【頂点争いとすれ違い 2/4 ─紫王と白麟─】

━━━━━【 〝紫王シオウSIDEサイド〟 】━━━━━


「来るんじゃないよ!!」


 暗がりに隠れていた椿だったが、敵に見つかってしまったようだ。

 だが、椿は強気だった。履いていたハイヒールを脱いで、ソイツらに投げつけた。


「痛ッ!」


 ハイヒールを顔面に食らった男が、そう声を上げた。

 それを見たもう一人が、思わず吹き出す。


「いって~……」


「さすが椿姫、威勢がいいよな?」


「威勢はいいが……ココにいるべきじゃないだろう?」


「……確かに」


 男たちはそのまま、会話に夢中になり始めた。

 そのうちに、椿は逃げ出す……──


「あっ?! 逃げたぞ!!」


「椿を捕まえれば、儲けもんだ。逃がしはしない」


 男たちは追ってくる……──


「来るんじゃねーよッ!!」


 捕まるわけには、いかなかった。『足手まといになるな』そう、言われていたから──

けれど、逃げ切れそうもない。意を決して、椿は振り返る。そして……――


「紫王の椿様をッ舐めんじゃねーー!!」


 追ってきた男の脚を、バットで殴った。

 男は脚を押さえながら、地面に倒れ込む……


「?! ……この女ッよくもやりやがったな!?」


 もう一人が、椿に向かって怒鳴りつける。


「アンタなんかッ! 柳と比べりゃ、恐くなんてねぇんだよ!!」


 椿は上手にバットを振りまわし、男は怯む……――

 だが、男にバットを掴まれてしまう。

 バットを握る椿の手が、プルプルと震える……


「どうだ? バットがなきゃ、何も出来ねぇだろう?」


 男が笑みを作る。

 椿は男の顔面に唾を吐いて、尚も抵抗する。


「この女ッ! いい加減にしろ!!」


 男が思い切り、椿からバットを引ったくった。


「かっ……返せッ!!」


 椿はバットを取り返そうと、手を伸ばす。

 男は面白がるように、バットを高く上げた。


「コノ野郎ッ!返せ!!」


 椿が男の腕に、思い切り爪を立てる……──


「ッ?! コノッ! 放せッ!!」


「返さないなら、放さないッ!!」


「ぅるせぇ!! クソ女がッッ!! ……――」


 カッとなった男が、力任せに椿を突き飛ばす……――

 そして突き飛ばされた椿は、建物の壁にぶつかった。

 壁に思い切り指を突いてしまい、左手の薬指の爪と肉の間から、血が滲んだ。

 依然、強い目をする椿。フラフラと、立ち上がる……――


「あ? まだ、そんな目をする余裕があるのか? 目障りだ!!」


 男が拳を振り上げる……──


「………?! ……──」


 ……だが、振り上げた拳はそのまま、宙で止まる。

 男のその腕は、後ろから誰かに掴まれて、動きを止めていた……

 男が恐る恐る、振り返る……──

 ──そこにいたのは、柳。

 男の顔が、一気に真っ青に変わった……――


「“目障り”は……――テメーなんだよ!! さっさと失せろッ!!」


 そう怒鳴ると、柳はその男の腹に、蹴りを入れた。

 男は地面に倒れ込む……──


 椿は驚いた顔で、柳を見る……


「……柳……――」


 柳は何も言わずに、椿を見る。

 椿の左腕をそっと掴むと、薬指に滲む血を、じっと眺める。 そしてその滲んだ血を――“舐めた”。


 柳の行動に驚き、止まる椿……──


 そして柳は、男の方を振り返る。

 男はちょうど体勢を立て直し、立ち上がるところだった。

 ──柳が、意地悪そうに笑う……


「オイ、コラ? テメー……うちのサルに怪我されるとは、いい度胸だ」


 男はようやく、立ち上がる。


「柳ッ……――!」


 すると柳の表情が、先程よりも増して、一気に不機嫌なものへと変わる……


「ぁん? 今、なんつった? ……――口の利き方、気を付けろ?! “柳様”──だろーが?!」


 ─―ガツン!!


