Episode10【浮かび上がる事実】

【浮かび上がる事実 1/2 】

 あの後私は、急いで身だしなみを整えた。そして、ウルフの元へ……──


「来たか―─……さっそくだが、雑務を頼む。俺はこの机で、業務に取り組むから……──瑠璃はそこで、冊子作りをしろ」


「はい? 冊子??」


 ウルフが指差した方には、分厚い束になった資料が置いてある。

 種類ごとにまとめられた資料が、何セットも置かれている。一枚ずつ取って、束にして、ホッチキスでとめる……っていう単純作業。単純だけど、量が多い。自然と、苦い表情になってしまう。


「何か不満か? ─―……」


「いっいえ! 何も……」


 ウルフめ―─……私を雑用にするとは……やられた……


 仕方なく、私は冊子作りをする。


「ねぇねぇウルフ?」


「なんだ?」


「お給料ちょうだいね?」


「あぁ。」


 良かった。さすがに、ただ働きではないらしい。

 稼げるなら、善しとするか。自分の本業は、仕事どころじゃないし……──そう、あれは誓と出会った頃だ。私の働く店は、暴走族の権力争いのせいで、メチャクチャになった。……あれから、店の修理期間は、当然営業もなし。ようやくオープンするも、まだ打撃がある為、営業時間は半分になった。働ける量が、すごく減ってしまった。どうせ、今の状況じゃ、働きにもいけないけどね……

 そして現在、松村さんに雇われてはいるが、安定した収入はなし。……

 ウルフがお給料をくれるなら、これもこれで、悪くないかも……

 ──単純作業の繰り返しに、頭がぼーっとする。そして私は、気が付いた……──


 仕事?! 私は一体、なんの仕事の、お手伝いをしているのだろう?! 裏組織のお手伝いですか?!


 ゴクリと、生唾を飲み込んだ。


「ウルフ……私、こんな仕事……」


「なんだ? 冊子作りなど、誰にでも出来る」


「そう言う意味じゃなくて……」


「なんだ?」


「怪しい組織の怪しい仕事なんて、御免だわ……」


 すると、“ハァ?”と、あからさまに呆れた表情をされる。


「怪しいとは失礼な奴だ。 瑠璃はバカか? そんな仕事を、瑠璃に頼む訳がない」


「はい?」


 それ以外にどんな仕事が? ……私は先ほどから冊子にしている資料に、目を通す──


「…………」


 すると確かに……平凡な、健全的な資料だ。


「どういうこと?! どこの会社の仕事よ?!」


「経営している会社が何個かある。その会社は、瑠璃の言う『怪しい』……なんて言うものではない」


「…………」


 そう言うことか。そう言えば前に、雪哉がそんなことを言っていたっけ? 何はともあれ、私はほっと、胸を撫で下ろした。……──しかも、レッド エンジェルが経営している会社は、全て大企業ばかりだって……言っていたような……──


 冊子を作りながら、私は考えを巡らせていた。そして、あることに気が付く。

 大企業と言うことは、国への影響も強いだろう。だが大企業の裏の顔は、レッド エンジェル……──

 〝エンジェルに弓を引く〟……でもそれって、どういうこと?

 ……──エンジェルを野放しには出来ない。けれどもしも、レッド エンジェルと言う組織が、なくなってしまったら……どうなる? “多くの人が失業する”。大企業だから、その下の“下請け会社も、失業する”。更に、“国の経済が崩れる”……──ますます、“国は乱れる”。この国は、“豊かではなくなる”。


