Episode 8 【瑠璃の試み】

【瑠璃の試み 1/2 ─回想─】

 ──リュウとドールに、そんな事件があった夜のこと。瑠璃は一人、暗い廊下にいた……──



━━━━【〝RURIルリ〟Point of vi視点ew 】━━━━


 深夜、私は一人、暗い廊下を歩く──


 最近は随分、ウルフは私を信用してくれている……──〝気がする〟。そう、“前よりは信用されている”というくらいで、本気で信用はされていないだろうけどね。


 さておき、前よりは信用されているお陰で、私は今、こうして自由に行動している。〝外に出ない限りは、自由に行動出来る許可〟があるっていう意味。


 ウルフは、過剰な拘束を好まない。

 ウルフは本当、賢い人なのに、こういうところが、なんだか甘い。

 賢いウルフなら、自分でも分かっている筈なのにね。〝あまり自由にさせ過ぎてはいけない〟って事くらい。

 けれどそれが、私にとっては救いだから、“これで良い”と思うの。〝なぜウルフは? 〟だなんて、いちいち深くは考えていないわ。


 ──廊下を進んで、ある扉の前で足を止める。


 この部屋には、いろいろな情報がある。レッド エンジェルに関する、情報……──今までの組織の記録は、すべてこの部屋の中にある。


 私が今回調べたいことは、〝レッド エンジェルとブラック オーシャンのしがらみ〟についてだ。


 この部屋の資料の中から、ブラック オーシャンが関係している情報を探し出す。


 〝今になって、ブラック オーシャンがレッド エンジェルに、追い詰められている理由〟……そう、それが謎なの。何か、理由がある筈だ。

 そう思ったから、この部屋から、情報を集めたいと思う。そういう、〝私の試み〟……──


 ──何か必ず、オーシャンとエンジェルの間には、しがらみがあった筈なの……

 この間、それを決定付けるような発言を、ウルフはしていた。

 そうあれは、のことだった……──


─────────

──────

*──*──*──*──*──*──*──*


 ─―【4日前】―─



「それって散歩?」


 4日前の、昼過ぎのこと。

 私はウルフに、不思議そうに聞き返していた。


「散歩ではない。あくまでも、屋内だからな」


「屋内でも、散歩は散歩でしょう?」


「屋内なのに散歩という言葉を使うのは、気取っている気がして、気に食わない……」


「何が?!」


「「…………」」


 そう4日前の昼過ぎ。ウルフは言った。『最上階に庭園があるから、瑠璃も一緒に行くか?』と。

 だから私は、『散歩?』と聞いただけなのに、ウルフは根拠のない理由を並べて、『散歩ではない』と言い張っている。


 ──それ、散歩ですよね?


 ……まぁけど、実際はそんなことは、どうでも良い。

 よく分からないけど……誘ってくれているわけだし、なんだか嬉しいから。

 庭園とか、綺麗そうだし。


 ──こうして〝そうと決まれば〟と、早速私とウルフは、最上階の庭園へと向かったのだった。


****


「わぁ~……! 何これ?! すごいわね!」


「……『何これ』とはなんだ? もっと様になる喜び方はないのか?」


「……ウルフ、細かいわね……」


 広い屋上に広がる庭園。

 天井はガラス張りで、青空がよく見える。

 人工の川が、サラサラと流れる。

 庭園の中心には噴水。

 八重咲き、一重咲き、いろいろな種類のバラが咲いている。そう“種類は多様”。けれど、色は一色……全て、

 ──最上階は、赤いバラ園だった。


 美しさに、心が踊る。感動が込み上げる。心の底から、詠嘆のため息が溢れるような……──


 近くのバラへと駆け寄って、間近で眺めた。


「バラの花って、5月くらいじゃなかった? 今、秋なのに……」


「ここは室内だ。温度調節などを施している。ここは一年中、バラの花が咲き誇る」


「なるほどね」


 私はワクワクとしながら、どんどんと庭園の奥へと進んで行った。


 バラの花って、なんて優雅な時間を、与えてくれるんだろう。心が安らぐ……──


 どんどん進んで行く私の後を、ウルフは冷静な顔をしたまま、歩いている。

 私は振り返って、ウルフを見た。


「そうだ、ウルフ……この庭園に用があったんだよね? もしかして水やり?」


 水やりついでに、私を連れて来てくれたのかな?