 その男を思い切り、殴り飛ばした。ソイツが地面に倒れて、この場はしんと、静まる。――……


「「……――」」


 その後、椿と柳の間には、長い沈黙が流れている。


「柳……――どうして……」


「は? ……――テメーは、いちいち面倒な奴だな? ……理由なんてねーよ」


 柳は椿に背を向けて、立ち去る。


「……――」


 そして再び、振り向いた。


「椿! 早くしろ。行くぞ!」


 柳の言葉に椿は小走りで、柳の方へと向かって行った。そうしてちょうど、椿が先程の男の前を通る。その時……――


「……?! ……――」


 倒れていた男が、椿の片足を掴んだ。


「なんだよ? 放しな?」


 不機嫌そうに頬を膨らましながら、冷静に男にいい放った椿。


「まったく……――しつけぇ野郎だ……」


 柳は呆れたように、椿の方へと歩を進める。


 ……──倒れていた男が、フラりと立ち上がる。そしてその男は、地面に転がっていたバットを、手に掴んだ……――

 男がバットを掴んだのを見て、椿、柳、二人の血の気が、サッと引いた……――


「コノヤロォ……! まだッ終わってねぇー!!」


 男がそう言って、椿に向かってバットを振り下ろす……――

 身構えて、目をギュッと閉じる椿……──


「椿ッ!! ……――」


 柳が思い切り、椿の名を叫ぶ──


 バットで殴り付けた、鈍い音が響く……


「……――?!」


 咄嗟に飛び込んで、柳がバットを、右腕で受け止めていた……――


「……――」


 思い切り振り下ろされるバットを受け止めた柳の右腕が、ダランと……力を失う。

 尋常じゃない右腕の痛みに、柳の表情が歪んだ。

 そのまま柳は、男を怒鳴りつける……──


「だからッ……うちのサルに……――手ぇ出すんじゃねぇーよ!! ……――」


 そして柳は思いっ切り、その男に、頭突きを食らわすのだった。

 今度こそ男は地面に倒れて、気を失った……――


 柳の荒い呼吸が響く……


「……――行くぞ。椿……」


 柳は普通にそう言うが、柳の右腕は力なくぶら下がっているだけで、まったく動かない。

 柳は、尋常ではない汗をかいていた。


「柳……――腕が……――私のせいで……」


 椿は柳の腕を見て、プルプルと震えて、目に涙を溜める……――


「は? 腕がなんだよ? ……――舐めてんのか、サル……腕の一本、使い物にならなくても、俺は最強だ」


 柳は動く左手で、椿の頭を撫でた。


 ──4チームの頂点争い、“王”の座から、紫王が、遠ざかった瞬間だった。



━━━━━【 〝白麟ハクリンSIDEサイド〟 】━━━━━


「お前、しつこいぞ。そろそろ諦めたらどうだ?」


 上柳は余裕の表情。そして相手の男は、生傷だらけだ。


「余裕かましやがってッ……!」


 相手は気が立っていて、すごい形相で、上柳を睨み付けている。

 上柳は冷静な面持ちまま、冷めた眼差しを男へと向けている。


「吠えたきゃ吠えろ。お前に勝利はない――」


 そう言うと、上柳はその男に背を向けた。


「待てッ! まだだッ……――」


 上柳が振り返る。


「徹底的に叩きのめすのも、本望じゃない。お前にはもう、用はない」


 上柳は再び前を向き、男に背を向け、歩き出す。だが……


「そんなぬるいこと……――誰が許すか……俺のこと、徹底的にやらなかったこと……――後悔させてやる……」


 気の狂った男の目が、上柳の背中を睨み付ける……――

 男の手に握られた銀の切っ先が、怪しく光った……

 男はナイフを片手に、上柳に向かって走って行く。

 気配に気が付いた上柳が、後ろを振り返る……――


「上柳ッ! これで終わりだ!!」


 男の手に握られたナイフを見て、上柳が目を見張る。


「お前ッ……! ──」


 振り下ろされたナイフを、どうにかかわした。

 ……だが、男に飛び掛かられて、馬乗り状態にされる。

 ナイフを上柳に近づけようとする男。……──そうならないように、ナイフを握った男の手を掴む、上柳──

 ぶつかり合う二人の力。その間で揺れるのは、銀に輝くナイフ……─―


「……――てめぇッ……! 馬鹿なことするんじゃねーよ……ッ! ……――」


 ナイフに下から力を加える上柳に対して、男の力は上から加わる。力と一緒に思い切り、体重もかけてくる……──


 銀の切っ先が、徐々に身体に近付く……──


 力が抜けてくる。──もう完全に、この手の力が、崩れ落ちそうになる……――