「…………──」


 ことの重大さに、気が付き始めた。


「瑠璃……?」


「えっ? ……なに? ……」


 いきなり声をかけられて、ウルフの方を向く。するとウルフは、心配そうに、私を見ている。


「どうしたんだ? ……顔色が悪い……」


「そんなことないよ……! ……」


 確かに、ことの重大さに気が付き、動揺はしている。

 ……──ウルフは視線を反らして、ため息をついた。


「体調が悪いのか?」


「え? 全然元気だよ!」


「……今は元気そうだが……先程までは、真っ青な顔をしていた―─……」


「…………」


 それには理由が……言えないけど。……


 ウルフは立ち上がって、私の元まで来た。


「…………――」


 すると無言で、冊子にする資料と、完成した冊子を、それぞれ束ね始める。


「ウルフ、まだ、作ってる途中だよ?」


「いい。もう終わりだ。瑠璃は、休んでいた方がいい」


 そう言って、ウルフは資料を片付け続ける。

 資料を片付けるウルフは、やはりまだ、心配そうな表情をしてくれていた。


 何だか、嬉しかった……

 俺様だと思えば、こんな顔してくれるし……

 よく分からないよ……


 資料を束ね終えたウルフが、片付ける為に、ホッチキスを手に取る―─……


 そこで私は、自分がただ黙って、突っ立っているだけのことに気が付く。


「いいよウルフ?! 私、元気だから……! 冊子作るから!」


 そう言って私は、ウルフが掴んでいるホッチキスを、パッと掴んで、自分の元に持って来た。

 私は再び、冊子を作る為に、資料に手を伸ばす……──すると、ウルフに手を掴まれた。


「やらなくていい」


「大丈夫よ」


「瑠璃……」


 すると、両手を掴まれて、しっかりと目を見ながら言われる……


「俺が『やるな』と言ったら、


「…………」


 顔が、近い……


 そうやって言われたら、従うしかないよ……


「……分かった」


「分かればいい。“ソレ”を貸せ。片付ける」


 “ソレ”と言うのは、“ホッチキス”のことだ。

 けれど、本当は元気なのに、なんか悪いし……せめてホッチキスくらいは、自分で片付けたい。そう思った私は、ヒョイッとウルフを避けて、机の方に向かった。


「「…………」」


 ウルフに心配かけないように、私は、大袈裟な笑顔を作った。


「いいよ。これくらい、自分で片付ける」


 私は、机の一番上の引き出しを開けた。


「……ホッチキスは、その引き出しではない」


 ……。だよね。どこにあったのか、知らないし。


「その引き出しではなく、下だ、下。下……」


「え? 下? 下の下の下??」


 ウルフが『下下』言い過ぎて、何個下の引き出しを言っているのか、よく分からない。

 さっき開けた引き出しの下って意味? それとも、下って三回言っていたから……下の下の下の……一番下の引き出しのこと?

 よく分からないが、私は一番下の引き出しに、手をかけた。


 ─―ガッ!! ……


「…………」


 ……だが、開かなかった。ここの引き出し、鍵がかかってる。


 するとウルフが、近づいて来た。


「そこではない。ここだ」


 ウルフは、上から二番目の引き出しを開けながら、言った。

 私はようやく、ホッチキスを定位置に戻す。

 結局、ほぼウルフに片付けてもらった。


「瑠璃はこっちで休め」


 ウルフは、今いる部屋と繋がっている扉を開いた。 ──その部屋は、ウルフの部屋だ。


「瑠璃の部屋まで戻るのは、手間だろう?」


 私の部屋は、ここから結構離れていた。


「うん―─……ありがとう」


 ウルフの言う通り、部屋を借りることにした。


「飲み物もここにある。ゆっくりとしていろ」


 冷蔵庫を開けながら言うウルフ。なんだか、優しい。

 振り返ったウルフが、私の額に手を当てる……──


「――……熱はないか?」


「ない……」


 ほんと、申し訳ない……


「寝てろ――……」


 そう言い残してウルフは、仕事部屋へと戻って行く……──


 ウルフの部屋に、ポツンと残された私……

 ウルフがいないのに、ウルフの部屋にいるというのは、どうも落ち着かない。

 ソファーに座ってみるが、落ち着かない。

 他の人の部屋だから、やることもない。

 いつまで、この部屋にいればいいのかな?


