Episode 6 【何が本当? どれが嘘……】

【何が本当? どれが嘘…… 1/2 】

 ──また夜がきて、つまらない1日が終わろうとしていた。


 キャットは、自分の部屋のベッドへと座り込んだ。


 気持ちがモヤモヤしていて、気分が晴れない。

 リュウが帰って来てから、何かと行動も制限しざるを得ない状態だ。

 面白味を持たせようとしていた毎日が、制限によって、潰される息苦しさ……──


 話し相手も、今はろくにいない。

 “ココにいたい”と、自分の意思を主張したドールの事を、無理に連れ帰ったのは自分キャットだ。

 ドールが自分で見つけた世界から、ドールを遠ざけさせてしまった。

 罪悪感で、ドールに会わせる顔もない。キャットはドールに話しかける事を躊躇っている。


 そして、いつもであったらちょっかいを出してくるアクアは、ドールの件を咎められた際に、怪我を負った。

 アクアはその怪我で、まだ本調子でない。当然、いつもみたいにちょっかいも出してこない。

 自分から話しかけに行くのは、素直じゃなくて、どうも、出来ない。


 更にウルフも、体調が良いとは言えなかった。

 ……それに最近、ウルフは瑠璃と仲が良いように見える。 そのせいで、キャットにとってウルフは、前よりも話しかけずらい存在になっている。


「なんだか疲れた――……」


 うわ言のように、キャットは一人、呟いた。

 そしてキャットは疲れた表情をしたまま、電話をかけ始める……──

 ──電話をかけた相手は、だ。

 ──暫くコールが鳴ってから、電話ごしに、雪哉の声が聞こえた。

 キャットの表情は、先程よりもいくらか柔らかくなった。


「ねぇ雪哉……私最近、一人なんだよ? 話し相手も、ろくにいない……」


―「……何かあったのか?」


「まぁ、いろいろとね。──雪哉……私、寂しいよ――……」


 ドールもいない。アクアもいない。ウルフもいない。 キャットが頼るのは自然と、雪哉だった──


「雪哉……今度また、会える日に会おうよ? 一緒に出掛けようよ……」


―「あぁ。そうだな――……行きたい場所、あるか?」


 『行きたい場所』キャットは少しの間、考え込んだ。

 その時、この間、雪哉と街を歩いていた時に見た、夕焼けを思い出した。


「夕焼けが見たい」


―「夕焼け?」


「うん。見たい。……――モヤモヤするの……キレイなもの見て、スッキリしたい……」


―「なら、連れて行ってやるよ。良い場所、知ってるから」


 キャットは嬉しそうに笑っている。電話なので、そんなキャットの表情は、雪哉には見えないけれど──


―「ネコの都合がいい場所でいいから、待ち合わせようぜ? 迎えに行く」


「じゃあ……――×××通りの、時計台の前に来て」


―「決まり。……――なぁ、バイクと車、どっちがいい? ──」


「うーん……――じゃあ、バイク! だって、スカッとしたいから!」


―「『スカッと』だと? ……言っておくけど、お前を後ろに乗せて、バカみてーにスピード、出さねぇからな?」


「え~? ……」


―「常識だろう」


「え~……元暴走族が、何が常識?」


―「悪かったな?! ……どうするんだ? バイクか?」


「うーん。スカッとしたいから……バイク……」


―「……了解。スカッとしねぇけどな……」


 ──そうして二人は暫く、予定を立てながら、楽しそうに会話をしていた。


―「夕焼け、見れるように、晴れれば良いな? じゃあ、またな……」


「雪哉、おやすみ……」


―「……──おやすみ」


 ──まるで何かに躊躇っていたかのように、『おやすみ』の返事の前に、間があいていた……──


****


 そして約束の日。とても暖かくて、よく晴れた日だった。

