【あの秋の崩壊 2/3 ─崩壊─】
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そしてその時、師走は絵梨と一緒にいた。
二人で並んで歩きながら、家へと帰る途中だ。
「……こうも毎日、どうして師走さんは、私を迎えに来るんですか?」
あのオークション会場で師走と会って、その次の日から毎日、師走は絵梨を迎えに来る。雪哉からの言い付けを守ってだ。
「それ、何度も答えたよね? “君を任されたから”、迎えに行く」
「それ、何度も聞きました。私が言っているのは、“任された”とは言い、良くここまで、忠実に私を迎えにきますよね? ッて、そう言う意味」
「……あぁ、当たり前。俺は、あの人に忠実だ。だから、君のことは俺が守る」
「…………」
絵梨は複雑な気分になった。師走が迎えに来るのは、雪哉からの命令だからだ。
──オークションの時に、ブルーソードが言っていた。『雪哉が君を、傍に置いておきたかったんだろうな』と……──それなら尚更、雪哉に来てもらいたい。
けれど雪哉は師走に一任したまま、自らは来てくれない。
期待が膨らむが、結局、その期待は実現しない。
雪哉に恋をしたまま、夏から、もう秋になってしまった――……どうしてもこの心から、完全には消えてくれない感情だった。
──絵梨と師走は歩き続ける。その時、予想もしない人物と、偶然会った。
その人物は、絵梨たちとは逆方向から歩いて来た。
「絵梨ちゃん……――と、師走先輩?! ……」
例の前から歩いて来た人物が、驚きの言葉を発した。現れた人物は、“光”だった。
絵「光?! ……偶然」
光「俺も驚いたよ。偶然だね」
光は絵梨に向かって、優しい笑顔を作った。
師「テメーは確かッ!? ……」
そして師走は光を見て、嫌そうな表情を作った。
その様子に、隣にいる絵梨も首を傾げる。
光「……師走先輩、久しぶりです」
どことなく、光も苦手そうにしながら師走に声をかけている。
師「テメーは確か、光とかいう、ふざけた後輩……」
光「別に俺、師走先輩の前で、ふざけてなかったですよ? ……」
師「いいや! 十分ふざけてやがる!! 今だってふざけてやがる!!」
光「今……? どこがですか?」
困ったように、光が師走に訪ねる。
するとバッと師走は光を指差した。
師「その髪色だ!! テメー、相変わらず雪哉の真似っこか!? ふざけている!! 生意気なガキめ!!」
光「そんなことですかぁ?」
光が呆れた顔をする。
そう、光は『俺と同じ色が似合いそうだ』と、雪哉に言われて以来、雪哉と同じヘアカラーをしているから。
師「オレお前のこと、あまり好きじゃねぇ!」
光「オレも師走先輩のこと、嫌いです!!」
師「なっなんだと?! テメー! 露骨にそんなこと言いやがって……」
光「だって師走先輩、面倒なんですもん。オレが雪哉さんと会話してると、オレのこと、悔しそうに睨んでくるから……──高校の時、そんなんばかりでしたよね? 師走先輩、すごく“面倒”です」
師「お前が雪哉に馴れ馴れしいからだ!」
またまた、光は呆れた表情を作った。〝大人げない先輩め……〟と。
そうして師走と光はガヤガヤと話している。その時、師走のスマートフォンが鳴った……──
電話を掛けてきた相手は、“雪哉”だった。雪哉からのコールを見ると、師走は、〝ざまあみろ!〟 と言ったような顔を光に向ける。
そんな師走に、ムッとする光。
勝ち誇ったような表情で、師走は雪哉からの電話に出た。……──けれど少しすると、師走の表情は、真剣な表情に変わっていた。何か、焦っているようにも見える……
師走の様子に、絵梨と光も、不安な気持ちになった。
──電話が切れると、師走はすぐにスマートフォンをしまう。
絵「……どうかしましたか? ……」
先ほどの電話の件が気になり、絵梨は師走に尋ねた。
すると師走は、絵梨のことをじっと見た。
絵「………?」
次に、光を見る師走……
そして 師走が、口を開く。
師「……おい、光。ホントはお前になんて、頼みたくねぇーんだけど、頼んでもいいか?」
光「何をですか?」
「「……――」」
師走は一度口ごもってから言った。
