【頂点争いとすれ違い 4/4 ─翌日─】

****


 ──そして翌日。太陽が昇れば、再び、住人たちの平凡な日常が訪れる。

 昨夜の乱闘が、まるで嘘に思えるほど、街は賑わい、活気に満ちる。

 そんな日の、ある家庭でのこと……──


「昨夜もまんまと、奴等にやられた……!」


 コーヒーを片手に、不満を漏らす男が一人。


 そんな光景を、洗い終わった食器を拭きながら、苦笑いで見ているのは、この男の妻。


「アナタ、そんなに怒らないのよ?」


「怒らずにいられるか! ……――昨夜、4チームの頂点が決まった。 勝ったのは、ブラック オーシャンだ! なんとしても、ブラック オーシャンの拡大を防ぐ! そうでないと、この街に平和は訪れない!」


「熱弁されてもねー? ……私には、何も出来ませんけど?」


 呆れた態度を取る妻。

 するとそこに、階段から娘が下りてくる。

 妻は娘に話し掛ける。


「“藍”、聞いてちょうだい。あの人ったら、また私に熱弁してくるのよ? 私に、どうしてほしいのかしら?」


「えー? もしかしてお父さん、また、逃げられたの? あの、何とかと何とかと、何とかと何とかと……とか言う、四人の総長に……」


 『そうなのよ~』と言って、母親は困った表情をする。

 そうこの家庭では、“そんな話が日常茶飯事”なのだった。


「じゃあ私、大学に行ってくるね」


 藍はにこやかに、玄関へと向かう。玄関へと向かう途中、藍は父親と鉢合わせる。


「藍、どこへ行くんだ?」


「あっお父さん! 大学に行って来るね?」


 何が嬉しいのか、藍はニコニコと笑っている。

 そんな娘を、じっと見る父親。


「やけに嬉しそうだな。何か、良いことでもあったのか?」


 すると、藍は答える。


「大学でね、素敵なお友達に出会ったのよ? 今日も会えると思うと、嬉しくて……」


 父親は、快い優しい表情を作った。


「そうか。良いことだ。なんて人だ?」


 すると……


「うん。“聡”って言うのよ」


 藍はテヘッと笑う。

 父親は、一瞬……停止する。


「聡だと?! ソイツ、男なのか?!」


「あれ? 女の子だと思ったぁ?」


「そう言うことじゃない! 大丈夫なのか?! 藍、お前は純粋すぎる! 男なんて皆、ろくな奴じゃない! 騙されているんじゃ……」


「え? 『男は皆』って……お父さんも男でしょう??」


「父さんは別だ!」


 首を傾げる藍。

 父親は、過剰に心配してくる。

 ……そしてこの後、父親に追い討ちがかかる……


「何処のドイツだ! 何をしている奴だ! 名字は何だ!」


「そんな詳しくは分からないよ~……けど名前は、“栗原 聡ぅ”……」


「くくく……栗原 聡っ?! ……」


 父親の耳に聞こえてきたのは、トドメ的、名前だ。

 凍りつく父親。

 藍は呑気に、思い出すように、話し出す……


「う~ん。何をしてる人だろう? 運動神経がすごくいいからぁ~、スポーツ関係かなぁ? 面白いのよぉ? 聡ったら、よく、お友達と追い掛けっこしているの。その聡の友達は、たしかぁ……丸島くんと、柳くんと、上柳くん!」


 最後まで、にこやかな笑顔で喋り終えた藍。

 父親は、呆然とするばかりだ。


「その三人まで、出てきたらもう……――同姓同名なんて……ものじゃない。 ほっ本物……」


 やはり藍は、首を傾げている。

 父親は、真剣な表情をする……


「いいか、藍? しっかりと聞け! そいつらは……──」


 ある日のこと、父親に聞かされた内容は、衝撃的なものだった……――


****


 そしてその頃、栗原は……──


「また夜に会おうぜ? 俺、出掛けてくる」


「あっ! 総長、どこに行くんですか?」


 出掛けようとした栗原を、部下が呼び止めた。


「どこって……――また、大学に遊びに行く」


 するとその部下の表情が、曇った。


「もしかして総長、また、あの“写真の子”と会うんですか?」


 『写真の子』というのは、藍のことだ。前に藍のカメラで、二人で一緒に撮った写真。その写真を、栗原は何人かの部下に、見せたことがあった。


「そうだけど? 何か不満か?」


「いや、実は……――」


「なんだよ? ……」


 すると部下は、言いづらそうに、話し始める。


「実は、あの写真の子を、間接的に知っている奴がいて……ソイツの話しによると、あの子……──」


「……──」


「あの子の父親、警察官らしいですよ? しかも、毎回、俺らを追ってくる奴……」


 その言葉に、栗原は不意に、ドキっとする……

 昨夜、“松村”と名乗ったあの警察を、思い出したから。


「総長……あの子には、会わない方がいい……もしかしたら、騙されてるんじゃ……」


 ──だがその時、栗原は思い切り、壁を殴った。

 その部下は、肩を震わして、喋るのを途中で止める。

 栗原はその部下へと、鋭い目を向けた。


「藍が、俺を騙すわけないだろう!」


 栗原は感情的にそう言い張る。そして、外へと出る。


「……――」


 いつも通り大学へと向かうが、なぜだか、心がモヤモヤとしていた。


****


 そしてその日、栗原と藍は、いつも通りの裏庭で会っていた。


「「……─―」」


 なぜだか会話も弾まず、この日は沈黙することが多い。空気が、いつもより重い。


 無言で二人はただ、桜の木の下に座っていた。


 藍は栗原の方を向く。栗原の横顔を、眺めた。


「ねぇ、聡……」


 藍に呼ばれて、栗原も藍の方を向く。すると、藍は悲しげな顔をしていた。


「お前……どうしたんだよ? そんな顔して……――」


「ううん。……ねぇ、聡に聞きたいの……」


「……――」


 一呼吸置くと、藍は言った。


「聡、その……どうしたの? ……」


 藍は悲しそうに、栗原の頬の傷に触れた。


 父親に、全て聞いてしまった。ブラック オーシャンのことも、昨夜の乱闘のことも。“乱闘”だなんて、信じたくなかったのに、栗原の頬には、傷がある。

 違う答えを言ってほしくて、聞いたのだ。


「このキズは……――」


 栗原は藍に、答えられなかった。

 藍は悲しそうに、視線を反らす……


「聡には……――私に言えない、秘密があるんだね……――けどね、私にも、秘密が出来た。本来なら、秘密にするようなことじゃ、ないけど……――」


 藍は下を向いたまま、そう、呟いていた。そして、悲しげな表情のまま藍は顔を上げ、栗原を見ながら、言ったのだ……――





『アナタに言えない、秘密があるの…』





( アナタは言った。


“知ってるよ”


アナタの表情は、


ひどく、哀しそうだった……―― )




────────

─────────────



 これは王座の始まりと、すれ違いの、始まりだった……――


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