 時刻は昼過ぎ。

 約束の時計台の前。

 雪哉が来たことに気が付いたキャットは、嬉しそうに手を振る。

 バイクの音が次第に近くなり、キャットの前でバイクが停まった。

 ──ヘルメットを取る雪哉……


「よぉ、待ったか? ……――ッて、は? ……」


 そこにいるキャットは、なぜか頬を膨らましていた。


「いきなり機嫌悪い? 俺の何がいけないんだ?」


「手ぇ振ったのに! 雪哉に無視されたぁ!」


「いや、運転してたから、見てねーよ。知らねーし。 つーかバイクの運転で、手、振り返せねーよ」


 『バカか?』と言って、雪哉はキャットの頭を、優しく小突いた。


「フン! 私がバカだったわよ!」


「素直でよろしい!」


 キャットの頭を撫でる雪哉。

 キャットは、満更でもなさそうだ。寧ろ、嬉しそうにしていた。


 鳥の飛ぶ空を、雪哉は見上げた。

 それにつられて、キャットも空を見る。


「晴れて良かった。これなら、夕焼けが見れそうだ」


 二人は顔を見合わせながら、微笑んだ。

 雪哉はキャットへと、ヘルメットを渡す。


「ちゃんと被れ」


「分かってるわよ」


 バイクの後ろへ乗ろうと、足を上げるキャット。だが、中途半端な位置で、足が止まった。


「……――」


「ん? ……乗れねーのか? ……」


「……のっ乗れるわよ!」


 そう言いながら、やはり、足は中途半端な位置で止まっている。


「ムリするなよ?! 素直じゃねーな?! ……乗せてやるから」


「自分で乗れる!!」


 そう言うとキャットは、無理矢理……どうにかバイクへと乗る……


「危ねッ?! 飛び乗るなよ?!」


 何はともあれ、ようやくキャットもバイクへと跨がった。

 雪哉はヘルメットを被る前に、キャットの方を笑みを作りながら、振り返る。


「しっかり掴まってろ」


 言われた通り、キャットはギュッと、しっかりと雪哉に掴まった。

 ──エンジン音が、心の高鳴りを大きくする。


 ──風を裂いて、風を感じる――……


 言っていた通り、雪哉はスピードを出したりはしない。

 電話では、『スカッとしたい』とか言っていたけれど、実際は、キャットはこの速すぎないスピードを、とても心地好く思った。

 優しく、風に抱き締められるような……そんな、心地好さ──

 〝どんな場所へと連れて行ってくれるのか〟と、ワクワクする……──


 そうして暫くすると、バイクが停まった。

 雪哉はヘルメットを取って、スッとバイクから下りた。

 キャットも同じように、ヘルメットを外す。そして下りる……

 高い位置から下りて、その衝撃でキャットはよろけた。

 ──それを、雪哉が受け止める。


「夕焼けにはまだ早いから、少し遊ぼうぜ?」


 キャットが顔を上げると、そこには、大きなショッピングモールがあった。

 ここはショッピングに加えて、映画館やボウリング、カラオケなどもあり、充実している。

 ショッピングモールの周りには、大きな花壇が沢山あって、いろいろな花が咲いていた。そんな景色が、とてもキラキラして見えた。


「ホラ、行くぞ?」


 差し出された手を、キャットは握る。

 雪哉に手を引かれながら、歩いた。


「さてと……──ショッピング、カラオケ、映画……どれがいい?」


「うーん」


 手を引かれながら、考え込むキャット。

 その時、店内の壁に飾ってある、映画のポスターが目についた。


「……観たい」


 キャットは映画のポスターを指差した。


「映画か? なら決まり。……どれが観たいって?」


「あれあれ! CMとかでやってるじゃん? 今人気のやつ」


 再びキャットは、ポスターを指差した。