 その時……――誰かが、馬乗りにしてくるその男を、蹴り飛ばした。

 男が蹴り飛ばされて、ナイフが音を立てながら、地面へ落ちる。

 同時に、男の手を掴んでいた上柳の両手も、地面へとつく……─―


 突如現れたその人物が、ナイフを拾い上げて、言った。


「“コレ”は、ルール違反だぜ?」


 そう言うとその男は、そのナイフを、近くにあった川へと投げ入れた。

 その人物が、今度は上柳の方を向いて言う。


「オイ、上柳、大丈夫か……?」


 上柳は驚き顔のまま、上半身を起こした。


「……栗原……――」


 そう、上柳を助けたのは、ブラック オーシャンの栗原だった。


 上柳は目を丸くしたまま、唖然と栗原を眺めている。


「どうしてだ……――」


 すると栗原は、ニッと笑いながら答えた。


「借りは返した」


「……は……? ――」


「前、助けてくれただうろ……」


「……――」


 栗原が言っている“借り”とは、大学でのことだった。“藍を担いで、柳と丸島から逃げていた時に、上柳が助けてくれたこと”、そのことを差していた。

 上柳は、唖然とするばかりだ。 だが一先ず安心したように、上柳は再び、地面へと寝転んだ……──


「ぁんなん、“助けた”うちに入らねぇーよ……」


「あ? 助けてやったのに……――助けねぇ方が、良かったか……?」


 すると上柳は寝転んだまま、視線を反らして言った。


「……――ありがと……」


 そんな上柳を見ながら、栗原が可笑しそうに笑う。


「上柳、お前、照れてるのか?」


「ぅるせ~よ……─―!」


 すると、蹴り飛ばされた男が、立ち上がる……


「オーシャンの栗原か……どういうことだ……」


 オーシャンの栗原が、白麟の上柳を“助けた”。その図が理解できない男は、混乱したように言っている。


「あ? ……なんだよ? 悪りぃか?」


 栗原がその男を、睨み付ける。


「俺のライバルに、ナイフなんか向けやがって……――ただじゃ、済まさねぇぞ!!」


 その瞬間、栗原が思い切り……――その男を殴り飛ばした。

 上柳は寝転んだまま、顔を両手で覆う……


「おい、何てこと言いやがる……――熱い奴だな……」


「なに顔隠してるんだ? ……また照れてるのか?!」


 そうして少しして、再び上柳が上半身を起こした。


「栗原、お前……――いい奴だな。……」


「は?! ……――お前こそ、いい奴だ……」


「「……――」」


 ──沈黙が走る。

 そして栗原も居心地が悪くなったのか、上柳に背を向ける。


「……じゃあ、またな、上柳。 最後は俺とお前と、柳と丸島……四人で大暴れしようぜ? 最後に、また会おう……――」


 栗原はそう言って笑うと、その場を立ち去る……──

 上柳はそんな栗原の背中を、複雑そうに、眺めていた……

 上柳は考え込むように、額に触れる……──


―「総長! ……お怪我はありませんか?! ……」


 地面に座っている上柳を見て、その部下が上柳へと駆け寄った。


「……あぁ。怪我一つ、ない。……」


 それを聞いて、部下が安堵の表情を作る。

 だが反対に、上柳の表情は、曇ったままだった。 

 そして上柳は、うつむきながら言った。


「命まで助けられて、尚、王座を勝ち取ることが、出来ると思うか……――」


「総長? ……」


「……栗原を、殴れるわけがない――……」


 上柳は複雑な表情のまま、固く目を閉じる……


「こんな形で……王座を掴み損ねるとは……――アイツは、いい奴だが、酷い奴だな……」


 上柳は哀しげに、けれど、口元に微かな笑みを作った。


 ──こうして白麟も、王の候補から、遠ざかった……――



━━━━━【 〝紫王シオウSIDEサイド〟 】━━━━━


 柳の右腕はぶら下がっているだけで、手としての機能を果たさない。


 激痛が走っており、尋常ではない汗をかいている。さらに荒い呼吸は、整わない。


「オラッ! さっさと……─―失せろや!! ――」


 相手に思い切り、蹴りを入れる。


 激痛の中、意地で敵を倒していく……──

 怪我をしているわりには、多くの敵を倒してきただろう。


 相手が倒れる。


 ──荒い呼吸のまま、夜空を見上げた……――


 こうして一呼吸ついても、腕の激痛は、和らがない。


「……――ちくしょう……!!! ……──」


 悔しくて、夜空に吠えた……──


 するとそこに、一人の男が現れる……


「よう、柳。調子どうだ?」