師「お前は無事に、姫を家まで送り届けろ。俺は急用が出来た」
「「……!?」」
絵「どうして? ……――急用ってなに? ……」
雪哉からの連絡だったのは、分かっている。だから、絵梨は気掛かりで仕方がなかった。
けれど師走は、絵梨の問いに答えなかった。事情を話したなら、絵梨が一緒に来たがると思ったから。
光「……別に構いませんけど? 寧ろ嬉しい――……」
師「なら頼んだぞ? 姫に何かあったら、許さないから。その時は、覚悟しておけ」
光「………」
そして師走は、絵梨と光を残して走り出す。
絵「待ってよッ! ……――」
絵梨は師走を追おうとした。
けれど、走り出そうとした絵梨の手を、光が掴んだ――
絵「……――光、離してよ。だって急用って、可笑しいよ……追わないと……」
絵梨は焦りを隠せなかった。
けれど光は、絵梨の手を離さなかった。
光「それって、絵梨ちゃんが心配すること?」
絵「……それは――……」
光「……すごく焦ってるね。師走先輩のことが、心配なの?」
絵「……――」
絵梨の手を掴む光の力が、心なしか、強くなる……──
光「違うか――……絵梨ちゃんは、雪哉さんのことが好きなんだね」
核心を突かれて、絵梨の心臓がドクンと鳴った……──
光は少し怖い顔をしながら、そう言った。光のこんな表情を見たのは、初めてだった……──
****
そして走り出した師走は……──
雪哉と合流する為に、全力で走る師走。……──するとその時、誰かが師走の前へと立ちはだかる──
師「ッ……あぶねぇっ?! ――」
どうにか、その人物を避けた。師走はまた、走り出そうとする──
けれど──
「おい、待て……」
どうやら例の
師走は急いではいるが、反射でその声の方を向いた。すると、よく見てみれば、見覚えのある男であった。
師「……お前ら、この間病院で会った……」
師走を止めたのは、誓と響だったのだ。
誓「お前も、この間病院にいた奴だよな? ブラック オーシャンの師走 霜矢……間違いねぇか? ……」
師「そうだけど? ……俺急いでるんだ―─……」
誓「急いでそうだから、止めたんだ。どうして急いでるんだ? 何かあったか? ──」
全力で走る師走を見掛けて、誓と響も嫌な予感がしたのだ。だから、二人は師走を止めた。
師「……お前らは、何者なんだ?」
“警察官”である肩書きは、簡単に教えるつもりはない。けれど代わりに、誓は他の肩書きを自然に答えた。
誓「稲葉 聖の兄だ」
師走が、呆気に取られたような表情に変わる。
師「……似てる。嘘ではなさそうだな。なら、味方してくれるのか?」
誓「……――味方のつもりだ」
師「なら、手伝え。アンタの弟捜してるんだ。嫌な予感がするからな――……」
そうとだけ言うと、師走は再び前を向いて、走り出す。
師走を追って走り出そうとしながら、響は気掛かりそうに誓を見る。
響「誓、大丈夫か? ……」
誓「寄りによって、聖かよ。……――最悪な気分だ……」
誓は瞳を細めて、遠くを見た。まるで、弟の事を思い出し、見据えるように──
響「……とりあえず、俺らも行くぞ」
誓と響は、師走の後を追って走り出す。
響「師走 霜矢! 何処へ行くつもりだ?」
先を行く師走に向かって、響が叫んだ。
師「心当たりを回るんだ! 怪しいのは、紫王、黄凰、白麟……その辺りだ!」
最悪な事態を想像する……──するとやはり、怪しいのはこの三チームだった。そして、誓はピンとくる……──
誓「師走、黄凰だ!」
師「あ? 自信あるのか?!」
誓「ある──」
一度目を丸くした後に、師走はニッと歯を出して、笑みを作った。
師「面白ぇ。お前の自信に懸けてみる――……」
こうして師走、誓、響は、黄凰の溜まり場へと向かい始める──
****
──そしてその頃、黄凰の溜まり場の倉庫では、乱闘が繰り広げられていた。
黄凰の総長、副総長、幹部は、乱闘が及ばない階段の上で見物をしている。
高「?! ……危ねぇな!? 聖!」
聖「あっ! 花凛、すまねーな!!」
回し蹴りを避けられた先には高野──危うく、高野に回し蹴りを食らわせるところであった。
聖「ちょッ待て!? 花凛!!」
高「うわ?! 聖だ?! ……」
真正面から相手に殴りかかった高野。だが避けられた先には、聖がいた。
