【浮かび上がる事実 2/2 】

 そのあと私は複雑な心境のまま、元いたウルフの部屋へと戻った。


「…………」


 アクアが言っていた、ウルフの言葉……──その言葉の事を、ずっと考えていた。考えながら、やはり私は、ベットの中へと潜り込んだ。

 “ウルフのこと、嫌いじゃない”。嫌いじゃない人が、そんなことを言うものだから、私の心は寂しくなる。

 どうして、そんなことを言うの?

 私は心の中で、呟く―─……



 ──〝私が、傍にいるじゃない――……〟──



「…………」


 そう思って、私はすぐに、はっとした。

 私はどうして、こんなにウルフのことを、考えているんだろう? ……その疑問が、私自身を混乱させる。だから私は、“もう考えないように”と……強くそう思って、目をとじた──


****


 いつの間にか、私は眠ってしまっていたらしい。


「あっウルフ! おはよう」


「よく寝れたか?」


「うん!」


「「…………」」


 起きたら、ウルフが傍にいた。

 反射的に、物凄く愛想よく、あいさつをしてしまった。そして物凄く、素直に返事をしてしまった。

 ……けどこの状況、冷静になると、なんだか恥ずかしい。

 冷静になってから、沈黙してしまった。

 ウルフまで、黙ってしまった。もしかして、ウルフも恥ずかしいのかな?

 ──そして私は、気が付いた。 ウルフの片手が、私の頭に、添えられている……


「「…………」」


 何これ?? もしかして、頭、撫でてもらっていたのかな?? ……──とか思って、瞳を開く少し前のことを、思い出そうとする。なんとなく、半分寝ているような状態の時に、頭を撫でてもらってるような……そんな感覚があった気もする。


「「…………」」


 私たちは、まだ沈黙して、止まっている。

 するとようやく、ウルフに動きが……

 ウルフは気まずそうな表情をしながら、頭に添えられている手を、引っ込めた。

 この気まずそうな表情は、もしかして、図星なのだろうか? “頭を撫でていたの?”