「へー。お前乙女だな」


「そうだけど? 何か悪い?!」


 キャットが指差したのは、話題の恋愛映画だった。


「悪くねーよ。なら、早く行くか」


 そう言うと雪哉は、キャットの手を引きながら、走った。


「雪哉ぁ?! 走らなくてもいいじゃん?!」


「なぁに言ってんだよ? 早くしねぇと、いい席が無くなる」


 そうは言っても、走るのはどうかと思うキャットであったが、手を引かれるまま、走る。

 雪哉もどこか、楽しそうにしている気がした。

 わざわざ走る雪哉が、とても無邪気に見えて、キャットはいつもとは違うドキドキを感じていた。


 映画館へと着いて、ようやく足を止めた。


「久しぶりに、こんなに走ったぁ……」


「よし! 券を買いに行くぞ!」


「……?!」


 ようやく、一息ついたと思ったキャットだったが、すぐさま再び、雪哉に手を引かれて、小走りで券を買いに行く羽目になる。


「アンタ元気ね?!」


「当たり前だろ。少し走っただけだし」


 券を買い終わって、雪哉はキャットの方へと振り返る。


「……もしかして、疲れたか?」


「少しだけ……」


「「…………」」


「ごめんな?」


「ううん。全然いいの。なんだか、雪哉がすごく楽しそうにしている気がして……なんだか、嬉しかった」


「……楽しそう?」


「うん。なんだか雪哉らしくない。けど……――自然な感じで、良いと思う。──ねぇ、私に、心開いてくれてるの?」


「……――は? 別に、開いてなくねぇーけど……お前こそ、何だか変わった気がする。素直ッつーか、そう、……」


「「……――」」


 二人は少しの間、お互いのことをじっと見ていた。──それからどちらも、自分の気持ちを隠すように、視線を反らす……──


「……時間、ちょうど良かったな? 早く行こうぜ……」


 ちょうど、上映の15分前だった。

 『変わった』『自然になった』──その話題からお互い逃げるように、二人は進み始めた。


****


 ──まもなく上映開始だ。

 暗い映画館の中。二人は上映を待つ。


 ──『ねぇ、私に、心開いてくれてるの?』──


 雪哉は先程のキャットの言葉を、ずっと考えていた。 けれど、目的の映画が始まって、その考えは、フッと消えていった――……


****


━━━━【〝CATキャット〟Point of vi視点ew 】━━━━


 アナタといると、恋愛のストーリーが観たくなるのは、どうしてだろう? ――


 考えても意味のない、下らない問いが、頭の中で回り続ける。


 〝考えても意味がない〟――


 ──だってその答えに、私はもう、気が付いているのだから……──



───────────────

────────────

───────


****


 エンドロールも流れ終わり、部屋が明るくなる。


 ─―グスン……グスン……! ……――


 隣から、グスングスンと、泣き声が聞こえてきた。


「……おい、号泣か?」


 キャットは雪哉の隣で、号泣中だ。ハンカチを目に当てている。


「ぅッうるさいわねぇ~……!」


 号泣しているところを見られて、恥ずかしかったのか、キャットはムキになって言い返す。

 ハンカチを目から離したキャットの目は、真っ赤だった。

 だが、キャットはハッとする……


「雪哉、少しだけ目、赤いし。泣いた?!」


「なっ泣いてねーよ!」


 雪哉もムキになる。


「フーン。……いや、泣いたでしょ? ……」


「……ほんの、少しだけ」


 キャットはクスクスと笑う。


「いいんだよ! 普通泣くだろ!! アイツ死んだかと思ったし! 生きてたけど……そりゃ泣くだろ?! 」(映画の話)