 現れたのは丸島だ。

 柳はとっさに、腕のことを悟られないように、無理矢理呼吸を整えた。


「あ? 丸島か……――調子だと? 上々に決まってる。……」


「そりゃ良かった。俺らも上々だ。今のところ、4チームはほぼ互角……――」


 丸島は柔らかい笑みを作って、言葉を続ける……


「ここまで互角なら、最後は、俺、お前、栗原、上柳……──四人で、派手に暴れられそうだ」


 “最後の決着は、四人でやり合いたい”――

 その思いが強いのか、丸島は嬉しそうに言う。

 そしてその思いは、柳も一緒だった。


「当たり前だ――……」


 腕のことは気が付かれないように、冷静な表情で、平然と答えた。……――けれど、簡単に隠しきれるものでもなく……――


「……――」


 丸島と会ってから、無理矢理ととのえた呼吸が、荒くなり始める……――

 隠しきれない激痛に、柳が表情を歪めた。


「……おい……柳……――」


 その異変に、丸島が気が付く。


「お前、その腕……――」


「あ? ……――腕が、なんだよ――……」


 相変わらず口では強気だが、もう、限界だった。

 痛みは余計に、倍のスピードで体力を奪った。さらに、無理をして、激痛は増す一方だった。腕の激痛に、疲労、二つが重なって、意識が朦朧とする……


「……柳ッ……!! ……」


 倒れそうになる柳を、丸島が支えた。

 丸島が、焦った表情を作る……


「オイ!! ……――お前、大丈夫かよ?! ……」


「……――大丈夫に、決まってる……――」


「お前の言葉は……――信用出来ねぇ……!! ……」


 丸島は柳を怒鳴りつけると、柳の特攻服から、右腕を抜いた。

 右腕はバットで殴られた箇所から、酷く変色している。


「酷ぇ……――つーか腕、折れてんじゃねぇーかよ! てめぇは、こんな腕で暴れてたのか?! 馬鹿野郎ッ!!」


「ぅるせーな……――騒ぐな……――」


 目をとじたまま、柳が呟いた。


「うるせーじゃねぇよ! お前っ、大人しくしてろ!! ……――もう、無理だろ……」


 丸島の問いかけに、柳が横に首を振る。

 丸島も、そんな柳を見るのも心苦しくて、歯を食いしばる。


「頂点は、紫王だ……――」


 返す言葉が見付からない。

 そうは言ったが、それを“もう無理”だと言うことは、柳自身が、本当は一番よく分かっていた。


「……――ちくしょう……」


 丸島に支えられながら、柳が呟く。


「それに……――俺が負けたら、あのサル……きっと、自分を責める……」


 その言葉に丸島が視線を反らし、呆れて自分の額に触れる……


「……もしかして、椿を庇ってこうなったのか……? ったく……お前ら、仲良いのか悪いのか、どっちなんだよ……」


「仲は最高に、悪い。……――」


 そう言うと、柳の意識は遠退いた……─―



 ──そして丸島は柳を担いで、紫王のメンバーの元へと、連れていく。


―「総長ッ!!」


―「柳さんッ!! ……」


 すぐに、紫王のメンバーが駆け寄る。


「……柳ッ……!」


 椿も、柳へと駆け寄った。

 そして丸島は冷静に、紫王のメンバーに言う。


「お前らの総長、無茶苦茶すぎる。 その馬鹿が無理しすぎねぇように、今度から、ちゃんと見張っとけ」


 紫王の男が、丸島を睨み付ける。


「丸島ッ! テメーがやったのか?!」


 すると、すぐに椿が、その男を止めた。


「違うんだッ! ……――柳の怪我は、私のせいだ!! ……――」


 その言葉に、紫王のメンバーもすぐに、柳の怪我の意味を悟る。

 ──そして丸島は言う。


「俺への誤解も解けたところで、失礼するぜ? 柳は馬鹿だが、嫌いじゃねぇ。 “腕が元通りになったら、また喧嘩しよう”って、伝えとけ」


 丸島はフッと一瞬笑うと、紫王のメンバーの前から、立ち去った。


 そして椿は……――


「私のせいなんだ。……――私がいなければ、紫王は頂点になってた! だからッ……――」


 争いに負ければ、その総長は信頼を無くす。それを思って、椿は必死に訴えた。


「だからッ、これからも……――」


 “これからも、柳の下で、紫王を続けてほしい”、そう、言いたかった。

 すると紫王のメンバーたちは椿に、優しい表情を作った。


「当たり前ですよ。椿さん……――柳さんは、椿さんを庇ったんだろう? 知ってる……――柳さんは、すげぇ恐いけど、本当のピンチの時は、俺らを助けてくれるんだ。……俺らはそんな人の下で、まだまだ、“紫王”を続けたい」