 …………。やることがない――……。


 ……と、なると、本当にもう、言われた通りに寝るしかない。


「…………」


 けど……ソファーじゃ寝ずらい。ゴツゴツするし、身体痛くなりそうだ。

 私はベットに視線を移す……──


「…………」


 いや、けど……他の人のベットで寝るって、どうだろう? リュウじゃあるまいし……嫌がられたら、ショックだし……けど、『寝てろ』って言ったのはウルフだから……“ベット、使ってもいい”ってことかな?


「…………」


 いろいろ考えながら、ベットへ座ってみた。


「…………」


 〝よし!! 寝ちゃえ!! 〞

 意を決して、ゴロン! とベットに寝転がった。


「…………」


 落ち着かない……けど、そのうち慣れる筈……

 しっかりと布団をかぶり直して、ベットでじっとしている。

 なんだか、ドキドキする……何にドキドキしているのかは、謎だ……


 ──布団の中でじっとしていると、扉が開いた……──


 私はびっくりして、起き上がる。


「わっ!? ごめんなさい! ベット借りちゃった……!」


「「…………――」」


 咄嗟にそう言ったけれど、部屋に入ってきたのは、ウルフじゃない。

 そもそも、開いた扉は、仕事部屋と続く扉ではない。廊下と繋がっている扉が、開いた。


「随分な慌てようね? 勝手に寝ているわけ?」


「いえっまさか! ……『寝てろ』ってウルフが……」


「にしては、慌てていたわ」


 その人は、可笑しそうに笑った。

 部屋に入ってきたのは、ルビーだった。


「寝ているのかと思って、この部屋へ来た。けど、いないみたいね。ウルフはどこ?」


「あっ……ウルフなら隣の部屋で、仕事中です」


「あら! 仕事? ウルフは最近、体調が良いのかしら?」


「……なんだか最近、元気そうです」


 するとルビーは自分のことのように、嬉しそうに笑った。


「それは何よりだわ」


 ルビーも、初めてここへ連れて来られた時は、脅えているようだった。けれど今は、こんなふうに笑うんだ……慣れってすごいな……

 そんなことを思って、私はポカンと口を開けて、ルビーのことを見ていた。


「あら、そんな顔をして? もしかして、“私の医者としての腕が心配”……って顔?」


「え?! いえ! まさか……感謝しています……」


「本当かしらぁ? 本当のことを言っても、別にいいのよ?」


 まったく、嫌味を感じさせない表情のルビー。器のある人だな……


「いえいえ! 本当ですもん!」


「ふーん。別にいいのよ。それは、大切な彼を診てもらう医者ですもの、腕のいい医者が欲しいわよね?」


 へ?! 大切な彼?! 何その言い方?!


