【頂点争いとすれ違い 3/4 ─オーシャンと黄凰─】

 ──こうして残るは、2チームのみになった。 ブラック オーシャン、そして、黄凰。 栗原と丸島だ。

 二人は中心で、向かい合う。

 他のメンバーは、その周りで、固唾を呑みながら、勝敗の行方を見守る。


 先に、栗原が口を開く。


「俺ら、二人だけか……」


「残念だがな……――上柳はどうしたんだ?」


 栗原は首を傾げる。 上柳が身を引いた理由を、知る由もない。


「さぁな。“最後は四人で暴れよう”って……言ったのにな。 ……──柳はどうしたんだ?」


「柳は……――」


「何だよ?」


 丸島は紫王の方へと視線を向け、眺めながら言う。


「……姫を守って、怪我した。守る奴がいるって、大変だよな」


「なるほど。納得だ……――」


 そして再び、二人の間には、緊張が走る。

 二人とも、鋭い瞳へと変わった。二人の睨み合い……――


「さて……――柳と上柳の分まで、俺ら二人で、暴れようぜ?」


 丸島が、口角をつり上げる。


「その通りだ。愉快な夜だぜ」


 続いて、栗原も口角をつり上げる。


「「王座は俺のものだ」」


 二人の言葉が綺麗に重なって、最後の乱闘が始まる。


 紫の王と、白き麒麟は、この夜に敗れた。 そして始まるのは、黒き海と、黄の鳳凰の、一騎討ちだ――


 二人、ほぼ互角の喧嘩が続く。


 行方の分からない勝負を、観衆は息を飲んで見守る。


 ──とんできた拳、それを受け止める栗原。 同じく、もう片方の手で、栗原の拳を受け止める丸島。


「さすが栗原だ、簡単には、いかねぇか」


「お前もな……」


 丸島はそのまま体勢を一気に低くすると、足払いをする──


「?! ……──」


 体勢を崩す栗原……──そこにすかさず、丸島の拳がとんできた──

 ……──そうしてそれを、何とか受け止めた栗原。

 ──丸島が舌を打つ。


「ちくしょう。もう少しだったのによ……──」


 栗原がフッと笑う。


「そんな簡単に、テメー喜ばしてたまるかよ」


 その崩れた姿勢のまま、栗原の蹴りがとんできた。

 〝不意打ち〟。崩れた姿勢から、蹴りがくるとは思わなかったのか、丸島は驚いた表情を作りつつも、どうにかそれを躱す。


「「……――」」


 お互い一歩も譲らないまま、再び二人の間に、距離が出来る。


 すると丸島は、さらに数歩、後ろへと下がり、栗原と距離を取った……――


「あ? なんだ……─―?」


 丸島の行動に、一瞬、首を傾げる栗原。


「首かしげてる暇なんて、ねぇぞ? ──」


 丸島はニッと笑い、栗原に向かって、一直線に走り出す。──そして、得意の、飛び蹴り。


 その瞬間、黄凰のメンバーたちから、歓声が聞こえてくる。


 栗原は、避けるが避けきれず、肩に飛び蹴りを食らう。


 丸島は綺麗に着地し、口角をつり上げながら、振り返る。


「気分はどうだ? ──」


 丸島は嫌味な笑みを作る。

 栗原はよろけながらも立ち上がり、顔を上げる。 そして、口角を吊り上げた。


「さすが、“黄”の鳳凰様だ。よく飛ぶんだな」


「あ? 褒めてるのか? 馬鹿にしてるのか?……――」