「あっウルフ、その手……」


 聞いてしまう私って、けっこう意地悪だ。

 ……するとウルフは、ムキになった。


「熱がないか確かめる為に、額に触れていただけだ!!」


「…………」


 明らかに、触れていた場所は、額ではない。


「ウルフ、おもしろい」


「おもしろいとは何だ?!」


 ウルフは私を睨んでくる。 やっぱり、いつも通りだ。

 ウルフが、“あんなこと”を言っていたなんて、思えないよ。思いたくもない……


 私はベットから起き上がる。


「いやいや、額じゃなかったと思うわ?」


「それはぁ……―髪にゴミが付いていたから、取ろうとした!」


「ウルフ、おもしろいわね!」


 言っていることが、ずいぶん変わった。


「何がおもしろいだ! ――……それなら、なんて答えれば、満足なんだ!」


「へ?! ……それは――……」


 ──“頭撫でてた”って、言ってほしい。けどそんなこと、言えないよ。

 言葉に詰まった私を見て、ウルフはニヤリと笑う。なんだか、反撃されている。


「えっとぉ……――」


 私は言葉に詰まる。

 なんだか、恥ずかしいよ。


「だから、“頭撫でてた”って……言ってほしいじゃん?」


 するとウルフは、満足したように笑った。

 そして、クシャッと、私の頭を撫でた。

 そのウルフの表情は、とても優しかった。

 トクン……と、心臓が脈打つのを、感じた―─……

 暫くすると、ウルフの手が頭から離れた。


「さて――……少しだけ、外の空気を吸ってくる。その後は、また仕事に戻る」


 ウルフは私に、背を向ける。


「うん―─……いってらっしゃい」


「あぁ」


 ウルフは振り返らないまま、そう、短く返事をしてから、部屋を出て行った。

 背を向ける直前、ウルフの頬は、赤くなっていた気がした。


「…………」


 そのあと私は、ベットを出た。そして、仕事部屋へと戻る。

 よく寝て、頭もスッキリしたし、“冊子作りの続きをしよう”……そう思ったから。


 仕事部屋に戻ると、私は資料とホッチキスを持った。

 長いテーブルに、資料を並べていく。

 このテーブルの位置は、比較的、廊下と繋がる扉と近い。

 準備を終え、冊子作りを始める……──


 ──すると、扉が開いた。


 ウルフが帰って来るには、早すぎる。

 不思議に思い、扉に視線を向けた。

 すると、部屋に入ってきたのは、リュウだった。

 リュウは仕事部屋の中を、一通り、眺めてから言う。


「ウルフはどこだ?」


「……ウルフなら、休憩中。外へ行った」


「そうか―─……」


 するとリュウは何かを考えるようにした後、私に仕事のファイルを差し出した。


「このファイルは?」


「しまっておいてくれ」


「「…………」」


「どこに?」


 するとリュウは、ある鍵を取り出した。

 私はその鍵を、受け取る。


「その引き出しの、


「……はい。しまっておきます」


 引き出しの一番下と言えば、鍵がかかっていた場所だ。

 さっそく私は、引き出しに向かった。


「…………」


 リュウはなぜか、扉の入り口のところに立ったままだった。

 なんだろう? どうせ待っているなら、自分でしまえばいいじゃん。──そんな疑問を抱きながら、私は言われた通り、一番下の引き出しを開けた――……

 私はファイルをしまうのも忘れて、その引き出しの中へと、釘付けになる。これって――……


 すると、リュウの声がする。


「間違えた。引き出しにはしまうな。机の上に、置いておけ」


 私は引き出しから、リュウへと視線を移した。

 リュウと目が合う。リュウは微かに、口元に笑みを浮かべている。


「どうした? ――……引き出しの中に、でもあったか?」


「…………」


 そう言ったリュウの表情は、とても意味深に見えた。 まるでわざと、私に引き出しを開けさせたようだった。

 私は頭の中を切りかえて、ファイルを机の上に置く。

 そして再び、引き出しに鍵をかけようとする。

 引き出しをしめる前に、やはり私は、引き出しの中を見てしまう。引き出しの中に入っている物は、ある、――……


 鍵をかけ終わると、私はリュウに、鍵を返した。

 鍵を受け取ったリュウは、フッと、意味深な笑みを浮かべてから、去って行った……──


「…………」


 先程の、写真のことを思い出す。

 一枚は、ウルフと女の人、二人で写っている写真だった。そして二枚目は――……


「…………」


 二枚目の写真を思い出した私の手は、小刻みに震える……──

 その写真が、ある事実を、物語っていたから―─……

 あの二枚の写真には、重要な真実が、見え隠れしている筈。直感的に、そう思った──


──────────

──────

****


 その日の夜、私は昼間見た写真を手がかりに、調べごとをしていた。

 一枚目の、ウルフと女の人で写っていた写真。

 あの写真は、学校の門の前で撮った写真だった。

 門に書いてあった学校名・“春蘭シュンラン美術大学”……──

 あの女の人は、スケッチブックを持っていた。あの人は美大生だ。


 リュウの意味深な笑みを思い出す―─……

 “この写真のことを、調べてみろ”、そう、言われた気がする―─……


 私はこの大学と、この女の人のことも、詳しく調べてみることにした。


 そして二枚目の写真も、詳しく調べた。


 二枚の写真を調べあげた私は、更に、あの資料部屋にも向かった。


 この間は、リュウが来てしまって、調べられなかった。


 私は合鍵で、扉を開ける……


 緊張しながら、部屋に足を踏み入れる。そして、ファイルがある棚へ、手を伸ばした。


 この間の続きのファイルから、私は確認していく……──何の情報もなかったら、次のファイルへ……


 早くしないと……この場所に長い間滞在するのは、危険だ。


 そして私は、あるページで、紙をめくる指を止めた。

 視線の先には、“ブラック オーシャン”の文字……――

 私はそのページの内容に、目を通す……

 一通り目を通して、ばっと、ファイルを閉じた。

 またしても、混乱するような事実が、記されていた―─……


「どういうこと?! ……」


 思わず呟いて、それから急いで、口をつぐんだ。

 ファイルの内容を思い出す……──

 〝ブラック オーシャンはもともと、警察が極秘に作り出した、対レッド エンジェル用の、部隊だった?!〟 ……――

 確かに先ほど確認した資料には、そう、記してあったのだ。


****


 自分の部屋へ戻った私は、頭の中を整理する……


 ブラック オーシャンはもともと、警察が極秘で作った部隊だった。


 だが、ブラック オーシャンが警察の極秘部隊として動けたのは、一代目、二代目の総長の時代までだった。


 当時部隊の一員だったのは、総長を含め、7、8人……──他のメンバーは、警察ではない。


 他のメンバーは何も知らずに、総長に従っていたってこと?