 椿は安心して、その場に崩れるように、座り込んだ……――


 ──頂点争いから、紫王が消えた。 だが、負けたからといって、紫王というグループが消えなかったのには、こんな理由があったのだ。



━━━━━【 〝白麟ハクリンSIDEサイド〟 】━━━━━


 上柳は考え込むように、一人、建物に寄りかかり座り込んだ。

 続く乱闘を、眺めていた。

 これだけ大きな乱闘騒ぎ。 警察も含め、怪我人は続出している。


―「乱闘を止めさせろ!! 死者だけは、何があっても出すな!!」


 警察が、必死に叫ぶ声が聞こえる。


 怯むことなく、乱闘を続ける大勢の若者たちを前に、警察は事態の制圧に急ぐ。

 だが警察側は、人手が足りないようだ。 巨大な4チームが終結すれば、多めに集められた警察側の数も、優に越えてしまう。 こう怯まずに乱闘を起こされたんじゃ、制圧すら間に合わないという訳だ。

 そうして警察側が呼んだのか、救急車まで現れる。


 腐った世界、曖昧な善と悪の境界線……


 ──止まらぬ乱闘。目の前に広がるのは、白黒が、ひっくり返った世界。



 ──そうしてただ乱闘を眺め続ける上柳を、不思議に思ったのか、だんだんと上柳の周りには、白麟のメンバーたちが集まってきた。


―「総長、どうかしましたか? ……」


 不安げに、メンバーが問い掛ける。

 上柳はやはり乱闘を眺めたまま、表情もなく、どこか遠い目をしている。


「どうしたことか……敵対するチームの総長に、この命を救われた……」


「……――」


 上柳の話に、メンバーたちは聞き入る。


「本来なら俺は刺されて、病院行きだっただろうな……本来なら……――もう白麟は、負けている」


 上柳はその悔しさに、固く、目を閉じた──


「永らえたこの身で、恩人を殴ることが、出来るか……――そうして勝ち取る勝利は、俺の望んだ、“頂点”になるのか……? ――」


 俯く上柳。

 メンバーたちも上柳の心中を察する。


「俺は、負けた……――」


 固く固く、拳を握りしめた。


 夜空に瞬く、無数の星……


 俯いていた顔を上げると、その星空を見上げた。


「情けない。こんなことで悩むなら……もう少し、薄情な奴に生まれたかった……――」


 上柳は自分に呆れるように、乾いた笑みを浮かべた。

 だが上柳のその言葉に、メンバーたちは、首を横に振る。


「なに言ってるんですか! そんな上柳さんだから、俺らは貴方の下で、“白麟”をやってるんだ!」


 他のメンバーたちも、優しい表情で頷く。


 意外な言葉だったのか、上柳はメンバーたちを、驚いて見る。


「つーか! 刺されそうになったって……本当ですか?! 俺らの総長に、何てことしやがる!!」


 そしてある男は泣きべそをかきながら、上柳に抱き付く。


「上柳さん! ……―─無事で良かったッ……総長に何かあったら、俺ら、どうすればいいんですか……――」


「コラ! 抱き付くな! 総長はお疲れだぞ!」


 抱き付いてる男を、他のメンバーが引き剥がす。


 先ほどから、上柳の驚いた表情は直らない。唖然としたように、自分の部下たちを眺めている。


「そう言えば、上柳さんを助けた他チームの総長って誰だ?!」


「栗原?! 丸島?! 柳?! 誰だ!?」


「ヤバイ……ドイツだが知らねぇが、感謝してもしきれねぇ……」


 メンバーたちは、そんな話しで盛り上がっている。


「……――ありがとう……」


 上柳は小さく、呟いた。

 〝白麟は負けてしまったというのに、何故、ただただ俺の無事だけを、そんなに喜んでくれるのか〟と、新鮮な気持ちだった。


「ん? 総長、何か言いましたか?」


「総長が、『ありがとう』って言ったぞ!」


 感激するメンバーたちは、キラキラとした目を上柳へと向けている。

 思わず、視線を反らす上柳。


「総長、照れてるんですか?!」


 『そんなのじゃない』と呟いて、やはり、上柳は視線を反らしたままだ。 ──嬉しさやら気恥ずかしいやら、顔が熱かった。



 ──さておきこうして白麟も、頂点争いから、消えた……――


「負けたからって何だ? ……――俺らはこれからも、上柳さんの下で、“白麟”のままだ!」


 そして白麟も、消えたりはしない。


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