 丸島は表情をしかめる。

 栗原は“当然”、という顔をする。


「褒めたんだ!」


「テメーが言うと、嫌味っぽいんだよ……」


 気を取り直して、二人の殴り合いが始まる。

 次々に、お互いが拳を繰り出す……──避けて、殴りかかっての、繰り返しが続く。


 栗原は驚くほど綺麗に、しなやかに、避けて引いて、そして拳を繰り出す。 丸島からの拳を、上手に受け流す……──

 避けられた丸島は、体勢を崩した。 体勢を崩した丸島は、すぐに栗原の方を向く。 だが振り返った丸島へと、栗原の拳が迫る。──そうして次の瞬間、丸島の頬に直撃した。


 ブラック オーシャンのメンバーたちから、歓声が沸く──


 殴られ吹っ飛んだ丸島は、切れた口元に触れながら、片手を地に突く。顔を上げた……──


「さすが、黒の海……――引いたり、押し寄せたり……上手なもんだ」


 栗原は満足げに、口元に笑みを作った。


「あぁ。ありがとよ? その褒め言葉、ありがたく頂いとくぜ?」


 だがすると……


「お前、プラス思考だな。……俺としたことが、馬鹿にしたつもりが……――」


 思わず、ガクッとなる栗原。


「お前、なんて人を馬鹿にするのが、下手な奴なんだ……“いい人”の才能、あるんじゃねぇの? ……」


 〝何を言ってやがる?〟と、丸島は呆れながら立ち上がる。


「馬鹿言うな。そんな才能があったら、とっくにここから、おさらばしてらぁ!」


「それもそうか……」


 二人、体勢を整えて、再び構えた……――


 いつの間にか、雲に隠れていた月は、その姿を現していた。


 月光の光が、二人を照らす……──


 この月は、見守りはせぬが、勝負の行方だけは、見届けようと言うのか……――それとも、嘲笑いに来たのか……


 美しき月光さえも、素直に喜べぬ……――この、荒んだ心――


 ──怪しげな月が、照らし出すステージ。


 その争いは、着々と、終わりへと近付いていった……─―


 ──気が付けば二人とも、荒い呼吸で、睨み合っている。 お互いに傷だらけであり、お互い、もう、フラフラだ。


 最後の最後まで、勝敗がまったく予想できない喧嘩だった。


 荒い呼吸のまま、栗原は笑み作る。


「ホント……――上柳と柳も含めて、お前ら三人は……─―最強のライバルだ……」


「ホントにな……――もしも、俺ら四人が手を組んだら……――とんでもねぇことに、なるだろうな……」


 丸島も荒い呼吸のまま、笑みを作って答えた。


「それが出来ねーから、こんなことになってる」


「その通りだ」


 可笑しそうに、二人は笑い合った。


「「……――」」


 会話は途切れて、自然と、和やかな空気が消え去る……――

 先程まで笑っていた二人は、もう、いない。

 驚くほどの、変わりようだろう。

 二人の瞳が、変わる……――それは、ギラギラとした、欲望の瞳だ……──“王座”を狙う、野心の瞳。


 彼らは、求め続ける。そこに何かがあるからなのか、それとも、ライバルと張り合うことだけが生き甲斐だからこそ、それを求めるのか……ただ、言えることは、彼らは今此処で、“必死に生きている”、と言うこと。