 警察は、レッド エンジェルの組織内に構成された一角である暴力団・【FOX】に対抗する為に、巨大な戦力が必要だった。


 レッド エンジェル内の〝FOX〟という一角は、殺し屋というよりは、例えるのならば、必要に応じて殴り合いの喧嘩をするような、そんな集団だからだ。


 そう、だからFOXに対抗する為には、“同じような集団”の方が良い。だから警察は、暴走族チームを謳い、ブラック オーシャンという組織を作り出した。そして水面下で、動いていたんだ。


 ……だが、その警察の極秘プロジェクトは、二代目の時代に終わる。

 ある一人の男が、名乗りを上げたからだ。その男は二代目に、総長の座を懸けたタイマン勝負を申し込んだ……──そして、三代目総長が誕生した。


 警察の極秘部隊は、この時になくなった。


 水面下では警察だった組織が、本物の暴走族になった。


 レッド エンジェルは、そのことを知っていた。だから、資料に全て記してあった。


 ……──このことを、松村さんは知っているの?

 そう思った私は、スマートフォンを手に持った。

 松村さんにも、聞いてみよう。その他にも、確認を取りたいことがあるしね……──

─────

───

「一体、どういうことですか……!」


 私は松村さんに電話をかけると、先ほど調べたことを全て話した。


―「……声が大きいぞ? そんなに大声で話して、大丈夫なのか?」


「…………」


 驚きのあまり、すぐに大きな声が出る。

 私は呼吸を整えてから冷静になると、次は声を圧し殺して、問う。


「……どういうことですか? ……」


―「お前が言った通り、それは極秘のプロジェクトだった。俺も、知らなかった。こちらでも、今日、そのことを嗅ぎ付けたところだ」


「どうやって嗅ぎ付けたんですか?!」


 すると電話ごしに、フッと笑った気配を感じる。


―「違法な手段を使ったに決まっているだろう?」


「…………」


 つくづく思う。この人、警察ですよね?


―「まぁ、自分の思う正しさを貫く為には、邪道な選択も必要だ。それは、その極秘プロジェクトも同じだろう?」


「……確かに、以前のそのプロジェクトが極秘であったのには、頷ける。そんな手段を、公に出来る筈ない」


―「あぁ。それと、極秘に行われたのには、もう一つ、理由がある」


「…………」


―「もう一つの理由、それは、警察が、エンジェルをからだ」


「はい?!」


―「レッド エンジェルは、経済への影響が強すぎる。 だからだ。警察は暗黙の了解で、エンジェルを見て見ぬふりをする」


 確かに、経済への影響については、私も考えたけれど……


「でも実際、松村さんは、エンジェルを捕まえるつもりですし。以前のプロジェクトも、エンジェルを捕まえる為に……」


―「あぁ。全員が、見て見ぬふりをする訳ではない。たまあに、俺みたいな奴がいる。だからこそ、以前のプロジェクトも、一部の人間だけで、極秘に行われた」


 なるほど……。このことについては、松村さんの説明も受けて、納得出来た。

 そしてあと一つ、私には松村さんに、確認したい件があった。


「あと一つ、聞きたいことがあります」


―「なんだ?」


「実は、重要な写真を見つけました。その写真には、ある女性が写っていました」


 松村さんは、私の話に、相づちを打ちながら聞く。


「私はその写真が気になって、写真の女性のことを調べた。女性の身元を、詳しく調べたんです。──その女性の名前は、松村 アイさん……」


 一呼吸置いてから、私は言う……


「松村さんの、ですよね? 藍さんは、レッド エンジェルの幹部と一緒に、写真に写っていた……」


―「…………」


「松村さん……松村さんが知っている情報を、教えて下さい。おそらく、藍さんはキーパーソンです。……」


 するとようやく、松村さんは口を開く。


―「……その通りだ。娘は、エンジェルと関わりを持っていた」


「…………」


―「仕方あるまい。君には、全て話すとしよう」


 ──そしてこの話を聞いた時、全ての謎が、一つに結びつく……──

 ウルフの言った、『復讐』……──その意味を、私は知ることとなる――



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