「やだっそんな……彼なんかじゃないですから!」


 必死に抵抗してしまう。

 それが余計に楽しかったのか、ルビーは私を見て笑っている。


「あら? 違うの? 嘘言わないの。……必死になりすぎよぉ?」


 なんだか、ルビーに敵いそうにない。私が必死になっても、ルビーは、楽しそうに笑うだけだ。そう思って、私は余計なことを言わないように、黙る。


「まぁ安心して? “闇医者”とか言われているけど…… 私、ちゃんと医師免許もってるんだから」


「え? そうなんですか?」


。こんな世界で活躍しているから、“闇医者”って言われているけど……──免許、持っているのよ? 昔は、立派な大病院のドクターだったんだから」


 ルビーはそう、誇らしげに言った。


「どう? 安心した? これで安心して、彼を私に任せられるでしょう?」


 元から、ルビーの腕を疑ってなんかいない。だが、そこはもう言わずに、私はルビーの言葉に頷いた。


「今日は、薬を届けに来ただけ。どうせ、ウルフは診察を嫌がるし……薬だけ、預けて帰るわ」


 薬の入った紙袋を、ルビーは見せる。


「あなたに預けても平気?」


「えーと……」


 躊躇っていると、すかさずルビーが口を開く。


「そう言えば、いつもの眼鏡かけたお兄ちゃんはどこ? あの人に預けておけば、確実なのよねぇ……」


 ルビーの言っている人は、おそらくアクアだ。確かに、アクアが薬を受け取ってくれれば、確実な気がする。


「なら、案内します」


 私はルビーを、アクアの元に連れて行くことにした。

 少ししたら、またこの部屋に戻ればいいや……


****


 そうして私は、ルビーを、アクアのところまで案内した。

 私とルビーは目をパチパチとさせながら、喋るのも忘れていた。


「何か用ですか? ……――ジロジロ見ないで下さいよ……」


 唖然としている私たちを見て、アクアが不機嫌そうな声を出す。


 そう言えば最近、アクアに会っていなかった。

 久しぶりに会ったと思ったら、なぜかアクアは怪我だらけで……──私とルビーは、思わず目を見開いている。


瑠「その怪我、どうしたの?」


 そう聞くけど、アクアは視線を反らして、話さない。

 するとルビーが、察したように言った。


ル「ふーん。なるほどね? 何かやらかしたの? ──トップの怒りをかったんでしょう?」


 私は驚いて、ルビーの方を向く。そして、ルビーを見た後に、再びアクアへと視線を戻した。

 アクアは、ルビーの言葉を否定しない。


ル「私に言ってくれれば良かったのに。まったく、アンタはウルフの心配ばかりして……」


 ルビーは呆れたように、アクアの顔の傷をつついた。


A「……それで、何か用ですか?」


ル「あー、そうだったわね」


 ルビーは目的を思い出したように、紙袋を取り出す。


ル「ウルフの薬、預けにきた」


 ルビーは紙袋を、そっとアクアに差し出した。


ル「今日は薬を届けるだけ。……ウルフは最近、調子が良いみたいだしね」


 するとそう言いながら、なぜかルビーは、私のことを見た。


A「そうですね―─……」


 そしてなぜか、アクアも私のことを見る。


瑠「……??」


 どうして二人とも、私を見るわけ?


 するとルビーが、ニッコリと笑う。


ル「きっと、あなた瑠璃のお陰ね」


瑠「はい?? ……」


 確か、リュウもそう言っていた。ルビーまでそう言うの? 私は、何もしていないのに……

 更にアクアまで、頷いている。

 本当に、私は何もしていないけど?


瑠「私のお陰だなんて、私は何も……─―」


ル「また惚けちゃって?」


瑠「え?! 惚けてなんて……私は何も……――」


 するとアクアが、何やら気難しい表情で、ルビーに言った。


A「その子瑠璃には、言っていないんですよ。だから、さっきから理解していない―─……」


 するとルビーは、大袈裟に驚いてみせる。


ル「え?! どうして言っていないのよ?!」


A「そのうち、ウルフが自分で言うんじゃないですか? 俺から言う必要はない」


 するとルビーがいじけたように、キッとアクアを睨み付ける。


ル「きっとウルフは、寧ろこの子には言わないのよ? 周りが教えてあげればいいの!」


 そんなルビーを見て、アクアは諦めたように、ため息をついた。


A「……勝手にして下さい」


 私は二人の会話の意味がまったく分からず、黙って二人を見ていた。

 するとルビーが真剣な表情をしながら、私の方を向いた。


ル「今から、あなたに教えてあげるわ」


瑠「何を? ……――」


ル「ウルフの、病気のこと」


 それはずっと、私が知りたかったことだった。

 一緒にいるのに、そのことを知らないのは、不甲斐なかった。寂しかった。


 私も、ルビーへと真剣な表情を向ける。


ル「よく聞くのよ? ――……」


瑠「……はい」


瑠「息切れ、動悸、めまい、吐き気……──あれは、精神的な病」


 え――……? ――


 言葉も出なくて、私はじっと、ルビーを見ていた。

 ルビーは気の毒そうに、眉を寄せる。


ル「けどね、そのことはウルフ自身が、一番よく理解していたみたいよ? 本人はしっかりと、そうなった理由を自覚している―─……初めてウルフと会った時、ウルフは私に言ったわ。 『病気なんかではないから、医者なんて必要ない』……ってね? ウルフは分かっていたのよ、“肉体の病ではない”ってことを……」