 手に入らぬ何かを、追い求めて……──


 いま此処で、必死に生きる為に、呼吸をしている……――


「黒の海は、永遠だ……――」


「鳳凰は、飛び続ける……――」


 今宵の月の下、まるで、感情を吠えるように、お互いがお互いに向かって、走り出し、拳を構える──


 これが、“最後の一撃”──



━━━【〝Marushimaマルシマ〟Point of vie視点w】━━━


 光輝き……息を飲むほど美しい、あの鳳凰……――


 目映く美しいその容姿には、新しき日を告げる、真っ当な太陽が、よく似合う。


 美しき鳳凰に憧れながらも、俺らは夜にしか、生きられない……


 夜の闇を吸い込み、夜に犯され、この夜に狂い、生きる……――


 荒んだ心には、太陽は眩しすぎる……


 だから世界が闇に包まれたなら、あの月を見る―――


 太陽に後ろから照らされて、黄色く輝く、月を見る……─―


 その月を見て、憧れの鳳凰に、この心を寄り添わせる─―


 貴方に似合う太陽は、あまりにも、強く輝きすぎて……──俺の醜い心まで、映し出してしまうから……


 そう、昼間は、息が詰まる……


 夜に生き、夜に泣き、夜に吠える……──


 月に貴方の面影を感じながら、吠え続ける……


 太陽の下で、堂々と笑えるような……──美しい心が欲しいと、吠え続ける。


 愛しき鳳凰に似合う心が欲しいと、泣き叫ぶ……──


 荒んだ心など、捧げられる筈はなく、何一つ、あの鳳凰に捧げられるモノはない……


 それでも、捧げることが許されたなら……──迷わず貴方へ、全てを差し出すだろう……――


 美しき鳳凰に、恋い焦がれながら、今宵も夜の毒に、犯される……――


───────────────

─────────



 ──“最後の一撃”……――



 丸島の拳を、ギリギリ避けた栗原……──だが、完全には避けきれず、その頬に掠り傷が出来る。

 ──そして、栗原の拳は、まともに丸島の腹に入った。

 腹に拳を受けたまま、丸島は前のめりに、栗原に身体を預けるような形になる。

 身体の力が完全に抜け落ちそうになる丸島を、栗原が支えた。


「……――ちくしょう……」


 体力も尽き、朦朧とする意識の中、丸島が呟いた。


 最後まで、どちらが勝っても可笑しくなかっただろう。どちらも極限状態であったから。

 観衆たちは、驚きと興奮と、衝撃が大きいらしく、すぐには、この緊張感を、取り払えなかった。

 だが呆気に取られる一瞬も過ぎ去り、少しの間をあけてから、ブラック オーシャン側から、歓喜の声が沸き上がった。更には、全観衆たちから、拍手まで聞こえてくる。

 ブラック オーシャンが、頂点を勝ち取った瞬間だった。


「総長!」


 勝敗がついた後、すぐに駆け寄って来たのは黄凰の東藤だ。

 栗原は支えていた丸島のことを、東藤へとを引き渡す。

 東藤に支えられながら、丸島は上がった呼吸を整えている。


「東藤……――りぃ、俺……」


 丸島は、まともに力の入らない拳を、それでも、悔しくて強く握った。


「総長! ……――なに謝ってんだよ……十分だ……」


 だが丸島は、首を横に振る。


「駄目だ……――ここまできて、頂点取り損ねて……――俺、何してんだよ……――最悪だ……俺、もう――」


 朦朧としながら、呟き続ける丸島。


「……なぁ総長……もう、良いって言ってんだろ……」


「良くねぇよ……――」


 丸島は手で、目を覆った。


「おい、総長! ……――しっかりしろよ……オイコラ! 英二!!」


「……――あ?!」


 名前を呼ばれて一瞬、意識がはっきりとする。

 東藤は真剣な面持ちで、丸島の目をしっかりと見て、言い聞かせるように言う。


「頂点争いに敗れたからって、そんなのは、どーでもいいんだよ……! 俺は変わらねぇ……お前の下で、“黄凰”の副総長のままだ!」


 丸島は東藤の言葉を、じっと、何かを思うように、聞いていた。


「たとえ全てを失っても、俺だけは絶対に、お前から離れたりはしねぇ! 全て無くなったら、また一から、二人で作りゃいいんだよ……!! ――」


 丸島は思わず、目頭が熱くなるのを感じた。


「鳳凰は、飛び続ける……――黄凰は、無くならねぇ……」


 総長と副総長は、今日ここに、そう誓ったのだった。


 ──そしてその光景に、当時は無名だった二人組も、胸を熱くした。


「ホンマ……――立派なもんやな……あの二人の、絆……」


「俺、黄凰でマジ良かったぁ……――東藤さんと、丸島総長……――カッコ良すぎだろ……」


 当時無名であった、吉河瀬と花巻だ。



 ──『全て無くなったら、また一から、二人で作りゃいい』──


 だが彼らが、全てを失うことはなかった。誰一人として、敗れた総長を責める者はいない。

 彼らは全員、これからも変わらず、黄凰であり続ける。



 ──星の輝く、ある夜の出来事だった。

 4チームの頂点争いの、終わり。そしてその“終わり”は、彼らにとって、“始まり”でもあった。



──────────────

──────────

──────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る