 やはり、ムキになる雪哉が可笑しくて、キャットは笑っていた。


「フフフ――そうよね? アレは泣くわ。──いいじゃない? 泣かない方が不思議! 雪哉は優しいのね」


「……いや、別に。オレ、優しくねぇよ」


 『優しい』なんて言われて、なんだか恥ずかしくて、居心地が悪かった。


「ネコこそ……そんなに泣きやがって……優しいんだな」


「……え? ……何言ってるのか、分からない」


 今度はキャットが居心地が悪くなって、テキトーに誤魔化していた。


****


 映画館を出た頃、夕焼けが見れるまで、もう少しだった。


「もうすぐ夕焼けだ。行くか……」


「何処に行くの?」


 雪哉は振り返って、優しく笑った。


「とっておきの場所だ。 そこなら、夕焼けがより一層、キレイに見える」


 空は、徐々に光の色を変え始めた。

 柔らかい黄金の光が、雲の間から射し込む。

 その光に照らされながら、優しく笑う雪哉は、男性なのに、とても綺麗だった―─


「……――」


 思わずキャットは、雪哉に見とれた。


「ホラ、行こうぜ?」


「……あっ……うん」


 この声にハッとして、キャットの意識は鮮明に戻る。

 再びキャットは、バイクの後ろへと乗った。そしてしっかりと、雪哉の身体に腕を回す。

 先程見とれた雪哉の姿を、ずっと思い浮かべていた。


 ──吹き抜ける風……

 ヘルメットから出た自分の髪が、なびいている。

 密着した体が、温かい。

 そして、優しい光に包まれる。

 心地がよくて、瞳をとじて、風と体温を感じていた……──


 そして、バイクは少し走ると、目的の場所へと着いたらしく、停まった。


「着いたぞ? ……――お前が、気に入れば良いんだけど……」


 雪哉の声がして、とじていた瞳を開いた。

 うっすらと開いた瞳を、すぐに、パッと見開くことになる……──そこに、あまりにも美しい、夕焼けの大空が広がっていたから――


「わぁ……キレイ……!」


 キャットの表情は、自然と笑顔になる。

 そこは、町を一望することが出来る、美しい丘だった。

 丘の上から見える夕焼けは、何よりも美しい。

 そして丘に咲き誇る花も、また美しかった。

 手が届きそうなくらい、空との距離を近く感じる。

 バイクから下りたキャットは、すぐに、丘のギリギリの手摺まで走った。

 キャットは手摺を掴んで、身を乗り出すように、嬉しそうに……丘からの夕焼けを眺めている。

 雪哉も手摺まで歩いて来て、キャットの隣で止まった。


「嬉しそうにしてくれて、良かった。気に入ったか?」


 キャットは笑顔のまま雪哉を見て、大きく頷く。

 夕焼けに包まれながら、キャットは無邪気に笑う。

 キャットがこんな表情を雪哉に見せるのは、初めてだった。


「……――」


 雪哉はつい、無邪気に笑うキャットのことを、じっと見た。


「雪哉! ありがとう……」


 キャットはそんな表情のまま、雪哉の片腕に、自分の両腕を絡めた。


「お前ッ……――」


 何かを言いかけてから、雪哉は困ったように、キャットから視線を反らした。


「ん? なに……?」


 何かを言いかけた雪哉へと、キャットが聞き返す。


「何でもねぇよ――……」


 相変わらず雪哉は、困ったような表情をしている。

 そして雪哉は、モゴモゴと呟いた……


「そんな顔しやがって……反則なんだよ……」


 キャットには雪哉が何て呟いたのか、それを聞き取れなかった。不思議に思って、雪哉を見るキャット。


「……――」


 雪哉は困ったような表情をしながら、顔を赤らめているように見える。〝けれどそう見えるのは、夕焼けのせいかもしれない〟……キャットはそう思っていた。


 それから二人は、夕焼けをずっと眺めていた。

 絶えず色を変え、形を変えていく夕焼けを、ずっと眺めていた……──


「本当に、綺麗に夕焼けが見える場所ね。こんな良い場所、よく知っていたわね?」


 何気なくキャットが訪ねると、雪哉は、夕焼けの下、丘の下に広がる町を眺めながら、言った。


「俺はこの町で生まれた。 8歳の時まで、この町で育った」


 そう言いながら町を見る雪哉の横顔は、どこか、寂しげに見える―─……


 雪哉はキャットの方へと向いた。キャットも、雪哉の方を向いていた。


「ガキの頃、よくこの場所で、こうやって夕焼けを見ていた」


 振り返ってそう言った雪哉の表情は、もう、寂しげではなかった。


「俺は、夕焼けの綺麗な……この町が好きだった」


 『好きだった』その過去の言い方が、キャットの中で引っ掛かった。


「じゃあ、今は? この町が好き? ……」


 すると雪哉は一瞬、何かを考えるようにしてから、答えた。


「今も好きだ」


 その答えに、なぜだかキャットは、嬉しくなった。


「好きな町か……なんだか、ステキね」


 雪哉の方を向きながら、キャットは優しい表情をしていた。

 ──そんなキャットの表情を見て、雪哉の中に、疑問が浮かぶ。


「ネコ、お前本当……表情が変わった。どうしてだ――……?」


 するとキャットは、フッと笑みを溢す……


「どうしてだろうね? ――」


 キャットはソッと、雪哉の腕を抱き締める力を強める……──


「どうしてだろう――……でも私がそうなったのなら、きっと──」


「……―――」


「それはきっと、“雪哉も同じ”だから。雪哉も、表情が変わった。 私にはね、雪哉の行動や言葉が、嘘ばかりではないって……分かっているつもり」


 質問したのは自分雪哉であった筈なのに、キャットの言葉を聞くと、核心を突かれたように、自分が射抜かれた気がした……──返す言葉は、出てこなかった。


 会話が途切れて、二人はまた、夕焼けだけを眺める。

 キャットはまた、夕焼けを見て、嬉しそうに笑っていた。


「もう、最高の思い出! 雪哉ぁ、本当にありがとうね?」


 キャットはまた、無邪気な笑顔を雪哉に向けた。

 すると、スッと雪哉は動いて、キャットに甘いキスをした。


「……――」


 夕焼けも終わりに近づく。

 夕焼けが終わる前に、日が沈みきる前に、キスをした。

 夕焼けが終わるまで、二人は、深い深いキスを交わしていた──

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