こちらも危うく、聖を殴るところだった。
聖「俺ら、さっきから危ねーな!? 仲間内紛争はごめんだ」
高「確かにな! ……“位置”が悪いんだ」
次々に敵を倒しながら、会話をする二人。
聖「“位置”か。確かにな。これじゃ、味方を殴りかねねぇ!」
高「ポジションは重要だな」
聖「“位置”変えるか? ──」
高「あぁ」
そして二人は、背中合わせになる。このポジションが、一番効率が良いように思えるから。
背中合わせで効率が上がる。
聖「オレの背中はお前に預けた!」
高「もちろんだ! オレの背中も聖に預ける」
背中合わせなら、正面の相手だけを見ていれば良い。後ろは気にしなくてもいい。──仲間を信用していないと、出来ないこと。
──しばらく、背中合わせでの乱闘が続いた。
二人の動きも気持ちも、徐々にあの頃へと戻っていくようであった。ブラック オーシャンの現役時代へと──……
聖「きりがねぇーな……!」
高「このままじゃ、体力がもたなくなったら終わりだ。何か、いい方法ないか? ……」
倉庫の中を疾走しながらの、作戦会議だ。後ろからは、追っ手が迫る。
聖「……作戦? ない」
走り続ける二人。止まっていては、作戦会議の時間など、取れはしないから。
──どこを走っても、お構い無しだ。
ソファーの上を走ったり、テーブルへと飛び乗ったり……──
テーブルへと乗った際に、聖はしっかりと、テーブルへ置いてあった酒を掴んだ。
それを飲みながら、テーブルへと飛び乗ろうとした追手の顔面を、何気にゴッと蹴る。──蹴られて倒れた追手は、同じく追って来た自分の仲間へとぶつかっている。
高「聖?! なに酒のんでるんだ?!」
聖「作戦、酒のみながら考えようと……花凛も飲めよ」
酒のビンを持ちながらテーブルから下りて、再び走りながら、酒を高野へと手渡す聖──
酒を受け取って、高野も一口酒を飲んだ。
その間にも追手からは『待ちやがれー!』『酒飲んでんじゃねー!!』等、罵声が飛んでくる。
「「……――」」
高「で、作戦は?」
聖「……ない! 思い付かなかった」
高野はフッと、可笑しそうに笑いを溢した。
高「俺もだ」
聖「やっぱり、ぐだぐだ考えても仕方がねぇな?」
高「あぁ。そうだな」
顔を見合わせて口角を吊り合う。──そうして二人は、走るのを止めた。
再び背中合わせで、迫る追手たちを見据える──
聖「……花凛、体力どうだ?」
高「余裕だ――……」
高野の答えを聞いた聖は、口元だけに笑顔を作った。
この倉庫に来てから、もう案外時間が経った。
強気な言葉とは裏腹に、二人の呼吸は荒くなっていく──……
聖「こんな時、アノ人なら、どうしただろうな?」
高「誰ならだ? ……」
聖「“栗原総長”なら、どうしただろうな? ……」
高「……――」
──荒くなる呼吸――……
──迫る体力の限界――……
──勝機のない争い――……
けれど聖は、荒い呼吸に、鋭い瞳をしながら、口角をつり上げて、言った。
聖「勝機のない喧嘩を前に、栗原総長ならどうするか―─……」
高野も荒い呼吸のまま、聖の言葉に耳を傾けた。
聖「あの人はきっと、諦めねぇ。──たとえ勝利は無くとも、“守る”って決めた何かだけは、必ず……必ず、守り通すんだ……――あの人は、そういう人だった」
──絶対絶命の時――……
かつて信じ、忠誠をつくした、“栗原”の姿が脳裏に浮かんだ。
聖「花凛、お前は、何を守りてぇんだ? ──」
高野も荒い呼吸のまま、笑みを作る。
高「意地とプライドと――……」
聖「十分な理由だ」
聖はそう返答すると、高野より一足先に、争いの渦の中へ、身を投じた――……
一足先に動いた聖の背中を、一瞬、高野は眺めた。そして、呟いた──
高「意地とプライドと――……主君」
そして高野も再び駆け出して、乱闘の中へと加わっていく。──ブラック オーシャン・東のトップであった彼自身の主君の事を、守るように──
倉庫に響く、乱闘の音。奇声。
こだまする……――
ただがむしゃらに、突き進んだ。
目の前の敵を、なぎ倒す。 ただがむしゃらに……──
終わりは見えない――……
頭が可笑しくなったような気分だ。この喧嘩は、永遠の繰り返しのようにも思えてくる──……