瑠「……そんな……一体なにが――……」


 聞いたつもりはない。ただ、呟いていた。


ル「それは、私にも分からない」


 私は不安な表情で、ルビーを見る。

 そうしたらルビーは優しく、私に笑いかけた。


ル「けど、最近ウルフは、体調が良いのよね? それなら、良かったじゃない。アナタのお陰でしょう?」


瑠「……――」


ル「アナタが、ウルフの傍にいるから―─……


 この時私は初めて、皆が言っていた『私のお陰だ』と言う言葉の意味を理解した。

 実際ウルフが、私の存在をどう感じているのかは、分からない。けれど少なくとも、周りからは、『私のお陰』に、見えているみたい。

 ──なぜだか、胸が息苦しくなるのを、感じた――……


 ──その時、扉が開いた。

 扉を開けたのは、女性だった。


―「そろそろ、お時間です。こちらへ―─」


 どうやらその人は、ルビーを迎えに来たらしい。


ル「あら? もう帰る時間? ――……仕方がないわね、薬は渡したし……」


 ルビーはそっと立ち上がると、私に向かって笑顔を作った。


ル「じゃあ、私はこれで。 ウルフと、仲良くね?」


瑠「……だからっ……! 違いますからね?!」


 私は否定したが、ルビーはさっさと、迎えに来た女性と共に部屋を出て行く。


瑠「…………」


 結局ルビーに、ウルフとの関係を誤解されたままだ。


 ルビーが帰って、部屋には私とアクアの二人。


「さっきの話、本当なんですよね? ……」


 アクアは、視線を反らしたまま、答える。


「あぁ。本当です」


「「…………」」


「ウルフがそうなった理由、心当たりがある。けれど、体調が悪くなり出した時期と、ずれている」


「え? ……どうして?」


「ずっと、周りに悟られないように、隠していたからだ。隠し切れなくなった時、初めて周囲は、ウルフの異変に気が付いた」


 アクアは悔やむように、そう言っていた。

 もっと早く気が付けなかったことが、悔しいんだろうな……

 『心当たりがある』……アクアはそう言っているけど、心当たりとは何なのか、そのことを聞くのは、あまりにも無神経な気がする。

 気になりはするけれど、私は聞き返せずにいた。


「時期がずれていた。だからまさか、精神的なものだとは、思わなかった。俺がそれを初めて知ったのは、初めてルビーを連れてきた日です。その日、ルビーを帰した後、初めてウルフは、そのことを俺に話した」


 アクアは表情をしかめながら、思い返すように話す。


「初めてそう聞かされて、俺は言いました。『なぜ、精神的なものだと、早く言わなかったのか』と、そうしたらウルフは、その問いには答えなかったが、代わりに、言った――……」


 アクアはそこで一度言葉を切ると、私のことを見た。


「その時ウルフ、なんて言ったと思いますか? ─―……」


「なんて、言ったの? ……」


 そしてアクアは表情一つ変えずに、私を見ながら言う。


「『精神の苦痛で、この身を朽ちさせられるのなら、どれだけ楽か―─……』と、ウルフはそう言った」


 ──私は動揺した。

 そんなことを言ったら、まるで、そうなることを望んでいるような――……

 どうしてそんな、悲しいことを言うんだろう? ……

 アクアが言ったことを、嘘だと思わない。

 けれど、ウルフがそんなことを言うようにも、思えなかった。


「ウルフがそう言った時、俺は、ウルフを怒った。……──皮肉ですよね。生きてほしいと思う相手が、そんなことを言うんです。……──俺がウルフに怒ったこと、理解頂けますか?」


 私はそっと、頷いた。

 〝理解、出来るよ〟。


 そして私は、思い出したのだった。

 ルビーが初めてこの場所に来た日、怒ったようなアクアの声が、扉の中から聞こえてきた。

 医者を手配できて、アクアも安心していた筈なのに、どうして、ウルフと言い争いをしているのだろう? と、私はあの時、そんな疑問を抱いていたんだ。

 あの時、アクアが怒っていたのには、こんな理由があったんだ。


****

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