「……何を言っている……――水やりはもう、済んでいる……」


「あぁ! そうだったの? じゃあ何? 肥料あげるとか?」


 するとウルフは、キッと、私を睨み付けた。

 聞いているだけなのに……睨むって、どういう事よ?!


「そんな理由、どうでもいいことだろうが。 何故いちいち、聞いてくるんだ……」


 ウルフは何故か、ムキになっていた。


「……そんな怒らないでよ……聞いただけなのに……」


 心なしか、私はシュンと落ち込んだ。

 けれどそんな私の様子を見たウルフは、“仕方ない”と言うように、その理由を教えてくれる──


「来ただけだ……瑠璃を、連れて来ただけ。 バラに用はない」


 ウルフは視線を反らしながら、どこか、顔を赤くしているように見えた。


「……――」


 私を、連れて来ただけ……? それって、“私を、連れてきてくれた”……そういう意味?

 だからウルフは理由を聞くと、ムキになっていたんだ。

 そう気付いたら、私まで顔が熱くなってきた……


「理由、分かっただろう。これで満足か? ……満足なら、さっさと行くぞ」


 するとウルフは速足になって、庭園の奥へと進んでいく。


 ウルフって、素直じゃないな……でも、連れてきてくれたんだ……嬉しいかも……


 私も急いで、ウルフの後を追った。

 そして、ウルフの横へと追い付いた。


「ウルフ、ありがとう……」


「…………勘違いするな」


 またまた、ウルフが素直でない発言をするから、何だか可笑しくて、私はクスクスと笑った。


「お前はッ何を笑っているんだ! ……」


 ウルフはやはり、顔を赤らめながら、私に向かって怒ったような表情をする。


「ウルフって、面白い……」


「……からかいやがって! ……」


 私とウルフは、なんだか噛み合わない。

 噛み合わないから、変に言い合いなどになったりして……──なんだかそれが、不思議と楽しい時間になっていく。 怖いようで、面白い。なんだか、変な感覚。


「あっ! 私、向こうの方に行ってくるぅ~♪」


 ムキになって不機嫌なウルフを放置して、私は走り出す。


「貴様ッ!? ……待て!!」


 からかわれた事が気に食わないのか、思った通り、ウルフは追ってくる。


 もう慣れた、ウルフとの追いかけっこ。

 なんだか、愉しい……


 毎回毎回、何故だか追いかけっこ状態になる。

 初めて会った最初の頃は、追いかけられて、本当に恐ろしかった……けれどもう、慣れた。


 それに最初の頃は、ウルフは追いかけて来ても、途中で具合を悪くすることが多々あった。

 そんなんだから……気が気でなかったのだけど……最近は、そういうこともない。


 追いかけられることにも慣れて、ウルフも元気で……──その条件がそろったら、何だかいつの間にか、ウルフとの追いかけっこを愉しく感じるようになっていた。


 追いかけっこをしていて、いつも思うけど、ウルフはきっと、運動神経が良いんだと思う。

 冷静な顔して、実は体育会系? ……

 ──そう、前にキャットが言っていた。『ウルフは冷静ぶってる』って……本当のウルフは、もっと荒々しい……って使うのも、自分を冷静に保たせている証拠……──

 本当のウルフがどんな人なのか……──最近、少しは理解してきたと思っている。


「ウルフったら、必死に追いかけちゃってぇー♪」


 面白くて、ついからかってしまうのだ。


「なんだその上目線な言い方は?! 怖いもの知らずめ!!」


 バラ園の中で追いかけっこなんて、贅沢すぎる追いかけっこ。


 毎回追いかけっこは、どちらかが止まるまで続く。 だいたい、いつも私が疲れて止まる。するとウルフも止まるのだ。


 愉しいけど、疲れてきた。 そろそろ、止まろうかな……


 ──だが、そんなことを思っていると……


「待て! 瑠璃ッ!」


 追いかけてきたウルフが、私の手を掴んだ。

 掴まれて、追いかけっこは止まる。

 毎回追いかけっこをしているのに、掴まれたのは、実は初めてだった。

 ウルフは私の手を掴んだまま、呼吸を整える。

 私も手を掴まれたまま、呼吸を整えた。


「まったくお前は! ……」