思考も何もかも、麻痺してくる――……
荒れ狂う感情――……
──ただ1つ……守り抜きたい何かの為に──
大勢の者たちを相手にしながら、聖は階段の上にいる丸島を睨み付けた。
階段への道を阻む敵は、絶えず現れる。
けれど確実に、階段の方へと歩みを進めた。
聖「もう少しだ……丸島!! 逃げずにそこで待ってろ……!」
乱闘の最中、聖は丸島に向かって叫んだ。
丸島は階段の上から聖を見下ろしながら、口元に笑みを浮かべた。
丸「ブラック オーシャン……頼もしい連中だ」
丸島の言葉を聞いて、隣にいる東藤が、フッと笑う。
東「随分、快さそうに言いますね? ……アイツらの諦めの悪さに、心を動かされましたか?」
丸「いいや。何も変わらねぇ。俺は、アイツらの意地やプライド、地位を、ズタズタにしてやりてぇんだ」
吉「ホンマやな? ……何も変わってへんな……」
丸島を含む黄凰の主力メンバーたちは、階段上で言葉を交わしている。
──するとその時、同じ階段の奥から、人影が現れた。その人物は無表情のまま、ソッと、丸島たち四人と並ぶように、その輪へ加わった。
花「――……」
花巻が気まずそうに、その人物から視線を反らした。
吉河瀬も気まずそうに、その人物の顔色を伺っている。
丸「よぉ、百合乃――……お前も、しっかりと見ておけ」
……──その人物とは、百合乃だった。
丸島は百合乃に向かって、意地悪にも見える笑みを作った。
百合乃はじっと――……繰り広げられる乱闘を、眺めていた──
****
体力の限界は迫るが、聖は相手からの拳を、上手く避け続けていた。 けれど……──
──乱闘の最中、不意に、聖は階段へと視線を向ける――……すると、拳を避け続けていた聖が、止まった。目に飛び込んできたのは、黄凰の隣に並んだ、百合乃の姿だった。
聖「百合……乃? ――……」
何が何なのか理解が出来なくて、その場から一歩も、動けなくなった。
──次の瞬間、聖は右の頬に、まともにパンチを食らった。
聖の身体は殴られた衝撃で、投げ出される。
高「聖ッ?!」
離れた位置にいた高野は聖の名を叫んでから、目の前の敵をどうにか切り抜けて、聖へと駆け寄って行く。
聖は地面に手を付いたまま……──その瞳は、ひどく動揺しているように見える。
聖は動揺していて、上手く喧嘩へと意識を向けられなくなってきている。けれど相手からしたら、そんな聖の気持ちなど、関係ない。敵は容赦なく、襲い来る──
地面に手を付いた状態から、無理矢理引っ張り起こされる。そして、二人に両腕を掴まれた。
高「聖ッッ!! ――……」
高野は聖に駆け寄ろうと必死だ。けれど、周りの敵たちは、それを簡単には許してくれない。道を阻むように現れて、拳を飛ばし、高野の事も取り押さえてしまおうと、その腕を伸ばしてくる……
高「邪魔すんなッ!! 離せよ!!」
かれこれ数分、高野はその腕を振りほどこうとしていた。けれど、高野も完全に動きを封じられ、地面へと取り押さえられてしまう。
両腕を掴まれ、動きを封じられたまま、聖が顔を上げた。顔を上げて、階段の上の丸島を見る……
聖「……どういうことだ? ――……」
両腕を掴まれた状態。絶体絶命である筈なのに、その危機を嘆くよりも、その疑問が浮かんで、頭から離れない――……
──なぜ百合乃が、黄凰と共にそこにいるのか? 見たところ、嫌がっているようにも、人質にされているようにも見えないのだ。……なぜなのか? 嫌なことを……想像した……──
丸「何だ? あー……“百合乃”のことか?」
丸島が浮かべる。優越感の笑み……──
丸「“この光景”、そんなに理解の難しいことか?」
聖「――……百合乃……」
聖はやはり疑問を拭えなくて、その目を泳がせながら、小さく百合乃の名を呟いていた。
丸「見た通りだろうが?」
聖に見せ付けるように、丸島は百合乃の肩を抱き寄せた。
雷に打たれたかのような衝撃が、聖の中を駆け巡る。何かが酷く、ズキンと痛んだ――……
見えない何かが、頭の中で崩れた気がした。
なぜか百合乃から、目を反らせなかった。
百合乃は聖と、視線を絡めようとしない。
聖「……百合乃ッ――……」
今度はしっかりと聞こえるように、百合乃の名前を呼んだ。
