


 駆け抜けて行ったバイクを運転していたのは、丸島だ。その後ろに乗っていたのは、栗原。

 バイクが走り去った方を眺めながら、柳は呆けている。


「アイツら、あの女の家に行ったんじゃないのか? 女に逃げられたのか?」


「まさか……どんな逃げ方されたら、あんな全力で追うんだ? ……おかしい……――何かあったのか――」


 ──“何かある”。感付いた上柳の瞳が、鋭く変わる……──

 駐車場に停めたばかりのバイクの元へと、上柳が引き返す。


「柳、追うぞ。――早く乗れ!」


「?! ……あぁ……――ちくしょう。俺のラーメンが……」


 しぶしぶと、柳もバイクの後ろへと乗る。

 上柳が柳の方を振り返り、骨折した右腕を見る……──


「吹っ飛ばねぇように気をつけろ。この闇、駆け抜けるぞ!!」


「おせっかいだ! 腕一本ありゃ、どうにでもなる!」


 そしてこちらも、一気に加速する──……


 白き麒麟が、荒んだ夜の街を、駆け抜ける――



 藍を連れ去る車を追う丸島と、それを追う上柳。二台のバイクは、闇夜を駆け抜けていく……──ある時は、車と車の間を縫うように……──


 渋滞待ちの車が連なる道路、中央線の真上を綺麗に走る……──


 黄色が赤になる瞬間、滑り込む──


 その時、追う車が、急な方向転換をする……──


 直ぐ様こちらも方向を変える──


 急な方向転換。──スピンせずに持ち堪えさせて、耳に残るような音を響かせながら、方向を定めると、上手くバイクをアクセルターンさせる……──


 丸島が得意気に笑う。


「俺から、逃げられると思うなよな!?」


 そして再び、一気に加速する……──


 逆車線、中央線の上を一直線……──そのうちに、パトカーのサイレンの音が響き始める――


――「前のバイク止まりなさい――……」


 警察の制止の言葉。


上「耳障りだ――……止まれるかよ? ──」


 制止の言葉も、お構い無しだ。


柳「賑やかな夜だな?」


 栗原が振り返ると、後ろにパトカーがついている。


栗「この声、松村か……――?」


丸「フン――……止まっちまったら、アンタの娘を見失うってな!!」


 ハチャメチャなルートの運転に、警察も追うも追いきれない……──


 次第に、パトカーの音も遠ざかる……──


 そしてまだまだ、二台のバイクは、この夜を駆け抜けていく――


****



(※道路は正しいルールを守って走行して下さい。)

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