 呼吸を整えながら、ウルフはそう言って、私の方を見た。

 ……──すると、思ったよりも至近距離で、しっかりと目が合う……


「「……――」」


 ウルフは言葉を止めて、私は喋るのも忘れて、お互いがお互いの顔を、至近距離でまじまじと見てしまった。

 私の顔は、たちまち熱を帯びる。

 そしてウルフの顔も、真っ赤になってくる。

 そうして私たちはほぼ同時に、お互いから顔を背けた。

 顔を背けるのに、顔の熱は引かない。

 そして、手を掴まれたままなことに気がついた。

 私は掴まれた手を眺めて、余計に恥ずかしくなった。

 私の視線に気が付いたウルフは、私の視線の先を辿る……──ウルフは、“私の手を掴んだまま”であることに気が付いたのか、慌てて私の手を放した。


「「……――」」


 お互い顔を背けたまま、変な間があく。


 もう手は掴まれてないのに、掴まれていた感覚が頭から離れない。

 しばらくすると私たちは、何事もなかったように知らん顔をしながら、再び庭園を歩き出す。

 今度は二人、並んで庭園を歩いた。


 どこまで歩いても、赤いバラが咲き誇る。

 美しすぎる光景に、うっとりとしてしまう。


 先程手を掴まれて、至近距離で目が合ってしまったせいで、まだ頭がフワフワするけれど、バラも綺麗すぎて……──先程のことと、バラに見とれる感覚が混ざってしまって、何に心を奪われているのか……よく分からない。 けれど、心を乱したのは、“美しすぎるバラのせい”、そういうことにして、正当化した。


 私は時より足を止めて、まじまじとバラの花を見るのだった。


「あ! あの種類、好きかも」


 また気になるバラを見付けて、私は足を止める。そして、バラをまじまじと眺めた。


「花、好きなんだな」


「ん? 嫌いな人の方が、少ないんじゃない?」


「嫌いな者は少ないだろうが……わざわざ足を止めて、花を見る者と、見ない者がいる。 瑠璃は止まるから、本当に好きなんだと思った」


 ──確かに花は、好き。

 足を止めるか止めないか……人の細かい行動に、人の真意は現れる。

 やっぱりウルフは、しっかりと人を見ている。賢い人……


「ねぇねぇ、レッド エンジェルは、花が好きなの?」


「いきなりなんだ?」


「だってこの庭園、綺麗すぎる……好きじゃなかったら、こんな庭園、作らないでしょう?」


「赤い花は、組織の象徴。だから、赤い花を大切にする」


「へー……」


 そういうことか。納得。けれど象徴にするくらいだから……好きなんだろうな。

 それにしても、この庭園、凝っていると思う。

 人口の川に、噴水……しっかりと手入れされたバラ……天井のガラス張り……──もの凄く、凝っている。

 象徴とか言って正当化しているけど……レッド エンジェルの人たちは、純粋に花が好きなだけじゃない?

 ウルフが素直じゃないように、レッド エンジェルの人たちは皆、きっと素直じゃないんだ。“花が好き”って、言えばいいのに……


「この庭園、凝っているよね? 特に、天井のガラス張り……」


「天井のガラス張りは、“アイツ”のこだわりだ」


「アイツ? ……」


「“アイツ”って言えば、“アイツ”しかいない」


「誰よ? ……」


 何故だか、“アイツ”と言うとき、ウルフは不愉快そうな顔をする。


「アイツと言うのは……のことだ」


「あぁ~……なるほどね……」


 実のお兄さんを、“アイツ”だなんて……仲が悪いのかもしれない……


「リュウは空が好きだ。だから最上階の天井を、ガラス張りにした」


「……へー……」


 ウルフが不機嫌そうに言うから、話題を広げずに、そうとだけ答えた。

 ──話題を広げなかったから、この話は途切れた。


 しばらく庭園を散歩して、私たちは芝生の上に並んで座った。

 そこで、たくさん会話した。いろいろなことを……──

 話し出してみると、会話はなかなか途絶えなかった。

 いろいろな人と関わっていると、自分の話しやすい人と、そうでない人……分かれてしまうと思う。けれど、ウルフと私の会話は、途絶えない。

 これって、私にとって、ウルフは話しやすい人……ってこと?