けれど百合乃は、余計に聖から視線を反らす。決して、聖のことを見なかった。
聖「……なぁ! ……百合乃……聞こえてるだろう? ……」
聖の表情は、悲しそうに曇る。
聖「……百合乃――……」
何度か名前を呼ぶが、それに百合乃が答えることはない。
丸「テメー、うるせーよ。 俺の女、気安く呼び捨てにしてんじゃねーよ」
言葉を失うしか、なかった……――
百合乃を想う感情が、“恋愛ではない”だけだったのに……──なぜ、男女はその情が食い違っただけで、こうなってしまうのか……
丸「さっさと、失せろ──」
丸島の冷たい言葉を合図に、聖に向かって拳が飛んだ。
頬を殴られて、鈍い音が響く……──
痛みで聖の表情が歪む――………
次々に、拳は飛んでくる。
高「聖ッッ!! ――……」
高野は叫んだ。地面に押さえつける手を、振り払おうと必死だった。
高「離せよッ……!!」
振り払おうとしながら、次に高野は、百合乃のことを睨み付ける。怒りと屈辱で、血走ったその目で──……
高野は怒りの表情を浮かべている。
高「國丘 百合乃ッ!! ……――テメー、裏切ったのかよ!!」
百合乃は固く、瞳をとじた――……現実から、目を背けるように。やはり高野の問いにも、答えない。
高「答えねーのか……? テメーのことなんて、元から信用出来なかったんだよッ!!」
高野は怒りで裏返った声で叫ぶ。
高「黒人魚のテメーなんてッ信用出来なかったんだよ!!」
高野の怒りは収まらない。
高野は百合乃へと、怒りの感情を叫んでいる。すると丸島がゆっくりと階段を下り、高野の方へと向かって行った。──そして、高野の前で足を止める。
「……――――」
冷たい表情で、高野を見下ろす丸島。
丸「テメー、黙れよ? ……――」
丸島が、高野の顔面を蹴りつけた。そして、高野の頭を踏みつける。
しばらくそうしてから、丸島は再び、百合乃の隣へと戻った。そしてまた、百合乃の肩を抱き寄せる。
丸「百合乃、見ておけよ。
百合乃はソッと、とじていた瞳を開いた。
抵抗も出来ずに殴られる聖を、じっと見た―─……
無表情に近い、虚ろな瞳で、聖のことを見つめた─―……
ずっとずっと、恋した人を、見つめた――……
丸「百合乃が苦しいのは、罪悪感だけのせいじゃねぇ。
丸島が口角をつり上げる。
丸「
それはまるで、魔法の言葉――……
今までならこんな事、決して、望まなかった筈なのに……──殴られる聖を見て――……聖が殴られるのと同時に、自分の中の闇まで、壊されていく……そんな感覚に襲われた。
──もう、どうなったっていい――……
──愛して愛して……――そして、怨んでいた――……
好きで好きで……聖のことしか、見れなかった。
けれど、どんなに望んでも、その愛は手に入らなかった。
自分の気持ちだけが取り残されて、日に日に、苦しみが募った。
聖は
置き去りにされた自分が、いつだって泣き叫んでいた。
──好きだった。
──大好きだった――……
聖は殴られながら、霞む瞳で、百合乃のことを見ていた……
百合乃の瞳から、一粒、涙が溢れた――……
恋はいつしか、憎悪に変わった。
あの秋の日の恋――……
あの日の恋の、息の根を……殺した──
頭の中では、赤いモミジが散っていく――……
ズタズタに切り裂かれたモミジの葉が、バラバラと、散っていく――……
──あの秋の、崩壊……――
****
━━━━【〝
頭の中に浮かぶのは、真っ赤に紅葉した、モミジの木――
百合乃に出会ってから今までのこと……やたらと思い出した……
視界が霞む……
殴られる度に、視界が揺れる……
──そうだ、俺は――……百合乃を、愛せなかった。
俺のせいか? ……
俺が、百合乃を愛せなかったせいだ――……
けれどなんだか、煮え切らねぇ……
あり得ねぇ……
イラつく……
ふざけんな……
〝胸が苦しい〟……
愛せなかったんだよ――……
けれどお前のことは、本当に……大切だっだ――……
──目の前から飛んでくる拳……やけにゆっくりに見える―─……
ただぼんやりと……飛んでくる拳を、見ていた――……
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