 関わり出すと、最初の印象とは随分と変わるものなんだな……


「──好きなんでしょう?」


「好きとは言っていない。必要だと言っている」


「強がっているの? 好きなくせに……」


「好きではないと言っている……」


「いいえ、強がりよ……好きなくせに……」


「強情な女め……――――確かに、好きだ……」


「そうだと思っていたわ」


 現在、『貴方は紅茶が好きなのね?』……と言う、どうでもいいトーク中。


 意味のない会話の繰り返し。


 ウルフが、『毎朝、紅茶を飲むのが日課』と言ったから、『へー、意外、コーヒー派かと思っていたわ。ホラ、なんとなく、コーヒーが男の人で、紅茶は女の人って……私の中で、そう言う印象があったから』って、私はそう答えた。あくまでも、差別の言葉を吐いたつもりはない。私の勝手な、印象の話だった。悪気なしで言ったのに……『女の人』って言うのが、気に食わなかったらしくて……またまたウルフは、『必要なだけ』とか……言い出したのだ。

 この人、強がるポイントを間違っている気がする……

 こんな感じで、私とウルフは、意味のない会話を楽しんだのだった。


 ──だがその会話中、ウルフのもとへと、一本の電話が入る……――


 震え出したスマートフォンに、ウルフは会話を止めて電話に出た。


 ウルフは私から少し離れて、通話をしている。


 ウルフが通話をしている間、私はまた、近くのバラを眺めていた。


 ──そして少しすると、ウルフは戻って来た。

 私もウルフの方へと戻る。

 再び先程のように二人並んで、芝生の上へと座る。


 先程まで楽しく会話をしていたのに、会話が途切れてしまったから、どことなく残念に思っていた。

 ウルフも先程までは私と楽しそうに会話をしてくれていたのに……通話を終えて戻って来たウルフは、なんだか少しだけ、怖い表情になっていた。だから、余計に残念に思った。


 ──ウルフのその表情が気掛かり。

 さっきの電話……なんだったんだろう……


「ウルフ……そんなに怖い顔をして、どうしたの? 今の電話が何か――……」


 気掛かりだから、そう聞いてみた。

 ウルフは暫く、何も言わなかった。

 私は、何も答えないウルフの横顔を、ただ眺めていた……──すると、ウルフもこちらを向く。


「「…………」」


「……動きがあれば、すぐに報告するよう、言ってある」


「……え?」


「さっきの、電話の話だ」


「あぁ~……なるほどね……」


 私の問いに答えてくれたみたいだが、『動きがあれば報告する』って言われても、主語がなくて、よく分からない。業務連絡的なことかな? ……


「ブラック オーシャンのことで、何か動きがあれば、報告するよう……言ってある。その報告の電話だった」


 私は変にドキッとした……心臓がバクバクと、言い始める……

 ブラック オーシャンに、何か動きがあったの? ……

 渋りながらも、ウルフはここまでは教えてくれたみたい。けれど内容までは……教えてくれないよね……──そう、諦めていたけれど──……


「動きがあった。どうやら、紫王が“北”をやったらしい」


「……――――どういう意味? 北って……?」


「北と言えば、“北”だ。 瑠璃も会ったことがあるだろう? 北と言うのは、北のトップだった、高橋 純のことだ」


 そうか、北は純のこと……

 『やった』って、何よ……純、大丈夫なの? ……


 ウルフは涼しげな表情でそう言ったけれど、私は嫌な汗をかく……


「「……―──―」」


 私の気持ちは、重くて、暗いものへ変わった。

 電話がかかってくる前は、本当に楽しい時間だったのに……

 まず、純のことが心配……陽介、聖、雪哉のことも、いきなり心配になった。純がやられたなら、あとの三人も、危険ってことだもん……

 そして、ウルフを見ると、なんだか悲しくなった。先程まで、一緒に楽しい時間を過ごしていた……なのに、先程まで楽しく会話をしていた相手が、他でもない、ブラック オーシャンを陥れようとする、張本人だなんて……そう再認識させられて、どうしようもなく、切ない気持ちになった。


「ウルフ……――どうしてウルフは、ブラック オーシャンを、傷付けるの?」


 疑問がそのまま、口をついて出た。

 今のウルフなら、この質問にも、答えてくれるかもしれない……

 するとウルフは、今までの中で、一番怖い目をしながら、言ったのだった――……


「これは、俺の復讐だ」


 背筋がゾッとした……――

 久しぶりにウルフのことを、少しだけ、恐ろしく思った――……


*──*──*──*──*──*──*──*


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